即席麺とビールの半年間―手袋靴下型のしびれが告げるビタミンB1欠乏
第109回医師国家試験 C問題 第16問
国試問題にチャレンジ
40歳の男性。ふらつきを主訴に来院した。半年前に人間関係のストレスのため退職し引きこもるようになった。食事は即席麺やおにぎり,スナック菓子をスポーツドリンクやビールとともに摂取するのみであった。2か月前から歩行時にふらつくようになり,四肢末端のしびれ感が徐々に増強するため受診した。意識は清明。脈拍68/分,整。血圧148/86 mmHg。Mini-Mental State Examination〈MMSE〉30点(30点満点)。四肢の腱反射は左右差なく減弱し,手袋靴下型の表在覚と振動覚の低下を認める。 この患者で欠乏しているのはどれか。
- a.ビタミンA
- b.ビタミンB1
- c.ビタミンB12
- d.ビタミンC
- e.ビタミンD
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
糖質に偏った食事とアルコール摂取を背景に、左右対称で手袋靴下型の感覚障害と腱反射低下が出現した場合は、ビタミンB1欠乏による多発ニューロパチー(乾性脚気)を考えます。B1は糖代謝の補酵素として消費されるうえ体内貯蔵が少なく、数か月の偏食でも欠乏しうるのに対し、B12は数年分の貯蔵があり、欠乏の多くは吸収障害によるため、短期間の偏食では起こりにくいという違いがあります。A・C・Dの欠乏はそれぞれ夜盲症、壊血病、骨軟化症などを起こしますが、多発ニューロパチーの原因にはなりません。B1欠乏ではWernicke脳症や湿性脚気にも注意し、疑われる患者にはブドウ糖より先にチアミンを投与することが重要です。食歴から欠乏栄養素を推定する視点は、救急や総合診療の現場でも役立つ基本的な臨床推論です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・背景:半年前から引きこもり、即席麺・おにぎり・スナック菓子を、スポーツドリンクやビールと一緒にとるだけの食生活である。炭水化物(糖質)に極端に偏り、肉・魚・豆類・野菜などがほとんどとれていない。糖分を含む清涼飲料水とアルコールの摂取も加わっている。 ・症状:2か月前からの歩行時のふらつきと、四肢末端のしびれ感の緩徐な増悪。 ・神経所見:四肢の腱反射が左右対称に減弱し、手袋靴下型(四肢末端ほど強い)の表在覚と振動覚の低下がある。 ・意識は清明で、MMSE(Mini-Mental State Examination:認知機能のスクリーニング検査)は満点の30点であり、意識障害や記銘力障害はない。
病態の推定
左右対称で四肢の遠位部優位の感覚障害(手袋靴下型)に腱反射の低下を伴うことから、多発ニューロパチー(左右対称性の末梢神経障害)と考えられる。ふらつきは、振動覚など深部感覚の低下により足の位置や接地の情報が脳に伝わりにくくなったこと(感覚性の失調)によるものと解釈できる。
原因の推定
糖質は体内でエネルギーに変えられる際、ビタミンB1(チアミン)を補酵素として大量に消費する。糖質ばかりを摂取し、しかもB1を多く含む豚肉・豆類・玄米などをとらない食生活では、B1の需要が増える一方で供給が不足する。さらにアルコールはB1の腸管からの吸収を妨げ、利用も障害する。ビタミンB1は水溶性で体内の貯蔵量が少なく(数週間〜2か月程度で枯渇しうる)、数か月の偏食でも欠乏症が起こりうる。以上から、ビタミンB1欠乏による末梢神経障害(脚気ニューロパチー)が最も考えられる。 なお、ビタミンB1欠乏の中枢神経病変であるWernicke脳症は、意識障害・眼球運動障害・失調性歩行を3徴とするが、本例では意識清明で眼症状の記載もなく、認知機能も保たれており、現時点では主体とは考えにくい。ただし治療が遅れれば発症しうるため、チアミンの速やかな補充が必要である。
選択肢考察
- ×a. ビタミンA
ビタミンAは網膜の視物質ロドプシンの材料となり、上皮組織の維持にも関わる脂溶性ビタミンである。欠乏すると夜盲症、角膜乾燥症・角膜軟化症、皮膚の角化異常などをきたす。多発ニューロパチーの原因とはならず、本例の所見とは合わない。また脂溶性で肝臓に大量に貯蔵されるため、半年程度の偏食で欠乏症が生じることはまれである。
- ○b. ビタミンB1
