膨らまない胃が語るもの―スキルス胃癌と腹膜播種
第109回医師国家試験 A問題 第6問
国試問題にチャレンジ
上部消化管造影像を別に示す。 正しいのはどれか。

- a.扁平上皮癌である。
- b.潰瘍限局型である。
- c.放射線照射が奏功する。
- d.腹膜播種をきたしやすい。
- e.Helicobacter pylori感染がない。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
上部消化管造影で胃壁の伸展不良と内腔の狭小化を示す革袋状胃は、Borrmann 4型(びまん浸潤型)胃癌、いわゆるスキルス胃癌の典型像です。癌細胞が粘膜下層以深を線維化を伴ってびまん性に浸潤するため粘膜変化が乏しく、組織型は低分化腺癌・印環細胞癌が中心で、扁平上皮癌ではありません。早期から漿膜に達しやすく腹膜播種をきたしやすいのが最大の特徴で、Krukenberg腫瘍やSchnitzler転移もみられ、予後はきわめて不良です。胃癌は放射線感受性が低く放射線治療は緩和目的が中心であり、Helicobacter pylori感染は4型を含む胃癌全体の危険因子です。肉眼型と組織型、転移様式を結びつけて理解することは、胃癌の診断・治療方針を考える土台になります。
解答・解説
正解はdです
画像所見の整理
上部消化管造影(バリウムと空気を用いた二重造影)では、胃体部を中心に胃壁が硬く広がらず(伸展不良)、大彎側の輪郭が変形し、内腔が全体として細く狭くなっている。明らかな周堤を伴う限局性の潰瘍や隆起性腫瘤は目立たない。胃全体が硬い筒のように縮んだこの像は、革袋状胃(leather bottle stomach)とよばれ、Borrmann 4型(びまん浸潤型)胃癌、いわゆるスキルス胃癌の典型像である。
診断の考え方
スキルス胃癌では、癌細胞が粘膜表面に大きな腫瘤や潰瘍を作らずに、粘膜下層から固有筋層・漿膜下層へと壁内をびまん性に広がる。浸潤に伴って強い線維化(間質の増生)が起こるため、胃壁が厚く硬くなり、送気やバリウムで胃を膨らませても十分に伸展しない。このため内視鏡では粘膜面の変化が軽微で見落とされやすく、造影検査で「壁の伸展性の低下」として捉えられることが多い。鑑別としては、悪性リンパ腫や他臓器癌の胃転移(乳癌など)、腐食性胃炎後の瘢痕狭窄なども胃の硬化・狭小化をきたしうるが、本問は胃癌の肉眼型としての特徴を問うている。
設問への考え方
4型胃癌の組織型(低分化腺癌・印環細胞癌)、肉眼型の定義、治療反応性、転移様式(腹膜播種・卵巣転移)、発癌背景(Helicobacter pylori)という基本的な性質を一つずつ照らし合わせれば、正解を選べる。
選択肢考察
- ×a. 扁平上皮癌である。
誤り。胃癌はほぼすべてが腺癌であり、スキルス胃癌の組織型は低分化腺癌(特に充実性でない非充実型)や印環細胞癌が中心である。印環細胞癌は細胞内に粘液をため込み、核が端に押しやられて指輪のように見える癌細胞からなる。扁平上皮癌は食道癌で最も多い組織型であり、胃では食道胃接合部近傍などでまれにみられる程度である。
- ×b. 潰瘍限局型である。
誤り。潰瘍限局型はBorrmann 2型で、明瞭な周堤に囲まれた潰瘍を形成し、周囲の胃壁との境界がはっきりしている。本例のように胃壁全体が硬く狭くなり、病変の境界が不明瞭なものはBorrmann 4型(びまん浸潤型)である。
- ×c. 放射線照射が奏功する。
誤り。胃癌を含む腺癌は一般に放射線感受性が低く、胃は周囲に小腸・腎・肝など放射線に弱い臓器があるため十分な線量を照射しにくい。胃癌の治療は内視鏡治療・外科切除・化学療法が中心であり、放射線照射は出血や疼痛に対する緩和目的で用いられる程度である。スキルス胃癌で根治的な治療として放射線が奏功することはない。
