StudyMed医師国家試験

歩くと痛む左脚―末梢動脈疾患の薬は「抗凝固」ではなく「抗血小板」

第120回医師国家試験 A問題 第31問

国試問題にチャレンジ

第120回 A問題 第31問

78歳の男性。歩行時の左下肢疼痛を主訴に来院した。4か月前から約300mの歩行で左下肢の痛みを自覚するようになり,立ち止まって休憩すると消失していた。最近痛みのため徐々に歩行可能距離が短くなった。60歳時から糖尿病と脂質異常症に対して定期的な投薬治療が行われている。喫煙は20歳から60歳まで20本/日。飲酒は機会飲酒。意識は清明。身長168cm,体重65kg。体温36.2℃。脈拍80/分,整。右上肢血圧160/90mmHg。呼吸数20/分。SpO2 96%(room air)。足関節上腕血圧比〈ABI〉は右側で0.96,左側で0.68であった。左大腿動脈から逆行性に造影した骨盤部の動脈造影の連続写真(A,B)を下に示す。 研修医と指導医の会話を以下に示す。 指導医:「この患者さんの発症時の症状をどう表現しますか」 研修医:「①間欠性跛行だと思います」 指導医:「この疾患の疫学で何か知っていますか」 研修医:「②我が国では最近増加傾向にあります」 指導医:「病変がある部位はどこですか」 研修医:「③左総腸骨動脈だと思います」 指導医:「この疾患の保存的治療としてどのようなものが考えられますか」 研修医:「④ワルファリン投与を考えます」 指導医:「侵襲的治療として,外科的血行再建術以外に,どのようなものが考えられますか」 研修医:「⑤血管内治療を考えます」  下線部のうち,誤っているのはどれか。

第120回 A問題 第31問の問題画像
  1. a.①
  2. b.②
  3. c.③
  4. d.④
  5. e.⑤

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、歩くと下肢が痛み、休むと治まる高齢男性の症例だ。研修医の5つの発言のうち誤りを1つ選ぶ形式だから、症状の呼び方、疫学、病変部位、保存的治療、侵襲的治療のそれぞれについて正誤を確かめていこう。まず、この症状と背景から何を考えるかな。
医学生医学生
一定の距離を歩くと痛くなって休むと治るので、間欠性跛行ですね。糖尿病、脂質異常症、長い喫煙歴もあるので、動脈硬化が原因の閉塞性動脈硬化症を考えました。
ドクタードクター
いい流れだね。今は末梢動脈疾患、PADと呼ぶことが多い。歩くと筋肉の酸素需要が増えるのに、狭くなった動脈では血流を増やせないから虚血になって痛む。休めば需要が下がって痛みが消える、という仕組みだ。だから最初の発言の間欠性跛行は正しい。
医学生医学生
でも、間欠性跛行は腰部脊柱管狭窄症でも出ますよね。整形外科の実習で、前かがみになると楽になる患者さんを診ました。
ドクタードクター
大事な鑑別だね。神経性の跛行は前かがみや座位で軽くなり、立っているだけでも症状が出ることがあって、ABIは正常だ。今回は左のABIが0.68と明らかに低下している。ABIは0.90以下で末梢動脈の狭窄・閉塞を示唆するから、血管性と判断できる。右は0.96でおおむね保たれていて、左だけの病変ということになる。
医学生医学生
ABIはOSCEの練習で測り方を習いました。足首の収縮期血圧を上腕で割るんでしたよね。
ドクタードクター
その通り。では疫学の発言、我が国で増加傾向というのはどうだろう。
医学生医学生
高齢化と生活習慣病の増加を考えると、増えていそうです。
ドクタードクター
正しい。PADは全身の動脈硬化を背景とする病気だから、高齢化や糖尿病・脂質異常症・高血圧の増加とともに患者数は増えている。特に糖尿病や透析の患者さんでは膝から下の動脈に病変ができやすく、重症化しやすいことも覚えておこう。次に病変部位。大腿動脈から逆行性に造影した骨盤部の動脈造影では、左総腸骨動脈に狭窄が描出されている。
医学生医学生
左のABIだけが下がっていることとも合いますね。総腸骨動脈のように近位だと、ふくらはぎだけでなくお尻や太ももが痛むこともあると循環器の講義で聞きました。
ドクタードクター
よく覚えているね。病変より末梢では大腿動脈の拍動が弱くなるのも手がかりになる。ここまでの3つは正しい。残るのは治療に関する2つだ。保存的治療としてワルファリン投与、というのはどうかな。
医学生医学生
血管が詰まる病気だから、血栓を防ぐためにワルファリンは自然な気がしてしまいます。
ドクタードクター
そこがこの問題の落とし穴だ。PADの本態は動脈硬化性の狭窄で、その上にできる血栓は血小板が主体なんだ。だから抗血栓療法の中心はアスピリンやクロピドグレルといった抗血小板薬になる。跛行症状の改善には、抗血小板作用と血管拡張作用をあわせもつシロスタゾールを使う。ワルファリンのような抗凝固薬は、PADだけでは心血管イベントを減らす効果が示されておらず、出血のリスクが増すので標準治療ではない。
医学生医学生
心房細動の左房内血栓みたいに、血流がよどんでできるフィブリン主体の血栓なら抗凝固薬、動脈の速い流れで起こる血栓なら抗血小板薬、という使い分けですね。
ドクタードクター
その整理でいい。だからPADでも、心房細動の合併や塞栓による急性動脈閉塞のように別の適応があれば抗凝固薬を使うことはある。というわけで、誤っているのはワルファリン投与の発言だ。最後の血管内治療はどうだろう。
医学生医学生
カテーテルでバルーン拡張したりステントを入れたりする治療ですよね。これは正しいと思います。
ドクタードクター
正しい。経皮的血管形成術やステント留置は局所麻酔で行えて体への負担が小さい。今回のような腸骨動脈領域の病変は血管内治療の成績がよく、第一選択になることが多い。長く広範な閉塞では外科的バイパス術を選ぶ。
医学生医学生
保存的治療は薬だけですか。
ドクタードクター
いい質問だね。実は保存的治療の柱は、禁煙を含めた危険因子の管理と運動療法なんだ。監視下で歩行訓練を続けると側副血行路が発達して、歩ける距離が延びていく。それでも生活に支障が残る跛行や、安静時疼痛・潰瘍がある包括的高度慢性下肢虚血では血行再建を考える。なお、シロスタゾールは心不全の患者さんには禁忌だから注意しよう。
医学生医学生
Fontaine分類でいうと、間欠性跛行がII度、安静時疼痛がIII度、潰瘍・壊死がIV度でしたね。
ドクタードクター
その通り。そしてもう一つ、PADは全身の動脈硬化の一部分にすぎない。冠動脈疾患や脳血管疾患を高い頻度で合併し、生命予後を左右するのは心筋梗塞や脳卒中だ。脚だけを診るのではなく、全身の血管を評価する視点を持っておきたいね。

