兄弟でゆっくり進む太ももの脱力―筋CTが映し出す肢帯型筋ジストロフィー
第110回医師国家試験 I問題 第8問
国試問題にチャレンジ
10年前からの次第に増強する下肢筋の脱力を訴える38歳の男性の大腿部CTを別に示す。徒手筋力テストで下肢の近位筋にのみ左右対称性の筋力低下がある。兄も同様な脱力を示す。 最も考えられるのはどれか。

- a.重症筋無力症
- b.筋萎縮性側索硬化症
- c.肢帯型筋ジストロフィー
- d.Charcot-Marie-Tooth病
- e.HTLV-1関連ミエロパチー〈HAM〉
対話形式の解説
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ドクターまとめ
筋力低下をみたら、上位・下位運動ニューロン、末梢神経、神経筋接合部、筋のどこの障害かを分布と経過から絞り込みます。近位筋優位・左右対称の筋力低下が年単位で緩徐に進行し、同胞にも同症があり、筋CTで対称性・選択的な筋の脂肪置換を認めれば、遺伝性の筋疾患である肢帯型筋ジストロフィーが最も考えられます。易疲労性や日内変動なら重症筋無力症、非対称の局所発症と上位・下位運動ニューロン徴候ならALS、遠位筋優位と感覚障害ならCharcot-Marie-Tooth病、痙性対麻痺と排尿障害ならHAMと区別します。確定にはCK、筋電図、筋生検、遺伝子検査を用い、Becker型などとの鑑別や心筋・呼吸筋障害の評価も欠かせません。障害部位を局在診断する考え方は、神経筋疾患全般を理解する基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・38歳男性。28歳ごろから下肢の脱力がゆっくりと進行している(10年の慢性経過)。 ・徒手筋力テスト(MMT:manual muscle testing、検者の徒手抵抗に対する筋力を0〜5で評価する方法)では、下肢の近位筋(腰帯・大腿の筋)に限局した左右対称性の筋力低下がある。 ・兄にも同様の脱力があり、遺伝性疾患が示唆される。 ・大腿部CTでは、両側の大腿筋群が左右対称性に低吸収化(筋が脂肪に置き換わった像)しており、その中に比較的保たれた筋が混在している。筋そのものが選択的に侵されていることを示す所見である。
診断へのプロセス
筋力低下をみたら、まず障害部位を「上位運動ニューロン・下位運動ニューロン・末梢神経・神経筋接合部・筋」のいずれかに絞り込む。 1) 分布:近位筋優位・左右対称は筋疾患(ミオパチー)の典型的なパターンである。一方、末梢神経障害(ニューロパチー)は遠位筋優位、運動ニューロン疾患は非対称・局所から始まることが多い。 2) 経過:年単位でゆっくり進行し、変動(日内変動・易疲労性)の記載がない。 3) 家族歴:同胞(兄)の発症から遺伝性が考えられる。同胞発症で親の記載がないことからは常染色体劣性遺伝が想定しやすい。 4) 画像:筋CT(またはMRI)で筋の脂肪置換が左右対称性・選択的にみられ、筋原性の変性疾患を支持する。 これらを満たすのは遺伝性の筋変性疾患、すなわち筋ジストロフィーであり、成人発症で腰帯・大腿の近位筋に優位な病型として肢帯型筋ジストロフィーが最も考えられる。
設問の考え方
選択肢のうち筋そのものの疾患は肢帯型筋ジストロフィーのみであり、他は神経筋接合部・運動ニューロン・末梢神経・脊髄の疾患である。「近位筋・対称性・緩徐進行・家族歴・筋の脂肪置換」の組合せから筋疾患を選べばよい。
選択肢考察
- ×a. 重症筋無力症
重症筋無力症は、アセチルコリン受容体などに対する自己抗体によって神経筋接合部の伝達が障害される自己免疫疾患である。眼瞼下垂・複視などの眼症状や嚥下・構音障害で始まることが多く、運動を繰り返すと筋力が落ち、休むと回復する易疲労性と夕方に悪化する日内変動が特徴である。後天性の自己免疫疾患であり通常は家族内発症しない。また筋萎縮は一般に目立たず(抗MuSK抗体陽性例で顔面・舌の萎縮をみることがある程度)、CTで大腿筋が広範に脂肪置換される像とは合わない。
- ×b. 筋萎縮性側索硬化症
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は上位・下位運動ニューロンがともに変性する疾患で、多くは一側上肢の遠位筋(手内筋)など局所から非対称に始まり、他部位へ広がる。線維束性収縮や腱反射亢進・病的反射などの上位運動ニューロン徴候を伴う。経過は進行性で、多くは発症から数年で呼吸筋麻痺に至るため、10年にわたり下肢近位筋のみが対称性に侵されている本例とは合わない。家族性ALSは全体の約5〜10%にとどまる。
