同じ水銀でも脳に届くとは限らない―化学形態で読み解く金属中毒
第110回医師国家試験 G問題 第20問
国試問題にチャレンジ
金属と健康障害の組合せで誤っているのはどれか。
- a.鉛 ―― 貧血
- b.クロム ―― 鼻中隔穿孔
- c.無機水銀 ―― 中枢神経障害
- d.ベリリウム ―― 湿疹
- e.インジウム ―― 間質性肺炎
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
金属中毒では金属ごとに標的臓器がある程度決まっており、さらに化学形態によって体内動態が変わります。水銀のうち、脂溶性の金属水銀蒸気や有機水銀(メチル水銀)は血液脳関門を通過して中枢神経障害を起こしますが、水溶性でイオン化した無機水銀は脳に入りにくく、主に腎障害(近位尿細管障害)や消化管の腐食をきたすため、「無機水銀―中枢神経障害」は誤った組合せです。鉛はヘム合成阻害による貧血、六価クロムは鼻中隔穿孔、ベリリウムは接触皮膚炎と慢性ベリリウム症、インジウムは間質性肺炎が代表的な障害です。脂溶性か水溶性かという原則で整理すると多くの組合せ問題に対応でき、臨床では原因不明の臓器障害に対して職業歴を聴取する重要性にもつながります。
解答・解説
正解はcです
本問は、職業性・環境性の金属曝露とそれによって起こる代表的な健康障害の対応を問う一般問題で、「誤っている」組合せを選ぶ形式である。
考え方
金属中毒は、金属ごとに障害を受けやすい標的臓器がある程度決まっている。さらに同じ金属でも、化学形態(金属単体、無機化合物、有機化合物)や価数によって体内での動き(吸収経路、脂溶性、血液脳関門の通過性)が異なり、障害の現れ方が変わる点が重要である。 とくに水銀は化学形態による違いが大きく、試験でも頻出である。 ・金属水銀(単体):常温で蒸気となり、吸入されると脂溶性のため血液脳関門を通過する。脳内で2価の水銀イオンに酸化されて留まり、手指振戦、精神症状(易興奮性・情緒不安定など)、歯肉炎などをきたす。 ・無機水銀(塩化第二水銀などの水銀塩):水溶性でイオン化しており、血液脳関門をほとんど通過しない。主に腎臓に蓄積し、腎障害(近位尿細管障害)や、経口摂取時の消化管粘膜の腐食を起こす。 ・有機水銀(メチル水銀など):脂溶性が高く血液脳関門や胎盤を通過し、中枢神経障害(水俣病)をきたす。 したがって「無機水銀―中枢神経障害」は代表的な組合せとはいえず、本問の正解(誤っている組合せ)となる。その他の選択肢は、各金属の典型的な障害として正しい組合せである。
選択肢考察
- ×a. 鉛 ―― 貧血
正しい組合せである。鉛はヘム合成経路のδ-アミノレブリン酸脱水酵素(ALAD)とフェロケラターゼを阻害するため、ヘモグロビンの合成が障害されて小球性低色素性貧血をきたす。末梢血では赤血球の好塩基性斑点がみられ、検査では尿中δ-アミノレブリン酸(δ-ALA)と尿中コプロポルフィリンの増加、赤血球中の亜鉛プロトポルフィリンの増加がみられる。無機鉛中毒ではこのほか、鉛疝痛(激しい腹痛)、橈骨神経麻痺による下垂手、歯肉の鉛縁、腎障害、小児での鉛脳症などを起こす。四エチル鉛などの有機鉛では、脂溶性が高いため中枢神経症状(不眠、興奮、幻覚など)が主体となる。
- ×b. クロム ―― 鼻中隔穿孔
正しい組合せである。クロム、特にクロムめっきやクロム酸塩製造などで扱う六価クロムは強い酸化作用・腐食作用をもつ。その粉じんやミストを吸い込むと、鼻中隔の粘膜に潰瘍が生じ、進行すると鼻中隔穿孔に至る。このほか皮膚潰瘍(クロムホール)、アレルギー性接触皮膚炎、気管支炎、肺炎を起こし、長期曝露では肺癌の原因となる(六価クロム化合物は確実な発がん物質とされる)。
- ○c. 無機水銀 ―― 中枢神経障害
