期限切れのレンズが招く角膜の危機―保存液に潜むGram陰性桿菌の正体
第111回医師国家試験 I問題 第52問
国試問題にチャレンジ
23歳の女性。右眼の痛みと充血とを主訴に来院した。4年前から2週間使い捨てのソフトコンタクトレンズを常用しているが,最近は4週間使用しているという。3日前から右眼の異物感と充血とがあったが,そのままコンタクトレンズを装用していた。昨夜,コンタクトレンズを外した後,眼痛が出現した。右眼の細隙灯顕微鏡写真を別に示す。病変部の擦過物とコンタクトレンズ保存液の塗抹検鏡検査でGram陰性桿菌が検出された。 原因微生物として考えられるのはどれか。

- a.淋菌
- b.緑膿菌
- c.クラミジア
- d.サルモネラ菌
- e.レジオネラ菌
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
コンタクトレンズの交換期限超過などの不適切な使用を背景に、眼痛・充血とともに角膜中央の浸潤病巣と実質の混濁・肥厚を示す角膜潰瘍が生じ、病変部と保存液からGram陰性桿菌が検出された場合は、緑膿菌角膜炎を考えます。緑膿菌はレンズケース内でバイオフィルムを作って増殖し、タンパク分解酵素で角膜実質を急速に融解するため、輪状膿瘍や前房蓄膿、短期間での穿孔に注意が必要です。淋菌はGram陰性双球菌、クラミジアは偏性細胞内寄生菌、サルモネラやレジオネラは感染経路や好発病態が異なり、コンタクトレンズ関連ではアカントアメーバ角膜炎も重要な鑑別です。治療は装用中止と抗菌薬の頻回点眼が基本で、検鏡結果に基づく迅速な治療開始が視力予後を左右します。菌の形態と感染経路を組み合わせて原因微生物を絞り込む考え方は、感染症診療全般に通じる基本であり、患者へのレンズケア指導にも直結します。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・23歳女性、右眼の痛みと充血。 ・2週間で交換すべき使い捨てソフトコンタクトレンズ(頻回交換型)を4週間使用しており、交換期限を守らない不適切な使用がある。 ・3日前から異物感と充血があったのに装用を続け、レンズを外した後に眼痛が出現した。レンズ装用中は角膜の知覚が鈍りやすく、また接触刺激が隠れているため、外した後に痛みが表面化することがある。 ・細隙灯顕微鏡写真では、角膜中央に円形の白色〜灰白色の浸潤病巣があり、その部位でスリット光の幅が広がって見える。スリット光の幅(角膜の光学切片の厚み)が拡大しているのは、炎症細胞の浸潤や浮腫で角膜実質が混濁・肥厚しているためであり、上皮欠損を伴う角膜実質の炎症(角膜潰瘍)が示唆される。 ・病変部の擦過物とコンタクトレンズ保存液の両方からGram陰性桿菌が検出された。
診断へのプロセス
コンタクトレンズの不適切な使用・管理を背景に、眼痛・充血を伴う角膜浸潤(潰瘍)が生じており、細菌性角膜炎(角膜潰瘍)と診断できる。病変とレンズ保存液から同じ形態の菌が検出されたことは、汚染されたレンズケース・保存液内で菌が増殖し、レンズを介して角膜に感染したことを示している。
設問への考え方
コンタクトレンズ関連の細菌性角膜炎で、Gram陰性桿菌が原因となる代表は緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)である。緑膿菌は水回りなど湿った環境に広く存在し、レンズケースの中でバイオフィルム(菌が自ら作る粘液状の膜)を形成して増殖しやすい。角膜上皮に小さな傷があると侵入し、タンパク分解酵素によって角膜実質を急速に融解させる。検出菌の形態(Gram陰性桿菌)と感染経路(レンズ・保存液)の両方に合致する選択肢を選べばよい。
選択肢考察
- ×a. 淋菌
淋菌(Neisseria gonorrhoeae)はGram陰性双球菌であり、検出された桿菌とは形態が合わない。性感染症として産道感染による新生児の結膜炎や、成人の性器から眼への接触感染を起こし、大量のクリーム状膿性眼脂を伴う激しい結膜炎(超急性結膜炎)が特徴である。進行すると角膜潰瘍や穿孔に至りうるが、コンタクトレンズの保存液を介した感染の原因菌としては考えにくい。
