StudyMed医師国家試験

機内ドクターコールで書く英文メモ―片脚のむくみと息切れが示す「エコノミークラス症候群」

第112回医師国家試験 E問題 第31問

国試問題にチャレンジ

第112回 E問題 第31問

北米での医学会参加のため搭乗していた旅客機内でドクターコールがあり対応した。目的地の空港のスタッフに情報提供した方が良いと判断し,乗務員に伝えたところ,「所見をメモして欲しい」と依頼され記載した文面を示す。 A 78-year-old female passenger has developed swelling of her left lower leg towards the end of a long-haul flight. She does not complain of any pain at rest. She has pitting edema of her left lower leg, but no color or temperature changes are observed. Calf pain is induced on dorsiflexion of her left foot. Because she suffers from shortness of breath, the possibility of pulmonary embolism should be considered, and transfer to an appropriate hospital is advised.  原因として考えられるのはどれか。

  1. a.Acute kidney injury
  2. b.Deep venous thrombosis
  3. c.Femoral neck fracture
  4. d.Heart failure
  5. e.Peripheral arterial disease

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、旅客機内で対応した高齢女性について英語で書いたメモを読み、下腿腫脹の原因を考える問題だ。英語に気を取られがちだけど、医学的に見るべきポイントは3つ。むくみが片側か両側か、どんな状況で起きたか、そして息切れをどう結びつけるか。まずはメモの内容をざっと日本語にしてみようか。
医学生医学生
長距離フライトの終わりごろに左下腿が腫れて、押すとへこむ浮腫があって、色や温度の変化はない。足首を背屈させるとふくらはぎが痛み、息切れもあるので肺塞栓症も考えて病院搬送を勧める、という内容ですね。
ドクタードクター
正確に読めているね。では最初のポイント、浮腫の分布から考えよう。片脚だけ、というのは何を意味するかな。
医学生医学生
むくみと息切れの組み合わせだと、つい心不全を思い浮かべてしまいました。
ドクタードクター
その連想自体は自然だよ。右心系のうっ血で下肢浮腫、左心系のうっ血で息切れが出るから、組み合わせだけ見れば心不全でも起こりうる。ただし心不全や腎疾患、低アルブミン血症のような全身性の原因では、浮腫は基本的に両側性に出る。片側に限られる浮腫は、その脚の局所の問題、特に静脈の還流障害やリンパ浮腫、蜂窩織炎を考えるのが鉄則なんだ。
医学生医学生
循環器の講義で「浮腫はまず両側か片側か」と教わったのを思い出しました。片側なら、長時間座りっぱなしという状況も合わせて深部静脈血栓症でしょうか。
ドクタードクター
その通り、正解は深部静脈血栓症だ。血栓ができる要因としてVirchowの三徴、つまり血流の停滞、血管内皮の障害、凝固能の亢進が知られている。狭い座席で何時間も動かないのは血流停滞の典型で、高齢も危険因子になる。深部静脈が詰まると静脈血が戻れず、片脚が腫れて圧痕性浮腫が出るわけだ。
医学生医学生
足首を背屈するとふくらはぎが痛むのは、Homans徴候ですよね。OSCEの前に手技として練習しました。
ドクタードクター
よく覚えているね。ただ、Homans徴候は感度も特異度も高くないから、陽性だから確定、陰性だから否定とはいえない。あくまで疑いを強める所見のひとつと考えよう。そして一番大事なのが息切れ。脚の静脈にできた血栓がはがれて肺動脈に詰まると何が起きる?
医学生医学生
肺血栓塞栓症です。脚の血栓と肺の塞栓がつながっているから、まとめてエコノミークラス症候群と呼ぶんですね。
ドクタードクター
そう。深部静脈血栓症と肺血栓塞栓症は連続した病態で、あわせて静脈血栓塞栓症と呼ぶ。片脚の腫脹も息切れも、これで一元的に説明できる。ほかの選択肢も確認しておこう。急性腎障害はどうかな。
医学生医学生
尿量が減って体液が貯まれば浮腫や肺うっ血は起きそうですが、それなら両脚や顔にも出るはずですね。
ドクタードクター
その通り。全身性の浮腫になるし、ふくらはぎの痛みも説明できない。では大腿骨頸部骨折は?高齢女性という点では気になるかもしれない。
医学生医学生
整形外科の実習で、転倒後に脚が短縮して外旋している患者さんを診ました。今回は転倒の話もないし、安静時痛もないので合わないと思います。
ドクタードクター
いい観察だ。股関節部の強い痛みと歩行困難が主体で、下腿浮腫や息切れは説明できない。ただし骨折後の長期臥床は深部静脈血栓症の大きな危険因子だから、無関係ではないんだ。最後に末梢動脈疾患はどうだろう。
医学生医学生
動脈が詰まる病気なので、冷たくて青白くなったり、間欠性跛行が出たりするはずです。色や温度の変化がないのは逆ですね。
ドクタードクター
そう。動脈の病変は虚血を起こすけれど浮腫の原因にはならない。拍動の減弱、皮膚温の低下、進行すれば安静時痛や潰瘍が特徴で、今回の所見とはむしろ正反対だ。色調や温度変化がないことは、蜂窩織炎のような感染を否定する方向にも働くね。
医学生医学生
片側の浮腫、長時間の不動、息切れがそろったら、静脈血栓塞栓症として一本の線でつなげる、という流れですね。
ドクタードクター
完璧だ。発展として診断の流れも押さえておこう。Wellsスコアなどで臨床的な可能性を見積もり、D-ダイマーを測る。D-ダイマーが陰性なら除外に役立つ。確定は下肢静脈超音波で、プローブで圧迫しても静脈がつぶれないことや血栓エコーで判断する。肺塞栓の評価には造影CTが有用だ。
医学生医学生
治療は抗凝固療法が基本でしょうか。
ドクタードクター
そう、ヘパリンや直接経口抗凝固薬などによる抗凝固療法が柱で、血行動態が不安定な重症の肺塞栓では血栓溶解療法やカテーテル治療も検討する。予防も大切で、長時間移動ではこまめな水分摂取、アルコールを控える、座ったまま足首を動かす、ときどき通路を歩く、といった指導が有効だ。災害時の車中泊でも同じ問題が起こることは覚えておきたいね。それから機内では、医師がその場で診断を確定することはできないから、このメモのように所見と疑われる病態を簡潔に英語で伝え、適切な医療機関へつなぐことが重要なんだ。
医学生医学生
国際学会に行く機会があったら、自分にもできるように英語での所見の書き方も練習しておきます。