誤った組合せであり、本問の正解である。塩化第二水銀などの無機水銀化合物は水溶性でイオン化しているため、血液脳関門をほとんど通過せず、中枢神経障害は主な症状とはならない。無機水銀は腎臓に蓄積しやすく、主な障害は腎障害(近位尿細管障害による蛋白尿、急性腎障害による乏尿など)である。経口摂取した場合は腐食作用により口腔・消化管粘膜の障害(腹痛、嘔吐、血性下痢)を起こす。中枢神経障害の代表は、蒸気として吸入された金属水銀(振戦や精神症状)と、メチル水銀などの有機水銀(水俣病:感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、構音障害、難聴など)である。
- ×d. ベリリウム ―― 湿疹
正しい組合せである。ベリリウムは軽量で強度の高い合金(ベリリウム銅など)として、電子部品や航空宇宙産業で使われる。皮膚に触れると接触皮膚炎を起こし、湿疹や皮膚潰瘍、皮下肉芽腫をきたすことがある。高濃度の吸入では急性の化学性肺炎・肺水腫を、長期の吸入では慢性ベリリウム症(ベリリウム肺)を起こす。慢性ベリリウム症はベリリウムに対する遅延型(IV型)アレルギーによる非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を特徴とし、サルコイドーシスとよく似た病像を示す。ベリリウムは肺癌の原因物質でもある。
- ×e. インジウム ―― 間質性肺炎
正しい組合せである。インジウムは、インジウム・スズ酸化物(ITO:indium tin oxide)の形で、液晶ディスプレイやタッチパネルの透明電極に広く用いられている。その製造・加工・研磨などで発生する粉じんを吸入すると、肺に蓄積して間質性肺炎を起こし、肺気腫や肺胞蛋白症様の変化を伴うこともある。国内でも死亡例が報告されており、動物実験ではインジウム・スズ化合物の吸入による肺癌の発生も確認されている。比較的新しい職業性肺疾患として注目され、インジウム化合物は特定化学物質障害予防規則の規制対象となっている。
主な金属と代表的な健康障害
・鉛:貧血(好塩基性斑点)、鉛疝痛、下垂手(橈骨神経麻痺)、鉛縁、腎障害。小児では鉛脳症。有機鉛は中枢神経障害。 ・水銀:金属水銀蒸気では振戦・精神症状・歯肉炎、無機水銀では腎障害・消化管腐食、有機水銀(メチル水銀)では水俣病(Hunter-Russell症候群:感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、構音障害)と胎児性水俣病。 ・カドミウム:近位尿細管障害(低分子蛋白尿、β2-ミクログロブリン尿)、骨軟化症(イタイイタイ病)、肺気腫、嗅覚障害。 ・六価クロム:鼻中隔穿孔、皮膚潰瘍、接触皮膚炎、肺癌。 ・ヒ素:皮膚の色素沈着・角化症、末梢神経障害、皮膚癌・肺癌・膀胱癌。慢性中毒では土呂久ヒ素中毒が知られる。 ・マンガン:パーキンソン症候群。 ・ベリリウム:接触皮膚炎、慢性ベリリウム症(サルコイドーシス類似の肉芽腫)、肺癌。 ・ニッケル:接触皮膚炎(金属アレルギーの代表)、鼻腔癌・肺癌。 ・インジウム:間質性肺炎、肺気腫、肺癌(動物実験)。 ・タリウム:脱毛、有痛性の末梢神経障害。
化学形態による体内動態の違い
脂溶性の高い形態(金属水銀蒸気、有機水銀、有機鉛)は細胞膜や血液脳関門を通過しやすく、中枢神経症状が前面に出やすい。一方、水溶性でイオン化した無機化合物は血液脳関門を通過しにくく、腎臓や消化管などの障害が主体になりやすい。この原則を押さえておくと、組合せ問題の多くに対応できる。
POINT
・無機水銀の主な標的は腎臓(と消化管)。中枢神経障害を起こすのは金属水銀蒸気と有機水銀(メチル水銀)。 ・鉛:ヘム合成阻害による小球性低色素性貧血、好塩基性斑点、尿中δ-ALA増加。 ・六価クロム:鼻中隔穿孔、皮膚潰瘍、肺癌。 ・ベリリウム:接触皮膚炎、慢性ベリリウム症(サルコイドーシス類似)。 ・インジウム(ITO):間質性肺炎。液晶パネル製造などでの職業曝露。