まとめ

歩行で下肢痛が出て休むと消える間欠性跛行に、ABI 0.90以下の低下と多数の動脈硬化危険因子がそろえば、末梢動脈疾患(閉塞性動脈硬化症)を考えます。腰部脊柱管狭窄症による神経性跛行はABIが正常で前かがみで楽になる点が鑑別の手がかりです。PADの血栓は血小板主体であるため、薬物療法の中心はアスピリンやクロピドグレルなどの抗血小板薬で、跛行にはシロスタゾールを用い、ワルファリンは心房細動合併など別の適応がない限り標準治療ではありません。治療の土台は禁煙を含む危険因子の管理と運動療法で、改善しなければ血管内治療や外科的バイパス術を検討し、腸骨動脈領域では血管内治療が選ばれることが多いです。PADは冠動脈疾患や脳血管疾患を高率に合併する全身疾患であり、血栓の成り立ちから薬を使い分ける考え方とともに押さえておくことが大切です。

解答・解説

正解はdです

所見の整理

・78歳の男性。4か月前から約300m歩くと左下肢が痛み、立ち止まって休むと消える。最近は痛みが出るまでの歩行距離が短くなっている。 ・動脈硬化の危険因子として、糖尿病、脂質異常症、40年間・20本/日(ブリンクマン指数800)の喫煙歴、高齢、男性があり、来院時の血圧も160/90mmHgと高い。 ・足関節上腕血圧比(ABI:足関節の収縮期血圧を上腕の収縮期血圧で割った値)は右0.96と正常範囲、左0.68と低下している。ABIは1.00〜1.40が正常、0.90以下で末梢動脈の狭窄・閉塞を示唆する。 ・左大腿動脈から逆行性に造影した骨盤部動脈造影で、左総腸骨動脈に狭窄病変を認める。

診断

下肢の閉塞性動脈硬化症(ASO:arteriosclerosis obliterans、現在は末梢動脈疾患〈PAD:peripheral arterial disease〉と呼ばれることが多い)である。病変は左総腸骨動脈にあり、大動脈−腸骨動脈領域の病変である。

鑑別

歩くと下肢が痛み休むと改善する症状は、腰部脊柱管狭窄症による神経性間欠性跛行でもみられる。神経性跛行では前かがみ姿勢や座位で症状が軽くなる、立っているだけでも症状が出る、ABIは正常、などの特徴がある。本例はABIが低下し、造影で動脈病変を確認しているため、血管性の間欠性跛行と判断できる。

設問の考え方

「誤っているもの」を選ぶ問題である。症状の名称、疫学、病変部位、保存的治療、侵襲的治療のそれぞれについて正誤を判断する。PADの薬物療法の中心は抗血小板薬であり、抗凝固薬のワルファリンは標準治療ではない点が問われている。

