「自分もピロリ菌では?」―患者の言葉に宿る解釈モデルを聞き取る
第109回医師国家試験 F問題 第26問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
51歳の男性。上腹部痛を主訴に来院した。 現病歴:3日前から上腹部の強い痛みと悪心とを自覚していた。これまでも時々,空腹時に上腹部膨満感が出現することがあり市販の薬を内服していた。便通は毎日あり,もともと軟らかい方である。今朝から倦怠感を少し感じたため受診した。発熱や息切れはない。 既往歴:特記すべきことはない。 生活歴:喫煙歴はない。飲酒はウイスキー60 mL/日を30年間。 家族歴:母親が60歳時にくも膜下出血で死亡。父親がAlzheimer型認知症を発症し72歳時に胃癌で死亡。 医療面接は以下のように続いた。 患者「…ということで当時は親戚中がもめており,父が亡くなったときは正直言ってホッとしたことを思い出します」 医師「そうでしたか。つらい思い出をお話しくださってありがとうございました」 患者「いえいえ。もうずいぶん前のことですから大丈夫ですよ」 医師「それで,今回のおなかの痛みについて何か思い当たることはありますか」 患者「実は,父が自分と同じように長い間胃が悪くて,検査の結果ピロリ菌陽性だったそうで,ひょっとしたら自分もそうではないかと」 医師「そういうご事情があったのですね」
下線部に該当する病歴情報はどれか。
- a.社会歴
- b.受療行動
- c.対処行動
- d.生活習慣
- e.解釈モデル
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
解釈モデルとは、患者が自分の病気の原因や経過、必要な治療についてどう考えているかという理解の枠組みで、「父もピロリ菌陽性だったので自分もそうではないか」という発言はその典型です。医療面接の病歴項目では、症状に対して自ら行ったこと(市販薬の服用など)が対処行動、医療機関を受診した経緯が受療行動、飲酒・喫煙などが生活習慣、職業や家族構成などが社会歴と区別されます。解釈モデルは解釈・懸念・期待(ICE)の枠組みを使って開かれた質問で引き出し、否定せずに受け止めることが基本です。患者の考えを把握することで不安の中心が分かり、検査や治療の説明を患者の関心に沿って行えるため、良好な医師患者関係と診療への納得につながります。
解答・解説
正解はeです
症例の整理
51歳の男性が、3日前からの強い上腹部痛と悪心を訴えて受診した。以前から空腹時の上腹部膨満感があり、市販薬で対処していた。飲酒歴はウイスキー60 mL/日を30年間と多く、父親は胃癌で死亡している。空腹時に悪化する上腹部症状の反復は十二指腸潰瘍などの消化性潰瘍を思わせ、家族歴からは胃癌も念頭に置く。上腹部痛では急性膵炎や胆道疾患のほか、虚血性心疾患が上腹部症状として現れることもある点に注意が必要である。
設問の考え方
本問は診断そのものではなく、医療面接で得られた情報がどの病歴項目に当たるかを問う。医師の「今回のおなかの痛みについて何か思い当たることはありますか」という開かれた質問に対して、患者は「父も長く胃が悪く、ピロリ菌陽性だった。自分もそうではないか」と答えている。下線部はこの発言であり、患者自身が症状の原因をどう考えているかを語った部分である。 患者が自分の病気について抱く「原因は何か」「どうなるのか」「どんな治療が必要か」といった考えを解釈モデル(explanatory model)という。したがって下線部は解釈モデルに該当する。 医師はこれを否定も肯定もせず、「そういうご事情があったのですね」と受け止めている。解釈モデルを引き出して受容することは、患者中心の医療面接の基本である。
選択肢考察
- ×a. 社会歴
社会歴は職業、家族構成・同居者、経済状況、住環境、海外渡航歴など、患者の社会的背景に関する情報である。下線部は病気の原因についての患者自身の考えであり、社会的背景を述べたものではない。
- ×b. 受療行動
受療行動は、症状が出てから医療機関をいつ、なぜ、どのように受診したかという行動を指す(例:「今朝から倦怠感が出たので受診した」「他院を受診した」)。本症例では倦怠感を感じて受診した経緯がこれに当たるが、下線部は受診の経緯ではなく原因についての推測である。
- ×c. 対処行動
対処行動は、症状に対して患者自身がとった行動を指す。本症例では「上腹部膨満感に対して市販の薬を内服していた」ことが対処行動に当たる。下線部は行動ではなく考えを述べたものである。
- ×d. 生活習慣
生活習慣は喫煙、飲酒、食事、運動、睡眠などの日常の習慣を指す。本症例では「喫煙歴なし」「ウイスキー60 mL/日を30年間」がこれに当たる。下線部は生活習慣の情報ではない。
- ○e. 解釈モデル
患者は、父親と同じく長く胃の調子が悪いことから、自分もHelicobacter pylori(ピロリ菌)に感染していて、それが今回の腹痛の原因ではないかと考えている。これは病気の原因に対する患者自身の理解・推測であり、解釈モデルに当たる。解釈モデルを把握すると患者の不安の中心が分かり、説明や検査計画を患者の関心に沿って組み立てられる。
解釈モデルとは
患者が自分の病気について抱いている考え方の枠組みである。原因(なぜこうなったか)、発症の時期や機序、重症度や予後(どうなるのか)、望む治療(どうしてほしいか)などを含む。医療人類学者Kleinmanが提唱した概念で、医学的な説明とずれていることも多い。
患者の考えを聞き出すための枠組み
解釈(Ideas)、懸念(Concerns)、期待(Expectations)の3つをまとめてICEと呼ぶ。「何が原因だと思いますか」「一番心配なことは何ですか」「今日はどうしてほしいですか」などの開かれた質問で引き出す。これに症状が生活に与える影響(Function)や感情(Feelings)を加えて把握する方法もある。
医療面接で扱う主な病歴項目
・主訴、現病歴(発症時期、部位、性状、程度、経過、増悪・寛解因子、随伴症状) ・既往歴、服薬歴、アレルギー歴 ・家族歴 ・生活習慣(喫煙、飲酒、食事、運動、睡眠) ・社会歴(職業、家族構成、経済状況、住環境、渡航歴) ・対処行動(症状に対して自分で行ったこと。市販薬の服用など) ・受療行動(受診のきっかけ、他院受診の有無など) ・解釈モデル(患者の病気についての考え)
本症例とHelicobacter pylori
H. pyloriは胃・十二指腸潰瘍、萎縮性胃炎、胃癌、胃MALTリンパ腫などに関わる。家族内感染(主に幼少期の経口感染)もあるため、父親が陽性だったという患者の心配には医学的な根拠があり、検査の説明にも活かせる。
POINT
・患者が自分の病気の原因や見通しをどう考えているか=解釈モデル ・症状に対して自分で行ったこと(市販薬の服用など)=対処行動 ・医療機関にかかった経緯=受療行動 ・飲酒、喫煙など=生活習慣/職業、家族構成など=社会歴 ・解釈モデルは開かれた質問で引き出し、否定せずに受け止める(ICE: 解釈・懸念・期待)
