なぜ「大人が先」なのか―機内急減圧と酸素マスクに隠れた救助の大原則
第110回医師国家試験 A問題 第7問
国試問題にチャレンジ
旅客機の客室内が急に減圧した場合に上から落ちて来る酸素マスクを,幼児より先に同伴の親が装着するよう勧められている理由はどれか。
- a.親がやり方を子どもに示すため。
- b.小児は成人より減圧症に強いから。
- c.小児の脳は成人より低酸素に耐えるから。
- d.親が意識を失えば子どもを助けられないから。
- e.幼児用酸素マスクが配られるのを待たなければならないから。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
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医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
旅客機の客室で急減圧が起こると、酸素濃度は変わらないものの気圧低下によって吸入気の酸素分圧が下がり、急性の低酸素症が生じます。低酸素環境で適切に行動できる有効意識時間は数十秒〜1分前後と極めて短く、しかも本人は危険を自覚しにくいため、自力でマスクを着けられない幼児の世話を先に始めると、保護者が意識を失って二人とも助からなくなるおそれがあります。小児は酸素消費量が多く機能的残気量が少ないため、むしろ成人より低酸素に陥りやすく、「子どもは強いから後回し」という理屈は成り立ちません。この指示の根底にあるのは「救助者自身の安全確保が最優先」というBLSや災害医療と共通する大原則であり、高所の生理と合わせて理解しておくことで、医療現場のさまざまな救助場面にも応用できます。
解答・解説
正解はdです
問われていること
旅客機の客室で急減圧が起きたとき、なぜ「子どもより先に、まず保護者自身が酸素マスクを着ける」よう指導されているのか、その理由を問う問題である。
急減圧で何が起こるか
巡航中の旅客機は高度約1万m前後を飛行しているが、客室は与圧され、気圧高度はおおむね2,400m(8,000フィート)以下に保たれている。機体の損傷などで与圧が失われると、客室の気圧は外気に近づき、吸入気の酸素分圧が急激に低下する。その結果、動脈血酸素分圧が下がり、急性の低酸素症(低酸素血症による脳機能障害)が生じる。 脳は酸素の蓄えがほとんどなく低酸素に最も弱い臓器であるため、判断力の低下、多幸感、視野狭窄、協調運動障害などが急速に進み、やがて意識を失う。低酸素環境に曝露されてから自分で適切な行動をとれる時間は「有効意識時間(time of useful consciousness:TUC)」と呼ばれ、巡航高度に相当する気圧では数十秒〜1分前後と非常に短い。しかも本人は低酸素の自覚に乏しく、「まだ大丈夫」と思っているうちに行動不能に陥ることが多い。
考え方
幼児は自分で酸素マスクを適切に装着することがほぼできず、大人が着けてやる必要がある。もし保護者が自分のマスクを後回しにして子どもの世話を先に始めると、子どもが嫌がって手間取るなどしているうちに保護者自身が有効意識時間を超えて判断力・意識を失い、結果として子どもにもマスクを着けられず、二人とも危険にさらされる。 まず保護者が数秒でマスクを装着して自分の酸素化を確保すれば、その後は落ち着いて確実に子どもへ装着させることができる。これは「救助者はまず自らの安全を確保する」という救命・救助の大原則を、機内の急減圧という場面に当てはめたものである。
選択肢考察
- ×a. 親がやり方を子どもに示すため。
誤り。幼児は手本を見せられても自分で正しくマスクを装着することはまず期待できず、結局は大人が着けてやる必要がある。また、有効意識時間は数十秒程度と短く、やり方を教えて真似させる時間的余裕はない。保護者が先に着ける目的は「教えるため」ではなく、自分が意識を保ったまま子どもに装着させるためである。
