眠っている間に突然―乳幼児突然死症候群を遠ざける「寝かせ方」と「環境」
第110回医師国家試験 E問題 第59問
国試問題にチャレンジ
生後4か月の乳児。心肺停止状態で救急車で搬入された。2時間前の授乳時は元気で,特に気になる様子はなかったという。授乳後すぐ眠ったので母親は家事をしていたが,気が付くと全身がチアノーゼを呈して反応がないため救急車を要請した。1週前の乳児健康診査では特に問題を指摘されていない。来院時は体温34.4℃で,視診では栄養状態は良好で外傷を認めなかった。心肺蘇生に全く反応せず,死亡を確認した。解剖では頭蓋内出血を含め死因を特定できるような異常所見は認めなかった。 想定される疾患のリスクファクターはどれか。3つ選べ。
- a.母乳栄養
- b.仰向け寝
- c.母親の喫煙
- d.柔らかい寝具
- e.厚着による高温環境
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
乳幼児突然死症候群(SIDS)は、それまでの健康状態や既往歴から予測できず、死亡状況調査と解剖でも原因が同定されない、主に生後2〜6か月の乳児の睡眠中の突然死で、窒息、虐待、感染症、不整脈、先天代謝異常などを除外して診断します。主なリスクファクターは、うつぶせ寝、妊娠中の喫煙や受動喫煙、人工乳栄養、柔らかい寝具、厚着や暖めすぎによるうつ熱、早産・低出生体重であり、母乳栄養と仰向け寝はリスクを下げる因子です。病態としては、呼吸・覚醒調節の未熟な児が危険な時期に外的ストレスにさらされ、低酸素状態から覚醒できなくなるというトリプルリスクモデルが有力とされます。予防の基本は仰向け寝、できるだけ母乳で育てること、禁煙の3つで、硬めの寝具や適切な室温・衣服も勧められます。リスク因子と保護因子を正しく区別しておくことは、健診や退院指導で保護者に具体的な予防策を伝えるための基礎になります。
解答・解説
正解はc, d, eです
所見の整理
・生後4か月の乳児。2時間前の授乳時には普段どおり元気で、授乳後に眠ってから急変し、全身チアノーゼ・無反応の状態で発見された(睡眠中の突然の心肺停止)。 ・1週前の乳児健康診査で異常なし。既往や発育上の問題はなく、死亡を予測させる要素がない。 ・栄養状態良好で外傷なし。虐待(ネグレクトによる低栄養や身体的虐待)を疑わせる所見に乏しい。 ・心肺蘇生に反応せず死亡。体温34.4℃は心停止後の体温低下を反映している。 ・解剖でも頭蓋内出血を含め死因となる異常が見つからない。
診断へのプロセス
乳児の睡眠中の突然死では、窒息(寝具による口鼻閉塞など)、虐待による頭部外傷、感染症(敗血症・髄膜炎・心筋炎)、先天性心疾患・不整脈(QT延長症候群など)、先天代謝異常(脂肪酸代謝異常症など)を鑑別する必要がある。本症例は、既往歴や健診から死亡が予測できず、外表所見・解剖のいずれでも原因が同定されないため、乳幼児突然死症候群(sudden infant death syndrome:SIDS)と考えられる。発症年齢も、SIDSの好発時期である生後2〜6か月に一致する。
設問への考え方
SIDSは原因不明の除外診断であるが、疫学研究により発症を増やす環境因子が明らかにされている。主なものは、うつぶせ寝(腹臥位睡眠)、両親(特に母親)の喫煙、人工乳栄養(母乳でないこと)、柔らかい寝具、厚着や暖房のしすぎによる高温環境(うつ熱)、早産・低出生体重などである。選択肢のうち、これらに該当するものを選ぶ。
選択肢考察
- ×a. 母乳栄養
