StudyMed医師国家試験

1か月前の「ちょっとした転倒」が鍵―高齢者の歩行障害と物忘れに潜む慢性硬膜下血腫

第108回医師国家試験 H問題 第26問

国試問題にチャレンジ

第108回 H問題 第26問

75歳の男性。転びやすいことを主訴に来院した。4日前から少しずつ歩行が不安定となり転倒しそうになることが多くなった。家族は1週前から受け答えもつじつまが合わないと言う。1か月前,歩行中に転倒して右側頭部を打ち,裂創を生じたため他院で縫合処置を受けた。  最も考えられるのはどれか。

  1. a.脳挫傷
  2. b.脳梗塞
  3. c.急性硬膜外血腫
  4. d.慢性硬膜下血腫
  5. e.びまん性軸索損傷

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、高齢者が少しずつ歩けなくなり、受け答えもおかしくなってきた、という症例から原因を考える問題だ。注目すべきは症状そのものより「時間経過」。いつ頭を打って、いつから症状が出始めたのか、その間隔に答えが隠れているよ。
医学生医学生
高齢者の認知機能低下と歩行障害というと、まず脳梗塞や正常圧水頭症、Parkinson症候群を思い浮かべました。
ドクタードクター
鑑別としては正しい出発点だね。ただ今回は、1か月前に転倒して頭を打っているという病歴がある。しかも縫合処置だけで帰れたくらいの、比較的軽い外傷だった。そこから症状が出るまでに、どのくらいの間が空いているかな。
医学生医学生
受傷から3週間ほど何もなくて、1週前から受け答えがおかしくなり、4日前から歩行が不安定になっています。
ドクタードクター
そう。軽い頭部外傷の後、しばらく無症状の期間があって、数日から週の単位でじわじわ症状が進む。この経過が典型的なのが慢性硬膜下血腫だ。
医学生医学生
打撲したときにすでに出血していたけど、すぐには症状が出なかった、ということですか。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。受傷時に、脳の表面から硬膜の静脈洞へ向かう架橋静脈がわずかに傷つき、硬膜下に少量の出血が起きる。その血腫が被膜に包まれ、被膜からの出血を繰り返しながら数週かけて大きくなって、やがて脳を圧迫するんだ。だから受傷後3週から数か月で症状が出てくる。
医学生医学生
高齢者に多いのはなぜでしょう。
ドクタードクター
脳萎縮があると硬膜下の隙間が広がり、架橋静脈が引き伸ばされて切れやすいからだ。大量飲酒や抗血小板薬・抗凝固薬の内服も危険因子になる。高齢者では頭痛よりも、認知症のような症状や歩行障害で気づかれることが多いのも特徴だよ。
医学生医学生
脳挫傷はどうでしょう。打った場所の下に起こるんですよね。
ドクタードクター
打撲部位の直下だけでなく、反対側にも生じうるのが脳挫傷だ。脳の実質そのものが傷つく病態だから、受傷直後から意識障害や局所症状が現れる。CTでは出血と浮腫が混じったsalt and pepper様の像になる。1か月たってから症状が出る今回とは合わないね。
医学生医学生
急性硬膜外血腫には意識清明期があると習いました。症状が遅れて出るという点では似ていませんか。
ドクタードクター
よく出る混同だね。硬膜外血腫の意識清明期は数時間程度で、その後急速に意識が悪くなり、瞳孔不同や片麻痺など脳ヘルニアの徴候が出てくる。頭蓋骨骨折で中硬膜動脈などが傷ついて起こる動脈性の出血だから、進行が速いんだ。若年者に多く、CTでは凸レンズ型。週単位の無症状期間とは時間のスケールがまったく違う。
医学生医学生
びまん性軸索損傷は、CBTの勉強で交通事故のような強い回転力で起こると覚えました。
ドクタードクター
その通り。軸索が広く断裂するので、受傷直後から高度の意識障害が続く。CTで所見が目立たなくても、MRIで脳梁や脳幹に点状の出血を認めることがある。軽い転倒で、しかも1か月後に発症というのはありえない。脳梗塞も、突然発症が多いし、階段状に進むタイプもあるとはいえ、外傷歴とその後の経過を考えれば慢性硬膜下血腫のほうがずっと考えやすい。
医学生医学生
受傷直後に症状が出る外傷か、時間をおいて出てくる外傷か、で切り分ければいいんですね。
ドクタードクター
そう、その整理が大事だ。確定診断は頭部CTで、頭蓋骨の内側に沿った三日月状の血腫を確認する。時期によって高吸収にも等吸収にも低吸収にもなり、等吸収だと見逃しやすいので、脳溝の消失や正中偏位にも目を向けること。両側にできることもある。
医学生医学生
治療は開頭手術になりますか。
ドクタードクター
症状がある場合は、局所麻酔下の穿頭血腫洗浄術が標準的だ。頭蓋骨に小さな穴を開けて血腫を洗い流すだけで、劇的に良くなることが多い。再発があるので術後の経過観察も必要だよ。
医学生医学生
脳神経外科の実習で、術翌日に会話がはっきりした患者さんを見て驚いたのを思い出しました。
ドクタードクター
まさにそれが、慢性硬膜下血腫が治療可能な認知症の代表といわれる理由だ。正常圧水頭症や甲状腺機能低下症、ビタミンB12欠乏症とともに、認知症の鑑別では必ず考えよう。本人や家族が転倒を覚えていないことも多いから、問診で積極的に頭部外傷歴を聞くことが大切だね。

