転んで立てない高齢者を見たら―まず疑う「大腿骨近位部骨折」
第111回医師国家試験 H問題 第22問
国試問題にチャレンジ
77歳の女性。自宅の玄関で倒れているところを家人に発見され,痛みで立ち上がれないため救急車で搬入された。意識は清明。心拍数92/分,整。血圧170/100mmHg。SpO2 100%(リザーバー付マスク 10L/分酸素投与下)。右股関節を動かすと痛がる。右下肢に腫脹を認めず圧痛もはっきりしない。上肢の筋力低下を認めない。四肢の腱反射は正常。感覚の左右差はない。いつもは200m先のコンビニエンスストアまで杖をついて買い物に行っていたという。股関節エックス線写真を別に示す。 最も考えられるのはどれか。

- a.恥骨骨折
- b.坐骨骨折
- c.腸骨骨折
- d.股関節脱臼
- e.大腿骨近位部骨折
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
高齢者が転倒後に立ち上がれなくなった場合、神経学的異常がなければまず大腿骨近位部骨折を疑うのが原則です。股関節の運動時痛があっても、関節包内の骨折では外見上の腫脹が目立たないことがあり、本例ではエックス線写真で患者右側の大腿骨転子部に転位を伴う骨折線と内反変形を認めました。恥骨・坐骨骨折は症状上の鑑別になりますが、腸骨骨折や股関節脱臼は通常より強い外力で生じ、脱臼では屈曲・内転・内旋位、近位部骨折では短縮・外旋位が典型です。頸部骨折は骨癒合しにくく骨頭壊死を起こしやすい一方、転子部骨折は骨癒合は良好ですが出血が多いという違いが治療法の選択につながります。早期手術・早期離床と骨粗鬆症治療による再骨折予防、そして見逃しやすい非転位骨折にはMRIを用いるという流れは、高齢者医療で必須の知識です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・77歳女性が自宅玄関で倒れており、痛みのために立ち上がれない:高齢者の転倒後の起立・歩行不能である。 ・意識清明、上肢の筋力低下なし、四肢腱反射正常、感覚の左右差なし:脳卒中や脊髄障害など神経疾患による起立不能は考えにくい。 ・血圧170/100mmHg、心拍数92/分:疼痛による交感神経の緊張でも説明できる。 ・右股関節を動かすと痛がるが、右下肢の腫脹や圧痛ははっきりしない:股関節周囲の骨折を疑う所見である。大腿骨頸部骨折のような関節包内の骨折では、出血が関節包内にとどまるため外見上の腫脹や皮下出血が目立たないことが多い。 ・受傷前は杖をついて200m先まで歩行できていた:もともとの歩行能力は保たれており、急性の外傷によって歩けなくなったと考えられる。この受傷前の歩行能力は、手術を行って早期に歩行能力の回復を目指すかどうかを判断するうえでも重要な情報となる。
画像所見
股関節正面像では、L(左)の表示が画像の右側にあるため、画像の左側が患者の右側となる。患者の右大腿骨の近位部、大転子と小転子の間を含む転子部に骨折線を認め、骨折部での転位を伴い、骨頭・頸部が内反(頸体角が小さくなる方向)に変形している。両側とも大腿骨頭は寛骨臼に収まっており、股関節脱臼はない。恥骨、坐骨、腸骨に明らかな骨折線はない。
診断
高齢女性の転倒後の起立不能、股関節の運動時痛、画像所見から、右大腿骨近位部骨折(転子部骨折)と診断する。 高齢者が転倒して立てなくなった場合は、まず大腿骨近位部骨折を疑うのが原則である。転位のない頸部骨折は単純エックス線写真で見逃されやすく、臨床的に強く疑われるのに骨折線がはっきりしない場合は、MRIやCTを追加して評価する。近位部骨折が否定された場合に、骨盤骨折(恥骨・坐骨・腸骨)や股関節脱臼などを検討する。
選択肢考察
- ×a. 恥骨骨折
