StudyMed医師国家試験

途上国でがん死亡率が低いのはなぜ?―人口構造と疫学転換で読み解く国際保健

第111回医師国家試験 E問題 第28問

国試問題にチャレンジ

第111回 E問題 第28問

開発途上国において我が国より低いと考えられるのはどれか。

  1. a.出生率
  2. b.がん死亡率
  3. c.乳児死亡率
  4. d.妊産婦死亡率
  5. e.マラリア死亡率

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、開発途上国と日本の健康指標を比べる問題だ。個々の数字を暗記しているかよりも、「社会が発展すると人口と病気の構造がどう変わるか」という大きな流れをつかんでいるかが問われている。まずは直感でいいから、途上国のほうが低そうな指標はどれだと思う?
医学生医学生
途上国は医療が遅れているので、死亡率と名のつくものは全部高い気がします。出生率も高いですよね。そうすると低いものが見当たらなくて困ります。
ドクタードクター
その迷いはよくわかる。ただ、ひとつだけ性質の違う指標が混じっているんだ。ヒントは「その病気がどの年齢で多いか」。公衆衛生学の講義で人口転換という言葉を習ったかな。
医学生医学生
多産多死から多産少死、そして少産少死へ、という流れですよね。日本は少産少死で、超高齢社会です。
ドクタードクター
その通り。そして人口転換と並行して起きるのが疫学転換だ。感染症や栄養障害、周産期の問題が中心の段階から、がん・心疾患・脳血管疾患・糖尿病といった非感染性疾患、いわゆるNCDsが中心の段階へと移っていく。途上国はまだこの移行の途中にあるんだ。
医学生医学生
あ、がんは高齢者に多い病気だから……日本では1981年から死因の第1位でしたね。
ドクタードクター
そう。途上国は若い人口が多く、感染症や周産期の問題で、がんが増える年齢に達する前に亡くなる人も多い。だから人口あたりのがん死亡率は日本より低くなる。これが正解だ。逆に日本は高齢者が多いから、がんの死亡率が押し上げられている。
医学生医学生
医療が進んでいる日本のほうががん死亡率が高い、というのは一見逆説的ですね。
ドクタードクター
ここで大事なのは、これが粗死亡率の話だという点だ。粗死亡率は年齢構成の影響を強く受ける。年齢構成の違う集団を公平に比べたいときは年齢調整死亡率を使う。年齢調整すると、途上国の一部では日本と同程度かそれ以上になることもあるんだ。
医学生医学生
CBTの疫学でも、年齢調整は高齢化の影響を除くため、と習いました。ここで繋がるんですね。では、ほかの選択肢も確認させてください。出生率は、子どもが働き手として期待されることや、家族計画が普及していないことで高いんですよね。
ドクタードクター
その通り。乳幼児がよく亡くなるから多く産む、という面もある。サハラ以南アフリカには合計特殊出生率が4〜6を超える国もある一方、日本は1.2前後と世界でも最も低い水準だ。
医学生医学生
乳児死亡率は衛生状態や医療水準を映す鏡だと、講義で強調されていました。
ドクタードクター
よく覚えているね。途上国では肺炎や下痢症、低栄養、早産や新生児仮死などで乳児死亡率が高い。日本は出生千対2を下回り、世界トップクラスの低さだ。妊産婦死亡率も同じ構図で、医療施設外の出産、熟練した介助者の不在、輸血や帝王切開へのアクセス不足から、分娩時出血や妊娠高血圧症候群、感染症で亡くなる方が多い。
医学生医学生
産婦人科の臨床実習で、日本の妊産婦死亡は出産10万対で数例程度と聞いて驚きました。マラリアは日本では輸入例くらいしかないので、途上国のほうが圧倒的に高いですね。
ドクタードクター
そう。マラリアはハマダラカが媒介する原虫感染症で、死亡の9割以上がアフリカ、しかも5歳未満の小児が多い。日本で見るのは海外渡航後の輸入例が年に数十例程度だ。ただし、帰国後の発熱では必ず渡航歴を聞くこと。熱帯熱マラリアは診断が遅れると致命的になりうるから、臨床では見逃せない。
医学生医学生
途上国は感染症の問題が中心で、日本はNCDsが中心、と整理すればいいでしょうか。
ドクタードクター
大筋はそれでいい。ただ最近の途上国では、都市化や食生活の変化で糖尿病や心血管疾患も増えていて、感染症とNCDsを同時に抱える「二重負荷」が問題になっている。SDGsの目標3でも、妊産婦死亡や新生児死亡の削減、マラリアなど感染症の終息に加えて、NCDsによる若年死亡の削減が掲げられているんだ。国際保健は「途上国=感染症」という単純な図式では語れなくなっている、という視点も持っておこう。

まとめ

開発途上国は人口転換・疫学転換の途中にあり、出生率、乳児死亡率、妊産婦死亡率、マラリアなどの感染症死亡率がいずれも日本より高くなります。一方、がんは加齢とともに増える疾患で、若年人口が多く高齢に達する前に亡くなる人が多い途上国では、人口あたりのがん死亡率(粗死亡率)が日本より低くなります。粗死亡率は年齢構成の影響を受けるため、集団間の公平な比較には年齢調整死亡率を用いる点も押さえておきたいところです。近年の途上国では感染症とNCDsの「二重負荷」が課題となっており、SDGsにも両者への対策が盛り込まれています。人口構造と疾病構造の関係を理解することは、国際保健の指標を読み解く基本になります。

