つわりの点滴に潜む落とし穴―ブドウ糖がWernicke脳症を引き起こす理由
第111回医師国家試験 G問題 第23問
国試問題にチャレンジ
妊娠悪阻に対する糖質輸液療法を行う際,必ず加えるべきなのはどれか。
- a.ビタミンA
- b.ビタミンB1
- c.ビタミンB12
- d.ビタミンC
- e.ビタミンE
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
妊娠悪阻は、つわりが重症化して脱水・電解質異常・ケトーシスなどの栄養代謝障害をきたした状態で、経口摂取が困難な場合は輸液で水分・電解質とブドウ糖を補います。長期間の摂取不良でビタミンB1が枯渇しているところに糖質輸液を行うと、糖代謝に伴ってB1が急速に消費され、意識障害・眼球運動障害・失調性歩行を三徴とするWernicke脳症を発症する危険があるため、糖質輸液には必ずビタミンB1を加えます。ビタミンB12は肝臓に数年分の貯蔵があり、ビタミンC・Eも糖負荷で急に欠乏するものではなく、ビタミンAはむしろ妊娠初期の過剰摂取による催奇形性に注意が必要です。Wernicke脳症はアルコール依存症に限らず、胃切除後や長期の経静脈栄養などでも起こり、疑ったらブドウ糖より先か同時にビタミンB1を投与するのが原則です。「栄養状態の悪い人に糖を入れるときはまずB1」という考え方は、診療科を問わず役立つ重要な臨床知識です。
解答・解説
正解はbです
妊娠悪阻の輸液療法で最も注意すべき合併症であるWernicke脳症と、その予防を問う問題である。
妊娠悪阻とは
つわり(妊娠初期の悪心・嘔吐)が重症化し、食物摂取が困難となって脱水、体重減少(妊娠前から5%以上など)、電解質異常、尿中ケトン体陽性といった栄養・代謝障害をきたした状態である。妊娠5〜6週ごろに始まり、多くは妊娠12〜16週ごろまでに軽快する。治療の基本は、安静と少量頻回の食事摂取、そして経口摂取が困難な場合の輸液による脱水・電解質・エネルギーの補正である。
なぜビタミンB1が必須なのか
ビタミンB1(チアミン)は、補酵素型のチアミンピロリン酸として、ピルビン酸脱水素酵素やα-ケトグルタル酸脱水素酵素など、糖代謝の要となる酵素の働きに不可欠である。体内の貯蔵量は少なく、摂取が途絶えると数週間で欠乏状態に陥る。妊娠悪阻の患者は長期間食事がとれず、もともとビタミンB1が枯渇しがちである。 この状態でブドウ糖を主体とする糖質輸液を行うと、糖の代謝が急に進んでビタミンB1が一気に消費され、潜在していた欠乏が顕在化する。その結果、エネルギー代謝の盛んな脳(第三脳室・中脳水道周囲、乳頭体など)が障害され、Wernicke脳症を発症する。したがって、糖質輸液の際には必ずビタミンB1を補充し、予防しなければならない。
選択肢考察
- ×a. ビタミンA
誤り。妊娠悪阻の輸液療法でビタミンAの補充が必須となる理由はない。むしろ妊娠初期のビタミンAの過剰摂取には催奇形性(頭蓋顔面・中枢神経系・心臓などの奇形)が知られており、ビタミンA製剤の添付文書では、ビタミンA欠乏症の場合を除き、妊娠3か月以内または妊娠を希望する女性への1日5,000 IU以上の投与は禁忌とされている。
- ○b. ビタミンB1
正しい。長期の摂取不良でビタミンB1が枯渇した状態で糖質輸液を行うと、糖代謝に伴ってビタミンB1が急速に消費され、Wernicke脳症を発症する危険がある。Wernicke脳症は意識障害、眼球運動障害(外眼筋麻痺、眼振)、失調性歩行を三徴とし、進行すると致死的であるほか、記憶障害や作話を特徴とするKorsakoff症候群を後遺することがある。予防のため、糖質輸液には必ずビタミンB1を加える。発症が疑われた場合には、ブドウ糖投与の前または同時にビタミンB1を十分量投与する。
- ×c. ビタミンB12
誤り。ビタミンB12は巨赤芽球性貧血や亜急性連合性脊髄変性症の原因となる欠乏が問題となるビタミンだが、肝臓に数年分が貯蔵されているため、妊娠悪阻のような数週間単位の摂取不良で急速に欠乏することはまれである。欠乏が確認されれば補充するが、糖質輸液に必ず加えるものではない。
- ×d. ビタミンC
誤り。ビタミンCはコラーゲン合成や抗酸化作用に関わり、欠乏すると壊血病(歯肉出血、皮下出血、創傷治癒遅延)をきたす。しかし、糖質輸液によって急激に消費されて重篤な合併症を起こすビタミンではなく、妊娠悪阻の糖質輸液に必須の添加物ではない。
- ×e. ビタミンE
誤り。ビタミンEは脂溶性の抗酸化ビタミンであり、欠乏すると溶血や神経障害(脊髄小脳失調など)をきたしうるが、欠乏は脂肪吸収障害などで長期間かけて生じるものである。糖質輸液との関連はなく、妊娠悪阻で必ず補充すべきものではない。
妊娠悪阻の病態と評価
・原因は明確ではないが、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)の高値との関連が指摘されており、多胎妊娠や胞状奇胎で重症化しやすい。 ・hCGには甲状腺刺激作用があるため、一過性の甲状腺機能亢進(妊娠性一過性甲状腺機能亢進症)を伴うことがある。 ・脱水による血液濃縮、ケトン尿、低カリウム血症、低クロール性代謝性アルカローシス(嘔吐による胃酸喪失)などがみられる。 ・脱水と安静臥床により深部静脈血栓症のリスクが高まる点にも注意する。
治療
・輸液: 細胞外液補充液などで脱水と電解質を補正し、ブドウ糖でエネルギーを補給する。このとき必ずビタミンB1を添加する。 ・制吐薬の使用や、重症例での入院管理を行う。
Wernicke脳症
・原因: ビタミンB1欠乏。アルコール依存症、妊娠悪阻、胃切除後、長期の経静脈栄養などで生じる。 ・三徴: 意識障害、眼球運動障害(外転神経麻痺、眼振など)、失調性歩行。三徴がそろわない例も多い。 ・画像: MRIで第三脳室周囲、中脳水道周囲、乳頭体、視床内側に対称性の異常信号を認める。 ・治療: 速やかなビタミンB1の大量静注。ブドウ糖を先に単独で投与すると増悪しうる。 ・後遺症: 記憶障害、見当識障害、作話を特徴とするKorsakoff症候群に移行することがある。
ビタミンB1欠乏による他の病態
・脚気(末梢神経障害、高拍出性心不全) ・乳酸アシドーシス(ピルビン酸がアセチルCoAに変換されず、乳酸に傾くため)
POINT
・妊娠悪阻に糖質輸液を行う際には、Wernicke脳症予防のため必ずビタミンB1を加える。 ・ビタミンB1が欠乏した状態で糖負荷を行うと、残りのビタミンB1が消費されてWernicke脳症が顕在化する。 ・Wernicke脳症の三徴は、意識障害、眼球運動障害、失調性歩行である。後遺症としてKorsakoff症候群がある。 ・妊娠初期のビタミンAの過剰投与には催奇形性がある。
