StudyMed医師国家試験

妊婦の腎盂腎炎、その抗菌薬で大丈夫?―「菌に効く」と「胎児に安全」を両立させる選び方

第110回医師国家試験 D問題 第20問

国試問題にチャレンジ

第110回 D問題 第20問

23歳の初妊婦。発熱を主訴に来院した。現在,妊娠15週。3日前から下腹部の違和感と排尿時痛とを認め,昨日から38.4℃の発熱が出現した。既往歴に特記すべきことはない。意識は清明。体温38.8℃。脈拍100/分,整。血圧118/68 mmHg。呼吸数20/分。右肋骨脊柱角に叩打痛を認める。尿Gram染色でGram陰性桿菌を認めた。  投与すべき抗菌薬はどれか。

  1. a.セフェム系
  2. b.マクロライド系
  3. c.ニューキノロン系
  4. d.テトラサイクリン系
  5. e.アミノグリコシド系

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、妊娠中の女性に起きた尿路感染症の治療薬を選ぶ問題だ。着眼点は2つ。まず症状と所見から感染の部位と起炎菌を推定すること、次に妊娠中という条件で使える薬を絞り込むこと。まずは診断から考えてみよう。
医学生医学生
排尿時痛が先行して、そのあと高熱が出ているので、膀胱炎から上に広がったのかなと思いました。
ドクタードクター
いい読みだね。膀胱炎だけなら普通は高熱は出ない。38℃台の発熱と頻脈という全身性の炎症反応に加えて、肋骨脊柱角の叩打痛がある。これは腎臓そのものに炎症が及んでいることを示す大事な所見だ。
医学生医学生
OSCEの腹部診察で練習した、背中を拳で叩くあの手技ですね。だとすると右の急性腎盂腎炎ですか。
ドクタードクター
その通り。尿のGram染色でGram陰性桿菌が見えているから、起炎菌としては大腸菌がまず考えられる。ちなみに、妊婦の腎盂腎炎が右側に多いのはなぜだと思う?
医学生医学生
子宮が大きくなって尿管を圧迫するから…でも、それなら左右どちらも同じでは?
ドクタードクター
鋭い疑問だね。妊娠中はプロゲステロンの平滑筋弛緩作用で尿管の蠕動が落ち、さらに増大した子宮が尿管を圧迫して、尿がうっ滞しやすくなる。これを生理的水腎症という。子宮は通常右に傾いていて、右の尿管は腸骨動脈との位置関係からも圧迫を受けやすい。だから右側に多いんだ。
医学生医学生
なるほど。では治療ですが、Gram陰性桿菌に強いならニューキノロン系が思い浮かびます。泌尿器科の実習でも腎盂腎炎の患者さんによく使われていました。
ドクタードクター
非妊婦ならまさに選択肢になる薬だね。でもここが落とし穴。ニューキノロン系は幼若動物で関節軟骨の障害が報告されていて、妊婦での安全性が確立していない。わが国では多くの薬剤が妊婦に禁忌になっているから、今回は選べない。
医学生医学生
妊婦さんには、菌に効くことと胎児に安全なことの両方が必要なんですね。
ドクタードクター
そう、その2条件を同時に満たすのがβ-ラクタム系、つまりセフェム系やペニシリン系なんだ。セフェム系は細胞壁合成を阻害する薬で、第2・第3世代になるとGram陰性桿菌への抗菌力が強化され、大腸菌やクレブシエラ、プロテウスをカバーできる。妊娠中の使用経験も豊富で、催奇形性や胎児毒性の報告はない。だから正解はセフェム系で、たとえば第3世代のセフトリアキソンの点滴静注が代表的だ。
医学生医学生
マクロライド系も妊婦さんに安全だと薬理学の講義で習ったので、少し迷いました。
ドクタードクター
安全性の点ではその記憶は正しい。妊婦のクラミジア感染症にはアジスロマイシンが使われるしね。ただ、マクロライド系はGram陽性菌やマイコプラズマ、クラミジアのような細胞内寄生菌が主な標的で、大腸菌などの腸内細菌にはほとんど効かない。安全でも菌に効かなければ意味がないんだ。
医学生医学生
テトラサイクリン系は、確か歯が黄色くなるんでしたよね。
ドクタードクター
そう。カルシウムと結合して胎児の歯や骨に沈着し、歯牙の着色やエナメル質形成不全、骨発育障害を起こしうる。歯の石灰化が始まる妊娠中期以降は特に問題になるから、妊婦や8歳未満の小児には原則使わない。そもそも大腸菌の第一選択でもない。
医学生医学生
アミノグリコシド系はGram陰性桿菌によく効くイメージがありますが、これもダメですか。
ドクタードクター
抗菌力はあるけれど、胎盤を通過して胎児に第Ⅷ脳神経障害、つまり不可逆的な難聴を起こすおそれがある。母体にも腎毒性や耳毒性がある。重症感染症でβ-ラクタム系と併用するなど、有益性が上回る場合に限って使われることはあるけれど、今回のように血圧も意識も保たれている腎盂腎炎で第一に選ぶ薬ではないね。
医学生医学生
菌に効かないのがマクロライド系、胎児への懸念があるのがニューキノロン系、テトラサイクリン系、アミノグリコシド系。両方クリアするのがセフェム系、という整理ですね。
ドクタードクター
完璧な整理だ。臨床での注意点も押さえておこう。妊婦の腎盂腎炎は早産や母体の敗血症、急性呼吸窮迫症候群の原因になりうるから、原則入院して点滴で治療する。投与前に尿培養、必要なら血液培養を出しておき、感受性結果を見て薬を調整するのが基本だ。
医学生医学生
そもそも腎盂腎炎にならないよう防ぐ手立てはあるんですか。
ドクタードクター
いい質問だね。妊婦では無症候性細菌尿が腎盂腎炎に進展しやすいので、症状がなくても治療の対象になる。これは非妊婦との大きな違いだ。もう一つ、ST合剤は妊娠末期には新生児の核黄疸、妊娠初期には葉酸拮抗作用が問題になるから、時期による注意も覚えておこう。

