夢の中で戦う65歳―レム睡眠行動障害は「寝室の安全」から始まる
第111回医師国家試験 I問題 第41問
国試問題にチャレンジ
65歳の男性。睡眠中の行動異常を主訴に妻に伴われて来院した。5年前からしばしば悪夢を見てはっきりした寝言を言うようになった。次第に睡眠中に大声で叫んだり笑ったりするようになり,上肢を振り回し妻に殴りかかることがあった。寝言や寝ぼけた行動は夢の内容に対応していた。 最も考えられる疾患について正しいのはどれか。
- a.Alzheimer型認知症に移行する可能性が高い。
- b.徐波睡眠相に一致して行動異常が出現する。
- c.妻に対する無意識の敵意が原因である。
- d.寝室環境の調整が必要である。
- e.過眠を伴うことが多い。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
中高年男性が夢の内容どおりに叫んだり暴れたりする場合は、レム睡眠中の筋緊張抑制が破綻して夢が行動化するレム睡眠行動障害を考え、終夜睡眠ポリグラフ検査でREM sleep without atoniaを確認します。徐波睡眠から起こり小児に多い睡眠時遊行症・睡眠時驚愕症とは、出現する睡眠段階や夢の想起の有無で区別します。対応の基本は、布団への変更や危険物の除去、寝室を分けるといった寝室環境の安全確保で、クロナゼパムなどの薬物療法や抗うつ薬・アルコールなど誘因の見直しを組み合わせます。特発性RBDはParkinson病、Lewy小体型認知症、多系統萎縮症といったαシヌクレイノパチーの前駆症状となることが多く、Alzheimer型認知症とは関連が乏しい点が重要です。睡眠生理と神経変性疾患をつなげて理解することで、安全対策と長期の経過観察という臨床判断ができるようになります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・65歳の男性(中高年男性) ・睡眠中の行動異常を主訴に、ベッドパートナーである妻に伴われて受診した ・5年前から悪夢と、はっきりした(内容の聞き取れる)寝言が始まった ・しだいに睡眠中に大声で叫ぶ・笑う、上肢を振り回して妻に殴りかかるなど、行動が激しくなった ・寝言や行動は夢の内容と一致していた
診断へのプロセス
睡眠中の異常行動(睡眠時随伴症〈パラソムニア〉)は、どの睡眠段階で起こるかで大きく分けて考える。 ・ノンレム睡眠(特に深い徐波睡眠)から起こるもの:睡眠時遊行症(夢遊病)、睡眠時驚愕症(夜驚症)など。小児に多く、夜間の前半に起こり、本人は夢の内容をほとんど覚えていない。 ・レム睡眠から起こるもの:レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder:RBD)。夢を見るレム睡眠の時期に起こるため、行動が夢の内容と一致し、起こされると夢を思い出せることが多い。夜間の後半(レム睡眠が多くなる時間帯)に起こりやすい。 本症例は中高年男性で、夢(多くは追いかけられる・襲われるなどの不快な夢)の内容どおりに叫んだり暴れたりしており、レム睡眠行動障害が最も考えられる。 鑑別としては、睡眠中に発作を起こすてんかん(特に前頭葉てんかん。発作は夢と関連せず、常同的な動きを示し、脳波でてんかん性放電がみられる)、閉塞性睡眠時無呼吸による覚醒に伴う異常行動、せん妄(意識障害を伴い、数年にわたる慢性の経過はとらない)、薬剤性(抗うつ薬などでレム睡眠中の筋緊張低下が失われることがある)などが挙がる。確定診断には終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)で、本来筋緊張が消失するはずのレム睡眠中に筋活動が残っている所見(REM sleep without atonia:RWA)を確認する。
設問の考え方
レム睡眠行動障害の病態(レム睡眠中の筋緊張抑制の破綻)、将来起こりうる疾患(αシヌクレイン病)、そして当面の対応(本人とベッドパートナーの外傷予防)を理解していれば解ける。
選択肢考察
- ×a. Alzheimer型認知症に移行する可能性が高い。
中高年発症の特発性レム睡眠行動障害は、αシヌクレインという蛋白質が神経細胞に異常に蓄積する疾患群(αシヌクレイノパチー)、すなわちParkinson病、Lewy小体型認知症、多系統萎縮症の前駆症状であることが多い。長期経過観察では半数以上がこれらの疾患を発症すると報告されている。一方、アミロイドβやタウの蓄積を主体とするAlzheimer型認知症との関連は乏しく、移行しやすいとはいえない。
- ×b. 徐波睡眠相に一致して行動異常が出現する。
