「今は死にたくない」を信じすぎない―自殺未遂者に救急外来でかけるべき言葉と、してはいけないこと
第111回医師国家試験 H問題 第23問
国試問題にチャレンジ
48歳の男性。道路に倒れているところを発見され救急車で搬入された。3か月前から職場の人間関係に悩み,不眠と食欲低下が続き仕事が手につかなくなっていたという。当日は勤務後に居酒屋で大量に飲酒し,川に飛び込んで死のうと橋の欄干に登ったが道路側に転落したという。「今は死にたいとは思わないが,また妻に心配をかけてしまった」と述べる。アルコール臭を認めるが意識は清明。後頭部に皮下血腫を認める。顔面に数個の擦過傷を認める。神経学的所見に異常を認めない。血液生化学所見に異常を認めない。頭部CTで異常を認めない。 対応として適切でないのはどれか。
- a.精神科受診を勧める。
- b.自殺をしないよう約束させる。
- c.自殺企図のあったことを警察に通報する。
- d.大量のアルコール飲用について注意する。
- e.家族のサポートが必要であることを説明する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
自殺未遂の既往は自殺既遂の最も強い危険因子であり、救急外来で本人が希死念慮を否定しても再企図のリスクは高いままです。本例はストレスを契機とした抑うつ症状と自責感からうつ病が疑われ、大量飲酒や中高年男性であることも危険因子に当たります。対応の基本は、身体治療後に率直に話し合って自殺しない約束をしてもらうこと、精神科へ確実につなぐこと、家族の支援体制を整えること、飲酒などの危険因子を減らすことです。一方、自殺企図は犯罪ではなく医師に警察への通報義務はなく、守秘義務の観点からも一律の通報は不適切で、切迫した自傷他害のおそれがあれば精神保健福祉法に基づく措置入院などの手続きを検討します。救急外来を支援の入口と捉える視点は、自殺予防の実践に欠かせません。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・3か月前から職場の人間関係に悩む:心理社会的なストレス因子の存在。 ・不眠、食欲低下が続き、仕事が手につかない:睡眠障害、食欲低下、集中力・意欲の低下という抑うつ症状。 ・勤務後に大量飲酒し、川に飛び込もうと橋の欄干に登った:明確な死の意図をもった自殺企図(自殺未遂)である。アルコールは抑制を外し、衝動的な行動を起こしやすくする。 ・「また妻に心配をかけてしまった」:自責感(罪責感)の表れ。「また」という言葉からは、以前にも家族に心配をかける出来事があった可能性もうかがえる。 ・アルコール臭はあるが意識清明、神経学的所見・血液生化学所見・頭部CTに異常なし:急性アルコール中毒による意識障害、頭部外傷による脳損傷(器質性精神障害)は否定的で、身体的には後頭部の皮下血腫と顔面の擦過傷という軽い外傷にとどまる。
診断と評価
ストレスを契機とした持続する抑うつ症状と自殺企図、自責感から、うつ病(大うつ病性障害)が強く疑われる。身体的な緊急性は低く、本例で最優先すべきは自殺の再企図を防ぐための対応である。 本人は「今は死にたいとは思わない」と述べているが、自殺未遂の既往は将来の自殺既遂の最も強い危険因子であり、未治療のうつ病、アルコールの問題、中高年男性という属性も危険因子に当たる。救急外来で一時的に希死念慮を否定しても、それだけで安心してはならない。
設問の考え方
自殺企図者への救急外来での対応の基本は、身体的治療を行ったうえで、①本人の気持ちを受け止めて率直に話し合う、②精神科での評価・治療につなげる、③家族など周囲の支援体制を整える、④危険因子(飲酒など)を減らす、の4点である。一方、自殺企図そのものは犯罪ではなく、医師に警察への通報義務もない。むしろ患者の秘密を守る義務があり、不要な通報は信頼関係を損ねて援助を遠ざける。したがって「警察に通報する」は適切でない対応である。
選択肢考察
- ×a. 精神科受診を勧める。
適切な対応である。本例はうつ病が疑われ、精神科の受診歴の記載もないことから未治療の状態と考えられる。うつ病は薬物療法や精神療法で改善が期待できる疾患であり、自殺企図の背景にある精神疾患を診断・治療することが再企図の予防に直結する。自殺未遂者は再企図のリスクが高いため、救急部門から精神科へ確実につなぐこと(可能であれば院内の精神科医の診察や紹介先の具体的な手配)が重要である。
- ×b. 自殺をしないよう約束させる。
