止まった子宮底長が告げるサイン―紹介状なしの母子手帳から胎児発育不全を読む
第110回医師国家試験 F問題 第22問
国試問題にチャレンジ
28歳の初妊婦。妊娠33週5日。妊婦健康診査のため来院した。自宅近くの医療機関で妊婦健康診査を受けていたが急に転居となり,今後の妊娠・分娩管理を希望して受診した。診療情報提供書は持っていない。持参した母子健康手帳の記載を別に示す。 認められる可能性が高いのはどれか。

- a.羊水過多症
- b.妊娠糖尿病
- c.胎児発育不全
- d.妊娠週数の誤り
- e.妊娠高血圧症候群
対話形式の解説
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ドクターまとめ
母子健康手帳から妊娠経過を評価するときは、まず妊娠初期の胎児頭殿長(CRL)で週数が正しいことを確認し、そのうえで子宮底長や腹囲の「推移」を読みます。妊娠中期以降の子宮底長はおおむね1週に約1cm増えるため、途中から増大が止まった場合は胎児発育不全や羊水過少を疑い、超音波で推定胎児体重・羊水量・ドプラ血流を評価します。週数の誤りなら最初から一貫してずれるはずであり、羊水過多や妊娠糖尿病ではむしろ子宮が大きくなり、妊娠高血圧症候群は140/90mmHg以上の高血圧がなければ診断できません。単発の値ではなく経時的な変化に注目する姿勢は、紹介状のない転院症例を含め、妊婦健診の異常を見逃さないための基本になります。
解答・解説
正解はcです
状況の整理
妊娠33週5日の初妊婦が、急な転居のために紹介状(診療情報提供書)を持たずに初診した。手元にある情報は母子健康手帳の「妊娠中の経過」欄だけであり、ここから妊娠経過を読み解いて、現在どのような異常が潜んでいるかを推定することが求められている。
母子健康手帳の読み取り
1. 妊娠週数の妥当性:妊娠10週2日に胎児頭殿長(CRL:crown-rump length、胎児の頭頂から殿部までの長さ)32mmと記録されている。CRL 32mm はおよそ妊娠10週前後に相当し、記載された週数と一致する。妊娠初期(とくに8〜11週ごろ)のCRLは個体差が小さく、予定日決定の最も信頼できる指標であるため、週数の設定は正しいと判断できる。 2. 血圧・尿蛋白:血圧は全期間を通じて最高でも132/80mmHg であり、高血圧の基準(140/90mmHg 以上)に達していない。尿蛋白は時に(±)がある程度で、持続的な陽性ではない。 3. 糖代謝:妊娠26週2日の随時血糖は84mg/dL と正常であり、尿糖も(±)が散発するにとどまる。 4. 子宮底長と腹囲:子宮底長は18週18cm → 22週21cm → 24週23cm → 26週25cm と順調に伸びていたが、28週26cm → 30週27cm → 32週27cm とほぼ横ばいになっている。腹囲も28週以降81.0cm のまま変化がない。体重は60.2kg から65.2kg へ緩やかに増加している。
考え方
妊娠中期以降、子宮底長は通常およそ1週に1cm 前後のペースで増大していく。1回の測定値は測定者の手技や母体の体格に左右されるが、同じ施設で測定した値が4週間にわたってほとんど増えないという「推移」は重要な異常サインである。子宮の大きさは胎児・胎盤・羊水の総量を反映するため、その増大が止まる原因としては、胎児の発育が停滞する胎児発育不全(FGR:fetal growth restriction)、あるいは羊水量が減る羊水過少が代表的である。両者はしばしば併存し、胎盤機能不全という共通の背景をもつことも多い。 一方、妊娠週数は初期のCRLで確認済みであり、高血圧・蛋白尿・高血糖の所見もない。したがって選択肢のなかで最も可能性が高いのは胎児発育不全である。実際の診療では、直ちに超音波検査で推定胎児体重、羊水量、胎児血流(臍帯動脈などのドプラ血流計測)を評価し、ノンストレステスト(NST)などで胎児の状態(well-being)を確認する。
選択肢考察
- ×a. 羊水過多症
