痛くなる前に飲む―「時刻を決めて」が支えるがん疼痛治療の基本
第109回医師国家試験 G問題 第29問
国試問題にチャレンジ
癌性疼痛緩和における医療用麻薬の投与について正しいのはどれか。
- a.静注薬から開始する。
- b.時刻を決めて投与する。
- c.強オピオイドから開始する。
- d.原発巣を確定する前には開始しない。
- e.オピオイドと他の鎮痛薬との併用は避ける。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
がん疼痛に対する医療用麻薬は、WHO方式がん疼痛治療法に基づき、経口投与を基本として時刻を決めて定時に投与し、血中濃度を保って痛みの再燃を防ぎます。突出痛には速放性製剤のレスキュー薬で対応し、使用回数をもとに定時量を調整します。鎮痛は診断確定を待たずに開始し、NSAIDsやアセトアミノフェン、鎮痛補助薬は積極的に併用します。薬剤は痛みの強さに応じて選び、2018年の改訂以降は中等度以上の痛みに少量の強オピオイドから始めることも認められています。便秘対策の同時開始や依存への誤解を解く説明も含め、これらの原則はあらゆる診療科でがん患者を診るうえで欠かせない知識です。
解答・解説
正解はbです
がん疼痛に対する薬物療法の基本原則を問う問題である。基礎となるのは世界保健機関(WHO)が1986年に公表した「WHO方式がん疼痛治療法」で、本問の出題当時は次の5原則として教えられていた。 ①経口的に(by mouth) ②時刻を決めて規則正しく(by the clock) ③除痛ラダーに沿って効力の順に(by the ladder) ④患者ごとの個別的な量で(for the individual) ⑤そのうえで細かい配慮を(attention to detail) 3段階除痛ラダーは、痛みの強さに応じて鎮痛薬を段階的に選ぶための目安である。 ・第1段階(軽度の痛み):非オピオイド鎮痛薬(NSAIDs〈非ステロイド性抗炎症薬〉、アセトアミノフェン) ・第2段階(軽度~中等度の痛み):弱オピオイド(コデインなど)を追加 ・第3段階(中等度~高度の痛み):強オピオイド(モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、ヒドロモルフォンなど)に切り替える どの段階でも非オピオイド鎮痛薬は継続でき、神経障害性疼痛などには鎮痛補助薬を併用する。 なお、WHOは2018年にガイドラインを改訂し、基本原則から「除痛ラダーに沿って」を外して4原則とした。ラダーは教育上の目安として残されているが、痛みの強さに応じて最初から適切な鎮痛薬を選ぶことが重視されるようになっている。 これらの原則に照らすと、「時刻を決めて投与する」が正しい。持続する痛みに対して、痛くなってから飲む頓用だけで対応すると、血中濃度が下がるたびに痛みがぶり返す。薬効が切れる前に定時で次の投与を行うことで血中濃度を有効域に保ち、痛みのない状態を維持できる。
選択肢考察
- ×a. 静注薬から開始する。
がん疼痛治療は経口投与が原則である。経口薬は簡便で患者が自分で管理でき、在宅療養とも両立しやすく、安価で侵襲もない。静脈内・皮下投与や貼付剤、坐剤は、嚥下困難、嘔吐、消化管閉塞、意識障害などで内服できない場合や、急速な用量調整が必要な場合に選択する方法であり、最初から静注薬を用いるのが原則ではない。
- ○b. 時刻を決めて投与する。
がん疼痛は持続性であることが多いため、薬剤の作用持続時間に合わせて時刻を決め、定時投与する(例:徐放性製剤を12時間ごと)。こうすると血中濃度が安定し、痛みが出る前に抑えられる。定時投与に加え、一時的に強まる痛み(突出痛)に対しては速放性製剤を頓用する「レスキュー薬」を用意するのが標準的な方法である。
- ×c. 強オピオイドから開始する。
除痛ラダーの考え方では、軽度の痛みにはまず非オピオイド鎮痛薬を用い、効果が不十分なら弱オピオイド、さらに強オピオイドへと段階的に進める。したがって、一律に強オピオイドから開始するのは原則ではない。ただし現在のガイドラインでは、中等度以上の痛みに対しては第2段階を経ずに少量の強オピオイドから開始することも認められている。重要なのは痛みの強さを評価して薬剤を選ぶことである。
- ×d. 原発巣を確定する前には開始しない。
痛みは患者の生活の質(QOL)を大きく損なうため、評価と同時に速やかに鎮痛を始めるべきである。原発巣の確定や確定診断を待つ必要はなく、診断のための検査を進めながら鎮痛を行う。痛みを取ることで検査や治療を受ける体力・意欲を保つことにもつながる。
- ×e. オピオイドと他の鎮痛薬との併用は避ける。
オピオイドは他の鎮痛薬と積極的に併用する。NSAIDsやアセトアミノフェンはオピオイドと作用機序が異なり、併用で鎮痛効果が高まり、オピオイドの必要量を減らせる。骨転移痛にはNSAIDsが有効なことが多い。また神経障害性疼痛には鎮痛補助薬(プレガバリンなどのCa2+チャネルα2δリガンド、抗うつ薬、抗てんかん薬など)、神経圧迫や浮腫による痛みにはコルチコステロイドを併用する。なお、同じ作用機序のオピオイドを2種類以上漫然と重ねる併用は通常行わない。
オピオイドの主な副作用と対策
・便秘:耐性がほとんど生じず、ほぼ必発である。投与開始と同時に下剤(浸透圧性下剤、刺激性下剤)を開始し、末梢性μオピオイド受容体拮抗薬(ナルデメジン)も用いられる。 ・悪心・嘔吐:投与初期に多く、数日~1、2週で耐性が生じやすい。必要に応じて制吐薬を用いる。 ・眠気:投与開始時や増量時に生じやすい。 ・呼吸抑制:痛みに見合った用量を守れば頻度は低い。過量時はナロキソンで拮抗する。
がん疼痛で用いる主な薬剤
・非オピオイド:NSAIDs、アセトアミノフェン ・弱オピオイド:コデイン、トラマドール ・強オピオイド:モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、ヒドロモルフォン、タペンタドール、メサドン ・腎機能障害ではモルヒネの活性代謝物(モルヒネ-6-グルクロニドなど)が蓄積しやすく、オキシコドンやフェンタニルが選ばれることが多い。
定時投与とレスキュー
経口モルヒネの場合、レスキュー1回量は1日量の約1/6(10~20%)を目安とする。レスキューの使用回数が多い場合は定時投与量を見直す。
依存の誤解
痛みのある患者に適切に用いた医療用麻薬で精神依存が問題になることはまれである。過度な依存の心配から投与をためらわないよう、患者・家族への説明も重要である。
POINT
・WHO方式がん疼痛治療法:経口的に、時刻を決めて規則正しく、患者ごとの個別的な量で、細かい配慮を(出題当時はこれに「除痛ラダーに沿って」を加えた5原則。2018年改訂で原則から外された)。 ・定時投与で血中濃度を保ち、突出痛にはレスキュー薬で対応する。 ・NSAIDs・アセトアミノフェン・鎮痛補助薬はオピオイドと併用してよい。 ・鎮痛は診断確定を待たずに開始する。 ・オピオイド開始時には便秘対策(下剤)を同時に始める。