誤り。恥骨骨折(特に恥骨上枝・下枝の骨折)は、骨粗鬆症のある高齢者が転倒した際に生じる代表的な骨盤骨折であり、股関節の運動時痛や歩行困難をきたすため、本例の症状の鑑別として重要である。鼠径部から恥骨部の圧痛を伴うことが多い。しかし本例のエックス線写真では恥骨に骨折線を認めない。
- ×b. 坐骨骨折
誤り。坐骨骨折は、高齢者の転倒で恥骨骨折とともに骨盤輪の前方部分の骨折として生じることがあるほか、若年者では筋の牽引力による坐骨結節の裂離骨折として起こる。殿部下方の痛みや座位での痛みを伴う。本例のエックス線写真では坐骨に骨折線を認めない。
- ×c. 腸骨骨折
誤り。腸骨骨折は、腸骨翼の骨折(Duverney骨折)など、交通事故や転落といった強い外力による骨盤骨折の一部として生じることが多い。骨盤骨折では大量出血によるショックに注意が必要である。本例は立った高さからの転倒という比較的軽い外力であり、エックス線写真でも腸骨に骨折線を認めない。
- ×d. 股関節脱臼
誤り。外傷性股関節脱臼は、交通事故のダッシュボード損傷(膝を前方から強く打ち、大腿骨が後方へ押し込まれる)など、大きなエネルギーで生じることが多く、後方脱臼が大部分を占める。後方脱臼では患肢が屈曲・内転・内旋位をとり短縮する。人工股関節置換術後であれば軽微な外力でも脱臼することがあるが、本例の画像には人工関節はなく、両側の大腿骨頭は寛骨臼に収まっているため脱臼は認めない。
- ○e. 大腿骨近位部骨折
正しい。高齢女性が転倒後に起立不能となり、股関節の運動時痛を認める経過は、骨粗鬆症を背景とした大腿骨近位部骨折に典型的である。エックス線写真では患者右側の大腿骨転子部に骨折線を認め、骨頭・頸部が内反変形している。大腿骨近位部骨折には骨頭骨折、頸部骨折、頸基部骨折、転子部骨折、転子下骨折が含まれ、本例は転子部骨折にあたる。臨床的には、患肢が短縮し外旋位をとることが多い。
大腿骨近位部骨折
骨粗鬆症を基盤として高齢者(特に女性)の転倒で生じる代表的な脆弱性骨折である。橈骨遠位端骨折、上腕骨近位部骨折、椎体骨折と並ぶ高齢者の4大骨折の一つで、日本では年間十数万件以上発生し、高齢化に伴い増加している。受傷後に歩行能力が低下して寝たきりになる原因となり、生命予後にも影響する。
頸部骨折と転子部骨折の違い
・大腿骨頸部骨折(関節包内骨折):骨頭への血流が途絶しやすく、骨膜による骨形成も乏しいため、骨癒合が得られにくく、偽関節や大腿骨頭壊死を生じやすい。転位の程度はGarden分類(stage Ⅰ〜Ⅳ)で評価する。転位が小さいもの(stage Ⅰ・Ⅱ)は骨接合術(スクリューなど)、転位が大きいもの(stage Ⅲ・Ⅳ)は人工骨頭置換術などが一般的である。 ・大腿骨転子部骨折(関節包外骨折):血流が豊富な海綿骨の部分で生じるため骨癒合は得られやすいが、出血量が多くなりやすい。骨接合術(髄内釘であるγネイルや、sliding hip screwなど)で治療する。
治療の原則
全身状態が許す限り、早期(受傷後なるべく早く)に手術を行い、早期離床・リハビリテーションを図る。長期臥床は肺炎、深部静脈血栓症、褥瘡、筋力低下、認知機能低下などを招くためである。受傷前の歩行能力は術後の歩行能力の予測因子となる。あわせて骨粗鬆症の評価と治療を行い、再骨折(反対側の骨折や椎体骨折)を予防する。
画像診断の注意点
転位のない頸部骨折は単純エックス線写真で見落とされやすい。臨床的に疑わしければ、MRIが最も感度が高い。
POINT
・高齢者が転倒して立てなくなったら、まず大腿骨近位部骨折を疑う。 ・大腿骨近位部骨折は骨頭・頸部・頸基部・転子部・転子下の骨折を含み、頸部骨折と転子部骨折が大部分を占める。 ・頸部骨折は関節包内骨折で骨癒合しにくく、骨頭壊死・偽関節を起こしやすい。転子部骨折は関節包外骨折で骨癒合は良好だが出血が多い。 ・患肢の短縮・外旋位が典型的である。 ・治療は早期手術と早期離床が原則で、骨粗鬆症治療による再骨折予防も重要である。 ・エックス線で骨折線が不明瞭でも疑わしければMRIで評価する。
