録画予約ができなくなった―「段取りの障害」から読み解く遂行機能障害
第109回医師国家試験 H問題 第29問
国試問題にチャレンジ
78歳の男性。テレビ番組の録画がうまく出来なくなったことを主訴に来院した。これまで自分の好きなテレビ番組をこまめに録画していたが,最近はほとんど録画しなくなったため心配した妻とともに受診した。妻の話によると録画装置の使い方が分からなくなったようだという。日常生活では特に問題はないが,最近,同じことを何度も聞くようになり,遠方の娘から電話がかかってきたことを忘れていることがあるという。妻と2人暮らし。60歳ころから糖尿病の治療のため外来にはバスを利用して1人で通院している。脈拍84/分,整。血圧126/84 mmHg。四肢に運動麻痺を認めない。腱反射は正常である。 この患者にみられる高次脳機能障害はどれか。
- a.幻覚
- b.失語
- c.妄想
- d.せん妄
- e.遂行機能障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
遂行機能とは、目標を設定し、計画を立て、手順どおりに実行し、結果を確認して修正する一連の能力で、主に前頭葉(前頭前野)が担います。録画予約や料理、金銭管理など複数の手順を要する作業ができなくなった場合は遂行機能障害を考え、認知症ではこうしたIADLの低下が早期から表面化しやすいのが特徴です。高次脳機能障害には記憶障害、注意障害、遂行機能障害、失語、失行、失認、社会的行動障害などが含まれますが、幻覚・妄想は精神症状(認知症ではBPSD)、せん妄は意識障害であり、これらとは区別されます。本例のように記銘力障害と遂行機能障害がみられる場合、Alzheimer型認知症や血管性認知症などが候補となり、神経心理検査や画像検査で評価を進めます。症状を「どの機能の障害か」に置き換えて考える習慣は、認知症診療や問診で家族の訴えを正しく解釈する力の基礎になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・78歳男性。以前はこまめに行っていたテレビ番組の録画ができなくなった(録画装置の操作手順が分からない)。 ・同じことを何度も尋ねる、娘からの電話があったこと自体を忘れる → 新しい出来事を覚えておけない記銘力(近時記憶)の障害。 ・日常生活はおおむね自立しており、会話にも支障をきたしている様子はない。 ・糖尿病で長年通院しており、現在もバスを使って一人で通院できている → 道順の把握などの地誌的見当識や、身近な場所での行動能力は保たれている。 ・四肢の運動麻痺はなく、腱反射も正常で、局所神経症状を示す所見はない。 ・幻視、パーキンソニズム、睡眠中の異常行動、意識の変動などの記載はない。
診断へのプロセス
高齢者に記憶障害が出現し、さらに「録画予約をする」という複数の手順を順序立てて実行する作業ができなくなっている。録画には、番組表から目的の番組を探す、予約画面を開く、日時やチャンネルを確認して確定する、といった一連の操作を計画し、順番に実行し、途中で結果を確かめる能力が必要である。この能力を遂行機能(実行機能)とよび、その障害が遂行機能障害である。 日常生活の基本的な動作(身の回りのこと)は保たれている一方で、家電の操作のような複雑な手段的日常生活動作(IADL)から先に障害されるのは、認知症の初期によくみられる経過である。背景疾患としては、記憶障害が目立つ点からAlzheimer型認知症、糖尿病という動脈硬化の危険因子をもつ点から血管性認知症(あるいは両者の合併)が考えやすいが、本文の情報だけでは確定できない。
設問の考え方
問われているのは「この患者にみられる高次脳機能障害」である。高次脳機能障害とは、脳の損傷によって生じる記憶・言語・注意・行為・認知・遂行機能などの障害を指す。選択肢のうち、症例文から読み取れ、かつ高次脳機能障害に分類されるものを選ぶ。幻覚・妄想は精神症状、せん妄は意識障害であり、いずれも高次脳機能障害の範疇には入らないうえ、症例にも記載がない。
選択肢考察
- ×a. 幻覚
幻覚は、対応する外界の刺激がないのに知覚が生じる現象(例: 実在しない人や虫が見える幻視、誰もいないのに声が聞こえる幻聴)であり、知覚の異常として精神症状に分類される。高次脳機能障害には含めない。本例では見えないものが見える、聞こえないものが聞こえるといった訴えはない。なお、認知症で繰り返す具体的な幻視があればLewy小体型認知症を考えるが、本例にはその手がかりもない。