羊水過多では子宮内容量が増えるため、子宮底長や腹囲は週数に比べて急に大きくなる方向に変化する。本例では28週以降に子宮底長・腹囲の増大がむしろ止まっており、逆の所見である。羊水量の異常を考えるなら、羊水過多ではなく羊水過少を疑うべき経過である。
- ×b. 妊娠糖尿病
妊娠26週2日の随時血糖は84mg/dL と正常範囲であり、尿糖も(±)が時折みられる程度で持続陽性ではない。妊娠中は腎の糖排泄閾値が下がるため、軽度の尿糖は健常妊婦でも珍しくない。また妊娠糖尿病では胎児が過剰に発育して巨大児や羊水過多をきたしやすく、子宮底長はむしろ大きくなる傾向がある。本例の発育停滞とは合わない。
- ○c. 胎児発育不全
子宮底長が28週26cm、30週27cm、32週27cm とほぼ停滞し、腹囲も28週以降81.0cm で変わらない。妊娠週数は初期のCRLで正しいことが確認されているため、「週数の割に小さい」状態が実際に進行していると考えられる。子宮の増大が止まる原因として最も考えやすいのは胎児の発育停滞、すなわち胎児発育不全であり、本選択肢が正解となる。羊水過少も同様の所見を示しうるが、胎盤機能不全を背景にFGRと併存することが多く、超音波で推定胎児体重と羊水量を同時に評価して確定する。
- ×d. 妊娠週数の誤り
妊娠10週2日の胎児頭殿長32mm は週数相当である。妊娠初期のCRLは個体差が小さく、分娩予定日の決定・修正に最も信頼できる計測値とされているため、ここで週数の整合性が確認されていれば以後の週数を疑う根拠はない。また、週数の誤りであれば子宮底長は一貫してずれた値を示すはずで、途中から増大が止まるという経過は説明できない。
- ×e. 妊娠高血圧症候群
妊娠高血圧症候群は、妊娠20週以降に収縮期血圧140mmHg 以上または拡張期血圧90mmHg 以上の高血圧を認めることで診断される。本例の血圧は最高でも132/80mmHg であり基準を満たさず、尿蛋白も持続的な陽性ではない。妊娠高血圧症候群は胎盤機能不全を介してFGRの原因となりうるが、本例ではその所見がない。
母子健康手帳の「妊娠中の経過」欄
妊婦健康診査ごとに、妊娠週数、子宮底長、腹囲、血圧、浮腫、尿蛋白、尿糖、体重、特に行った検査などが記録される。紹介状がない転居・転院の場面でも、この欄から妊娠経過の概要を把握できる。1回の値よりも、経時的な変化(推移)を読むことが大切である。
子宮底長
恥骨結合上縁から子宮底までの長さ。妊娠中期以降はおおむね週数に応じて増大し、1週あたり約1cm が目安である。週数に比べて小さい・増大が止まる場合は胎児発育不全・羊水過少・週数の誤りを、大きい場合は羊水過多・多胎・巨大児・子宮筋腫合併などを考え、超音波検査で原因を確かめる。
胎児発育不全(FGR)
胎児の発育が、その妊娠週数に相当する標準より遅れている、または停止している状態。日本では超音波で計測した推定胎児体重が週数の基準値の−1.5SD 以下を目安に疑う。原因は、母体因子(妊娠高血圧症候群、喫煙、低栄養、自己免疫疾患など)、胎盤・臍帯因子(胎盤機能不全、臍帯付着異常など)、胎児因子(染色体異常、先天感染、多胎など)に大別される。胎盤機能不全を背景とするものでは羊水過少を伴いやすい。管理は、推定胎児体重の推移、羊水量、臍帯動脈などのドプラ血流、NSTやBPS(biophysical profile score)による胎児評価を繰り返し、胎児機能不全の徴候があれば娩出時期を検討する。
妊娠週数の確認
妊娠週数は最終月経から算出するが、月経周期の不整などで誤差が生じるため、妊娠初期の超音波で補正する。妊娠8〜11週ごろのCRLは個体差が小さく、予定日決定に最も適している。妊娠中期以降は児頭大横径(BPD)なども用いるが、発育の個人差が大きくなるため精度は下がる。
POINT
・母子健康手帳は「推移」を読む。子宮底長・腹囲の増大が止まったら、胎児発育不全や羊水過少を疑い超音波で評価する。 ・妊娠週数の妥当性は妊娠初期の胎児頭殿長(CRL)で確認する。初期CRLで整合していれば週数の誤りは否定的。 ・妊娠高血圧症候群は140/90mmHg 以上の高血圧で診断。妊娠糖尿病では巨大児・羊水過多となり、子宮はむしろ大きくなる。 ・羊水過多では子宮底長は週数に比べて大きくなる。
