痛みが消えた膵臓が語ること―「燃え尽きた」慢性膵炎の脂肪便にどう向き合うか
第119回医師国家試験 A問題 第58問
国試問題にチャレンジ
54歳の男性。下痢を主訴に来院した。2か月前から下痢が出現し軽快しないため受診した。便回数は1日に6~7回,便性状は泥状から水様であり,揚げ物を食べると脂肪便を認める。便に血液の付着はない。飲酒は日本酒6合/日を34年間。身長174cm,体重58kg。血圧132/70mmHg。腹部は平坦,軟で圧痛を認めない。腸雑音はやや亢進している。血液生化学所見:アミラーゼ28U/L(基準44~132),空腹時血糖140mg/dL,CEA 3.0ng/mL(基準5以下),CA19-9 37U/mL(基準37以下)。腹部単純CTを下に示す。 禁酒の指導に加え,この患者に対して行う対応はどれか。

- a.低脂肪食
- b.利胆薬の投与
- c.消化酵素薬の投与
- d.酸分泌抑制薬の投与
- e.体外衝撃波結石破砕術〈ESWL〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
長期大量飲酒歴のある人に、血便を伴わない慢性下痢と脂肪摂取で増悪する脂肪便があり、CTで膵石灰化と膵萎縮を認めれば、アルコール性慢性膵炎と診断できます。腹痛がなく、血清アミラーゼの低値(腺房細胞の減少)と膵性糖尿病を伴う場合は非代償期と考え、治療の中心は断酒・禁煙に加えた膵消化酵素補充療法となります。脂肪制限や膵石へのESWLは疼痛が主体の代償期の対応であり、非代償期で脂肪を制限すると栄養障害や脂溶性ビタミン欠乏を悪化させます。酸分泌抑制薬は酵素薬の効果が不十分なときの併用薬で、膵性糖尿病ではグルカゴン分泌低下による重症低血糖に注意が必要です。病期によって症状も治療目標も変わるという視点は、慢性膵炎の診療を理解するうえでの土台になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・54歳男性。2か月続く下痢(1日6~7回、泥状~水様)があり、揚げ物などの脂肪の多い食事で脂肪便が出る。血便はない。 ・日本酒6合/日を34年間という大量・長期の飲酒歴がある(純アルコールで1日約130g以上に相当)。 ・身長174cm、体重58kgでBMIは約19.2であり、標準範囲の下限寄りのやせ型である。 ・腹部は平坦・軟で圧痛はなく、腹痛の訴えもない。腸雑音はやや亢進している。 ・血清アミラーゼは28U/Lと基準値を下回っている。空腹時血糖140mg/dLと高値(空腹時126mg/dL以上は糖尿病型)である。腫瘍マーカー(CEA、CA19-9)は基準範囲内である。 ・腹部単純CTでは、膵体部から尾部にかけて主膵管に沿うように多数の点状~粗大な石灰化(膵石)があり、膵実質は萎縮している。
診断へのプロセス
血便を伴わない慢性下痢で、脂肪摂取で増悪する脂肪便があることから、腸粘膜の炎症(炎症性腸疾患など)よりも脂肪の消化吸収障害を考える。脂肪の消化には膵リパーゼが不可欠であり、長期大量飲酒歴とあわせると膵外分泌機能の低下が最も疑われる。CTでの膵石灰化(膵石)は慢性膵炎の確診所見であり、アルコール性慢性膵炎と診断できる。 血清アミラーゼが低値なのは、膵実質が線維化・萎縮して酵素を作る腺房細胞が減っているためで、慢性膵炎が進行した段階を示唆する。空腹時高血糖は、ランゲルハンス島が障害されて生じる膵性糖尿病(膵内分泌機能不全)と考えられる。腹痛がなく、外分泌・内分泌の両機能不全が出ていることから、病期としては非代償期(いわゆる「燃え尽き」に近い状態)に相当する。腫瘍マーカーは正常で、画像上も腫瘤を示す所見はなく、膵癌を積極的に疑う所見はない。
設問の考え方
非代償期の慢性膵炎の治療目標は、断酒(禁酒)と禁煙に加え、膵外分泌機能不全による消化吸収障害と栄養障害を補うこと、および膵性糖尿病を管理することである。脂肪便に対しては、不足している膵消化酵素を薬で補う膵消化酵素補充療法が中心となる。一方、膵石があっても腹痛を伴わない場合には、結石除去を目的とした処置の必要性は低い。
選択肢考察
- ×a. 低脂肪食
