「正常」の中に一つだけ―健診データから見抜く、本当に必要な生活指導
第109回医師国家試験 G問題 第46問
国試問題にチャレンジ
62歳の女性。事務職。特定健康診査で異常を指摘され来院した。自覚症状はない。既往歴に特記すべきことはない。飲酒はビール350 mL,2日に1回を30年間。身長155 cm,体重52 kg,腹囲63 cm。血圧144/92 mmHg。尿所見:蛋白(-),糖(-)。24時間蓄尿から1日の塩分摂取量は11 gと推定された。血液生化学所見:AST 11 IU/L,ALT 12 IU/L,γ-GTP 14 IU/L(基準8~50),トリグリセリド45 mg/dL,LDLコレステロール110 mg/dL,HDLコレステロール89 mg/dL,血糖91 mg/dL。 現時点での指示として適切なのはどれか。
- a.禁酒
- b.減塩
- c.緑茶の摂取
- d.脂質摂取量の制限
- e.糖質摂取量の制限
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
健診データを読むときは、各項目を正常と異常に仕分け、異常のある項目に根拠のある指導を行うことが基本です。本例はBMI・腹囲・肝機能・脂質・血糖がすべて正常で、異常はI度高血圧(140〜159/90〜99 mmHg)と食塩摂取量11 g/日の過剰のみであるため、高血圧患者の目標である6 g/日未満に向けた減塩が最も適切な指示となります。飲酒は1日平均で純アルコール約7 gと節酒の目安内で、緑茶の降圧効果は確立しておらず、脂質や糖質の制限も根拠がありません。高血圧ではまず生活習慣の修正を行い、他の危険因子のない低リスク例ではおおむね3か月後に降圧が不十分なら薬物療法を検討します。不要な制限を避け、データに即した指導を行う姿勢は、日常診療や保健指導の質を左右する重要な考え方です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・体格: BMI=52÷(1.55×1.55)≒21.6で普通体重。腹囲63 cmは女性のメタボリックシンドローム基準(90 cm以上)を大きく下回る。 ・血圧: 144/92 mmHg。診察室血圧で収縮期140~159 mmHgかつ/または拡張期90~99 mmHgに当たり、I度高血圧に分類される(本来は日を変えて複数回測定し、家庭血圧も参考に確定する)。 ・食塩摂取量: 24時間蓄尿から推定11 g/日。高血圧患者に推奨される6 g/日未満を大きく上回っている。 ・飲酒: ビール350 mL(アルコール度数5%として純アルコール約14 g)を2日に1回であり、1日平均では約7 gにすぎない。 ・肝機能(AST、ALT、γ-GTP)、脂質(トリグリセリド、LDL-C、HDL-C)、血糖はすべて基準範囲内。尿蛋白・尿糖も陰性。
考え方
本例で異常といえるのは血圧の上昇と食塩の過剰摂取のみであり、その他の代謝指標は正常である。したがって、本態性のI度高血圧に対し、生活習慣の修正の中でも本例に当てはまる「減塩」を指導するのが妥当である。 高血圧治療ガイドライン(日本高血圧学会)では、高血圧と判断したらまず生活習慣の修正を行い、脳心血管病リスクに応じて薬物療法の要否を判断する。本例は女性・65歳未満で、糖尿病、脂質異常症、喫煙、蛋白尿などの他の危険因子や臓器障害を認めず、低リスクに相当すると考えられる。低~中等リスクでは、まず生活習慣の修正を行い、一定期間(低リスクではおおむね3か月、中等リスクではおおむね1か月)後に降圧が不十分であれば薬物療法を検討する。 生活習慣修正の項目のうち、本例で該当するのは食塩制限のみであり、体重、飲酒、脂質・糖代謝は是正の必要がない。「異常のある項目に対して、根拠のある指導を行う」という視点で選択肢を判断する。
選択肢考察
- ×a. 禁酒
飲酒量は1日平均の純アルコール換算で約7 gであり、高血圧患者で許容される目安(男性20~30 mL/日以下、女性10~20 mL/日以下のエタノール)の範囲内である。γ-GTPやAST・ALTも正常で、アルコールによる肝障害の所見もない。過度の飲酒は血圧を上げるが、本例の飲酒量で禁酒を指示する必要はない。