まとめ

長時間の航空機搭乗後に生じた片側下腿の圧痕性浮腫、足関節背屈でのふくらはぎの痛み(Homans徴候)、息切れの組み合わせは、深部静脈血栓症とそこから生じた肺血栓塞栓症、いわゆるエコノミークラス症候群を強く疑わせます。浮腫の鑑別ではまず分布を確認し、両側性なら心不全や腎障害などの全身性の原因、片側性なら深部静脈血栓症や蜂窩織炎、リンパ浮腫などの局所の原因を考えます。末梢動脈疾患は冷感・蒼白・間欠性跛行が特徴で浮腫の原因とはならず、大腿骨頸部骨折は外傷歴と股関節痛が主体です。Virchowの三徴に基づく危険因子の評価、D-ダイマーと下肢静脈超音波による診断、抗凝固療法と予防指導までを一連で理解しておくと、病棟や機内、災害現場などさまざまな場面で役立ちます。

解答・解説

正解はbです

英文の内容

メモの要旨は次のとおりである。「78歳の女性乗客が、長距離飛行の終わり頃に左下腿の腫脹をきたした。安静時の痛みの訴えはない。左下腿に圧痕性浮腫(指で押すとへこみが残る浮腫)を認めるが、皮膚の色調や温度の変化はみられない。左足関節を背屈させると、ふくらはぎに痛みが誘発される。息切れがあるため肺塞栓症の可能性を考慮すべきであり、適切な病院への搬送が勧められる。」

