StudyMed医師国家試験

首に開いた「呼吸の出口」―喉頭全摘術後に変わる体のしくみと暮らし

第113回医師国家試験 A問題 第23問

国試問題にチャレンジ

第113回 A問題 第23問

68歳の男性。嗄声を主訴に来院した。右声帯固定を伴う喉頭腫瘍が存在し,右頸部にリンパ節転移が認められた。生検の結果,扁平上皮癌と診断され,放射線治療,喉頭全摘術および右頸部郭清術を施行した。術後の頸部の写真を別に示す。  正しいのはどれか。

第113回 A問題 第23問の問題画像
  1. a.嗅覚障害はない。
  2. b.発声は正常である。
  3. c.入浴に制限がある。
  4. d.胃瘻造設が必要である。
  5. e.誤嚥性肺炎〉を起こしやすい。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、喉頭全摘術のあとに体の中で何が変わり、生活にどんな影響が出るかを問う問題だ。術後の頸部の写真では、前頸部の正中に気管の断端が直接開いた孔、つまり永久気管孔が写っている。ポイントは「空気の通り道と食べ物の通り道がどうつなぎ直されたか」。ここさえ整理できれば、すべての選択肢が解けるよ。
医学生医学生
声帯が固定していて頸部リンパ節転移もあるので、かなり進行した喉頭癌ですよね。だから喉頭ごと取った、と。
ドクタードクター
その通り。声帯固定は腫瘍が声帯筋や輪状披裂関節まで深く浸潤していることを意味し、T3以上に相当する。では、喉頭を取ったあとの解剖を考えてみよう。気管はどうなると思う?
医学生医学生
気管切開と同じように、首に穴を開けて呼吸するんでしょうか。
ドクタードクター
似て見えるけれど、中身はまったく違うんだ。喉頭全摘術では喉頭を丸ごと摘出し、咽頭は縫い閉じて食道へつなぎ直す。そして気管の断端を前頸部の皮膚に縫い付ける。つまり、肺へ通じる道は首の孔だけになり、鼻や口とは完全に切り離される。気管切開は喉頭が残っているから上気道とのつながりが保たれていて、ここが大きな違いだ。
医学生医学生
呼吸路と食物路が完全に分かれる、ということですね。そうなると誤嚥性肺炎は……むしろ起こらない?
ドクタードクター
鋭いね。飲食物は口から食道へしか行けないので、気管に入り込む余地がない。むせも誤嚥も起こらないんだ。実際、重い嚥下障害で誤嚥を繰り返す人に、気道と食道を分ける誤嚥防止手術が行われることがあるくらいだよ。
医学生医学生
食べ物の通り道は保たれているなら、胃瘻も必要ないですね。
ドクタードクター
そう。術後早期には縫合部の狭窄や咽頭皮膚瘻で一時的に食事が制限されることもあるし、放射線治療後で飲み込みにくさを感じる人もいる。でも多くは食形態の工夫やリハビリで対応でき、胃瘻を一律に造る必要はない。
医学生医学生
発声は当然できなくなりますよね。声帯がなくなりますし。
ドクタードクター
そうだね。しかも呼気は気管孔から外に出てしまい口まで届かない。だから代用音声が必要になる。飲み込んだ空気を逆流させて食道入口部の粘膜を振るわせる食道発声、首や口元に当てて振動音を作る電気式人工喉頭、気管と食道の間にボイスプロステーシスという一方弁を入れて呼気を食道へ送るシャント発声の3つが代表だ。
医学生医学生
耳鼻科の実習で、電気喉頭を首に当てて話している患者さんを見ました。少し機械的な声でしたけど、ちゃんと会話できていました。
ドクタードクター
いい経験をしたね。では嗅覚はどうだろう。嗅神経は手術で切っていないよ。
医学生医学生
神経が無事なら、嗅覚障害はないように思えます。
ドクタードクター
そこがよくあるひっかけなんだ。においを感じるには、においの分子を含んだ空気が鼻腔の天井にある嗅上皮まで届く必要がある。術後は鼻で息をしないから鼻腔に気流が生じず、嗅覚は低下する。口を閉じたまま頬や舌を動かして鼻へ空気を送る鼻腔気流誘導法で、ある程度取り戻せるんだけどね。
医学生医学生
基礎医学の生理学で習った「嗅覚は気流依存」というのがここで効いてくるんですね。そうすると正解は入浴の制限ですか。
ドクタードクター
正解。永久気管孔は首の低い位置で外界に直接開いていて、声門閉鎖や咳反射といった喉頭の防御も働かない。肩まで湯船に浸かると、湯がそのまま気管から肺へ流れ込んで溺水や肺炎の原因になる。入浴自体はできるけれど、湯は胸の高さまでにとどめ、シャワーや洗髪では気管孔をタオルや専用カバーで覆う。同じ理由で水泳も原則として難しい。
医学生医学生
誤嚥はしないけど、気管孔から水が入る危険は別にある、ということですね。整理すると、話せない、においが弱い、むせない、口から食べられる、水に注意、ですか。
ドクタードクター
完璧なまとめだ。もう少し生活面の話をしておこう。鼻で吸う空気は本来、加温・加湿され、ほこりも除かれてから肺に届く。気管孔呼吸ではそれが失われるので痰が増えたり気管炎を起こしやすく、人工鼻やガーゼで孔を覆い、室内を加湿するよう指導する。さらに声門を閉じて息をこらえられないので、いきみにくく便秘になりやすいし、重い物も持ち上げにくい。
医学生医学生
麺をすすったり、鼻をかんだり、熱いものを吹いて冷ましたりもできなくなりますよね。
ドクタードクター
その通り。日常のささいな動作が意外なほど変わるんだ。そして臨床で絶対に覚えておきたいのが救急時の対応。喉頭全摘後の人に口や鼻からマスク換気をしても空気は肺に届かない。酸素投与も換気も気管孔から行う必要がある。首元をスカーフで覆っている人も多いから、急変時にはまず首を確認する習慣をつけておこう。
医学生医学生
BLSの実習ではマスク換気ばかり練習していましたが、例外があることを意識しておきます。