- ×b. 小児は成人より減圧症に強いから。
誤り。小児が成人より減圧症に強いという根拠はない。そもそも減圧症(減圧に伴い体内に溶けていた窒素が気泡化して関節痛や神経障害などを起こす病態)は発症までにある程度の時間を要し、急減圧の直後に生命を脅かす主な問題は低酸素症である。酸素マスクは低酸素への対策であり、減圧症への耐性の差は着用の順番を決める理由にならない。
- ×c. 小児の脳は成人より低酸素に耐えるから。
誤り。小児は体重あたりの代謝量・酸素消費量が成人より多く、機能的残気量(安静呼気終末に肺に残る空気量で、酸素の蓄えとして働く)も体格に比して少ないため、むしろ低酸素血症に速く陥りやすい。したがって「子どもは低酸素に強いから後回しでよい」という理屈は成り立たない。保護者が先に装着するのは子どもを軽視しているからではなく、子どもを確実に助けるための手順である。
- ○d. 親が意識を失えば子どもを助けられないから。
これが理由である。急減圧後の低酸素では、適切に行動できる時間(有効意識時間)が数十秒〜1分前後しかなく、自覚症状に乏しいまま判断力が失われる。幼児は自力でマスクを装着できないため、保護者が先に子どもの世話を始めると、手間取るうちに保護者が意識を失い、子どもも酸素を得られなくなる。保護者がまず自分の酸素を確保すれば、意識を保ったまま確実に子どもを助けられる。救助者自身の安全確保を最優先とする原則に合致する。
- ×e. 幼児用酸素マスクが配られるのを待たなければならないから。
誤り。急減圧時には客室乗務員が個別にマスクを配って回る余裕はなく、座席上部から落下するマスクを各自がその場で使用する。乳幼児連れの座席列には予備のマスクが用意されていることが多いが、いずれにしても「配布を待つ」という手順は存在しない。待っている間に低酸素が進行してしまうため、この理由は成り立たない。
航空機と気圧・酸素
・大気中の酸素濃度は高度によらず約21%で一定だが、気圧が下がるため吸入気の酸素分圧が低下する。これが高所での低酸素の本質である。 ・旅客機の客室は与圧により、気圧高度2,400m(8,000フィート)程度以下に維持されている。この条件でも健常者の動脈血酸素飽和度はやや低下する(おおむね90%台前半)ため、重い心肺疾患の患者は航空機搭乗前に酸素投与の要否を検討する。 ・客室の気圧高度が一定以上に上昇すると、座席上部の酸素マスクが自動的に落下する。
有効意識時間(TUC)
低酸素環境で、自分で状況を判断し適切な行動をとれる時間。高度が高いほど短くなり、巡航高度相当では数十秒程度とされる。急激な減圧ではさらに短縮する。低酸素症では多幸感や判断力低下のため本人が危険を自覚しにくいのが特徴である。
急減圧に伴うその他の問題
・気体の膨張:中耳・副鼻腔の気圧外傷(バロトラウマ)、消化管ガスの膨張による腹部膨満、気胸の増悪など。 ・減圧症:体内に溶解していた窒素が気泡化して生じる。関節痛(ベンズ)、皮膚症状、神経症状などを呈し、高気圧酸素療法の適応となる。スキューバダイビング直後の航空機搭乗で起こりやすいことが知られている。 ・低温:高高度の外気は非常に低温である。
救助者の安全確保の原則
一次救命処置(BLS)や災害現場での救助では、まず周囲の安全と自分自身の安全を確認・確保してから傷病者に接する。救助者が倒れれば救助そのものが成り立たず、犠牲者が増えるだけになる。機内の酸素マスクの指示も同じ考え方に基づく。
POINT
・急減圧の直後に最も問題となるのは低酸素症であり、有効意識時間は数十秒〜1分前後と極めて短い。 ・幼児は自分でマスクを着けられないため、保護者がまず自分のマスクを着けて意識を保ち、そのうえで子どもに装着させる。 ・小児は酸素消費量が多く機能的残気量が少ないため、成人よりも低酸素に陥りやすい(低酸素に強いわけではない)。 ・救助・救命の大原則は「救助者自身の安全確保が最優先」である。