- ○d. 腹膜播種をきたしやすい。
スキルス胃癌は早期から壁内を深く浸潤し、漿膜面に露出しやすい。漿膜に達した癌細胞は腹腔内にこぼれ落ちて腹膜に生着し、腹膜播種を起こす。このため診断時にすでに腹膜播種を伴う例が多く、根治切除後の再発形式としても腹膜再発が最多である。播種による癌性腹膜炎では腹水、腸管狭窄による腸閉塞、尿管狭窄による水腎症などをきたす。また、卵巣への転移(Krukenberg腫瘍)やDouglas窩への播種(直腸指診で触れるSchnitzler転移)もみられやすい。
- ×e. Helicobacter pylori感染がない。
誤り。Helicobacter pylori(ピロリ菌)感染は、分化型・未分化型を問わず胃癌全体の主要な危険因子であり、スキルス胃癌の患者でも感染がしばしば確認される。分化型癌は慢性萎縮性胃炎・腸上皮化生を背景に発生しやすいのに対し、未分化型癌は萎縮の軽い胃にも発生しうるという違いはあるが、ピロリ菌感染と無関係というわけではない。なお、除菌後や未感染の胃にも胃癌は発生しうるため、感染の有無だけで診断や除外はできない。
胃癌の肉眼型分類(胃癌取扱い規約)
0型(表在型):癌が粘膜下層までにとどまると推定される病変。0-I(隆起型)、0-IIa(表面隆起型)、0-IIb(表面平坦型)、0-IIc(表面陥凹型)、0-III(陥凹型)に細分される。 1型(腫瘤型):明らかに隆起した腫瘤で、周囲との境界が明瞭。 2型(潰瘍限局型):潰瘍を形成し、周堤が明瞭で境界がはっきりしている。 3型(潰瘍浸潤型):潰瘍を形成し、周堤の一部または全体が崩れて周囲へ浸潤し、境界が不明瞭。 4型(びまん浸潤型):明らかな潰瘍や周堤を形成せず、胃壁が肥厚・硬化し、病変の境界が不明瞭。 5型(分類不能):上記のいずれにも分類できないもの。 1〜5型は進行癌の肉眼分類で、Borrmann分類をもとにしている。
スキルス胃癌(4型胃癌)の特徴
・比較的若年者や女性にも多い。 ・組織型は低分化腺癌・印環細胞癌が主体で、癌細胞が間質に散らばって強い線維化を伴う。 ・粘膜表面の変化が乏しいため、内視鏡では早期発見が難しい。造影検査では壁の伸展不良、胃の狭小化・変形、皺襞(ひだ)の肥厚などがみられる。進行すると胃全体が硬い筒状になる(革袋状胃)。 ・腹膜播種、卵巣転移(Krukenberg腫瘍)、Douglas窩転移(Schnitzler転移)をきたしやすく、予後はきわめて不良である。 ・症状は食欲不振、早期満腹感、体重減少、嘔吐などで、腹水や腸閉塞で発見されることもある。
胃癌の主な転移様式と名称
・Virchow転移:左鎖骨上窩リンパ節への転移(リンパ行性)。 ・Krukenberg腫瘍:卵巣への転移(主に腹膜播種・リンパ行性とされる)。 ・Schnitzler転移:Douglas窩への播種。直腸指診で硬結として触れる。 ・Sister Mary Joseph結節:臍部への転移。
POINT
・胃壁の伸展不良と内腔の狭小化(革袋状胃)をみたらBorrmann 4型(スキルス胃癌)を考える。 ・組織型は低分化腺癌・印環細胞癌で、扁平上皮癌ではない。 ・腹膜播種をきたしやすく、根治切除後の再発も腹膜再発が多い。卵巣転移(Krukenberg腫瘍)、Douglas窩転移(Schnitzler転移)も重要。 ・胃癌は放射線感受性が低く、放射線治療は緩和目的が中心。 ・Helicobacter pylori感染は4型を含む胃癌全体の危険因子である。