まとめ

喉頭全摘術では喉頭を摘出して咽頭を食道へつなぎ直し、気管断端を前頸部に永久気管孔として開口させるため、呼吸路と食物路が完全に分離されます。その結果、発声は不能となり(代用音声として食道発声・電気式人工喉頭・シャント発声がある)、鼻腔に気流が通らないことで嗅覚が低下する一方、誤嚥は起こらず経口摂取も可能で胃瘻は通常不要です。気管孔は外界に直接開き喉頭の防御機能もないため、湯や水が入らないよう入浴に制限があり、水泳は原則困難となります。加温・加湿機能の喪失、いきみにくさ、救急時に気管孔から換気する必要性も含めて、解剖の変化から生活上の注意点を導けるようにしておくことが、患者指導と安全な診療につながります。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・68歳男性、主訴は嗄声(声がれ)。 ・右声帯の固定を伴う喉頭腫瘍があり、右頸部リンパ節転移を認める。声帯固定は腫瘍が声門の深部(声帯筋や輪状披裂関節)へ浸潤していることを示し、TNM分類ではT3以上に相当する進行癌の所見である。 ・生検で扁平上皮癌。喉頭癌の大部分(90%以上)は扁平上皮癌であり、喫煙が最大の危険因子である。 ・放射線治療、喉頭全摘術、右頸部郭清術が行われ、術後の頸部写真では前頸部の正中に気管の断端が開口した孔(永久気管孔)がみられる。

診断

進行喉頭癌(声門癌が疑われる)に対する喉頭全摘術後で、永久気管孔が造設された状態(無喉頭状態)である。

設問の考え方

本問は、喉頭全摘術によって解剖学的に何が変わるのかを理解しているかを問うている。喉頭全摘術では喉頭を丸ごと摘出し、下咽頭(咽頭腔)は縫合閉鎖して食道へとつなぎ直し、気管の断端は前頸部の皮膚に縫い付けて開口させる。その結果、 ①空気の通り道(気管孔→気管→肺)と食物の通り道(口→咽頭→食道)が完全に分離される。 ②鼻腔・口腔は気道から切り離され、呼吸は永久気管孔だけで行うことになる。 ③発声器官である声帯(喉頭)が失われる。 この3点から各選択肢を判断すればよい。特に、気管孔が頸部の低い位置で外界に直接開いていることから、水が入らないよう生活上の注意が必要になる点が正解につながる。

選択肢考察

  1. ×a.  嗅覚障害はない。

    誤り。においを感じるには、においの分子を含んだ空気が鼻腔の天井部にある嗅上皮(嗅粘膜)まで届く必要がある。喉頭全摘術後は呼吸が永久気管孔で行われ、鼻腔に気流が生じないため、においの分子が嗅上皮に到達しにくくなり、嗅覚は低下する。嗅神経そのものは障害されていないので、口を閉じたまま頬や舌を動かして鼻腔に空気を送り込む練習(鼻腔気流誘導法など)で、ある程度嗅覚を回復させることができる。上気道・下気道・食道の位置関係が術後どう変わるかを理解していないと選んでしまいやすい選択肢である。

  2. ×b.  発声は正常である。

    誤り。音声は呼気が声門を通過する際に声帯が振動して作られる。喉頭全摘術では声帯を含む喉頭全体を摘出し、さらに呼気は気管孔から外に出てしまい口腔に届かないため、通常の発声は不可能になる。コミュニケーションの手段としては、食道発声(飲み込んだ空気を逆流させて食道入口部の粘膜を振動させる)、電気式人工喉頭(電気喉頭を頸部や口元に当てて振動音を作る)、シャント発声(気管と食道の間にボイスプロステーシスという一方弁を留置し、呼気を食道へ送って音源とする)などの代用音声がある。