まとめ

高齢者が軽微な頭部外傷から3週〜数か月の無症状期間を経て、認知機能低下や歩行障害、片麻痺を亜急性に進行させた場合は、慢性硬膜下血腫を最も考えます。架橋静脈からの少量の出血が被膜に包まれて徐々に増大する病態で、脳萎縮のある高齢男性や飲酒、抗血栓薬内服が危険因子です。脳挫傷やびまん性軸索損傷は受傷直後から、急性硬膜外血腫は数時間の意識清明期の後に急速に症状が出るため、時間経過で区別できます。頭部CTで三日月状の血腫を確認し、穿頭血腫洗浄術で多くは速やかに改善します。治療可能な認知症の代表として、問診で外傷歴を丁寧に聞き取る姿勢が見逃しを防ぎます。

解答・解説

正解はdです

所見の整理

・75歳の男性: 高齢者、とくに男性は慢性硬膜下血腫の好発層である。 ・1か月前の頭部打撲: 転倒して右側頭部を打ち、裂創の縫合処置を受けている。当時は入院を要するような神経症状はなく、比較的軽微な頭部外傷であったと考えられる。 ・1週前から受け答えのつじつまが合わない: 認知機能の低下、軽い意識障害(見当識の障害など)が出現している。 ・4日前から歩行が不安定: 歩行障害が数日かけて少しずつ進行している。

診断へのプロセス

高齢者で、亜急性〜慢性に進行する認知機能低下と歩行障害をきたす疾患としては、脳梗塞(特にアテローム血栓性梗塞やラクナ梗塞の多発)、Parkinson症候群、特発性正常圧水頭症、脳腫瘍、慢性硬膜下血腫などが鑑別に挙がる。 本例で決め手となるのは「1か月前の軽微な頭部外傷」と「受傷からしばらく無症状の期間を経たのち、数日〜1週の単位で症状が徐々に進行している」という時間経過である。脳挫傷、急性硬膜外血腫、急性硬膜下血腫、びまん性軸索損傷など多くの外傷性頭蓋内病変は受傷直後から数時間〜数日以内に症状を現す。これに対し、受傷後3週〜数か月たってから症状が出てくるのが慢性硬膜下血腫の特徴である。 以上より、1か月前の頭部外傷を契機として硬膜下に血腫が徐々に貯留し、脳を圧迫して認知機能低下と歩行障害をきたした慢性硬膜下血腫が最も考えられる。確定には頭部CTで硬膜下の三日月状の血腫を確認する。

選択肢考察

  1. ×a.  脳挫傷

    脳挫傷は外力によって脳実質そのものが損傷・出血する病態で、受傷直後から意識障害や局所神経症状が現れる。打撲部位の直下(直撃損傷、coup injury)だけでなく、反対側(対側損傷、contrecoup injury)にも生じうる。頭部CTでは高吸収域(出血)と低吸収域(浮腫)が混在する「salt and pepper」様の所見を示す。受傷1か月後に症状が出てくる本例の経過とは合わない。

  2. ×b.  脳梗塞

    脳梗塞は突然発症することが多く、特に心原性脳塞栓症は発症時に症状が完成していることが多い。アテローム血栓性梗塞では階段状・緩徐に進行することもあるため発症様式だけで完全に除外はできないが、本例では1か月前の頭部外傷歴と、その後の無症状期間を経た緩徐な進行が明示されており、慢性硬膜下血腫の方がはるかに考えやすい。鑑別には頭部CT・MRIが必要となる。