ビタミンB1(チアミン)は、ピルビン酸脱水素酵素やα-ケトグルタル酸脱水素酵素などの補酵素として糖代謝に不可欠である。糖質に偏った食事やアルコール多飲では需要増加と摂取・吸収の低下が重なり、体内貯蔵が少ないため数か月で欠乏しうる。欠乏すると、末梢神経では軸索が障害されて、下肢から始まる左右対称性の感覚優位の多発ニューロパチー(手袋靴下型のしびれ・感覚低下、腱反射低下)が生じる(乾性脚気)。本例の食生活と神経所見はこれに一致するため、これが正解である。治療はチアミンの補充であり、投与後に症状が改善すれば診断の裏づけにもなる。
- ×c. ビタミンB12
ビタミンB12欠乏では巨赤芽球性貧血と、脊髄の後索・側索が障害される亜急性連合性脊髄変性症が起こり、末梢神経障害を伴うこともある。しかし本例に当てはまらない理由が二つある。第一に、B12は肝臓に数年分が貯蔵されているため、半年程度の偏食で欠乏症が出ることは通常ない。欠乏の原因は、萎縮性胃炎・悪性貧血(内因子の欠乏)や胃切除後による吸収障害が中心であり、厳格な菜食を何年も続けた場合を除けば食事不足による欠乏はまれである。第二に、側索(錐体路)障害によるBabinski徴候陽性や痙性がみられることがあり、腱反射は亢進することも減弱することもある(末梢神経障害の合併でアキレス腱反射が低下しうる)。したがって本例の経過と食歴からはB1欠乏の方がはるかに考えやすい。
- ×d. ビタミンC
ビタミンCはコラーゲンの合成に必要で、欠乏すると壊血病となる。歯肉の腫脹・出血、皮下出血、毛包周囲の出血、創傷治癒の遅延、骨の痛みなどが特徴である。多発ニューロパチーの原因とはならない。本例の食事は野菜・果物に乏しいためビタミンC不足も起こりうるが、出血症状の記載がなく、神経所見の説明にはならない。
- ×e. ビタミンD
ビタミンDは腸管からのカルシウム・リンの吸収を促し、骨の石灰化に必要である。欠乏すると小児ではくる病、成人では骨軟化症をきたし、骨痛や近位筋の筋力低下を生じることはあるが、手袋靴下型の感覚障害を伴う多発ニューロパチーは起こさない。引きこもりで日光曝露が少ない点は欠乏のリスクになるが、本例の神経症状とは合わない。
ビタミンB1欠乏症
・原因:糖質に偏った食事(インスタント食品、清涼飲料水の多飲など)、アルコール多飲、妊娠悪阻などの持続する嘔吐、胃切除後、ビタミンを含まない高カロリー輸液、重症の低栄養など。 ・脚気 乾性脚気:多発ニューロパチー(下肢優位・左右対称の感覚障害、腱反射低下、進行すれば筋力低下) 湿性脚気:高拍出性心不全(末梢血管の拡張による)、浮腫、動悸。急激に進行するものは衝心脚気と呼ばれる。 ・Wernicke脳症:意識障害、眼球運動障害(眼振・外眼筋麻痺)、失調性歩行が3徴。MRIで乳頭体、中脳水道周囲、視床内側などに病変を認める。 ・Korsakoff症候群:Wernicke脳症の後遺症として、記銘力障害・作話・見当識障害などが残る。 ・検査:血中ビタミンB1の低値。ピルビン酸・乳酸の上昇(乳酸アシドーシス)がみられることもある。 ・治療:チアミンの大量投与。ブドウ糖を先に投与すると糖代謝でB1がさらに消費され、Wernicke脳症を誘発・悪化させるおそれがあるため、B1欠乏が疑われる患者ではチアミンをブドウ糖より先に、または同時に投与する。
栄養障害による末梢神経障害の鑑別
・ビタミンB1欠乏:糖質偏重食・アルコール多飲、数週〜数か月で発症しうる。 ・ビタミンB6欠乏:イソニアジドの服用などで生じ、多発ニューロパチーをきたす(過剰摂取でも感覚性ニューロパチーが起こる)。 ・ナイアシン欠乏(ペラグラ):皮膚炎、下痢、認知症(3D)。 ・ビタミンB12欠乏:亜急性連合性脊髄変性症(後索障害による振動覚・位置覚の低下、Romberg徴候陽性、錐体路徴候)、巨赤芽球性貧血。貯蔵量が多く、欠乏までに年単位を要する。 ・ビタミンE欠乏:脊髄小脳失調や末梢神経障害。脂肪吸収障害に伴う。
各ビタミンの主な欠乏症
A:夜盲症、角膜乾燥症 D:くる病・骨軟化症 E:溶血性貧血、神経障害 K:出血傾向 B1:脚気、Wernicke脳症 B2:口角炎、口内炎、脂漏性皮膚炎 B6:末梢神経障害、口内炎 B12・葉酸:巨赤芽球性貧血(B12では神経障害も) ナイアシン:ペラグラ C:壊血病
POINT
・糖質に偏った食事+アルコール+手袋靴下型の感覚障害・腱反射低下 → ビタミンB1欠乏による多発ニューロパチー(乾性脚気)を考える。 ・B1は体内貯蔵が少なく、数か月の偏食でも欠乏する。B12は貯蔵が数年分あり、食事不足による欠乏はまれである。 ・B1欠乏の病型:脚気(ニューロパチー、高拍出性心不全)とWernicke脳症(意識障害・眼球運動障害・失調性歩行)。 ・B1欠乏が疑われる患者には、ブドウ糖より先にチアミンを投与する。