脂肪制限は、腹痛を繰り返す代償期の慢性膵炎で膵の刺激を減らす目的で行われる。本例のように腹痛がなく、外分泌機能不全による消化吸収障害が前面に出ている非代償期では、過度の脂肪制限はエネルギー不足や脂溶性ビタミン(A、D、E、K)の欠乏を招き、栄養状態をさらに悪化させる。消化酵素薬で消化を補いつつ、十分なエネルギーと脂肪を摂取させるのが基本であり、低脂肪食は適切でない。
- ×b. 利胆薬の投与
利胆薬(ウルソデオキシコール酸など)は胆汁の分泌を促し、胆汁うっ滞や胆石(コレステロール結石の溶解)、一部の肝疾患に用いられる。本例の脂肪便は胆汁不足ではなく膵リパーゼなどの膵消化酵素の不足によるものであり、利胆薬では改善しない。
- ○c. 消化酵素薬の投与
本例の脂肪便・下痢は、膵外分泌機能不全によりリパーゼを中心とする膵消化酵素が不足し、脂肪を分解・吸収できないことで起こっている。高力価のパンクレリパーゼ製剤などの膵消化酵素薬を毎食時(食直後または食中)に服用させて不足した酵素を補うと、脂肪の消化吸収が改善し、下痢・脂肪便の軽減と栄養状態の改善が期待できる。断酒とともに非代償期慢性膵炎の治療の中心となる対応である。
- ×d. 酸分泌抑制薬の投与
膵消化酵素は胃酸で失活しやすく、また重炭酸塩分泌が低下した慢性膵炎では十二指腸内が酸性に傾きやすい。そのため、膵消化酵素薬を十分量投与しても効果が不十分な場合に、補助として酸分泌抑制薬(プロトンポンプ阻害薬など)を併用することがある。しかし単独で消化吸収障害を改善する薬ではなく、初期対応として選ぶものではない。
- ×e. 体外衝撃波結石破砕術〈ESWL〉
膵石に対するESWLは、主膵管内の膵石が膵液の流れを妨げ、腹痛や膵炎発作を繰り返している症例で、膵管内圧を下げて疼痛を軽減する目的で行われる(必要に応じて内視鏡的治療と組み合わせる)。本例は腹痛がなく、主な問題は外分泌機能不全による脂肪便であり、膵実質も萎縮しているため、結石を砕いても消化吸収障害の改善は期待しにくい。現時点での適応はない。
慢性膵炎の概要
・膵臓で持続的な炎症が続き、膵実質の脱落と線維化が進んで、外分泌・内分泌機能が不可逆的に低下していく疾患である。 ・成因はアルコールが最も多く、男性に多い。ほかに特発性、遺伝性などがある。喫煙は独立した危険因子であり、進行を早める。 ・画像所見:膵石(膵管内の石灰化)、主膵管の不整な拡張、膵実質の萎縮など。膵石はCTで最もよく描出され、慢性膵炎の確診所見となる。
病期と症状・治療の考え方
・代償期:膵機能はある程度保たれ、上腹部痛・背部痛や急性膵炎様の発作が主体。血中膵酵素は上昇しうる。断酒・禁煙、脂肪制限、鎮痛薬、蛋白分解酵素阻害薬(カモスタットなど)を用い、主膵管の膵石による疼痛には内視鏡的治療、ESWL、外科手術が検討される。 ・移行期:代償期から非代償期への過渡期。 ・非代償期:膵実質の荒廃により腹痛はむしろ軽くなる一方、外分泌機能不全による脂肪便・下痢・体重減少と、内分泌機能不全による膵性糖尿病が目立つ。血中膵酵素は低値となりうる。治療は膵消化酵素補充療法、十分な栄養摂取(脂肪を極端に制限しない)、脂溶性ビタミンの補充、糖尿病の管理が中心である。
膵性糖尿病の特徴
インスリンだけでなく、血糖を上げるグルカゴンの分泌も低下するため、インスリン治療中に重い低血糖を起こしやすい。また、断酒できないと低血糖のリスクがさらに高まる。
脂肪便の鑑別
脂肪便は、膵外分泌機能不全(慢性膵炎、膵癌、膵切除後)、胆汁酸不足(閉塞性黄疸、回腸切除)、小腸粘膜障害(セリアック病、クローン病)などで起こる。
POINT
・長期大量飲酒+脂肪便・下痢+CTで膵石灰化 → アルコール性慢性膵炎(非代償期)。 ・非代償期では血中膵酵素は低値となりうる。腹痛は軽くなり、脂肪便と膵性糖尿病が前面に出る。 ・外分泌機能不全による脂肪便には膵消化酵素補充療法(高力価パンクレリパーゼ製剤を食事とともに)。 ・非代償期では脂肪制限をせず、十分な栄養を摂らせる(脂肪制限は腹痛のある代償期の対応)。 ・酸分泌抑制薬は消化酵素薬が効果不十分なときの併用薬。ESWLは主膵管膵石による疼痛例が適応。 ・断酒と禁煙はすべての病期で基本となる。
