StudyMed医師国家試験

肝臓に張られた「バイオリンの弦」―不妊の陰に潜むクラミジアの足跡

第109回医師国家試験 D問題 第50問

国試問題にチャレンジ

第109回 D問題 第50問

34歳の女性。4年間の不妊を主訴に来院した。月経周期は29日型,整。19歳時に骨盤腹膜炎の診断で抗菌薬投与を受けた既往がある。子宮卵管造影で両側の卵管水腫と診断し,腹腔鏡下手術を施行した。手術時の肝周囲の写真を別に示す。  この所見の原因として考えられる病原体はどれか。

第109回 D問題 第50問の問題画像
  1. a.アニサキス
  2. b.クラミジア
  3. c.リステリア
  4. d.トリコモナス
  5. e.バクテロイデス

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、不妊の精査で見つかった腹腔内の所見から、過去に何が起きていたのかを逆算する問題だ。注目すべきは、若い頃の骨盤腹膜炎の既往、両側の卵管水腫、そして腹腔鏡で写された肝臓まわりの様子。この3つを一本の線でつなげられるかがポイントだよ。
医学生医学生
月経周期は整なので、排卵障害ではなさそうですね。卵管水腫があるから卵管性不妊でしょうか。
ドクタードクター
その通り。月経周期が規則的なら排卵はおおむね保たれていると考えられるし、卵管水腫は卵管性不妊の代表的な原因だ。卵管水腫というのは、炎症で卵管采がふさがって、卵管の中に液体がたまった状態のこと。では、その炎症はどこから来たと思う?
医学生医学生
19歳のときの骨盤腹膜炎ですね。若い女性の骨盤腹膜炎というと、性感染症の上行感染でしょうか。
ドクタードクター
いい推論だね。性感染症の病原体が子宮頸管から子宮内膜、卵管、骨盤腹膜へと上っていくのが骨盤内炎症性疾患、いわゆるPIDだ。そして今回の写真では、肝臓の表面と腹壁や横隔膜との間に、細い弦のような線維性の癒着が何本も張っている。これが決め手になる。
医学生医学生
産婦人科の講義で聞いた「violin string」ですか。名前は覚えていたんですが、肝臓とつながる理由がよくわかっていませんでした。
ドクタードクター
骨盤内の感染が、右の傍結腸溝などを伝って上腹部まで広がり、肝臓を包む被膜に炎症を起こす。これが肝周囲炎で、Fitz-Hugh-Curtis症候群と呼ばれる。炎症が治まったあとに、癒着が弦のように残るんだ。肝実質ではなく被膜の炎症だから、肝機能はほとんど異常が出ないことが多い。
医学生医学生
ということは、原因はPIDを起こす病原体……クラミジアですね。
ドクタードクター
正解。Fitz-Hugh-Curtis症候群の原因として最も重要なのはクラミジア・トラコマティスで、次いで淋菌だ。今回は淋菌が選択肢にないから、クラミジアで決まり。骨盤腹膜炎の既往、両側卵管水腫、肝周囲の弦状癒着のすべてを、クラミジアの上行性感染で一元的に説明できるね。
医学生医学生
バクテロイデスも骨盤の感染で出てくると習った気がして、少し迷いました。
ドクタードクター
鋭いところを突いてきたね。PIDではクラミジアや淋菌の初期感染のあと、嫌気性菌を含む複数菌感染に移ることがあり、卵管卵巣膿瘍からバクテロイデスが検出されることもある。ただ、肝周囲炎を起こす代表的な原因菌ではないし、この経過でまず考えるべきはやはりクラミジアだ。
医学生医学生
トリコモナスも性感染症ですが、こちらはどうですか。
ドクタードクター
トリコモナスは原虫で、泡沫状で黄緑色の悪臭のある帯下とかゆみを伴う腟炎が中心だ。病変の主体は腟や外陰で、卵管炎から肝周囲炎へ進む病原体としては位置づけられていない。治療はメトロニダゾールで、パートナーの同時治療が必要という点はセットで覚えておこう。
医学生医学生
リステリアは妊婦さんで注意する菌でしたよね。微生物学の講義で、ナチュラルチーズが出てきた記憶があります。
ドクタードクター
よく覚えているね。リステリアは加熱不十分な食肉加工品や非加熱の乳製品から経口感染し、妊婦では胎盤を通じて胎児に感染して流産や新生児リステリア症を起こす。でも性感染による骨盤内感染の原因ではない。アニサキスも魚介の生食後に激しい胃痛などを起こす寄生虫で、消化管の病気だから今回とは無関係だね。
医学生医学生
クラミジアにかかった時点で、本人は気づかないものなんでしょうか。
ドクタードクター
そこが一番大事なところ。女性のクラミジア感染は多くが無症状で、気づかれないまま上行して卵管を傷つける。その結果、卵管閉塞や卵管水腫による不妊、異所性妊娠、慢性骨盤痛につながるんだ。妊婦が感染していれば、産道感染で新生児の結膜炎や肺炎の原因にもなる。
医学生医学生
急性期のFitz-Hugh-Curtis症候群は、どんなふうに見えるんですか。
ドクタードクター
右季肋部痛で、深呼吸や体動で強くなるのが典型だ。だから急性胆嚢炎と間違われやすい。性感染症のリスクがある若い女性が右上腹部痛を訴えたら、この病気を鑑別に挙げてほしい。急性期の造影CTで肝被膜が早期に濃染することもある。診断は子宮頸管の擦過検体を使った核酸増幅法などで、治療はクラミジアならアジスロマイシンやドキシサイクリン、淋菌ならセフトリアキソン。パートナーの検査と治療も忘れずに。
医学生医学生
救急外来の実習で「若い女性の右上腹部痛=胆石」と決めつけないように、ということですね。
ドクタードクター
その姿勢が大切だ。それと不妊診療の観点では、卵管水腫の貯留液が子宮内へ逆流すると体外受精の着床率が下がるから、体外受精の前に卵管切除などを検討することがある。過去の感染が、何年もたってから治療方針に影響してくるんだ。