- ○c. 肢帯型筋ジストロフィー
肢帯型筋ジストロフィーは、腰帯・肩甲帯の近位筋が左右対称性に侵される遺伝性の筋ジストロフィーの総称である。小児期〜成人期に発症し緩徐に進行する病型が多く、多くは常染色体劣性遺伝で同胞発症をみる。本例の「下肢近位筋に限局する対称性の筋力低下」「10年にわたる緩徐な進行」「兄の同症」「筋CTでの対称性・選択的な筋の脂肪置換」はいずれもこれに合致する。確定には血清CK(クレアチンキナーゼ)値上昇の確認、筋電図での筋原性変化、筋生検での免疫染色、遺伝子検査を行う。
- ×d. Charcot-Marie-Tooth病
Charcot-Marie-Tooth病は遺伝性の運動感覚ニューロパチーであり、家族歴を伴う点は本例と共通する。しかし末梢神経の長い線維から障害されるため、下腿・足の遠位筋から萎縮と筋力低下が始まり、凹足、逆シャンパンボトル状の下腿(コウノトリ脚)、鶏歩、手袋靴下型の感覚障害、腱反射低下を示す。近位筋のみが侵される本例とは分布が逆である。
- ×e. HTLV-1関連ミエロパチー〈HAM〉
HAMはヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)感染者に生じる慢性の脊髄炎で、主に胸髄が障害される。両下肢の痙性対麻痺(つっぱり、腱反射亢進、Babinski徴候陽性)と排尿障害、軽度の感覚障害が主症状で、上位運動ニューロン障害が中心のため筋萎縮は目立たない。HTLV-1の母子感染により家族内に感染者が集積することはあるが、本例のような近位筋限局の筋力低下と大腿筋の脂肪置換は説明できない。
筋ジストロフィーの概要
筋線維の構造や機能に関わる遺伝子の異常によって筋線維の壊死と再生が繰り返され、次第に筋が脂肪・線維組織に置き換わって筋力が低下していく遺伝性疾患群である。主な病型は以下のとおり。 ・Duchenne型:X連鎖劣性。ジストロフィン欠損。幼児期発症で登攀性起立(Gowers徴候)、腓腹筋の仮性肥大。 ・Becker型:X連鎖劣性。ジストロフィンの量的・質的異常。Duchenne型より軽症で発症が遅い。 ・肢帯型:多くは常染色体劣性(一部優性)。原因遺伝子は多数(カルパイン3、ジスフェルリン、サルコグリカン類など)。 ・顔面肩甲上腕型:常染色体優性。顔面筋・肩甲帯・上腕の筋が侵され、左右差がみられやすい。 ・福山型先天性:常染色体劣性。日本に多く、乳児期からの筋力低下と脳奇形・知的障害を伴う。 ・筋強直性ジストロフィー:常染色体優性。遠位筋優位の筋力低下と筋強直(ミオトニア)、白内障・耐糖能異常・前頭部脱毛など多臓器症状を伴う。
肢帯型筋ジストロフィーの補足
従来は優性型をLGMD1、劣性型をLGMD2として原因遺伝子ごとにアルファベットを付けていたが、2017年の国際会議で優性型を「LGMD D」、劣性型を「LGMD R」とし、番号と原因蛋白名を併記する命名法(例:LGMD R1 カルパイン3関連)に改められた。病型によって侵されやすい筋が異なり、筋CT・MRIで障害筋の分布パターンを調べることが病型推定に役立つ。心筋障害や呼吸筋障害を伴う病型もあるため、心電図・心エコー・呼吸機能の定期評価が必要である。
障害部位による筋力低下パターンの比較
・筋疾患:近位筋優位、左右対称、感覚障害なし、血清CK上昇(筋ジストロフィーや筋炎で目立つ)。 ・神経筋接合部疾患:易疲労性・日内変動、眼症状が多い。 ・末梢神経疾患:遠位筋優位、感覚障害を伴うことが多い、腱反射低下。 ・下位運動ニューロン疾患:筋萎縮・線維束性収縮、腱反射低下。 ・上位運動ニューロン・脊髄疾患:痙性、腱反射亢進、病的反射、筋萎縮は目立たない。
鑑別として念頭に置くべき疾患
男性同胞の発症ではX連鎖のBecker型筋ジストロフィーも鑑別となるため、実際の診療ではジストロフィン遺伝子検査や筋生検でのジストロフィン染色を行う。また成人発症の近位筋優位の筋力低下では、多発性筋炎や封入体筋炎、Pompe病(酸性マルターゼ欠損症)、球脊髄性筋萎縮症なども鑑別に挙がる。
POINT
・近位筋優位・左右対称・感覚障害なしの筋力低下はまず筋疾患を考える。 ・緩徐進行+家族歴+筋CT/MRIでの対称性の筋の脂肪置換は筋ジストロフィーを示唆する。 ・腰帯・肩甲帯の近位筋が侵される遺伝性筋疾患が肢帯型筋ジストロフィーで、多くは常染色体劣性遺伝(同胞発症)。 ・遠位筋優位はCharcot-Marie-Tooth病、非対称の局所発症と上位・下位運動ニューロン徴候の併存はALS、易疲労性・日内変動は重症筋無力症、痙性対麻痺と排尿障害はHAMを考える。