まとめ

発熱、肋骨脊柱角叩打痛、尿中のGram陰性桿菌がそろえば急性腎盂腎炎を考え、妊婦ではプロゲステロンによる尿管弛緩と子宮の圧迫による生理的水腎症のため右側に起こりやすくなります。妊婦の抗菌薬は「起炎菌に有効」かつ「胎児に安全」の両立が条件で、これを満たすセフェム系・ペニシリン系のβ-ラクタム系が第一選択です。ニューキノロン系は軟骨障害の懸念、テトラサイクリン系は歯牙着色・骨発育障害、アミノグリコシド系は第Ⅷ脳神経障害のため原則避け、マクロライド系は安全でもGram陰性桿菌には効きません。妊婦の腎盂腎炎は早産や敗血症につながるため入院・点滴治療が原則で、無症候性細菌尿も治療対象となります。薬の安全性と抗菌スペクトルを組み合わせて考える姿勢は、妊婦の感染症診療全般に通じる基本です。

解答・解説

正解はaです

所見の整理

・23歳の初妊婦、妊娠15週:胎児への影響を考慮して薬剤を選ぶ必要がある。 ・3日前から下腹部違和感と排尿時痛:膀胱炎を示唆する下部尿路症状。 ・昨日から38℃台の発熱、来院時38.8℃、脈拍100/分:全身性の炎症反応。膀胱炎単独では通常高熱は出ない。 ・右肋骨脊柱角(CVA:costovertebral angle)の叩打痛:腎臓そのものに炎症が及んでいることを示す重要な所見。 ・尿Gram染色でGram陰性桿菌:起炎菌として大腸菌(Escherichia coli)が最も考えやすい。 ・意識清明、血圧118/68 mmHg、呼吸数20/分:敗血症性ショックには至っていない。

診断

膀胱炎から上行性に感染が広がった右側の急性腎盂腎炎(妊娠中期)と診断できる。妊娠中は、プロゲステロンの平滑筋弛緩作用で尿管の蠕動が低下し、さらに増大した子宮が尿管を圧迫するため、尿管や腎盂が拡張して尿がうっ滞しやすい(生理的水腎症)。子宮は通常右に傾き(右旋)、右尿管は腸骨動脈との位置関係からも圧迫を受けやすいため、腎盂腎炎は右側に多い。

治療の考え方

妊婦の急性腎盂腎炎は早産や母体の敗血症・急性呼吸窮迫症候群の原因となりうるため、原則入院のうえ点滴静注による抗菌薬治療を行う。抗菌薬は、①起炎菌(主にGram陰性桿菌、特に大腸菌)に有効であること、②胎児への安全性が確立していること、の2点を満たすものを選ぶ。両方を満たすのがβ-ラクタム系(セフェム系・ペニシリン系)であり、特に第2・第3世代セフェム系(例:セフトリアキソン)が第一選択として広く用いられる。治療開始前に尿培養(必要に応じて血液培養)を提出し、感受性結果を確認して抗菌薬を調整する。