まとめ

若年時の骨盤腹膜炎の既往、両側卵管水腫、腹腔鏡での肝表面と腹壁の弦状(violin string)癒着の組み合わせは、骨盤内感染が上腹部に波及して肝被膜に炎症を起こしたFitz-Hugh-Curtis症候群の典型像です。最も重要な原因はクラミジア・トラコマティスで、次いで淋菌であり、トリコモナスやリステリア、アニサキスは原因になりません。女性のクラミジア感染は無症状のことが多く、気づかれないまま上行して卵管性不妊や異所性妊娠、慢性骨盤痛を残します。急性期は右季肋部痛として現れ胆嚢炎と紛らわしいため、性感染症のリスクがある若年女性では鑑別に挙げることが大切です。不妊の背景に過去の感染を読み取る視点は、産婦人科診療だけでなく性感染症予防の意義を理解するうえでも重要です。

解答・解説

正解はbです

所見の整理

・34歳女性、4年間の不妊。避妊せずに性交しているにもかかわらず1年以上妊娠しない状態が不妊症と定義されており(日本産科婦人科学会は2015年に従来の「2年」から「1年」へ改めた)、本例は不妊症に該当する。 ・月経周期は29日型で整(正常範囲は25〜38日)であり、排卵障害は考えにくい。 ・19歳時に骨盤腹膜炎で抗菌薬治療を受けている。若年女性の骨盤腹膜炎は、性感染症(STI)が子宮頸管から子宮内膜・卵管・骨盤腹膜へと上行して起こる骨盤内炎症性疾患(PID: pelvic inflammatory disease)の一部であることが多い。 ・子宮卵管造影(HSG)で両側卵管水腫。卵管水腫は、炎症によって卵管采が閉塞し、卵管内に液体が貯留した状態であり、卵管性不妊の代表的な原因である。 ・腹腔鏡で観察した肝周囲には、肝表面(肝被膜)と前腹壁・横隔膜の間に張る、細い弦(バイオリンの弦)のような線維性の癒着がみられる。

診断へのプロセス

若年時のPIDの既往、両側卵管水腫、肝表面と腹壁との弦状癒着という組み合わせは、骨盤内の感染が傍結腸溝などを伝って上腹部に広がり、肝被膜の炎症(肝周囲炎)を起こしたFitz-Hugh-Curtis症候群(FHCS)の典型像である。急性期には右季肋部痛として現れ、胆嚢炎などと紛らわしいが、慢性期には本例のように弦状癒着として残り、不妊の精査時に偶然見つかることも多い。

設問の考え方

FHCSを起こす病原体として最も重要なのはクラミジア・トラコマティス(Chlamydia trachomatis)であり、次いで淋菌(Neisseria gonorrhoeae)である。選択肢に淋菌はないため、クラミジアが正解となる。クラミジア感染は女性では無症状のことが多く、気づかれないまま上行性感染を起こして卵管障害や不妊、異所性妊娠の原因となる点が重要である。

選択肢考察

  1. ×a.  アニサキス

    アニサキスは海産魚介類(サバ、イカ、サンマなど)に寄生する線虫の幼虫である。生食後、数時間で起こる激しい心窩部痛(胃アニサキス症)や、十数時間以降の腹痛・腸閉塞(腸アニサキス症)を起こすが、経口摂取による消化管の病変であり、性感染による骨盤内感染や肝周囲の弦状癒着の原因にはならない。