適切な対応である。自殺未遂者に対しては、自殺について話題にすることを避けず、「死なないでほしい」という気持ちを率直に伝え、自殺しないことを約束してもらうことが、再企図を思いとどまらせる助けとなる。ただし、約束をしたことだけで安全が確保されたと考えるのは誤りであり、精神科受診や家族の見守りなど、ほかの対策と組み合わせて用いる必要がある。
- ○c. 自殺企図のあったことを警察に通報する。
適切でない対応であり、本問の正解である。日本では自殺企図は犯罪ではなく、医師が自殺未遂者を警察へ通報する法的義務はない。医師には守秘義務(刑法第134条)があり、正当な理由なく患者の秘密を第三者に漏らすことは許されない。本人の意に反する通報は医療者への不信を招き、今後の支援や受診を妨げるおそれもある。本例は意識清明で、現時点では希死念慮を否定し、受け答えも可能であるため、まずは精神科受診につなげることが優先される。なお、精神障害のために自傷他害のおそれが切迫している場合には、精神保健福祉法に基づく措置入院(精神保健指定医2名の診察で要措置と一致した場合に都道府県知事が命じる)の手続きが検討されるが、それは自殺企図があったことを一律に警察に知らせることとは異なる。
- ×d. 大量のアルコール飲用について注意する。
適切な対応である。アルコールは判断力を鈍らせ抑制を外すことで、衝動的な自殺行動を起こしやすくする。本例でも大量飲酒の直後に自殺企図に及んでいる。また、飲酒はうつ症状や不眠を悪化させ、抗うつ薬治療の効果も妨げる。ストレスや不眠への対処として飲酒が習慣化するとアルコール使用障害へ進むおそれもあるため、飲酒を控えるよう指導することは再企図の予防に重要である。
- ×e. 家族のサポートが必要であることを説明する。
適切な対応である。自殺未遂後は再企図のリスクが高く、本人だけで危機を乗り越えるのは難しい。家族に状況を説明し、見守り、受診への付き添い、服薬の支援、危険な兆候(死をほのめかす言動、身辺整理など)に気づいたときの相談先の確認などの協力を得ることは、再企図の予防とうつ病の治療継続の双方に役立つ。家族に過度な責任感を負わせないよう配慮しつつ、支援体制を整えることが大切である。
自殺の危険因子
・自殺未遂の既往(最も強い危険因子) ・精神疾患(うつ病などの気分障害、アルコール使用障害、統合失調症、パーソナリティ障害など) ・アルコール・薬物の乱用 ・中高年男性(日本では自殺者数の約7割が男性) ・喪失体験(失職、離別、死別、経済的困窮、身体疾患など) ・社会的孤立、支援者の不在 ・自殺の家族歴
自殺の危険がある人への対応:TALKの原則
・Tell:心配していることを言葉に出して伝える。 ・Ask:死にたい気持ちについて率直に尋ねる(尋ねることが自殺を誘発するわけではない)。 ・Listen:本人の気持ちを否定せずに傾聴する。 ・Keep safe:安全を確保する(一人にしない、危険物を遠ざける、専門家や家族につなぐ)。
うつ病(大うつ病性障害)の診断(DSM-5)
抑うつ気分または興味・喜びの喪失のいずれかを含み、以下の症状のうち5つ以上が2週間以上ほぼ毎日続き、社会生活に支障をきたしている場合に診断する。 抑うつ気分、興味・喜びの喪失、体重(食欲)の変化、不眠または過眠、精神運動焦燥または制止、易疲労感・気力の減退、無価値感・過剰な罪責感、思考力・集中力の低下、死についての反復思考・自殺念慮や自殺企図。
精神保健福祉法における入院形態の概要
・任意入院:本人の同意による入院。 ・医療保護入院:精神保健指定医が入院の必要を認め、本人の同意が得られない場合に家族等の同意で行う入院。 ・措置入院:精神障害のために自傷他害のおそれがあると、精神保健指定医2名の診察結果が一致した場合に、都道府県知事(政令指定都市の市長)の命令で行う入院。 ・緊急措置入院:急を要する場合に、指定医1名の診察で72時間を限度として行う措置入院。 ・応急入院:急速を要し家族等の同意が得られない場合に、応急入院指定病院で72時間を限度として行う入院。
POINT
・自殺未遂の既往は自殺既遂の最大の危険因子であり、救急外来で希死念慮を否定しても再企図のリスクは高い。 ・自殺企図者には、身体治療後に精神科受診へつなぐ、率直に話し合い自殺しない約束をする、家族の支援体制を整える、飲酒などの危険因子を減らす、という対応を行う。 ・自殺企図は犯罪ではなく、医師に警察への通報義務はない。守秘義務の観点からも一律の通報は不適切である。 ・自傷他害のおそれが切迫する精神障害者には措置入院の制度がある。