  3. ○c.  入浴に制限がある。

    正しい。永久気管孔は前頸部の低い位置で外界に直接開いており、喉頭による気道防御(声門閉鎖や咳反射による誤嚥防止)も働かない。そのため、気管孔より上まで湯船に浸かると湯が直接気管・肺に流れ込み、溺水や肺炎の原因となる。入浴そのものは可能だが、湯船の湯は気管孔より下の高さ(胸の高さ程度)までにとどめ、シャワーや洗髪の際は気管孔をタオルや専用のカバーで覆うなどの注意が必要になる。同じ理由で水泳も原則として困難である。

  4. ×d.  胃瘻造設が必要である。

    誤り。喉頭全摘術では咽頭を縫合閉鎖して食道に連続させるため、口から食道への通り道は保たれ、経口摂取は可能である。術後早期には縫合部の狭窄や咽頭皮膚瘻などで一時的に食事が制限されることがあり、また放射線治療後では軽度の通過障害を感じることもあるが、多くは食形態の工夫やリハビリテーションで対応でき、胃瘻(腹壁から胃に通す栄養チューブ)を一律に造設する必要はない。

  5. ×e.  誤嚥性肺炎〉を起こしやすい。

    誤り。誤嚥とは、飲食物や唾液が本来の通り道である食道ではなく気道(喉頭・気管)に入ってしまうことである。喉頭全摘術後は気道(気管孔から肺)と食物路(口から食道)が完全に分離されるため、飲食物が気管に入ることはなく、嚥下に伴う誤嚥やむせは起こらない。むしろ誤嚥を繰り返す重度の嚥下障害に対しては、喉頭を摘出して気道と食道を分離する手術(誤嚥防止手術)が行われることがあるほどである。ただし、気管孔から水や異物が直接入る危険は別に存在する(選択肢cを参照)。

喉頭全摘術後の生理的変化と生活上の問題

・発声:声帯を失うため通常の発声ができない。代用音声として食道発声、電気式人工喉頭、シャント発声(ボイスプロステーシス)がある。 ・嗅覚・味覚:鼻腔に気流が通らないため嗅覚が低下し、風味の感じ方(味覚の一部)も低下する。 ・下気道の防御機能の低下:通常、吸気は鼻腔で加温・加湿され、ほこりなどが除去されてから肺に届く。気管孔からの呼吸ではこれが失われるため、乾燥した冷たい空気や異物が直接気管に入り、痰が増えたり気管炎・下気道感染を起こしやすくなる。気管孔をガーゼや人工鼻(HME:heat and moisture exchanger)で覆い、室内の加湿を心がける。 ・水への注意:入浴時は湯が気管孔に入らないようにする。水泳は原則困難。 ・口からの吸気ができない:麺類やスープをすする、熱い食べ物を吹いて冷ます、ストローで吸う、鼻をかむ、といった動作が困難になる。 ・いきみの困難:声門を閉じて息をこらえることができないため、腹圧をかけにくい。排便時にいきみにくく便秘傾向となり、重い物を持ち上げる動作もしにくい。 ・外見:前頸部に孔があるため、衣服(スカーフやハイネックなど)で気管孔を覆う工夫がなされる。 ・救急時:口や鼻からの人工呼吸は無効で、気管孔から換気する必要がある。

喉頭癌の概要

・男性に圧倒的に多く、喫煙・飲酒が危険因子。組織型はほとんどが扁平上皮癌。 ・部位により声門上癌、声門癌、声門下癌に分類され、日本では声門癌が最も多い。声門癌は早期から嗄声を呈し、声帯にはリンパ流が乏しいため頸部リンパ節転移は比較的少ない。声門上癌はリンパ節転移を起こしやすい。 ・早期癌(T1・T2)では放射線治療などで喉頭を温存できることが多いが、声帯固定(T3)や甲状軟骨を越える浸潤(T4)を伴う進行癌では、化学放射線療法による喉頭温存療法か、喉頭全摘術が選択される。放射線治療後に腫瘍が残存・再発した場合にも、救済手術として喉頭全摘術が行われる。

気管切開との違い

気管切開は喉頭を残したまま気管に孔を開けるもので、上気道との連続性は保たれ、カニューレを閉じれば経口・経鼻呼吸や発声が可能な場合がある。また気道と食道は分離されないので誤嚥は起こりうる。これに対し喉頭全摘術後の永久気管孔は、上気道と完全に切り離された唯一の呼吸路である。

POINT

・喉頭全摘術後は、気道と食物路が完全に分離され、呼吸は永久気管孔のみで行う。 ・発声不能(代用音声:食道発声、電気式人工喉頭、シャント発声)。 ・鼻腔に気流が通らないため嗅覚低下。 ・誤嚥は起こらず、経口摂取は可能(胃瘻は通常不要)。 ・気管孔に水が入らないよう入浴に制限があり、水泳は原則困難。 ・声門閉鎖ができないためいきめず、便秘傾向・重労働困難。下気道の加温加湿・防御機能が失われる。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。