  2. ○b.  クラミジア

    クラミジア・トラコマティスは日本で最も多い性感染症の病原体である。女性では子宮頸管炎が起こっても自覚症状に乏しく、治療されないまま子宮内膜炎・卵管炎・骨盤腹膜炎へと上行性に広がる。さらに上腹部に及ぶと肝周囲炎を起こし、Fitz-Hugh-Curtis症候群となる。卵管炎の結果として卵管閉塞や卵管水腫が生じ、卵管性不妊や異所性妊娠の原因となる。本例の骨盤腹膜炎の既往、両側卵管水腫、肝表面の弦状癒着はいずれもクラミジアによる上行性感染で一元的に説明できる。

  3. ×c.  リステリア

    リステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)はグラム陽性桿菌で、加熱不十分な食肉加工品や非加熱の乳製品(ナチュラルチーズなど)を介して経口感染する。妊婦、新生児、高齢者、免疫不全者で敗血症や髄膜炎を起こしやすく、妊婦では胎盤を介して胎児に感染し流産・早産・新生児リステリア症の原因となる。しかし性感染による骨盤内感染や肝周囲炎の原因菌ではない。

  4. ×d.  トリコモナス

    腟トリコモナス(Trichomonas vaginalis)は性感染する原虫で、泡沫状で黄緑色の悪臭を伴う帯下や外陰部の瘙痒感を特徴とする腟炎を起こす。病変の主体は腟・外陰(男性では尿道)であり、卵管炎・骨盤腹膜炎を経て肝周囲炎に至る病原体としては位置づけられていない。治療はメトロニダゾールなどで、パートナーの同時治療が必要である。

  5. ×e.  バクテロイデス

    バクテロイデス属はグラム陰性の偏性嫌気性桿菌で、腸管や腟の常在菌である。PIDではクラミジアや淋菌による初期感染の後に嫌気性菌を含む複数菌感染へ移行することがあり、卵管卵巣膿瘍などではバクテロイデスが検出されることもある。しかし、肝周囲炎を起こすFitz-Hugh-Curtis症候群の原因菌として代表的なものではなく、若年時のPIDから卵管水腫・肝周囲の弦状癒着に至った本例の経過の原因としてまず考えるべきはクラミジアである。

Fitz-Hugh-Curtis症候群(FHCS)

・定義: 骨盤内の感染(主にクラミジア、淋菌)が上腹部へ波及して起こる肝周囲炎(肝被膜の炎症)。肝実質の炎症ではないため、肝機能検査は正常か軽度異常にとどまることが多い。 ・経路: 骨盤から右傍結腸溝を経て腹腔内を上行する経路が主と考えられ、リンパ行性・血行性の関与も推定されている。 ・症状: 急性期は右季肋部痛(深呼吸や体動で増悪)で、急性胆嚢炎や肝胆道疾患と誤られやすい。性感染症のリスクがある若年女性の右上腹部痛では本症を鑑別に挙げる。 ・所見: 慢性期に肝表面と前腹壁・横隔膜の間に弦状(violin string)癒着を形成する。急性期の造影CTでは肝被膜の早期濃染がみられることがある。 ・診断: 子宮頸管擦過検体の核酸増幅法(NAAT、PCRなど)によるクラミジア・淋菌の検出、血清クラミジア抗体。 ・治療: クラミジアにはアジスロマイシン、ドキシサイクリンなど(マクロライド系・テトラサイクリン系など)、淋菌にはセフトリアキソン。パートナーの検査・治療も必要。

クラミジア感染症と女性生殖器

・女性の感染者の多くは無症状であり、気づかれずに上行性感染を起こす。 ・子宮頸管炎 → 子宮内膜炎 → 卵管炎 → 骨盤腹膜炎 → 肝周囲炎(FHCS)と広がる。 ・後遺症として卵管閉塞・卵管水腫・卵管周囲癒着による卵管性不妊、異所性妊娠(子宮外妊娠)、慢性骨盤痛がある。 ・妊婦が感染していると産道感染により新生児の結膜炎や肺炎を起こす。

卵管水腫と不妊

・HSGで卵管膨大部が嚢状に拡張し、腹腔内への造影剤の拡散がみられない。 ・卵管水腫の貯留液が子宮内へ逆流すると体外受精の着床率も低下するため、体外受精に先立って卵管切除などの処置が検討される。

POINT

・若年時のPID既往+卵管水腫+肝表面と腹壁の弦状癒着 → Fitz-Hugh-Curtis症候群。 ・FHCSの主な原因はクラミジア・トラコマティス(次いで淋菌)。 ・女性のクラミジア感染は無症状が多く、卵管性不妊・異所性妊娠の原因となる。 ・急性期FHCSは右季肋部痛で、胆嚢炎との鑑別が問題となる。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。