排卵期の左下腹部痛―「止まった出血」は待つのが正解、卵巣出血の見きわめ方
第112回医師国家試験 A問題 第27問
国試問題にチャレンジ
30歳の女性。下腹部痛を主訴に来院した。3日前,左下腹部の痛みで目覚めた。その後,同じ強さの痛みが持続したため本日(月経周期の17日目)受診した。今朝から痛みは軽減している。悪心と嘔吐はない。4週間前に受けた婦人科健診では子宮と卵巣とに異常を指摘されなかったという。最終月経は17日前から5日間。月経周期は28日型,整。身長160cm,体重52kg。体温36.5℃。脈拍72/分,整。血圧108/68mmHg。呼吸数18/分。腹部は平坦,軟で,筋性防御を認めない。内診で左卵巣に軽い圧痛を認める。子宮と右卵巣には異常を認めない。血液所見:赤血球380万,Hb 10.4 g/dL,Ht 31%,白血球5,800,血小板16万。血液生化学所見:総蛋白7.3g/dL,アルブミン4.3g/dL,総ビリルビン0.3 mg/dL,AST 18U/L,ALT 16U/L,LD 195U/L(基準176~353),尿素窒素18mg/dL,クレアチニン0.6mg/dL。CRP 0.3mg/dL。妊娠反応陰性。左卵巣の経腟超音波像を別に示す。 適切な対応はどれか。

- a.経過観察
- b.抗菌薬投与
- c.抗凝固薬投与
- d.嚢胞穿刺吸引術
- e.左付属器摘出術
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
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ドクター
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ドクター
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ドクターまとめ
生殖年齢女性の急性下腹部痛では、まず妊娠反応で異所性妊娠を除外し、そのうえで月経周期の時期、炎症所見、超音波所見を組み合わせて鑑別を進めます。排卵期〜黄体期に突然起こる片側の下腹部痛で、超音波で嚢胞内に網目状(レース状)のエコーを認めれば、フィブリン網を反映した出血性黄体嚢胞、すなわち卵巣出血が考えられます。卵巣出血の多くは自然に止血し、嚢胞も1〜2月経周期で消退するため、バイタルサインが安定し腹膜刺激症状がなければ経過観察が原則であり、抗菌薬や抗凝固薬、嚢胞穿刺、付属器摘出は不適切です。一方、ショック徴候、進行する貧血、多量の腹腔内出血があれば腹腔鏡下止血術などを検討し、その場合も卵巣温存を優先します。「治療しない」という判断を根拠をもって下し、再評価とフォローを続ける姿勢は、婦人科救急に限らず臨床判断の基本となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・30歳女性。3日前、左下腹部痛で目が覚め、同程度の痛みが続いたが、今朝からは軽くなってきている。悪心・嘔吐はない。 ・月経周期は28日型で整、受診日は周期17日目である。したがって発症は周期14日目ごろ、すなわち排卵期にあたる。 ・4週間前の婦人科健診では子宮・卵巣に異常はなかった。 ・バイタルサインは安定(脈拍72/分、血圧108/68 mmHg、体温36.5℃)。腹部は平坦・軟で筋性防御なし。内診で左卵巣に軽い圧痛のみ。 ・Hb 10.4 g/dL、Ht 31%と軽度の貧血がある。白血球5,800、CRP 0.3 mg/dLで炎症所見はない。血小板・肝腎機能は正常。妊娠反応陰性。 ・経腟超音波:左卵巣に約37×32 mmの嚢胞性病変があり、内部に細い線状・網目状(レース状)のエコーを認める。
診断へのプロセス
排卵期に突然発症した片側の下腹部痛で、妊娠反応が陰性であることから、まず排卵に関連した卵巣出血(卵胞出血・黄体出血)を考える。超音波で嚢胞内部に網目状のエコーがみられるのは、血液が凝固・溶解する過程で生じるフィブリン網を反映した所見で、出血性黄体嚢胞(出血性嚢胞)に典型的である。4週間前の健診で卵巣に異常がなかったことから、この嚢胞は短期間で生じた機能性の病変であり、腫瘍や子宮内膜症性嚢胞(チョコレート嚢胞)などの器質的疾患は考えにくい。 鑑別すべき疾患として、異所性妊娠(妊娠反応陰性で否定的)、骨盤内炎症性疾患や虫垂炎(発熱・白血球増多・CRP上昇がなく否定的)、卵巣腫瘍茎捻転(悪心・嘔吐を伴う激痛が典型で、もともと腫瘍がないことからも考えにくい)が挙がる。 軽度の貧血は、卵巣からの出血の一部が腹腔内に及んだことによる可能性があるが、バイタルサインは安定し、腹膜刺激症状もなく、痛みは軽快傾向にある。すなわち出血はすでに止まっていると判断できる。
