浅い傷の奥にあるもの―自傷で来た患者に「まず聞くべきこと」
第109回医師国家試験 G問題 第45問
国試問題にチャレンジ
66歳の男性。町工場経営。左手首の切創の治療を希望し,かかりつけの診療所に1人で受診した。受傷の状況を尋ねると「気付いたら自分でナイフで切っていた」と言葉少なに答える。表情は陰うつである。傷は浅く出血は止まっている。 切創の処置を終えたあと,まず行うべきなのはどれか。
- a.家族を呼ぶ。
- b.精神科受診を勧める。
- c.工場の経営状態を尋ねる。
- d.向精神薬の服用を勧める。
- e.抑うつ症状について尋ねる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
自傷で受診した患者では、傷が浅く身体的に問題がなくても、自殺企図や援助希求のサインとして扱う必要があります。高齢、男性、自営業、自傷歴は自殺の危険因子であり、処置後にまず行うべきは抑うつ気分、興味の喪失、睡眠・食欲の変化、希死念慮などを本人に尋ね、精神状態と自殺の危険度を評価することです。希死念慮は率直に尋ねてよく、尋ねることで自殺を誘発することはないとされています。家族への連絡、精神科紹介、薬物療法はこの評価を踏まえて決めるもので、「評価が先、介入はその後」という順序が重要です。高齢者のうつ病は身体愁訴や焦燥が前面に出やすいため、かかりつけ医がゲートキーパーとして気づき、つなぐ役割を担うことが自殺予防の要となります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・66歳男性、町工場の経営者。高齢男性・自営業者であり、経済的・社会的ストレスを抱えやすい背景がある。 ・左手首の切創を自ら作ったことを認めているが、「気付いたら切っていた」と述べ、経緯をうまく説明できない。 ・言葉数が少なく、表情は陰うつである。 ・創は浅く止血しており、身体的な緊急性は低い。
考え方
自傷行為と抑うつ的な表情・寡言から、まずうつ病が疑われる。「気付いたら」という表現からは、焦燥に駆られた衝動的行為や、解離性障害のような意識・記憶の障害も鑑別に挙がるが、この時点の情報だけでは診断はつかない。 高齢男性、自営業、自傷行為の存在はいずれも自殺の危険因子であり、今回の手首の切創は自殺企図の一端、あるいは助けを求めるサインである可能性を考えなければならない。傷が浅いからといって処置だけで帰宅させてはならない。 身体的処置が済んだ段階で最初に必要なのは、現在の精神状態を把握することである。具体的には、抑うつ気分、興味・喜びの喪失、睡眠障害、食欲低下、意欲低下、集中困難、無価値感・罪責感、希死念慮などの有無と程度を本人に直接尋ねる。特に希死念慮(死にたい気持ち)については、具体的な計画や手段の準備があるかまで確認する。希死念慮を尋ねることで自殺を誘発することはないとされ、むしろ率直に尋ねることが推奨されている。 こうした評価によって自殺の危険度を見積もり、その結果に基づいて家族への連絡、精神科への紹介、治療方針などを決めていく。つまり、評価が先、介入はその後という順序が本問の核心である。
選択肢考察
- ×a. 家族を呼ぶ。
自殺の危険が高いと判断されれば、家族に連絡して見守りや付き添いを依頼することは重要になる。その際も可能な限り本人の同意を得るのが原則である。しかし、危険度を判断する材料をまだ得ていない段階で、本人の話を聞く前に家族を呼ぶのは順序が逆であり、最初に行うことではない。
- ×b. 精神科受診を勧める。
最終的には精神科専門医への紹介が必要になる可能性が高い。しかし、症状を何も確認しないまま紹介すると、患者に受診が必要な理由を説明できず、紹介先にも必要な情報を伝えられない。また、自殺の危険が切迫していれば、同日中の受診や入院の手配など対応の緊急度も変わる。プライマリケア医としては、まず病歴と精神状態を確認し、そのうえで専門医につなぐのが適切である。
- ×c. 工場の経営状態を尋ねる。
経営不振などの経済的問題は中高年男性の自殺の重要な背景因子であり、問診の過程で心理社会的背景として聴取する意義はある。しかし、今回の自傷との因果関係はわかっておらず、精神症状と自殺の危険度を評価するより先に尋ねるべき事項ではない。
- ×d. 向精神薬の服用を勧める。
うつ病かどうか、あるいは他の精神疾患なのかも定まっていない段階では、どの薬剤を選ぶべきか決められない。診断と重症度の評価を経ずに薬物療法を始めるのは時期尚早である。さらに、自殺の危険がある患者では過量服薬に使われるおそれもあり、処方には慎重な判断が求められる。
- ○e. 抑うつ症状について尋ねる。
自傷行為と陰うつな表情からうつ病が疑われる状況であり、まず抑うつ気分、興味の喪失、睡眠・食欲の変化、希死念慮などを本人に確認して現在の精神状態を把握する必要がある。この評価により自殺の危険度が見積もられ、家族への連絡、精神科紹介、薬物療法といったその後の対応の要否と緊急度が決まる。したがって最初に行うべき対応として適切である。
自殺の主な危険因子
・過去の自殺企図・自傷行為(最も強い予測因子の一つ) ・精神疾患(うつ病、双極性障害、統合失調症、アルコール使用障害など) ・男性、高齢 ・喪失体験(死別、離婚、失業、経済的破綻、健康の喪失) ・社会的孤立、支援者の不在 ・身体疾患、慢性疼痛 ・自殺の家族歴 ・致死的手段へのアクセス 本例は高齢男性、自営業者、自傷行為ありと複数の因子を有する。
うつ病の主な症状(DSM-5の大うつ病エピソード)
抑うつ気分、興味または喜びの著しい減退、体重・食欲の変化、不眠または過眠、精神運動焦燥または制止、易疲労感・気力減退、無価値感・過剰な罪責感、思考力・集中力の減退、死についての反復思考・希死念慮・自殺企図。このうち抑うつ気分か興味・喜びの減退のいずれかを含む5項目以上が2週間以上続くことが診断の要件である。
高齢者のうつ病の特徴
抑うつ気分を自ら訴えにくく、身体愁訴(頭痛、倦怠感、食欲不振など)や不安・焦燥が前面に出やすい。認知機能低下と紛らわしいこともある(いわゆる仮性認知症)。焦燥感が強いと衝動的な自傷や自殺企図に至りやすい。
自殺の危険がある患者への対応の基本
・希死念慮は率直に尋ねる。尋ねることで自殺を誘発することはない。 ・自殺の計画の具体性、手段の準備、過去の企図歴を確認し危険度を評価する。 ・批判や説教をせず、話を傾聴し共感的に接する。 ・危険度が高ければ一人にせず、家族など支援者の協力を得て、速やかに精神科につなぐ。必要に応じて入院も検討する。 ・ゲートキーパーの役割として「気づき、声かけ、傾聴、つなぎ、見守り」が挙げられる。
POINT
・自傷で受診した患者では、身体的処置の後にまず精神状態(抑うつ症状、希死念慮)を本人から聴取し、自殺の危険度を評価する。 ・家族への連絡、精神科紹介、薬物療法は、評価の結果を踏まえて行う。 ・高齢男性、自営業、自傷・自殺企図歴は自殺の危険因子である。 ・傷が浅くても自殺企図や援助希求のサインとして扱う。 ・希死念慮は率直に尋ねてよい。
