「わからなくなる」は知能の低下か―意識障害から読み解くせん妄の症候
第110回医師国家試験 F問題 第11問
国試問題にチャレンジ
せん妄の症候でないのはどれか。
- a.幻覚
- b.興奮
- c.錯覚
- d.知能低下
- e.意識障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
せん妄は、身体疾患・薬剤・手術などを契機に急性に生じる軽度〜中等度の意識障害(意識混濁)に、幻覚(特に幻視)・錯覚・精神運動興奮などの意識変容が加わった状態で、日内変動があり夜間に悪化しやすく、原因の除去で回復しうる一過性の病態です。見当識障害や記憶障害もみられますが、それは意識障害に伴う一時的な変化であり、意識清明下で持続する知的能力の低下を指す「知能低下」(認知症・知的能力障害の概念)とは区別されます。意識障害の有無、急性発症、変動性という点が認知症との鑑別の要であり、両者はしばしば合併します。対応は原因の検索と除去を最優先とし、環境調整を行い、ベンゾジアゼピン系薬は原則避けるという流れを理解しておくことが、病棟でのせん妄対応に直結します。
解答・解説
正解はdです
テーマ
せん妄(delirium)は、身体疾患・薬剤・手術・環境変化などを契機に急性に生じる脳機能の障害であり、その本態は軽度から中等度の意識障害(意識混濁)に意識変容が加わった状態である。数時間から数日の単位で急に発症し、1日の中でも症状が変動し(特に夕方から夜間に悪化しやすい)、原因が除去されれば通常は回復する、一過性・可逆性の病態である。
せん妄でみられる症状
意識障害を土台として、注意の集中・維持・転換の障害、見当識障害、記憶の障害、錯覚・幻覚(特に幻視)、被害的な妄想、不安・恐怖、精神運動興奮(落ち着きなく動き回る、点滴を抜く、大声を出すなど)、睡眠覚醒リズムの乱れなどがみられる。反対に活動性が低下してぼんやりする低活動型もある。
正解を導く考え方
せん妄でも一時的に認知機能はうまく働かなくなるが、それは意識障害に伴う一過性の機能低下である。これに対し「知能低下」は、認知症や知的能力障害のように、意識が清明な状態で知的能力が持続的に低下していることを指す概念である。せん妄で生じる認知の乱れを「知能低下」とは呼ばないため、せん妄の症候として当てはまらないのは知能低下である。
選択肢考察
- ×a. 幻覚
せん妄ではしばしば幻覚がみられ、特に幻視が多い(壁に虫が這っている、部屋に知らない人がいる、など)。意識変容によって知覚の処理が乱れることで生じる症状であり、せん妄の症候に含まれる。アルコール離脱せん妄(振戦せん妄)で小動物の幻視が多いことはよく知られている。
- ×b. 興奮
意識変容に伴う不安・恐怖や幻覚・錯覚などに反応して精神運動興奮が起こりやすく、せん妄の代表的な症状である。過活動型せん妄では、落ち着きなく動き回る、点滴やカテーテルを自己抜去する、大声を出すといった行動がみられ、医療安全上の問題となる。
- ×c. 錯覚
錯覚は、実在する対象を誤って知覚することである(例:壁のしみを虫と見間違える、点滴のチューブをヘビと見誤る)。対象そのものが存在しない幻覚とは区別される。意識変容のもとで知覚が歪むために生じ、幻覚とともにせん妄でよくみられる。
- ○d. 知能低下
知能低下は、意識が清明な状態で知的能力が持続的に低下していることを指し、認知症や知的能力障害で用いられる概念である。せん妄では見当識障害や記憶障害など認知機能の乱れが一時的にみられるが、それは意識障害に伴う一過性・変動性の変化であり、原因が除去されれば回復するため、知能低下とはいわない。したがって、せん妄の症候ではないものとしてこれを選ぶ。
- ×e. 意識障害
せん妄の中核は軽度から中等度の意識障害(意識混濁)であり、そこに幻覚・錯覚・興奮などの意識変容が加わる。注意の集中や維持ができなくなることがその表れである。意識障害の存在は、意識が清明な認知症との鑑別で最も重要な点となる。
せん妄の診断の要点(DSM-5の考え方)
・注意の障害(注意を向ける・集中する・維持する・転換する能力の低下)と、意識(環境に対する見当識)の障害がある ・短期間(通常数時間から数日)のうちに出現し、1日の経過の中で重症度が変動する ・記憶欠損、失見当識、言語、視空間認知、知覚などの認知の障害を伴う ・これらが既存の神経認知障害(認知症など)ではうまく説明できず、昏睡のような高度の覚醒水準低下のもとで起きているものではない ・身体疾患、物質中毒・離脱、薬剤などの直接的な生理学的結果であることを示す証拠がある
病型
過活動型(興奮・不穏が目立つ)、低活動型(活動性の低下、傾眠、無表情。見逃されやすく、うつ病と誤認されることがある)、両者が交互に現れる混合型に分けられる。
主な原因・危険因子
高齢、認知症の存在、脱水・電解質異常、感染症、低酸素、手術(術後せん妄)、ICU入室、薬剤(ベンゾジアゼピン系薬、抗コリン薬、オピオイド、ステロイドなど)、アルコール離脱など。
せん妄と認知症の比較
・発症:せん妄は急性、認知症は緩徐・潜行性 ・経過:せん妄は日内変動が大きく一過性、認知症は持続的・進行性 ・意識:せん妄は障害される、認知症は原則として清明 ・注意:せん妄で著しく障害される ・幻覚:せん妄で多い(特に幻視)。認知症ではレビー小体型認知症で幻視が目立つ なお、認知症の患者はせん妄を起こしやすく、両者はしばしば合併する。
対応
原因となる身体疾患や薬剤の検索と除去が最優先である。そのうえで、昼夜のリズムを整える、眼鏡・補聴器を用いる、時計やカレンダーで見当識を補うなどの環境調整を行う。興奮が強い場合には抗精神病薬を少量用いることがあるが、ベンゾジアゼピン系薬はアルコール離脱せん妄などを除きせん妄を悪化させうるため避ける。
POINT
・せん妄=軽度〜中等度の意識障害(意識混濁)+意識変容(幻覚・錯覚・興奮など) ・急性発症、日内変動(夜間に増悪)、一過性・可逆性 ・幻覚は幻視が多い。錯覚は実在する対象の誤認 ・知能低下は意識清明下で持続する知的能力の低下(認知症・知的能力障害)を指し、せん妄の症候とはいわない ・せん妄と認知症は意識障害の有無・発症様式・経過で鑑別する