対応の考え方
卵巣出血の多くは少量で自然に止血するため、循環動態が安定していれば保存的に経過観察する。ショック徴候、進行する貧血、超音波での大量の腹腔内貯留液などがあれば、手術(腹腔鏡下止血術など)を考慮する。本例は保存的治療の適応であり、経過観察が適切である。
選択肢考察
- ○a. 経過観察
バイタルサインが安定し、腹膜刺激症状がなく、痛みは軽快傾向で、貧血も軽度にとどまっている。出血性黄体嚢胞による卵巣出血は大部分が自然に止血し、嚢胞自体も数週から数か月(通常1〜2月経周期)で吸収・消退する。安静と鎮痛を中心に、血算や超音波で貧血の進行や腹腔内出血の増加がないことを確認しつつ経過をみるのが適切である。次の月経後に超音波で嚢胞の縮小・消失を確認すれば、腫瘍性病変との区別もより確実になる。
- ×b. 抗菌薬投与
抗菌薬は骨盤内炎症性疾患(PID)や卵管卵巣膿瘍などの感染症で用いる。本例は体温36.5℃、白血球5,800、CRP 0.3 mg/dLと炎症所見がなく、感染を示唆する所見はない。投与の必要はない。
- ×c. 抗凝固薬投与
抗凝固薬は血栓症の治療・予防や、DIC(播種性血管内凝固)の一部の病態で使われる薬である。本例では血小板数は正常でDICを示唆する所見もない。出血性病変に抗凝固薬を投与すれば、止まりかけた卵巣からの出血を再燃・増悪させるおそれがあり、有害である。
- ×d. 嚢胞穿刺吸引術
出血性黄体嚢胞は自然に吸収される機能性嚢胞であり、穿刺の必要はない。むしろ穿刺により新たな出血や腹腔内出血を誘発し、感染の原因ともなりうる。また、仮に腫瘍性病変であった場合には内容液の腹腔内漏出をまねくおそれもあり、診断の確定していない卵巣嚢胞を安易に穿刺すべきではない。
- ×e. 左付属器摘出術
付属器摘出術は卵巣と卵管を切除する手術で、卵巣腫瘍(特に悪性が疑われる場合)などで行われる。本例の病変は自然消退が期待できる機能性嚢胞であり、状態も安定しているため手術自体が不要である。さらに30歳と生殖年齢にあり、妊孕性や卵巣機能の温存が重要である。たとえ出血が持続して手術が必要になった場合でも、まずは腹腔鏡下の止血や嚢胞部分の処置で卵巣を温存するのが原則で、付属器を摘出するのは適切でない。
卵巣出血
・卵巣表面や卵胞・黄体の血管が破綻して起こる出血で、腹腔内に出血すると急性腹症をきたす。 ・卵胞出血:排卵時に卵胞壁が破れる際の出血。周期の中ごろ(排卵期)に起こる。 ・黄体出血:排卵後の黄体形成に伴う新生血管からの出血。黄体期に起こり、卵巣出血の多くを占める。 ・右側に多いとされる(左側はS状結腸がクッションになるためと説明される)。性交や運動、外力が誘因となることがある。抗凝固療法中や出血傾向のある患者では重症化しやすい。
症状・検査
・突然発症の片側下腹部痛。出血量が多いと腹膜刺激症状、貧血、頻脈・血圧低下などのショック症状を呈する。 ・経腟超音波:出血性嚢胞は内部に網目状・レース状のエコー(フィブリン網)や、凝血塊による充実性に見える部分を示す。腹腔内出血があればDouglas窩に液体貯留を認める。 ・妊娠反応で異所性妊娠を必ず除外する。
治療
・循環動態が安定していれば保存的治療(安静、鎮痛、経過観察)。多くは自然止血する。 ・循環動態が不安定、貧血が進行、腹腔内出血が多量の場合は手術(腹腔鏡下止血術、卵巣部分切除など)。生殖年齢では卵巣温存を原則とする。
女性の急性下腹部痛の鑑別
・妊娠関連:異所性妊娠、流産 ・卵巣関連:卵巣出血、卵巣腫瘍茎捻転、卵巣腫瘍破裂 ・炎症性:骨盤内炎症性疾患、卵管卵巣膿瘍 ・婦人科以外:虫垂炎、尿路結石、憩室炎など 月経周期のどの時期に起こったか、妊娠反応、炎症所見、超音波所見の組み合わせで絞り込む。
POINT
・生殖年齢女性の急性下腹部痛では、まず妊娠反応で異所性妊娠を除外する。 ・排卵期〜黄体期の突然の片側下腹部痛と、超音波で網目状エコーを伴う嚢胞は出血性黄体嚢胞(卵巣出血)を示唆する。 ・卵巣出血はバイタルサインが安定していれば経過観察(保存的治療)が原則で、多くは自然止血・自然消退する。 ・ショック、進行性貧血、多量の腹腔内出血があれば手術を検討し、その場合も卵巣温存を優先する。 ・機能性嚢胞を穿刺したり、付属器を摘出したりするのは不適切である。
