StudyMed医師国家試験

「土台」と「引き金」がそろうとき―粘液水腫性昏睡はなぜ起こるのか

第112回医師国家試験 A問題 第9問

国試問題にチャレンジ

第112回 A問題 第9問

粘液水腫性昏睡について正しいのはどれか。

  1. a.男性に多い。
  2. b.夏季に多い。
  3. c.橋本脳症とも呼ばれる。
  4. d.治療において甲状腺ホルモンの投与は必須ではない。
  5. e.基礎にある甲状腺疾患に他の要因が重層して起こる。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、甲状腺の内分泌緊急症のひとつ、粘液水腫性昏睡の基本を問う問題だ。着眼点は「どんな人に、どんな季節に、どういう仕組みで起こるのか」と「治療の柱は何か」。それから、名前が紛らわしい疾患との区別も問われているよ。
医学生医学生
甲状腺機能低下症がものすごく重くなった状態、というイメージです。ただ、それだけで昏睡まで行くのかなと少し疑問でした。
ドクタードクター
鋭い疑問だね。実は甲状腺機能低下症は年単位でゆっくり進むから、体はある程度その状態に適応してしまう。そこに感染症や寒冷、鎮静薬などの「引き金」が加わったときに、代償しきれなくなって一気に破綻する。重い機能低下症という土台に、別の要因が重なって起こる、というのが本質なんだ。
医学生医学生
それなら、基礎の甲状腺疾患に他の要因が重層して起こる、という記述がそのまま正しいですね。
ドクタードクター
その通り、それが正解だ。引き金として代表的なのは、肺炎や尿路感染症などの感染症、寒冷曝露、睡眠薬・麻酔薬・オピオイドのような中枢神経を抑える薬、手術や外傷、心不全、脳血管障害、そして甲状腺ホルモン薬の自己中断。もともと代謝も心肺の余力も落ちている人にこうした負荷がかかると、低体温、低換気、循環不全、意識障害が一気に表に出てくる。
医学生医学生
寒冷が引き金になるなら、夏より冬に多いということですよね。
ドクタードクター
そう。甲状腺ホルモンが足りないと熱をつくれないから、寒さにとても弱い。冬は気温の低下に加えて呼吸器感染症も増えるので、発症が冬季に集中しやすい。夏に多い、という選択肢は誤りだね。性別についてはどう考える?
医学生医学生
内分泌の講義で、橋本病は圧倒的に女性に多いと習いました。基礎疾患が女性に多いなら、男性に多いとは考えにくいです。
ドクタードクター
いい推論だ。好発は高齢の女性とされていて、男性に多いという特徴はない。次は名前の話。橋本脳症とも呼ばれる、という選択肢はどうかな。
医学生医学生
橋本病に関係する昏睡だから、橋本脳症と同じものかと一瞬思ってしまいました。
ドクタードクター
そこが典型的なひっかけ。橋本脳症は、橋本病を背景に自己免疫の機序で脳症が起こる、まったく別の疾患なんだ。意識障害や認知機能障害、精神症状、けいれんなどを示すけれど、甲状腺機能は正常のことが多い。だから甲状腺ホルモンを補っても良くならず、副腎皮質ステロイドがよく効く。抗TPO抗体が陽性で、抗NAE抗体が診断の参考になる。
医学生医学生
神経内科を回ったとき、「治療可能な認知症」の一つとして橋本脳症を挙げられていたのを思い出しました。原因がホルモン不足か自己免疫かで、まったく違うんですね。
ドクタードクター
その整理で完璧だ。では最後の選択肢、甲状腺ホルモンの投与は必須ではない、はどうだろう。
医学生医学生
根本はホルモンの欠乏なので、補充しないと治らないはずです。必須ではない、は誤りだと思います。
ドクタードクター
正しい。診断がついたら速やかにレボチロキシンを中心に補充し、必要に応じてリオチロニンを併用する。ただし注意点が2つある。1つは高齢者や心疾患のある人では、急に増やすと心筋虚血や不整脈を誘発しうること。もう1つは、副腎不全の合併を否定できないうちは、ヒドロコルチゾンを先行または同時に投与すること。甲状腺ホルモンで代謝が上がると副腎皮質ホルモンの需要が増えて、副腎クリーゼを誘発しかねないからだ。
医学生医学生
甲状腺ホルモンだけ入れればいいわけではないんですね。ほかにはどんな管理をしますか。
ドクタードクター
全身管理が欠かせない。低換気でCO2がたまるので、必要なら気管挿管して人工呼吸。輸液や昇圧薬で循環を支え、低ナトリウム血症や低血糖を補正する。低ナトリウム血症は急速に補正しないこと。そして誘因の治療、たとえば感染症への抗菌薬や原因薬剤の中止も同時に進める。
医学生医学生
低体温には、温かい輸液や加温装置で一気に温めればいいですか。
ドクタードクター
そこは注意が必要だ。急速に加温すると末梢血管が広がって血圧が下がり、ショックを招くことがある。毛布などでゆっくり温める受動的復温が基本だよ。こうした治療を尽くしても死亡率は20〜30%程度と高い。だからこそ、冬に救急搬送された高齢者の意識障害と低体温を見たら、甲状腺機能を必ず疑ってほしい。身体所見では、圧痕を残さない浮腫、皮膚の乾燥、眉毛外側の脱落、嗄声、アキレス腱反射の弛緩相遅延がヒントになる。
医学生医学生
意識障害の鑑別で「AIUEOTIPS」を覚えるときも、内分泌の項目として忘れないようにします。反対の極にある甲状腺クリーゼも、基礎疾患に誘因が重なるという点では似ていますね。
ドクタードクター
よく気づいたね。甲状腺クリーゼも多くはバセドウ病に感染や手術、抗甲状腺薬の中断が重なって起こる。機能が低すぎても高すぎても、「土台+引き金」で緊急症になる、とセットで覚えておくと整理しやすいよ。