レム睡眠行動障害の行動異常は、名前のとおりレム睡眠期に出現する。レム睡眠期の脳波は低振幅で速い波が主体となり、覚醒時に近いパターンを示すため、徐波(深いノンレム睡眠でみられる高振幅の遅い波)は目立たない。徐波睡眠に一致して異常行動が出るのは、睡眠時遊行症や睡眠時驚愕症などのノンレム睡眠からの覚醒障害であり、これらは小児に多く、夢の内容とは対応しない。
- ×c. 妻に対する無意識の敵意が原因である。
レム睡眠行動障害は、脳幹(橋の背側部など)にあるレム睡眠中の筋緊張を抑える神経機構が障害され、夢の内容がそのまま身体の動きとして現れてしまう器質的な病態である。妻への暴力は夢の中の相手(襲ってくる人や動物など)に抵抗した結果であり、配偶者への無意識の敵意といった心理的な葛藤が原因ではない。精神力動的な解釈で説明すべきものではない。
- ○d. 寝室環境の調整が必要である。
夢の行動化によって、本人がベッドから転落したり家具にぶつかったりして外傷を負うことがあり、ベッドパートナーが殴られたり蹴られたりしてけがをすることもある。そのため、薬物療法と並んで、寝室環境の安全確保が対応の基本となる。具体的には、ベッドをやめて床に布団を敷く、ベッドの周囲にクッションを置く、ベッド周りから割れ物・角のある家具・照明スタンド・刃物などを取り除く、窓から離れた場所で寝る、症状が強い時期はパートナーと寝室や寝具を分ける、などの工夫を行う。
- ×e. 過眠を伴うことが多い。
レム睡眠行動障害そのものでは、日中の過度の眠気(過眠)は通常目立たない。過眠を主症状とする睡眠障害には、ナルコレプシー(情動脱力発作、入眠時幻覚、睡眠麻痺、入眠時レム睡眠を伴う)、特発性過眠症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群などがある。なお、ナルコレプシーにレム睡眠行動障害が合併することはあるが、一般的な中高年発症例の特徴ではない。
レム睡眠行動障害(RBD)の概要
・病態:正常のレム睡眠では、脳は活発に活動して夢を見ている一方、脳幹からの指令によって全身の骨格筋の緊張が消失しており(筋アトニア)、夢の中で動いても実際の体は動かない。RBDではこの筋緊張抑制の仕組みが障害され、夢の内容が寝言や体の動きとして現れる(夢の行動化)。 ・疫学:50歳以上の中高年男性に多い。 ・症状:夢の内容と一致した寝言、叫び声、笑い、手足を振り回す・殴る・蹴るなどの行動。夢は襲われる・追いかけられるといった不快なものが多い。夜間の後半に多く、起こすと速やかに覚醒し夢の内容を語れることが多い。 ・診断:終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)でレム睡眠中の筋活動残存(REM sleep without atonia)を確認し、可能であれば同時ビデオ記録で異常行動を確認する。 ・治療:(1)寝室環境の安全確保、(2)薬物療法:クロナゼパム(ベンゾジアゼピン系)が代表的である。高齢者では転倒や日中の眠気、睡眠時無呼吸の悪化に注意が必要で、メラトニン受容体作動薬などが用いられることもある。(3)誘因の除去:抗うつ薬(SSRI、SNRI、三環系など)やアルコールは症状を誘発・悪化させることがあるため見直す。
αシヌクレイノパチーとの関係
特発性RBDは、Parkinson病・Lewy小体型認知症・多系統萎縮症の数年~十数年前から先行することが多く、これらの神経変性疾患の重要な前駆症状と位置づけられている。Lewy小体型認知症の診断基準では、RBDは中核的特徴の一つに含まれている。そのため、RBDと診断した患者では嗅覚低下、便秘、パーキンソニズム、認知機能の変化などに注意して経過を観察する。
ノンレム睡眠関連の睡眠時随伴症との比較
・睡眠時遊行症・睡眠時驚愕症:小児に多い、夜間前半の徐波睡眠から出現、夢の内容を覚えていないことが多い、起こしても覚醒しにくい。 ・RBD:中高年男性に多い、夜間後半のレム睡眠から出現、夢の内容と行動が一致、起こすと速やかに覚醒する。
POINT
・中高年男性で「夢の内容どおりに叫ぶ・暴れる」→レム睡眠行動障害(RBD)。 ・レム睡眠中の筋緊張抑制が失われる(REM sleep without atonia)ことが本態で、PSGで確認する。 ・Parkinson病、Lewy小体型認知症、多系統萎縮症(αシヌクレイノパチー)の前駆症状となる。Alzheimer型認知症ではない。 ・対応は寝室環境の安全確保(布団に変える、危険物を除く、パートナーと寝室を分ける)とクロナゼパムなどの薬物療法。 ・徐波睡眠に出現する異常行動は睡眠時遊行症・夜驚症(小児に多い)。 ・過眠はナルコレプシーや睡眠時無呼吸の特徴であり、RBDでは通常目立たない。
