開くか、カテーテルか―腹部大動脈瘤の術式選びは「患者の体力」で決まる
第120回医師国家試験 F問題 第47問
国試問題にチャレンジ
75歳の男性。健診の腹部超音波検査で異常所見を指摘され来院した。既往歴に,高血圧と脂質異常症がある。身長167cm,体重78kg。体温36.0℃。脈拍70/分,整。血圧134/80mmHg。頸静脈の怒張を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しないが,上腹部に拍動性腫瘤を触知する。両側足背動脈を良好に触知する。血液所見:赤血球468万,Hb 13.9g/dL,白血球8,300,血小板21万。血液生化学所見:尿素窒素20mg/dL,クレアチニン1.2mg/dL。CRP 0.2mg/dL。腹部造影CTを下に示す。 以下は,研修医がこの疾患の治療方針について患者からの質問に応答している様子である。 患者:「手術が必要なのでしょうか。症状はないので迷います」 研修医:「①症状がなくても破裂する危険があります。動脈瘤の大きさから考えて手術をお勧めします。手術は,人工血管置換術とステントグラフト内挿術の2種類があります」 患者:「人工血管置換術はどのような治療ですか」 研修医:「②大動脈を遮断して行う手術です。③高齢者や併存疾患の多い患者さんに推奨されます」 患者:「ステントグラフトとは何でしょうか」 研修医:「ステントという金属の支持組織と人工血管をあわせた医療器具です。④カテーテルを用いて動脈内に挿入します。日本では,⑤この治療のほうが多く行われています」 下線部のうち,誤っているのはどれか。

- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
腹部大動脈瘤は多くが動脈硬化を背景に無症状のまま拡大し、破裂すると死亡率がきわめて高いため、最大短径が男性5.5cm以上・女性5.0cm以上、急速拡大、有症状などでは無症状でも予防的手術を行います。人工血管置換術は開腹と大動脈遮断を要する侵襲の大きな手術ですが長期成績に優れ、比較的若く全身状態の良い患者に向きます。ステントグラフト内挿術は大腿動脈からカテーテルで留置する低侵襲治療で、高齢者や併存疾患の多いハイリスク例に適し、国内では現在こちらが多数を占めますが、中枢ネックなどの解剖学的条件や、エンドリークに対する定期的な画像フォローが必要です。両術式の侵襲と耐久性のトレードオフを理解しておくことは、患者さんに合った治療選択を説明するうえで欠かせません。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・75歳男性で、高血圧と脂質異常症の既往がある。BMIは78÷1.67²≒28.0と肥満(1度)であり、高齢・男性・高血圧・脂質異常症と、動脈硬化の危険因子が重なっている。 ・無症状で、健診の腹部超音波検査で偶然異常を指摘された。 ・上腹部に拍動性腫瘤を触知する:腹部大動脈瘤(abdominal aortic aneurysm:AAA)を強く疑う所見である。 ・バイタルサインは安定し、貧血や炎症反応の上昇はなく、破裂や感染性動脈瘤を示唆する所見はない。両側足背動脈は良好に触知でき、下肢の虚血はない。クレアチニン1.2mg/dLと軽度高値だが、造影検査が施行できる範囲である。 ・腹部造影CT(腎臓の高さの横断像):腹部大動脈が径約63mm(62.5mm×63.2mm)に紡錘状に拡張し、瘤壁には石灰化を伴う。周囲への造影剤の漏出(血腫)はみられない。
診断と治療方針の考え方
以上から、未破裂・無症候性の腹部大動脈瘤と診断できる。AAAは多くが動脈硬化を背景とし、自覚症状がないまま拡大して、破裂して初めて発症することが多い。破裂すると死亡率がきわめて高いため、破裂前の予防的な待機手術が治療の基本となる。手術適応の判断で最も重要なのは最大短径であり、国内外のガイドラインでは男性で5.5cm以上(女性では5.0cm以上)、あるいは急速な拡大(半年で5mm以上など)や症状を伴う場合に手術が推奨される。本例は約6.3cmであり、症状がなくても手術適応である。 術式には、開腹して瘤を人工血管に置き換える人工血管置換術(開腹手術)と、血管内からステントグラフトを留置するステントグラフト内挿術(endovascular aneurysm repair:EVAR)がある。設問は研修医の説明のうち「誤っているもの」を選ぶ形式であり、両術式の侵襲の大きさと、どのような患者に向くかの対応関係を正しく理解しているかが問われている。