まとめ

粘液水腫性昏睡は、重度の甲状腺機能低下症を土台に、感染症・寒冷曝露・鎮静薬・手術・ホルモン薬の中断などの誘因が重なって代償が破綻し、意識障害・低体温・低換気・循環不全・低ナトリウム血症などを来す内分泌緊急症です。高齢女性や冬季に多く、治療を尽くしても死亡率は高いとされます。治療では甲状腺ホルモンの補充が必須で、副腎不全に備えたヒドロコルチゾン投与、呼吸・循環管理、緩徐な復温、電解質補正、誘因の治療を並行して行います。名前の似た橋本脳症は、甲状腺機能が正常のことが多く、ステロイドが奏効する自己免疫性脳症という別の疾患です。「基礎疾患+誘因」という発症の構図は甲状腺クリーゼにも共通し、内分泌緊急症を理解し、救急の意識障害で見逃さないための土台になります。

解答・解説

正解はeです

内分泌緊急症の一つである粘液水腫性昏睡の疫学・発症機序・治療と、名称の似た橋本脳症との区別を問う問題である。

粘液水腫性昏睡とは

重度で長期間未治療の(あるいは治療を中断した)甲状腺機能低下症を基盤に、感染症、寒冷曝露、鎮静薬・麻酔薬などの薬剤、手術・外傷、心不全、脳血管障害、消化管出血などの誘因が重なって、生体の代償機構が破綻した状態である。甲状腺ホルモンが著しく欠乏すると、熱産生の低下(低体温)、呼吸中枢の反応低下による低換気(CO2の貯留)、心機能低下と循環不全、低ナトリウム血症、低血糖などが生じ、これらが重なって意識障害を来す。名称に「昏睡」とあるが、意識障害の程度は傾眠から昏睡までさまざまで、必ずしも昏睡状態に限らない。

疫学

高齢者に多く、甲状腺機能低下症の多い女性に多い。寒冷が誘因となるため冬季に発症しやすい。死亡率は適切な治療を行っても20〜30%程度と高い。

考え方

「重い甲状腺機能低下症という土台+誘因(感染・寒冷・薬剤など)」で発症する病態であること、治療の柱は甲状腺ホルモンの補充と全身管理であること、橋本脳症は自己免疫性脳症という別の疾患であることを押さえると、正解は e と判断できる。

選択肢考察

  1. ×a.  男性に多い。

    誤り。基礎疾患である甲状腺機能低下症(原因の多くは慢性甲状腺炎(橋本病))が女性に多いことを反映して、粘液水腫性昏睡も女性に多いとされる。男性に多いという特徴はない。好発年齢は高齢者である。

  2. ×b.  夏季に多い。

    誤り。冬季に多い。甲状腺機能低下症の患者は熱産生が少なく寒さに弱いため、気温の低下や寒冷曝露によって体温を維持できなくなり、低体温を契機に発症しやすい。冬季に増える呼吸器感染症も誘因となる。

  3. ×c.  橋本脳症とも呼ばれる。

    誤り。橋本脳症は粘液水腫性昏睡の別名ではなく、別の疾患である。橋本脳症は、慢性甲状腺炎(橋本病)の患者に自己免疫機序による脳症が起こるもので、意識障害、認知機能障害、精神症状、けいれん、不随意運動などを呈する。甲状腺機能は正常であることが多く、甲状腺ホルモンの補充では改善せず、副腎皮質ステロイドが著効する点が特徴である。抗甲状腺抗体(抗TPO抗体など)が陽性で、抗NAE(N末端αエノラーゼ)抗体が診断の参考になる。一方、粘液水腫性昏睡は甲状腺ホルモンの著しい欠乏そのものによる病態で、治療は甲状腺ホルモンの補充である。