解答・解説

正解はbです

開発途上国と我が国(日本)の健康指標の違いを、人口構造と疾病構造の観点から理解しているかを問う問題である。

考え方

社会が経済的に発展すると、人口と疾病の構造は次のように移り変わる。 ・人口構造: 多産多死 → 多産少死 → 少産少死(人口転換) ・疾病構造: 感染症・栄養障害・周産期の問題が中心の段階から、がん・心疾患・脳血管疾患・糖尿病などの非感染性疾患(NCDs: non-communicable diseases)が中心の段階へ(疫学転換) 開発途上国はこの移行の途中にある。上下水道などの衛生環境、栄養状態、予防接種、周産期医療が十分でないことが多く、そのため出生率も、乳幼児・妊産婦の死亡も、感染症による死亡も高い。 日本は少産少死の段階にあり、高齢化率は世界で最も高い水準にある。がんは加齢とともに増える疾患であり、日本では1981年以降、死因の第1位を占めている。 開発途上国は、年少人口の割合が大きい若い人口構成をとり、感染症などで若い年齢で亡くなる人も多い。そのため、がんの年齢に達する前に亡くなる人が多く、人口あたりのがん死亡率(粗死亡率)は日本より低くなる。 したがって、5つの指標のうち開発途上国で日本より低いと考えられるのは、がん死亡率である。

選択肢考察

  1. ×a.  出生率

    開発途上国は多産の段階にあり、出生率は日本より高い。子どもが労働力や老後の支えとして期待されること、乳幼児死亡が多いため多く産む傾向があること、家族計画や女性の教育・就労機会が十分でないことなどが背景にある。サハラ以南アフリカには合計特殊出生率(1人の女性が一生の間に産む子どもの数の推計値)が4〜6を超える国もある。日本の合計特殊出生率は1.2前後、人口千対の出生率は6程度と、世界でも最も低い水準にある。

  2. ○b.  がん死亡率

    がんは高齢になるほど罹患・死亡が増える疾患である。日本は高齢化が世界で最も進んだ国の一つで、がんは1981年から死因の第1位を占め、年間約38万人ががんで亡くなっている。開発途上国では若年人口が多く平均寿命も短い。加えて、感染症・周産期の問題・低栄養などで、がんが増える年齢に達する前に亡くなる人が多い。そのため、人口あたりのがん死亡率は日本より低いと考えられる。

  3. ×c.  乳児死亡率

    乳児死亡率とは、生後1年未満の死亡数を出生千対で表したもので、その国の衛生状態や医療水準を反映する代表的な指標である。開発途上国では、肺炎・下痢症などの感染症、低栄養、新生児仮死・早産などの周産期の問題、予防接種や医療へのアクセスの不足により、乳児死亡率が高い。日本の乳児死亡率は出生千対2を下回り、世界で最も低い水準にある。

  4. ×d.  妊産婦死亡率

    開発途上国では、医療施設以外での出産や、熟練した介助者(医師・助産師)のいない出産が多い。さらに、妊婦健診、輸血、帝王切開などの緊急産科ケアへのアクセスも限られている。そのため、分娩時の出血、妊娠高血圧症候群、感染症、安全でない人工妊娠中絶などによる妊産婦死亡が多い。世界の妊産婦死亡の大部分は開発途上国、とくにサハラ以南アフリカと南アジアで起きている。日本の妊産婦死亡率は出産10万対で数例程度と極めて低い。

  5. ×e.  マラリア死亡率

    マラリアは、ハマダラカが媒介するマラリア原虫(Plasmodium)による感染症で、熱帯・亜熱帯の開発途上国に流行している。世界のマラリア死亡の大部分(9割以上)はアフリカで起きており、とくに5歳未満の小児が多くを占める。日本には常在的な流行がなく、海外で感染して持ち込まれる輸入例が年間数十例ほど報告されるのみで、死亡はまれである。したがって、マラリア死亡率は開発途上国のほうが圧倒的に高い。

人口転換

多産多死(前近代・一部の開発途上国)→ 多産少死(衛生・医療の改善で死亡率が先に下がり、人口が急増する)→ 少産少死(先進国。日本はさらに少子高齢化・人口減少の段階にある)

疫学転換(疾病構造の転換)

・感染症・寄生虫症、低栄養、周産期・母子の問題が中心の段階 ・がん、循環器疾患、糖尿病、慢性呼吸器疾患などの非感染性疾患(NCDs)が中心の段階 現在、多くの開発途上国では、感染症とNCDsの両方の負担を同時に抱える「二重負荷(double burden)」も問題になっている。

指標の補足

・乳児死亡率: 生後1年未満の死亡数 ÷ 出生数 × 1,000 ・新生児死亡率: 生後4週未満の死亡数 ÷ 出生数 × 1,000 ・妊産婦死亡率: 妊産婦死亡数 ÷ 出産数(または出生数)× 100,000 ・粗死亡率は人口の年齢構成の影響を受ける。高齢者の多い集団では、がんなど高齢者に多い疾患の粗死亡率が高くなる。年齢構成の違う集団同士を比べるときには、年齢調整死亡率を用いる。

国際保健の目標

持続可能な開発目標(SDGs)の目標3では、2030年までに世界の妊産婦死亡率を出生10万対70未満にすること、新生児・5歳未満児の予防可能な死亡をなくすこと、マラリアなどの感染症の流行を終わらせること、NCDsによる若年死亡を減らすことなどが掲げられている。

POINT

・開発途上国は多産多死に近く、出生率・乳児死亡率・妊産婦死亡率・感染症(マラリアなど)死亡率が高い。 ・日本は少産少死・超高齢社会であり、高齢者に多いがんの死亡率(粗死亡率)が高い。がんは1981年以降、死因の第1位である。 ・経済発展とともに、疾病構造は感染症中心から非感染性疾患中心へ移る(疫学転換)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。