選択肢考察

  1. ×a.  ①

    「間欠性跛行」は正しい。一定の距離を歩くと下肢(主にふくらはぎ、病変が近位にあれば殿部や大腿)に痛みやだるさが生じて歩けなくなり、少し休むと回復して再び歩ける症状をいう。運動で筋肉の酸素需要が増えるのに、狭窄した動脈では血流を増やせず虚血になることで生じる。本例は約300mで出現し、休憩で消失しており典型的である。Fontaine分類ではⅡ度に相当する。

  2. ×b.  ②

    「我が国では最近増加傾向」は正しい。PADは全身の動脈硬化を背景とする疾患であり、人口の高齢化と、糖尿病・脂質異常症・高血圧などの生活習慣病の増加に伴い、我が国でも患者数が増えている。特に糖尿病や透析患者では膝より下の動脈に病変が多く、重症化しやすい。

  3. ×c.  ③

    「左総腸骨動脈」は正しい。骨盤部動脈造影で左総腸骨動脈に狭窄を認め、左のABIのみが0.68に低下していることとも一致する。総腸骨動脈など近位の病変では、ふくらはぎに加えて殿部や大腿の跛行を訴えることもある。病変より末梢で大腿動脈の拍動が弱くなるのも特徴である。

  4. ○d.  ④

    「ワルファリン投与」が誤りである。PADは動脈硬化性の狭窄が本態で、その上にできる血栓は血小板が主体であるため、抗血栓療法としてはアスピリンやクロピドグレルなどの抗血小板薬が推奨される。間欠性跛行の改善には、抗血小板作用と血管拡張作用をもつシロスタゾールが用いられる。ワルファリンなどの抗凝固薬は、PAD単独では心血管イベントを減らす効果が示されておらず、出血の危険が増えるため推奨されない。抗凝固薬は心房細動の合併や急性動脈閉塞(塞栓症)など、別の適応がある場合に用いる。

  5. ×e.  ⑤

    「血管内治療」は正しい。カテーテルを用いて狭窄部をバルーンで拡張する経皮的血管形成術(PTA)や、ステント留置術がある。局所麻酔で行え、体への負担が小さい。特に本例のような腸骨動脈領域の病変は血管内治療の成績が良好で、第一選択とされることが多い。長く広範な閉塞では外科的バイパス術が選択される。

末梢動脈疾患(PAD)の重症度分類

Fontaine分類 ・Ⅰ度:無症状、または冷感・しびれ ・Ⅱ度:間欠性跛行(Ⅱa:跛行距離が200mを超える軽度、Ⅱb:200m以下の中等度〜重度) ・Ⅲ度:安静時疼痛 ・Ⅳ度:潰瘍・壊死 Ⅲ度・Ⅳ度は包括的高度慢性下肢虚血(CLTI)と呼ばれ、下肢切断の危険が高く血行再建を急ぐ。

ABI

・正常:1.00〜1.40、境界:0.91〜0.99、0.90以下でPADを示唆する。 ・1.40を超える場合は、糖尿病や透析患者でみられる動脈壁の石灰化により血管が圧迫されにくく、見かけ上高値となる。この場合は足趾上腕血圧比(TBI)などで評価する。

PADの治療

・危険因子の管理:禁煙、糖尿病・脂質異常症(スタチン)・高血圧の治療。 ・運動療法:監視下での歩行訓練により側副血行路の発達などが促され、跛行距離が延びる。保存的治療の柱である。 ・薬物療法:抗血小板薬(アスピリン、クロピドグレル)で心血管イベントを予防し、跛行症状にはシロスタゾールを用いる。シロスタゾールはホスホジエステラーゼ3阻害薬で、心不全患者には禁忌である。 ・血行再建:保存的治療で改善しない跛行や、CLTIで考慮する。血管内治療(PTA、ステント)と外科的バイパス術があり、病変部位・長さ・患者の状態で選ぶ。

全身の動脈硬化との関連

PADは全身の動脈硬化の一部分症であり、冠動脈疾患や脳血管疾患を高率に合併する。PAD患者の生命予後を左右するのは心筋梗塞や脳卒中であるため、全身の血管の評価と危険因子の管理が重要である。

POINT

・歩行で下肢痛が出現し休むと消える=間欠性跛行。ABI 0.90以下ならPADを考える。 ・神経性間欠性跛行(腰部脊柱管狭窄症)ではABIは正常で、前かがみで症状が和らぐ。 ・PADの薬物療法は抗血小板薬(アスピリン、クロピドグレル、シロスタゾール)。ワルファリンは標準治療ではない。 ・治療の基本は危険因子の管理と運動療法。改善しなければ血管内治療(PTA・ステント)または外科的バイパス術。 ・PADは冠動脈疾患・脳血管疾患を高率に合併する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。