症状がなくても始まっている―無症候の左室収縮不全に「予後を変える2剤」を
第109回医師国家試験 A問題 第16問
国試問題にチャレンジ
無症候,正常洞調律で,左室収縮不全を認める慢性心不全患者に投与すべき薬物はどれか。2つ選べ。
- a.α遮断薬
- b.β遮断薬
- c.ジギタリス
- d.心房性ナトリウム利尿ペプチド
- e.アンジオテンシン変換酵素〈ACE〉阻害薬
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
症状はないが左室収縮不全がある慢性心不全はACCF/AHA分類のStage Bにあたり、RAA系や交感神経系の過剰な活性化による心臓リモデリングがすでに始まっています。そのため症状の出現と死亡を減らす目的で、ACE阻害薬(忍容性がなければARB)とβ遮断薬を投与します。β遮断薬はかつて心不全に禁忌とされましたが、カルベジロールやビソプロロールを少量から漸増することで予後と左室機能を改善します。一方、ジギタリスは死亡率を改善せず頻脈性心房細動の心拍数調節などに用いられ、ANP製剤のカルペリチドは急性心不全に使う静注薬、α遮断薬には予後改善効果がありません。症候性のHFrEFではさらにARNI、MRA、SGLT2阻害薬を組み合わせるのが標準であり、「症状改善薬」と「予後改善薬」を区別する視点は心不全診療の基本となります。
解答・解説
正解はb, eです
設問の患者は「心不全症状はないが、左室の収縮機能がすでに低下している」状態であり、ACCF/AHA(米国心臓病学会財団/米国心臓協会)の心不全ステージ分類、およびそれを取り入れた日本のガイドラインでは Stage B(構造的心疾患はあるが心不全症状のない段階)に相当する。 心不全は、心臓の障害をきっかけにレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAA系)と交感神経系が過剰に活性化し、それが心筋肥大・線維化・左室拡大(心臓リモデリング)を進めてさらに心機能を悪化させる、という悪循環で進行する。そのため現在の慢性心不全治療の柱は、強心薬で心臓を「むち打つ」ことではなく、これらの神経体液性因子を抑えてリモデリングを防ぎ、生命予後を改善することである。 左室収縮不全(左室駆出率〈LVEF〉の低下)がある場合、症状がなくてもこの悪循環は始まっており、症状の出現(Stage Cへの進行)と死亡を減らす目的で薬物治療を開始する。大規模臨床試験で有効性が示され、Stage Bの左室収縮不全に推奨されるのがACE阻害薬(忍容性がなければアンジオテンシンII受容体拮抗薬〈ARB〉)とβ遮断薬である。 一方、症状を和らげる薬(利尿薬、ジギタリス、強心薬など)は生命予後を改善しない、あるいはむしろ悪化させうるため、無症候の患者に投与する理由はない。また「正常洞調律」という条件は、心房細動の心拍数調節目的でジギタリスを使う状況ではないことを示している。
選択肢考察
- ×a. α遮断薬
誤り。α遮断薬(プラゾシン、ドキサゾシンなど)は血管平滑筋のα1受容体を選択的に遮断して血管を拡張させる降圧薬である。血管拡張で後負荷は下がるが、反射性に交感神経やRAA系を活性化させうることもあり、慢性心不全の予後改善効果は示されていない。高血圧に対する大規模試験(ALLHAT)ではドキサゾシン群で心不全の発症がむしろ多く、早期に中止された経緯がある。現在の主な用途は褐色細胞腫の術前管理、早朝高血圧に対する就寝前投与、前立腺肥大症に伴う排尿障害などに限られる。
- ○b. β遮断薬
正しい。β遮断薬は心収縮力を抑えるため、かつては心不全に禁忌と考えられていたが、少量から開始してゆっくり増量すると、左室収縮不全を伴う心不全の生命予後を改善し、左室機能も改善することが大規模試験で示された。機序として、(1)心拍数の低下による心筋酸素消費量の減少、(2)拡張期時間の延長による左室充満と冠血流の改善、(3)腎臓からのレニン分泌抑制を介したRAA系の抑制、(4)カテコラミンによる心筋障害・不整脈の抑制、(5)筋小胞体のリアノジン受容体からのCa漏出の是正などが挙げられる。有効性が確立しているのはカルベジロール、ビソプロロールなど特定の薬剤である。無症候の左室収縮不全(特に心筋梗塞後)でも、症状の出現と死亡を減らす目的で投与が推奨される。
- ×c. ジギタリス