所見の整理

・高齢(78歳)で、長時間の航空機搭乗中に発症した。狭い座席で長時間座ったまま動かないことは、下肢の静脈血のうっ滞を招く代表的な状況である。 ・腫脹は左下腿のみの片側性で、圧痕性浮腫である。 ・色調変化や熱感・冷感はない。 ・足関節の背屈でふくらはぎに痛みが出る(Homans徴候陽性)。 ・息切れがあり、肺塞栓症が疑われている。

診断へのプロセス

浮腫の鑑別では、まず両側性か片側性かを確認する。心不全、腎疾患、低アルブミン血症などの全身性の原因による浮腫は通常両側性に現れる。一方、片側の下肢に限局する浮腫は、その下肢の局所の問題、特に静脈の還流障害(深部静脈血栓症)、リンパ浮腫、蜂窩織炎などを考える。 本例は長時間の不動という静脈血栓のリスク因子のもとで片側下腿の腫脹が出現し、Homans徴候が陽性で、さらに息切れという肺塞栓症を示唆する症状を伴う。下肢の深部静脈にできた血栓がはがれて肺動脈に詰まる病態(いわゆるエコノミークラス症候群:深部静脈血栓症と肺血栓塞栓症をあわせた静脈血栓塞栓症)として、すべての所見を一元的に説明できる。色調変化や熱感がないことは、皮膚の細菌感染である蜂窩織炎や、動脈の血流障害を否定する方向に働く。 したがって、下腿腫脹と息切れの原因として最も考えられるのは深部静脈血栓症である。

選択肢考察

  1. ×a.  Acute kidney injury

    誤り。急性腎障害(AKI)は、数時間から数日の単位で腎機能が急激に低下する病態である。尿量減少に伴う体液貯留で浮腫や肺うっ血(息切れ)をきたすことはあるが、浮腫は全身性で両下肢や顔面などに対称性に出現する。片側下肢に限局した浮腫や、足関節背屈時のふくらはぎの痛みは説明できない。

  2. ○b.  Deep venous thrombosis

    正しい。深部静脈血栓症(DVT)は、下肢などの深部静脈に血栓が形成される病態である。血栓形成の要因としてVirchowの三徴(血流の停滞、血管内皮の障害、血液凝固能の亢進)が知られ、長時間の航空機搭乗による座位での不動は血流停滞の典型例である。高齢も危険因子となる。深部静脈が閉塞すると静脈還流が妨げられ、片側下肢の腫脹・圧痕性浮腫やふくらはぎの痛みを生じ、足関節の背屈で腓腹部痛が誘発されるHomans徴候がみられることがある。血栓が遊離して肺動脈を閉塞すると肺血栓塞栓症となり、息切れ、頻呼吸、胸痛、低酸素血症をきたし、重症では突然死に至る。本例の所見をすべて説明できる。

  3. ×c.  Femoral neck fracture

    誤り。大腿骨頸部骨折は、骨粗鬆症のある高齢女性が転倒した際に起こりやすい骨折である。股関節部の痛みが強く、立位や歩行が困難となり、患肢の短縮や外旋位がみられる。本例には転倒などの外傷のエピソードがなく、安静時痛もない。また下腿の浮腫、Homans徴候、息切れは大腿骨頸部骨折の所見としては説明できない(ただし骨折後の長期臥床はDVTの危険因子となる)。

  4. ×d.  Heart failure

    誤り。心不全では、右心系のうっ血により下肢の圧痕性浮腫が、左心系のうっ血(肺うっ血)により息切れや起坐呼吸が生じるため、浮腫と息切れの組み合わせ自体は心不全でもみられる。しかし心不全による浮腫は両側性で、片側の下肢だけに限局することは通常ない。また足関節背屈時のふくらはぎの痛みも心不全では説明できない。