- ×b. 失語
失語は、いったん獲得された言語機能(話す、聞いて理解する、読む、書く、復唱する、物の名前を言う)が、優位半球(多くは左半球)の言語野などの損傷によって障害された状態であり、高次脳機能障害の代表である。しかし本例では日常生活に問題はなく、受診時の会話や家族との意思疎通に支障がある記載もない。同じことを何度も聞くのは言語の障害ではなく、聞いた内容を覚えていられない記銘力障害によるものである。
- ×c. 妄想
妄想は、根拠がなく訂正不能な誤った確信(例: 財布を盗まれたと思い込む物盗られ妄想、配偶者が浮気していると信じる嫉妬妄想)であり、思考内容の異常として精神症状に分類される。高次脳機能障害ではない。Alzheimer型認知症では物盗られ妄想がみられることがあるが、本例にはそのような訴えの記載はない。
- ×d. せん妄
せん妄は、身体疾患、薬剤、手術、環境変化などを契機に急性に発症し、1日の中でも症状が変動する軽度から中等度の意識障害である。注意の障害、見当識障害、幻視、興奮などを伴い、夜間に悪化しやすい。意識障害であるため高次脳機能障害には含めない(高次脳機能障害の評価は意識が清明であることが前提となる)。本例は緩徐に進行した経過であり、意識レベルの変動や急な発症を示す記載はない。
- ○e. 遂行機能障害
遂行機能とは、目標を設定し、計画を立て、手順どおりに実行し、結果を確認して必要なら修正する、という一連の目的指向的な行動を効率よく進める能力であり、主に前頭葉(特に前頭前野)とその神経回路が担う。料理を献立決めから完成まで段取りよく仕上げる、といった作業が典型例である。本例はこれまでできていた録画予約という複数の手順を要する操作ができなくなっており、遂行機能障害と判断できる。遂行機能障害は高次脳機能障害の一つであり、認知症ではIADL(家電操作、金銭管理、服薬管理など)の低下として早期から表面化しやすい。
高次脳機能障害とは
脳血管障害、頭部外傷、脳炎、変性疾患などによる脳の損傷に伴って生じる認知機能の障害の総称である。主なものとして以下がある。 ・記憶障害: 新しいことを覚えられない、出来事を忘れる。 ・注意障害: 集中が続かない、同時に複数のことに注意を向けられない。 ・遂行機能障害: 計画を立てて順序よく実行することができない。 ・失語: 言語の理解・表出の障害。 ・失行: 運動麻痺がないのに、目的に沿った動作や道具の使用ができない。 ・失認: 感覚は保たれているのに、対象が何であるか認識できない(視覚性失認、半側空間無視など)。 ・社会的行動障害: 脱抑制、易怒性、意欲低下、固執など。 医学的に統一された定義はなく、行政上の「高次脳機能障害」(記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害が主な対象)と医学的な用法とで範囲がやや異なる。
幻覚・妄想・せん妄との違い
幻覚(知覚の異常)と妄想(思考内容の異常)は精神症状、せん妄は意識障害である。認知症の診療では、これらは中核症状(記憶障害・遂行機能障害・失語・失行・失認・見当識障害など)とは区別され、幻覚や妄想は行動・心理症状(BPSD)として扱われる。
本例の背景疾患について
記銘力障害と遂行機能障害がみられ、地誌的見当識は保たれ、局所神経症状やLewy小体型認知症を示唆する所見(幻視、パーキンソニズム、レム睡眠行動障害)の記載はない。Alzheimer型認知症や、糖尿病を危険因子とする血管性認知症(両者の混合型を含む)が候補になるが、確定には神経心理検査や頭部MRIなどの画像検査が必要である。また、録画ができない原因として、遂行機能障害のほかに失行や視空間認知の障害が関与する可能性も理論上は否定しきれない。
POINT
・遂行機能: 目標設定→計画→実行→確認・修正を行う能力。主に前頭葉(前頭前野)が担う。 ・家電の操作、料理、金銭管理など複数手順を要する作業ができなくなる → 遂行機能障害を考える。 ・高次脳機能障害: 記憶障害、注意障害、遂行機能障害、失語、失行、失認、社会的行動障害など。 ・幻覚・妄想は精神症状(認知症ではBPSD)、せん妄は意識障害であり、高次脳機能障害には含めない。