母乳栄養はSIDSのリスクを下げる方向に働く(保護因子)。人工乳で育てられた児のほうがSIDSの発症率が高いことが疫学的に示されており、厚生労働省も予防策の一つとして「できるだけ母乳で育てる」ことを挙げている。母乳による感染防御や、母乳栄養児で睡眠中に覚醒しやすいことなどが機序として推定されている。
- ×b. 仰向け寝
SIDSのリスクとなるのはうつぶせ寝(腹臥位)であり、仰向け寝(仰臥位)は推奨される寝かせ方である。うつぶせ寝では呼気の再吸入による低酸素・高二酸化炭素状態や、うつ熱、覚醒反応の低下が起こりやすいと考えられている。1990年代以降、欧米や日本で仰向け寝を勧めるキャンペーンが行われ、SIDSの発生数は大きく減少した。なお医学上の理由でうつぶせ寝を勧められている場合は医師の指示に従う。
- ○c. 母親の喫煙
喫煙はSIDSの大きな危険因子である。妊娠中の母親の喫煙と出生後の受動喫煙のいずれもリスクを高め、両親ともに喫煙する場合は非喫煙家庭と比べて発症率が数倍高いと報告されている。胎児期のニコチン曝露が呼吸調節や低酸素に対する覚醒反応の発達に影響すると考えられている。厚生労働省の予防策でも「たばこをやめる」ことが挙げられている。
- ○d. 柔らかい寝具
柔らかい敷き布団・マットレス、枕、ぬいぐるみ、掛け物が顔にかかる環境はSIDSのリスクとされる。顔が寝具に沈み込むことで呼気の再吸入や口鼻の閉塞が起こりやすく、特にうつぶせ寝と組み合わさると危険性が増す。どの程度の柔らかさから危険かという明確な基準はないが、乳児は硬めのマットレスで、顔の周りに物を置かずに寝かせることが勧められている。
- ○e. 厚着による高温環境
厚着や布団のかけすぎ、暖房の効きすぎによる高温環境(うつ熱)はSIDSのリスクとなる。体温の上昇が呼吸調節や覚醒反応に悪影響を及ぼすと考えられており、SIDSが冬季に多い一因ともされる。乳児には室温に見合った適度な衣服・寝具を用いることが推奨される。
SIDSの定義(日本の診断ガイドライン)
それまでの健康状態および既往歴から死亡が予測できず、しかも死亡状況調査と解剖検査によっても原因が同定されない、原則として1歳未満の児に突然の死をもたらした症候群とされる。原因が特定できないことを確認する除外診断であり、診断には解剖が必須である。解剖が行われない場合は死因の分類上「不詳」として扱う。
疫学
・好発年齢は生後2〜6か月で、1歳未満の乳児の死亡原因の上位を占める。 ・冬季、早朝から午前中の睡眠中に多い。 ・男児、早産児・低出生体重児に多い。
病態仮説
脳幹の呼吸・覚醒調節機構の未熟性や異常を背景に、うつぶせ寝・高温・喫煙などの外的ストレスが加わったとき、低酸素や高二酸化炭素状態から覚醒できずに死に至るという説(トリプルリスクモデル:脆弱な児、発達上の危険な時期、外的ストレスの重なり)が有力である。
予防(厚生労働省の3項目)
①1歳になるまでは寝かせるときは仰向け寝にする。 ②できるだけ母乳で育てる。 ③妊婦や乳児の周囲でたばこを吸わない。 このほか、硬めの寝具を使う、顔の周りに物を置かない、厚着・暖めすぎを避ける、などが勧められる。
鑑別すべき乳児突然死の原因
窒息事故、虐待(乳幼児揺さぶられ症候群などによる頭蓋内出血)、重症感染症、心筋炎・先天性心疾患・QT延長症候群などの不整脈、先天代謝異常症(脂肪酸β酸化異常症など)。
POINT
・SIDS:健康な乳児(主に生後2〜6か月)の睡眠中の突然死で、病歴・死亡状況調査・解剖でも原因が同定されないもの。診断には解剖が必要。 ・リスクファクター:うつぶせ寝、喫煙(妊娠中・受動喫煙)、人工乳栄養、柔らかい寝具、厚着・暖めすぎによるうつ熱、早産・低出生体重。 ・予防の3原則:仰向け寝、母乳栄養、禁煙。 ・母乳栄養と仰向け寝はリスクを下げる因子であり、リスクファクターではない。