  5. ×e.  Peripheral arterial disease

    誤り。末梢動脈疾患(PAD)は、主に動脈硬化によって下肢の動脈が狭窄・閉塞し、血流が不足する疾患である。症状は冷感、しびれ、歩行で増悪し休むと軽快する間欠性跛行、進行すると安静時痛や潰瘍・壊疽であり、皮膚の蒼白、皮膚温低下、末梢動脈の拍動減弱を伴う。動脈の病変は浮腫の原因とはならず、本例のように色調・温度変化がなく安静時痛もない片側の圧痕性浮腫とは合わない。息切れの説明にもならない。

静脈血栓塞栓症(VTE)

深部静脈血栓症(DVT)と肺血栓塞栓症(PTE)は連続した一つの病態と考えられ、あわせて静脈血栓塞栓症と呼ぶ。PTEの塞栓源の大部分は下肢や骨盤内の深部静脈血栓である。

危険因子(Virchowの三徴に沿って)

・血流の停滞:長時間の座位(航空機・自動車での長距離移動、災害時の車中泊)、長期臥床、手術後、下肢の麻痺やギプス固定、肥満、妊娠、心不全。 ・血管内皮障害:手術(特に股関節・膝関節の手術)、外傷、骨折、カテーテル留置、静脈炎。 ・凝固能亢進:悪性腫瘍、経口避妊薬やエストロゲン製剤、妊娠・産褥、脱水、抗リン脂質抗体症候群、先天性のアンチトロンビン・プロテインC・プロテインS欠乏症、ネフローゼ症候群。 ・加齢やVTEの既往も重要な危険因子である。

診断

・症状:片側下肢の腫脹、疼痛、圧痛、表在静脈の怒張など。無症状のことも少なくない。 ・Homans徴候:足関節を背屈させると腓腹部に痛みが生じる徴候。感度・特異度は高くなく、これだけで診断・除外はできない。 ・検査:Wellsスコアなどで臨床的確率を評価し、D-ダイマー(線溶の亢進を示す血液検査で、陰性であればVTEの除外に有用)を測定する。確定には下肢静脈超音波検査(圧迫しても静脈がつぶれない、血栓エコーを認める)を用いる。PTEの評価には造影CTが有用である。

肺血栓塞栓症の症状

突然の呼吸困難、頻呼吸、胸痛、頻脈、失神、低酸素血症など。動脈血ガス分析では低酸素血症と、過換気による低二酸化炭素血症を示すことが多い。重症例ではショックや心停止に至る。

治療と予防

・治療:抗凝固療法(ヘパリン、直接経口抗凝固薬〈DOAC〉、ワルファリンなど)が基本。血行動態が不安定な重症PTEでは血栓溶解療法やカテーテル治療、外科的血栓摘除を検討する。抗凝固療法が行えない場合などには下大静脈フィルターを考慮する。 ・長時間移動中の予防:こまめな水分摂取、アルコールの過剰摂取を控える、ゆったりした服装、座ったままの足首の屈伸運動、ときどき通路を歩くことなど。 ・入院患者の予防:早期離床、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、リスクに応じた抗凝固薬の予防投与。

POINT

・長時間の航空機搭乗+片側下肢の圧痕性浮腫+Homans徴候+息切れ → 深部静脈血栓症からの肺血栓塞栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)。 ・浮腫の鑑別:両側性なら心不全・腎疾患・低アルブミン血症など全身性の原因、片側性ならDVT・リンパ浮腫・蜂窩織炎など局所の原因を考える。 ・Virchowの三徴:血流の停滞、血管内皮障害、凝固能亢進。 ・DVTの診断:D-ダイマー(陰性なら除外に有用)、下肢静脈超音波検査で確定。Homans徴候は感度・特異度が低い。 ・末梢動脈疾患は冷感・蒼白・間欠性跛行・拍動減弱が特徴で、浮腫の原因とはならない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。