誤り。ジギタリス(ジゴキシン)は心筋細胞膜のNa+/K+-ATPase(Naポンプ)を阻害して細胞内Na+濃度を上げ、その結果Na+/Ca2+交換輸送体を介したCa2+の汲み出しが減って細胞内Ca2+が増え、収縮力が増強する(陽性変力作用)。また迷走神経を介して房室伝導を抑えるため、心房細動の心拍数調節に用いられる。しかし大規模試験では心不全による入院は減らしたものの、死亡率は改善しなかった。加えて治療域が狭く、ジギタリス中毒(期外収縮・房室ブロックなどの不整脈、悪心・食欲不振、黄視などの視覚異常。低K血症や腎機能低下で起こりやすい)の危険がある。無症候で洞調律の患者に投与する適応はなく、使うとしても症状が残る心不全や頻脈性心房細動を伴う例に限られる。
- ×d. 心房性ナトリウム利尿ペプチド
誤り。心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)製剤のカルペリチドは、ナトリウム利尿作用と血管拡張作用によって前負荷・後負荷を軽減し、RAA系や交感神経系も抑制する。しかし静脈内投与(持続点滴)しかできない薬剤であり、急性心不全や慢性心不全の急性増悪で、うっ血を改善する目的に入院下で用いられる。外来で長期に服用する薬ではなく、症状のない慢性心不全患者に投与する適応はない。
- ○e. アンジオテンシン変換酵素〈ACE〉阻害薬
正しい。心不全で過剰に活性化したRAA系は、(1)Na・水の貯留による前負荷の増大、(2)血管収縮による後負荷の増大、(3)交感神経系の活性化、(4)アンジオテンシンIIやアルドステロンによる心筋肥大・線維化(リモデリング)をもたらす。ACE阻害薬はアンジオテンシンIからIIへの変換を抑えてこれらを抑制し、さらにブラジキニンの分解も抑える。大規模試験で、症候性だけでなく無症候性の左室収縮不全においても心不全の発症・入院と死亡を減らすことが示されており、Stage Bの左室収縮不全に投与すべき基本薬である。空咳(ブラジキニン増加による)などで忍容できない場合はARBで代用する。高K血症や腎機能悪化に注意し、両側腎動脈狭窄や妊婦には禁忌である。
心不全のステージ分類(ACCF/AHA、日本の心不全ガイドラインにも採用)
・Stage A:危険因子(高血圧、糖尿病、動脈硬化性疾患など)はあるが、心臓の構造的異常も症状もない。→危険因子の管理(降圧、糖尿病治療など)。 ・Stage B:左室肥大、左室収縮不全、陳旧性心筋梗塞などの構造的心疾患はあるが、心不全症状はない。→ACE阻害薬(またはARB)、β遮断薬(左室収縮不全や心筋梗塞後)。 ・Stage C:構造的心疾患があり、心不全症状が現在ある、または過去にあった。→左室駆出率が低下した心不全(HFrEF)では予後改善薬を組み合わせ、うっ血には利尿薬を用いる。 ・Stage D:最適な治療を行っても症状が残る治療抵抗性の心不全。→補助人工心臓、心臓移植、緩和ケアなどを検討。 NYHA心機能分類(症状の程度による I〜IV 度)とは別の軸であり、ステージは基本的に後戻りしない。
左室駆出率による心不全の分類
・HFrEF(LVEFの低下した心不全):LVEF 40%未満。 ・HFmrEF(LVEFの軽度低下した心不全):LVEF 40%以上50%未満。 ・HFpEF(LVEFの保たれた心不全):LVEF 50%以上。 予後改善効果が確立しているのは主にHFrEFに対する薬物治療である。
症候性HFrEFの予後改善薬(現在の標準)
ACE阻害薬/ARB、またはアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI:サクビトリルバルサルタン)、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA:スピロノラクトン、エプレレノン)、SGLT2阻害薬(ダパグリフロジン、エンパグリフロジン)の4系統を組み合わせる。洞調律で心拍数が高い例にはイバブラジンも選択肢となる。
症状改善が主目的の薬
ループ利尿薬(うっ血の改善)、ジギタリス、経口強心薬などは症状を和らげるが、生命予後の改善は示されていない(強心薬の長期投与はむしろ予後を悪化させうる)。
治療の考え方の変遷
1990年代初めまでは強心薬による収縮力の増強が中心であったが、その後、神経体液性因子の抑制によって心臓リモデリングを防ぎ予後を改善するという考え方に転換した。
POINT
・無症候の左室収縮不全=Stage B。症状がなくても予後改善目的で ACE阻害薬(またはARB)+β遮断薬 を投与する。 ・β遮断薬は少量から漸増する。有効性が確立しているのはカルベジロール、ビソプロロールなど。 ・ジギタリスは死亡率を改善しない。主な用途は症候性心不全や頻脈性心房細動の心拍数調節。 ・ANP製剤(カルペリチド)は静注薬で、急性心不全に用いる。 ・α遮断薬には心不全の予後改善効果がない。 ・症候性HFrEFでは ACE阻害薬/ARB/ARNI、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬 を組み合わせる。
