「自分は病気ではない」と言う人に、最初に手渡すもの―統合失調症と心理教育
第111回医師国家試験 D問題 第39問
国試問題にチャレンジ
22歳の男性。まとまらない言動を主訴に家族に連れられて来院した。2か月前に大学卒業後就職して普通に働いていたが,1か月前から突然,言動がまとまらなくなった。「何か大変なことが起こりそうな不気味な感じがあり,不安で落ち着かない」「命令する声が聴こえ,誰かに操られている」などと言うようになり自宅で療養していた。診察には素直に応じるが「自分は病気ではない」と言う。身体所見に異常を認めない。 まず導入すべきなのはどれか。
- a.心理教育
- b.行動療法
- c.芸術療法
- d.催眠療法
- e.自律訓練法
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
妄想気分、命令性の幻聴、作為体験、まとまらない言動が若年者に出現し、器質性・物質性・気分障害が否定的であれば、統合失調症を考えます。急性期治療の中心は抗精神病薬ですが、病識が欠如している患者は服薬を中断しやすく、それが再発の大きな要因となるため、並行してまず本人と家族への心理教育を導入します。家族心理教育は家族の感情表出(EE)を下げ、再発予防に有効であることが知られています。SSTや芸術療法、作業療法は症状が落ち着いてからのリハビリテーションとして用いられ、催眠療法や自律訓練法は統合失調症の急性期には適しません。治療法を「どの病態に、どの時期に使うか」で整理する視点は、精神科治療全般を理解するうえでの基盤になります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・22歳男性。それまで普通に就労できていたが、1か月前から急に言動がまとまらなくなった(連合弛緩などの思考形式の障害)。 ・「何か大変なことが起こりそうな不気味な感じがあり、不安で落ち着かない」: 周囲の世界が何となく不気味で、ただならぬことが起こりそうだと感じる妄想気分である。統合失調症の発症初期によくみられる一次妄想の一つである。 ・「命令する声が聴こえる」: 命令性の幻聴である。 ・「誰かに操られている」: 自分の思考や行動が他者に支配されていると体験する作為体験(させられ体験)であり、自我意識の障害(自我障害)にあたる。 ・「自分は病気ではない」: 病識の欠如。 ・診察には素直に応じ、身体所見に異常はない。
診断へのプロセス
若年者に急に精神病症状が出現した場合、まず器質性・症状性の精神障害(脳炎、脳腫瘍、脳血管障害、内分泌疾患など)や物質(覚醒剤など)による精神病性障害、躁状態などの気分障害を除外する必要がある。本例では身体所見に異常がなく、気分の高揚や行為心迫などの躁状態を示す記載もない。思春期〜青年期の発症、幻聴(特に命令性幻聴)、妄想気分、作為体験、思考のまとまりのなさ、病識欠如という組み合わせから、統合失調症が最も考えられる。 なお、DSM-5では統合失調症の診断に「障害の持続的な徴候が少なくとも6か月」という期間要件があり、1か月以上6か月未満であれば統合失調症様障害とされる。ただし治療方針の基本は統合失調症に準じる。
設問の考え方
統合失調症の急性期治療の中心は抗精神病薬による薬物療法である。しかし本例は病識がなく、「病気ではない」と考えている患者は服薬や通院を自ら継続しにくい。そこで最初に導入すべき非薬物的介入は、病気の性質・症状・治療の必要性・再発のサインなどを、本人と家族にわかりやすく伝える心理教育である。心理教育は薬物療法と並行して行い、治療関係を築き、服薬アドヒアランスを高め、再発を防ぐ土台となる。本例は診察に素直に応じているので、心理教育を導入する素地がある。
選択肢考察
- ○a. 心理教育