  3. ×c.  急性硬膜外血腫

    急性硬膜外血腫は、頭蓋骨骨折に伴って中硬膜動脈などが損傷し、頭蓋骨と硬膜の間に血腫が生じる病態である。硬膜と頭蓋骨の癒着が比較的ゆるい若年者に多い。受傷後に数時間程度の意識清明期(lucid interval)を経て急速に意識障害が進行し、瞳孔不同や片麻痺など脳ヘルニアの徴候を示すのが典型である。頭部CTでは両凸レンズ型(凸レンズ型)の高吸収域を呈する。受傷から1か月経過してから緩徐に発症する本例とは経過が異なる。

  4. ○d.  慢性硬膜下血腫

    高齢男性、1か月前の軽微な頭部外傷、しばらくの無症状期間の後に亜急性に進行する認知機能低下(つじつまの合わない受け答え)と歩行障害という組み合わせは、慢性硬膜下血腫の典型像である。受傷時に架橋静脈(脳表から硬膜静脈洞へ向かう静脈)がわずかに損傷して硬膜下に少量の出血が生じ、被膜に包まれた血腫が数週かけて徐々に増大して脳を圧迫する。脳萎縮のある高齢者では硬膜下腔が広く架橋静脈が引き伸ばされているため起こりやすい。頭部CTで硬膜下の三日月状の血腫を認め、穿頭血腫洗浄(ドレナージ)術で症状が劇的に改善することが多い。

  5. ×e.  びまん性軸索損傷

    びまん性軸索損傷は、頭部に回転加速度が加わることで脳内の神経線維(軸索)が広範に断裂する病態で、交通事故など高エネルギー外傷で生じる。受傷直後から高度の意識障害が持続するのが特徴で、CTでは異常が目立たないことも多いが、MRIで脳梁・脳幹・大脳白質などに点状出血や損傷を認める。慢性期には高次脳機能障害が残りやすい。軽微な外傷から1か月後に発症する本例とは合わない。

慢性硬膜下血腫の要点

・好発: 高齢者(特に男性)。危険因子として大量飲酒、脳萎縮、抗血小板薬・抗凝固薬の服用、透析、脳室-腹腔シャント術後などがある。 ・病態: 軽微な頭部外傷で架橋静脈から硬膜下腔へ出血し、外膜・内膜からなる被膜に包まれた流動性の血腫が、被膜からの反復出血などによって数週〜数か月かけて徐々に増大する。 ・発症時期: 受傷後おおむね3週〜数か月。本人や家族が外傷を覚えていないことも多く、問診で積極的に聴取することが重要である。 ・症状: 頭痛、認知機能低下・意欲低下(認知症様症状)、片麻痺、歩行障害、尿失禁、進行すると意識障害や脳ヘルニア。高齢者では頭痛よりも精神症状や歩行障害で気づかれることが多い。 ・画像: 頭部CTで頭蓋骨内板に沿った三日月状の血腫。時期により高吸収・等吸収・低吸収・混合吸収域とさまざまで、上下に層を形成する(鏡面形成)こともある。等吸収域では見逃しやすく、脳溝の消失や正中偏位に注意する。両側性のこともある。 ・治療: 無症状で小さいものは経過観察。症状を伴うものは局所麻酔下の穿頭血腫洗浄(ドレナージ)術が標準的で、多くは速やかに改善する。再発することがある。 ・「治療可能な認知症(treatable dementia)」の代表であり、特発性正常圧水頭症、甲状腺機能低下症、ビタミンB12欠乏症などとともに、認知症の鑑別で必ず考える。

外傷性頭蓋内血腫の比較

・急性硬膜外血腫: 若年者に多い。頭蓋骨骨折に伴う中硬膜動脈損傷など。意識清明期あり。CTで両凸レンズ型。 ・急性硬膜下血腫: 高齢者や強い外力で生じやすい。脳表の血管や架橋静脈の損傷。脳挫傷を伴うことが多く予後不良。CTで三日月型の高吸収域。 ・慢性硬膜下血腫: 高齢者。軽微な外傷後、3週〜数か月で緩徐に発症。CTで三日月型、吸収値はさまざま。

POINT

・高齢者+数週〜数か月前の軽微な頭部外傷+亜急性に進行する認知機能低下・歩行障害・片麻痺 → 慢性硬膜下血腫。 ・受傷直後に症状を出す外傷性病変(脳挫傷、急性硬膜外血腫、びまん性軸索損傷など)と、時間をおいて発症する慢性硬膜下血腫を経過で区別する。 ・頭部CTで三日月状の血腫、治療は穿頭血腫洗浄術。治療可能な認知症の代表である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。