- ○b. 減塩
I度高血圧を認め、24時間蓄尿による推定食塩摂取量は11 g/日と過剰である。食塩の過剰摂取は循環血液量の増加などを介して血圧を上昇させ、減塩には降圧効果が確立している。日本高血圧学会は高血圧患者の食塩摂取量を6 g/日未満とすることを推奨しており、本例で最優先すべき生活指導である。
- ×c. 緑茶の摂取
緑茶に含まれるカテキン類などに降圧作用があるとする報告はあるが、効果は小さく、高血圧の治療として確立したエビデンスはない。ガイドラインの生活習慣修正項目にも含まれていない。
- ×d. 脂質摂取量の制限
LDLコレステロール110 mg/dL(基準140未満)、HDLコレステロール89 mg/dL(40以上で正常)、トリグリセリド45 mg/dL(空腹時150未満で正常)といずれも基準範囲内であり、脂質異常症はない。肥満もなく、脂質摂取を制限する根拠はない。なお、飽和脂肪酸やコレステロールを控え、魚(多価不飽和脂肪酸)を積極的にとる食事は高血圧の食事療法として推奨されるが、本問の選択肢として最も適切なのは減塩である。
- ×e. 糖質摂取量の制限
血糖91 mg/dLで尿糖も陰性であり、糖代謝異常を示す所見はない。BMI・腹囲も正常で、糖質制限を指示する理由はない。
成人の血圧分類(診察室血圧、日本高血圧学会 高血圧治療ガイドライン2019)
・正常血圧: <120 かつ <80 mmHg ・正常高値血圧: 120~129 かつ <80 mmHg ・高値血圧: 130~139 かつ/または 80~89 mmHg ・I度高血圧: 140~159 かつ/または 90~99 mmHg ・II度高血圧: 160~179 かつ/または 100~109 mmHg ・III度高血圧: ≧180 かつ/または ≧110 mmHg 家庭血圧では135/85 mmHg以上を高血圧とする。
生活習慣の修正項目(高血圧治療ガイドライン)
・食塩制限: 6 g/日未満 ・野菜・果物の積極的摂取(重篤な腎障害がある場合は高カリウム血症に注意)、飽和脂肪酸・コレステロールの摂取を控える、多価不飽和脂肪酸・低脂肪乳製品の積極的摂取 ・適正体重の維持: BMI 25未満 ・運動療法: 軽強度の有酸素運動を中心に、定期的に(毎日30分以上を目標に)行う ・節酒: エタノールとして男性20~30 mL/日以下、女性10~20 mL/日以下 ・禁煙(受動喫煙の防止も含む) 複数の項目を組み合わせると降圧効果が大きくなる。
食塩摂取の目標値
・日本高血圧学会: 高血圧患者は6 g/日未満 ・日本人の食事摂取基準: 一般成人の目標量は男性7.5 g/日未満、女性6.5 g/日未満(2020年版以降。本問出題時の2015年版では男性8.0 g未満、女性7.0 g未満) ・WHO: 5 g/日未満 日本人の平均食塩摂取量は約10 g/日前後であり、まだ目標との隔たりが大きい。
食塩摂取量の評価法
24時間蓄尿による尿中ナトリウム排泄量の測定が最も信頼性が高い。食塩相当量(g)≒尿中Na排泄量(mEq/日)÷17で換算できる。随時尿から推定する簡便法もある。
特定健康診査
40~74歳の医療保険加入者を対象に、メタボリックシンドロームに着目して行われる健診である(高齢者の医療の確保に関する法律に基づき、医療保険者に実施義務がある)。腹囲・BMIに加え、血圧・脂質・血糖・喫煙歴からリスクを判定し、特定保健指導(動機付け支援・積極的支援)の対象者を選定する。
POINT
・144/92 mmHgはI度高血圧(140~159/90~99 mmHg)である。 ・高血圧と診断したら、まず生活習慣の修正を行い、低~中等リスクでは一定期間後に薬物療法の要否を判断する。 ・高血圧患者の食塩摂取目標は6 g/日未満。 ・異常のない項目(飲酒量・脂質・血糖・体重)に対して制限を指示する必要はない。 ・緑茶の降圧効果は確立していない。