  4. ×d.  治療において甲状腺ホルモンの投与は必須ではない。

    誤り。病態の根本は甲状腺ホルモンの著しい欠乏であるため、甲状腺ホルモンの投与は治療に必須であり、診断がつき次第速やかに開始する。わが国ではレボチロキシン(T4製剤)を中心に投与し、必要に応じてリオチロニン(T3製剤)を併用する。高齢者や心疾患のある患者では、急な増量で心筋虚血や不整脈を誘発する恐れがあるため、量の調整に注意する。また、副腎不全の合併を否定できないうちは、甲状腺ホルモン投与で副腎皮質ホルモンの需要が高まり副腎クリーゼを誘発し得るため、ヒドロコルチゾンを先行または同時に投与する。これに加えて、呼吸管理(必要なら人工呼吸)、循環管理、緩徐な復温、低ナトリウム血症・低血糖の補正、誘因(感染症など)の治療を行う。

  5. ○e.  基礎にある甲状腺疾患に他の要因が重層して起こる。

    正しい。粘液水腫性昏睡は、重度の甲状腺機能低下症という基礎があるところに、感染症(肺炎、尿路感染症、敗血症など)、寒冷曝露、鎮静薬・睡眠薬・麻酔薬・オピオイドなど中枢神経を抑制する薬剤、手術・外傷、心不全、脳血管障害、消化管出血、甲状腺ホルモン薬の自己中断などの要因が重なって発症する。甲状腺機能低下症の患者はもともと代謝や心肺の予備能が低下しているため、こうした負荷が加わると代償しきれなくなり、低体温・低換気・循環不全・意識障害が一気に顕在化する。

粘液水腫性昏睡の臨床像と検査所見

・意識障害(傾眠〜昏睡)、低体温、徐脈、低血圧・ショック、低換気(CO2ナルコーシス)、心嚢液貯留。 ・甲状腺機能低下症の身体所見: 皮膚の乾燥、圧痕を残さない浮腫(粘液水腫)、眉毛外側の脱落、巨舌、嗄声、アキレス腱反射の弛緩相遅延など。 ・検査: 遊離T4(FT4)の著明な低値。原発性(甲状腺そのものの障害)であればTSHは高値。低ナトリウム血症、低血糖、高CK血症、高コレステロール血症、高CO2血症などを伴う。 ・わが国の診断基準では、甲状腺機能低下症の存在と中枢神経症状(意識障害)を必須とし、低体温、低換気、循環不全、代謝異常(低ナトリウム血症など)の有無を合わせて判断する。

治療のまとめ

1. 甲状腺ホルモンの補充(T4製剤を中心に、必要に応じてT3製剤を併用)。 2. 副腎皮質ステロイド(ヒドロコルチゾン)の投与(副腎不全の合併・誘発に備える)。 3. 呼吸管理(低換気に対する気管挿管・人工呼吸)。 4. 循環管理(輸液、昇圧薬)。 5. 低体温への対応(毛布などによる緩徐な受動的復温。急速な加温は末梢血管拡張による血圧低下を招く)。 6. 電解質・血糖の補正(低ナトリウム血症は急速補正を避ける)。 7. 誘因の除去・治療(感染症に対する抗菌薬、原因薬剤の中止など)。

甲状腺クリーゼとの対比

甲状腺の内分泌緊急症として、甲状腺中毒症の極型である甲状腺クリーゼ(高熱、頻脈・心不全、意識障害、下痢・黄疸など)もある。こちらも基礎疾患(多くはバセドウ病)に感染・手術・ストレス・抗甲状腺薬の中断などの誘因が加わって発症する点は共通する。

橋本脳症との鑑別

・粘液水腫性昏睡: 甲状腺ホルモンの著しい欠乏が原因。FT4著明低値。治療は甲状腺ホルモン補充と全身管理。 ・橋本脳症: 甲状腺に対する自己免疫を背景とした脳症。甲状腺機能は正常のことが多い。ステロイドが奏効し、治療可能な認知症(treatable dementia)の一つとして重要。

POINT

・粘液水腫性昏睡は、重度の甲状腺機能低下症に感染・寒冷・薬剤などの誘因が重なって発症する内分泌緊急症である。 ・高齢者・女性・冬季に多く、死亡率は高い。 ・低体温、低換気、循環不全、低ナトリウム血症、意識障害が特徴。 ・治療は甲状腺ホルモン補充が必須で、副腎皮質ステロイド、呼吸・循環管理、誘因の治療を並行して行う。 ・橋本脳症は自己免疫性脳症で、甲状腺機能は正常のことが多く、ステロイドが著効する別疾患である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。