針を刺した直後に顔面蒼白―血管迷走神経反射は「寝かせて足を上げる」
第113回医師国家試験 B問題 第37問
国試問題にチャレンジ
21歳の男性。発熱と咳嗽を主訴に来院した。体温39.2℃。脈拍108/分,整。血圧120/70mmHg。呼吸数16/分。SpO2 97%(room air)。血液検査のため,右肘正中皮静脈に採血針を穿刺した直後に気分不快を訴えた。顔面蒼白となり,全身に発汗を認めたため,直ちに採血を中止した。 次に行うべき処置はどれか。
- a.仰臥位にして下肢を挙上する。
- b.採血部位に冷湿布を貼付する。
- c.アドレナリンを静脈投与する。
- d.呼吸回数を増やすように指導する。
- e.採血部位に局所麻酔薬を皮下注射する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
採血などの穿刺直後に気分不快、顔面蒼白、冷汗が突然出現した場合は、血管迷走神経反射をまず考えます。迷走神経の亢進による徐脈と交感神経の抑制による血管拡張で血圧が下がり、脳血流が一時的に減少することが本態です。対応は刺激の中止と仰臥位・下肢挙上で、静脈還流を増やして脳血流を保つとともに転倒を防ぎ、多くは数分で回復します。徐脈が遷延すればアトロピンを考慮し、アドレナリンはアナフィラキシー(筋注が第一選択)や心停止で用いる薬である点を区別しておきましょう。不安の強い人や既往のある人には最初から臥位で採血するなど、予防まで含めて理解しておくことは、日常診療で誰もが遭遇しうる場面に安全に対応する力につながります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・21歳男性。発熱(39.2℃)と咳嗽で受診し、何らかの急性感染症(上気道炎や肺炎など)が疑われる状態である。脈拍108/分の頻脈は発熱に伴うものと考えられ、血圧120/70mmHg、SpO2 97%と、穿刺前の循環・呼吸状態は保たれていた。 ・採血のため肘正中皮静脈に針を刺した直後に、気分不快、顔面蒼白、全身の発汗が出現した。薬剤は何も投与していない。
病態の推定
若年者で、穿刺という痛みと緊張の刺激の直後に突然発症し、顔面蒼白・冷汗などの自律神経症状を示していることから、血管迷走神経反射(vasovagal reflex)が最も考えられる。採血時の副反応として頻度の高いものであり、発熱や脱水、空腹、疲労、採血への不安などがあると起こりやすい。 鑑別として、アナフィラキシーは薬剤などのアレルゲン曝露が前提で、蕁麻疹・喘鳴などを伴うことが多いが、本例では何も投与されていない。敗血症性ショックや循環血液量減少性ショックは、穿刺直後に突然生じる経過とは合わない。
対応の考え方
血管迷走神経反射では、迷走神経(副交感神経)の亢進による徐脈と、交感神経の抑制による末梢血管拡張が同時に起こり、血圧が低下して脳血流が一過性に減少する。まず刺激(穿刺)を中止し、転倒を防ぎながら仰臥位として下肢を挙上し、静脈還流を増やして脳血流を保つ。多くはこれだけで数分以内に回復する。意識・脈拍・血圧の観察を続け、徐脈が遷延する場合にはアトロピン(抗コリン薬)の投与を考慮する。
選択肢考察
- ○a. 仰臥位にして下肢を挙上する。
血管迷走神経反射では徐脈と血管拡張により血圧が低下し、脳への血流が不足する。仰臥位にすると重力による下半身への血液貯留が減り、さらに下肢を挙上すると下肢の静脈血が心臓へ戻りやすくなる(静脈還流の増加)。これにより心拍出量と脳血流が改善し、多くは安静のみで自然に回復する。座位のまま失神すると転倒・外傷の危険もあるため、まず臥位をとらせることが基本である。
- ×b. 採血部位に冷湿布を貼付する。
いま問題となっているのは穿刺部の局所の異常ではなく、自律神経反射による全身の循環変化である。冷湿布を貼っても血圧低下や脳血流低下は改善しないため、意味がない。
- ×c. アドレナリンを静脈投与する。
アドレナリンの静脈投与は心停止時の心肺蘇生で用いられる。アナフィラキシーでの第一選択はアドレナリンの筋注(大腿外側部)であり、静注は不整脈などの危険があるため、原則として集中管理下で慎重に行う。本例は薬剤投与がなくアナフィラキシーは考えにくく、一過性の血管迷走神経反射であるため、アドレナリンの適応はない。
- ×d. 呼吸回数を増やすように指導する。
本例は呼吸数16/分、SpO2 97%で、呼吸の異常は症状の原因ではない。意図的に呼吸回数を増やすと過換気となり、PaCO2の低下に伴う脳血管収縮で脳血流がさらに減り、手足のしびれなど過換気症状を誘発するおそれもある。不安を和らげる目的でゆっくりした呼吸を促すことはあっても、呼吸数を増やす指導は誤りである。
- ×e. 採血部位に局所麻酔薬を皮下注射する。
穿刺の痛みや緊張が反射のきっかけになった可能性はあるが、すでに採血は中止しており、必要なのは低下した循環への対応である。局所麻酔薬の皮下注射は全身症状を改善せず、注射そのものが新たな疼痛刺激となって反射を悪化させかねない。
血管迷走神経反射(血管迷走神経性失神)
・機序:痛み、恐怖・不安、長時間の立位、排尿・排便、咳嗽などの刺激をきっかけに、迷走神経の活動が亢進して徐脈(心抑制型)となり、同時に交感神経が抑制されて末梢血管が拡張する(血管抑制型)。両者が組み合わさって血圧が下がり、脳血流が減少して失神前症状や失神をきたす。手術中の内臓牽引、眼球の圧迫(眼球心臓反射)、頸動脈洞への刺激などでも同様の反射が起こる。 ・症状:気分不快、生あくび、悪心、顔面蒼白、冷汗、目の前が暗くなる感じ、徐脈、血圧低下、意識消失。 ・採血時に起こりやすい条件:若年者、初回採血、採血への強い不安、空腹、睡眠不足、脱水、発熱など。 ・対応:①刺激の中止、②仰臥位・下肢挙上(転倒予防も兼ねる)、③バイタルサインと意識の観察、④改善しない徐脈にはアトロピン静注、低血圧が遷延すれば輸液や昇圧薬を検討。 ・予防:採血に不安の強い人や既往のある人は、はじめから臥位で採血する。
鑑別すべき病態と対応の違い
・アナフィラキシー:アレルゲン曝露後に皮膚症状・呼吸器症状・血圧低下など。アドレナリン0.01mg/kg(成人最大0.5mg)の筋注が第一選択。 ・過換気症候群:不安などから呼吸数が増え、呼吸性アルカローシスによるしびれ・テタニー様症状をきたす。 ・心原性失神:不整脈や器質的心疾患による。前駆症状に乏しく、労作時や臥位での失神は要注意。
POINT
・採血・穿刺直後の気分不快、顔面蒼白、冷汗 → 血管迷走神経反射を考える。 ・対応はまず処置の中止と、仰臥位・下肢挙上(静脈還流を増やし脳血流を確保)。 ・徐脈が持続する場合はアトロピン。 ・アドレナリンはアナフィラキシー(筋注が第一選択)や心停止(静注)で用いるものであり、迷走神経反射には用いない。