選択肢考察
- ×a. ①
「症状がなくても破裂する危険があり、瘤径から手術を勧める」という説明は正しい。AAAは破裂するまで無症状のことが多く、瘤径が大きいほど破裂のリスクが高まる。手術適応の目安は男性で最大短径5.5cm以上であり、本例の約6.3cmはこれを上回るため、無症状でも待機的手術を勧めるのが適切である。
- ×b. ②
「大動脈を遮断して行う手術」という説明は正しい。人工血管置換術では、開腹後に瘤の中枢側(腎動脈下など)と末梢側(腸骨動脈など)の正常な動脈を鉗子で遮断して血流を止め、瘤を切開して人工血管を縫着する。大動脈遮断とその解除に伴う血圧・心負荷の急な変動、開腹による侵襲が大きく、心肺機能に余力がある患者に適する。
- ○c. ③
この説明が誤りである。人工血管置換術は開腹と大動脈遮断を要する侵襲の大きな手術であり、術後の心血管合併症や呼吸器合併症のリスクが高い。そのため、高齢者や心疾患・呼吸器疾患・腎機能障害などの併存疾患が多いハイリスク患者には、低侵襲なステントグラフト内挿術が推奨される。人工血管置換術は、比較的若く手術に耐えられる全身状態の患者や、瘤の形態がステントグラフトに適さない場合に選択される。また、長期成績が安定しており、術後の再治療が少ないという利点もある。
- ×d. ④
「カテーテルを用いて動脈内に挿入する」という説明は正しい。ステントグラフト内挿術では、鼠径部の大腿動脈などからカテーテルを通して折りたたんだステントグラフトを瘤の位置まで運び、展開・固定する。瘤内に新しい血流の通り道をつくることで瘤壁に血圧がかからないようにし、破裂を防ぐ。開腹や大動脈遮断を必要としないため、出血量や入院期間が少なく済む。
- ×e. ⑤
「日本ではステントグラフト内挿術のほうが多く行われている」という説明は正しい。国内でステントグラフトが保険収載されて以降、その件数は年々増加し、現在では腹部大動脈瘤に対する待機手術の半数以上(6割程度)をステントグラフト内挿術が占め、人工血管置換術を上回っている。
腹部大動脈瘤の概要
・定義:腹部大動脈の径が正常(約2cm)の1.5倍以上、目安として3cm以上に拡張したもの。多くは腎動脈分岐部より末梢(腎動脈下)に生じる。 ・原因・危険因子:動脈硬化が最多。高齢、男性、喫煙(最大の修飾可能な危険因子)、高血圧、脂質異常症、家族歴。 ・症状:多くは無症状で、健診の超音波やCTで偶然発見されるか、拍動性腫瘤として触知される。腹痛・腰背部痛を伴う場合は切迫破裂を疑う。 ・破裂:激しい腹痛・腰背部痛、ショック、拍動性腫瘤が三徴であり、緊急手術を要する。死亡率はきわめて高い。
治療方針
・手術適応:最大短径が男性5.5cm以上・女性5.0cm以上、半年で5mm以上などの急速拡大、症状のあるもの、破裂例。嚢状瘤は紡錘状瘤より破裂しやすく、より小さい径でも手術を考慮する。 ・手術適応に満たない場合:禁煙、降圧などの危険因子管理を行い、瘤径に応じた間隔で超音波やCTによる経過観察を行う。
人工血管置換術とステントグラフト内挿術の比較
・人工血管置換術:開腹・大動脈遮断を要し侵襲が大きい。長期成績が確立しており、再治療が少ない。比較的若年で全身状態が良好な例、解剖学的にEVARが困難な例に向く。 ・ステントグラフト内挿術(EVAR):低侵襲で、周術期の死亡率・合併症が少ない。高齢者やハイリスク例に向く。一方で、瘤の中枢側に十分な長さ・径の正常部分(中枢ネック)があることや、カテーテルが通る腸骨・大腿動脈の太さが必要など、解剖学的条件の制約がある。術後には、ステントグラフトの外側から瘤内へ血流が残るエンドリーク、グラフトの移動などが起こりうるため、定期的な画像による経過観察が必要で、再治療を要することがある。
POINT
・上腹部の拍動性腫瘤 → 腹部大動脈瘤を疑い、超音波・造影CTで評価する。 ・手術適応:最大短径 男性5.5cm以上(女性5.0cm以上)、急速拡大、有症状、破裂。無症状でも適応となる。 ・人工血管置換術:開腹+大動脈遮断で侵襲大 → 若年・全身状態良好例向き。長期耐久性に優れる。 ・ステントグラフト内挿術:大腿動脈からカテーテルで留置する低侵襲治療 → 高齢者・併存疾患の多いハイリスク例向き。国内では現在こちらが多数を占める。 ・EVAR後はエンドリークなどの確認のため定期的な画像フォローが必要。