選択肢考察

  1. ○a.  セフェム系

    セフェム系は細菌の細胞壁合成を阻害するβ-ラクタム系抗菌薬である。第1世代はGram陽性球菌への活性が中心だが、第2・第3世代ではGram陰性桿菌(大腸菌、クレブシエラ、プロテウスなど)への抗菌力が強化されており、腎盂腎炎の起炎菌を十分にカバーできる。妊娠中の使用経験が豊富で、催奇形性や胎児毒性の報告がなく、ペニシリン系とともに妊婦の感染症治療の第一選択である。本例でも第3世代セフェム系の点滴静注が適切である。

  2. ×b.  マクロライド系

    マクロライド系(エリスロマイシン、アジスロマイシンなど)は、主にGram陽性菌やマイコプラズマ、クラミジアなどの細胞内寄生菌に有効である。大腸菌をはじめとする腸内細菌科のGram陰性桿菌にはほとんど効果がなく、腎盂腎炎の治療薬としては不適切である。なお妊婦への安全性は比較的高く、妊婦のクラミジア感染症ではアジスロマイシンが用いられる。

  3. ×c.  ニューキノロン系

    ニューキノロン系(レボフロキサシンなど)はGram陰性桿菌に強い抗菌力をもち、非妊婦の腎盂腎炎では選択肢となる。しかし動物実験で幼若動物の関節軟骨障害が認められ、妊婦での安全性が確立していないため、わが国では多くの薬剤が妊婦に禁忌とされている。小児にも原則として使用しない。妊婦の本例では選択すべきでない。

  4. ×d.  テトラサイクリン系

    テトラサイクリン系(ミノサイクリン、ドキシサイクリンなど)はカルシウムと結合して胎児の歯や骨に沈着し、歯牙の着色、エナメル質形成不全、骨発育の障害を起こしうる。歯の石灰化が始まる妊娠中期以降は特に影響が問題となり、妊婦や8歳未満の小児には原則として使用を避ける。さらに大腸菌に対する第一選択薬でもない。

  5. ×e.  アミノグリコシド系

    アミノグリコシド系(ゲンタマイシン、ストレプトマイシン、カナマイシンなど)はGram陰性桿菌に有効だが、胎盤を通過し、胎児に第Ⅷ脳神経障害(不可逆的な難聴)を起こす危険がある。母体にも腎毒性・耳毒性がある。そのため妊婦では有益性が危険性を上回る場合(重症感染症でβ-ラクタム系と併用する場合など)に限って使われ、本例のように全身状態が保たれた腎盂腎炎の第一選択にはならない。

妊婦の尿路感染症

・妊婦は生理的水腎症(プロゲステロンによる尿管弛緩と子宮による尿管圧迫)のため尿がうっ滞しやすく、無症候性細菌尿から急性腎盂腎炎に進展しやすい。無症候性細菌尿は妊婦では治療の対象となる。 ・女性は尿道が約4 cmと短く(男性は約16〜20 cm)、外陰部や肛門に近いため、腸内細菌による上行性感染が起こりやすい。 ・起炎菌は大腸菌が最多で、ほかにクレブシエラ、プロテウスなど。

急性腎盂腎炎の症状・所見

悪寒を伴う高熱、側腹部痛・腰背部痛、CVA叩打痛、悪心・嘔吐。膀胱炎症状(頻尿、排尿時痛、残尿感)が先行または併存することが多い。検査では膿尿・細菌尿、白血球増多、CRP上昇を認める。

妊婦への抗菌薬の安全性の目安

・比較的安全:ペニシリン系、セフェム系(β-ラクタム系)、マクロライド系(エリスロマイシン、アジスロマイシン) ・原則避ける:ニューキノロン系(軟骨障害の懸念)、テトラサイクリン系(歯牙着色・骨発育障害)、アミノグリコシド系(第Ⅷ脳神経障害) ・妊娠末期に注意:ST合剤(新生児の核黄疸のリスク、妊娠初期は葉酸拮抗作用も問題)

POINT

・発熱+CVA叩打痛+膿尿・Gram陰性桿菌=急性腎盂腎炎。妊婦では右側に多い。 ・妊婦の腎盂腎炎は入院のうえ、β-ラクタム系(セフェム系・ペニシリン系)の点滴静注が第一選択。 ・妊婦に避ける抗菌薬:ニューキノロン系、テトラサイクリン系、アミノグリコシド系。 ・マクロライド系は妊婦に安全だが、Gram陰性桿菌には効かない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。