- ○b. 緑膿菌
緑膿菌はGram陰性桿菌で、コンタクトレンズ関連細菌性角膜炎の代表的な原因菌である。湿潤環境を好み、不十分な洗浄や交換期限超過で汚染されたレンズケース・保存液の中で増殖し、レンズを介して角膜に付着する。プロテアーゼなどのタンパク分解酵素により角膜実質を急速に溶かし、輪状膿瘍(リング状の浸潤)や、すりガラス状の実質混濁、粘稠な膿性眼脂、前房蓄膿を伴う角膜潰瘍を呈する。進行が速く数日で穿孔に至ることもあるため、迅速な診断と治療が必要である。病変部と保存液の両方からGram陰性桿菌が検出された本例の所見に最もよく合う。
- ×c. クラミジア
クラミジア(Chlamydia trachomatis)は宿主細胞内でしか増殖できない偏性細胞内寄生菌で、細胞壁はGram陰性菌に類似するが、通常のGram染色で桿菌として観察されることはない。眼では、性感染症としての封入体結膜炎(成人・新生児)や、トラコーマの原因となり、濾胞形成を特徴とする慢性結膜炎を起こす。コンタクトレンズ保存液を介する角膜潰瘍の原因ではない。
- ×d. サルモネラ菌
サルモネラ属菌はGram陰性桿菌ではあるが、鶏卵や食肉などを介した経口感染による急性胃腸炎(食中毒)や、チフス菌・パラチフスA菌による腸チフス・パラチフスの原因となる菌である。コンタクトレンズ関連角膜炎の原因菌としては一般的ではない。
- ×e. レジオネラ菌
レジオネラ属菌はGram陰性桿菌で水環境に生息するが、循環式浴槽や冷却塔などで増殖した菌をエアロゾルとして吸入することで、肺炎(レジオネラ症)やポンティアック熱を起こすのが典型である。通常のGram染色では染まりにくく、培養には特殊培地(BCYEα培地)を要する。コンタクトレンズ関連角膜炎の原因として考える菌ではない。
コンタクトレンズ関連角膜感染症
若年者の感染性角膜炎の主要な原因はコンタクトレンズ装用であり、特にレンズケアの不良(こすり洗い不足、保存液の継ぎ足し、ケースの不衛生・交換不足)、交換期限超過、装用したままの睡眠などが危険因子となる。 主な原因微生物: ・緑膿菌:最も重要なGram陰性桿菌。輪状膿瘍、実質の急速な融解、前房蓄膿。 ・セラチアなど他のGram陰性桿菌。 ・黄色ブドウ球菌・表皮ブドウ球菌、肺炎球菌などのGram陽性球菌:比較的境界明瞭な類円形の浸潤を作ることが多い。 ・アカントアメーバ:水道水やレンズケース内に存在する原虫。初期に放射状角膜神経炎、進行すると輪状浸潤を呈し、所見に比して強い眼痛が特徴。治療に難渋する。 ・真菌:植物による外傷後やステロイド点眼使用例に多く、羽毛状の辺縁や衛星病巣を示す。
細菌性角膜炎の診断と治療
病変部の擦過物を塗抹検鏡(Gram染色など)と培養に提出し、原因菌を推定・同定する。レンズケースや保存液の培養も参考になる。治療はコンタクトレンズの中止と、抗菌薬(ニューキノロン系、アミノグリコシド系、セフェム系など)の頻回点眼が基本で、重症例では眼軟膏や全身投与を併用する。緑膿菌角膜炎では進行が速いため、検鏡結果をもとに直ちに治療を開始する。
予防
レンズの使用期限・装用時間を守る、毎回のこすり洗い、保存液の継ぎ足しをしない、ケースの洗浄・乾燥と定期交換、水道水でレンズやケースをすすがない、異常があれば直ちに装用を中止して受診する、などを指導する。
POINT
・コンタクトレンズの不適切使用+角膜潰瘍+Gram陰性桿菌 → 緑膿菌角膜炎を考える。 ・緑膿菌はレンズケース・保存液で増殖し、タンパク分解酵素で角膜実質を急速に融解する(輪状膿瘍、前房蓄膿、穿孔の危険)。 ・コンタクトレンズ関連ではアカントアメーバ(強い眼痛、放射状角膜神経炎)も重要な鑑別。 ・淋菌はGram陰性双球菌(超急性の膿性結膜炎)、クラミジアは偏性細胞内寄生菌(封入体結膜炎・トラコーマ)。 ・異常を感じたら装用を中止することが重症化予防の基本。