心理教育は、患者と家族に疾患の正しい知識(症状、経過、治療法、薬の作用と副作用、再発の前兆とその対処法、利用できる社会資源など)を伝え、病気と向き合い対処する力を身につけてもらう介入である。統合失調症では病識の欠如が服薬中断や再発の大きな要因となるため、診断直後から薬物療法と並行して導入することが推奨される。特に家族心理教育は、家族の感情表出(EE: expressed emotion。批判的言動や過度の情緒的巻き込まれ)を低下させ、再発率を下げる効果が示されている。病識がなく、家族に連れられて受診した本例でまず導入すべき介入として最も適切である。
- ×b. 行動療法
行動療法は、学習理論に基づき、不適応な行動を修正したり望ましい行動を強化したりする治療法である(系統的脱感作、曝露反応妨害法、オペラント条件づけなど)。不安症や強迫症などで有効性が高い。統合失調症でも、病状が安定した後の社会生活技能訓練(SST)など行動療法的な技法がリハビリテーションとして用いられるが、幻覚・妄想が活発で病識もない急性期に最初に導入する介入ではない。
- ×c. 芸術療法
芸術療法は、絵画、音楽、箱庭、コラージュなどの創作・表現活動を通じて内面を表出させ、心の安定や回復を促す心理療法である。統合失調症のリハビリテーションの一環として行われることはあるが、それは急性期症状がある程度落ち着いてからである。病識のない急性期の患者に最初に導入すべきものではない。
- ×d. 催眠療法
催眠療法は、催眠によって意識を変化させた状態で暗示を与え、症状の軽減や心理的問題の解決を図る治療法である。解離症や心身症などに用いられることがある。統合失調症では現実検討能力が損なわれており、意識状態を変容させる介入は精神病症状を悪化させるおそれがあるため、適応とはならない。
- ×e. 自律訓練法
自律訓練法は、「手足が重たい」「手足が温かい」などの公式を自己暗示的に繰り返し、心身をリラックスさせる自己弛緩法である。心身症、不安症、緊張型頭痛などのストレス関連疾患に用いられる。自己の身体感覚に注意を集中させる方法であり、幻覚・妄想のある統合失調症の急性期には適さない。
統合失調症の概要
生涯有病率は約1%で、思春期〜青年期(10歳代後半〜30歳代)に好発する。症状は次のように整理される。 ・陽性症状: 幻覚(特に幻聴)、妄想、思考の解体(まとまりのない会話・行動)、緊張病性の行動など。 ・陰性症状: 感情の平板化、意欲低下、思考の貧困、社会的引きこもりなど。 ・認知機能障害: 注意、記憶、遂行機能の低下。 Schneiderの一級症状には、考想化声、対話性・批評性幻聴、身体的被影響体験、考想奪取や考想吹入などの思考への干渉、考想伝播、妄想知覚、作為体験(させられ体験)が含まれる。妄想気分は一次妄想の一つで、発症初期にみられやすい。
病型
ICD-10では妄想型、破瓜型、緊張型などの病型に分類されていた。妄想型が最も多く、幻聴や妄想が前景に立つ。破瓜型は思春期に潜行性に発症し、感情鈍麻や意欲低下が目立ち予後不良とされる。緊張型は昏迷や興奮などの緊張病症状を示す。なお、DSM-5およびICD-11ではこれらの病型分類は廃止されている。
治療
・薬物療法: 第二世代(非定型)抗精神病薬が第一選択となることが多い。 ・心理社会的治療: 心理教育(本人・家族)、社会生活技能訓練(SST)、作業療法、認知行動療法、デイケア、就労支援など。急性期にはまず薬物療法と心理教育で治療関係とアドヒアランスを確立し、症状の安定に合わせてリハビリテーション的な介入を加えていく。 ・家族の感情表出(EE)が高い家庭では再発率が高く、家族心理教育によって再発が減少する。
POINT
・妄想気分、命令性幻聴、作為体験(させられ体験)、まとまらない言動、病識欠如→統合失調症。 ・病識のない統合失調症患者には、薬物療法と並行してまず心理教育を導入し、本人と家族の疾病理解と服薬継続を図る。 ・家族心理教育は家族の感情表出(EE)を下げ、再発を予防する。 ・SST、芸術療法、作業療法などは急性期を脱してからのリハビリテーションとして用いる。 ・催眠療法や自律訓練法は統合失調症には適さない。
