「砂をかんでいるよう」―味が消えたのではなく、実感が消えた離人症の言葉
第108回医師国家試験 G問題 第24問
国試問題にチャレンジ
うつ病の患者における「何を食べても同じような感じで,砂をかんでいるようです」という訴えから考えられるのはどれか。
- a.幻覚
- b.強迫
- c.妄想
- d.心気症
- e.離人症
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
「何を食べても同じで、砂をかんでいるよう」という訴えは、食べている知覚は保たれたまま味わいや実感が失われた状態を比喩で表現したもので、離人症(離人感・現実感消失)の典型例です。離人症は自我意識の障害であり、本人が異常を自覚し現実検討能力が保たれているため、「〜のようだ」と語られることが多く、刺激のない知覚である幻覚や、訂正不能な誤った確信である妄想とはこの点で区別されます。強迫は不合理とわかっていてもやめられない思考や行為、心気症は病気へのとらわれであり、いずれも本問の訴えとは性質が異なります。離人体験はうつ病のほか統合失調症や離人感・現実感消失症、強いストレス下でもみられるため、患者の比喩的な表現から症状を正確に読み取る力は、精神科の問診と診断の基礎になります。
解答・解説
正解はeです
訴えの読み取り
「何を食べても同じような感じで,砂をかんでいるようです」という訴えでは、患者は食べ物を口にしていること自体は正しく認識している。そのうえで、味わいや「食べている」という生き生きとした実感が失われ、どれも区別のつかない味気ないものに感じられていることを、「砂をかんでいるよう」という比喩で表現している。実在しない味を感じているわけでも、誤った内容を確信しているわけでもない。
考え方
知覚そのものは保たれているのに、それに伴う実感・現実感・親しみが失われる体験を離人症(離人感・現実感消失)という。本人は「以前とは違う」「実感がない」と自覚しており、その違和感を「〜のようだ」という比喩で語ることが多い。この「〜のようだ」という表現と、患者自身が異常を自覚している点が、幻覚や妄想と区別する鍵になる。うつ病では、喜びや興味の喪失とともに、食事や景色、自分の感情に実感が伴わないという離人体験がしばしばみられる。
選択肢考察
- ×a. 幻覚
幻覚とは、対応する外界の刺激がないのに知覚が生じる現象である(例: 誰もいないのに声が聞こえる幻聴、何も口にしていないのに味がする幻味)。本問の患者は実際に食べ物を食べており、その味わいが乏しく感じられるという訴えである。「砂をかんでいるよう」はあくまでたとえであり、実際に砂の味や感触を知覚しているわけではないので、幻覚には当たらない。
- ×b. 強迫
強迫とは、本人が不合理だとわかっていながら、ある考え(強迫観念)が繰り返し浮かんだり、ある行為(強迫行為: 何度も手を洗う、鍵を確かめるなど)をやめられなかったりする状態である。本問の訴えには、打ち消そうとしても繰り返してしまう思考や行為の要素がなく、当てはまらない。
- ×c. 妄想
妄想とは、根拠のない誤った内容を強く確信し、反証を示されても訂正できない思考内容の異常である。うつ病では罪業妄想・貧困妄想・心気妄想などの微小妄想がみられることがあるが、本問の訴えは「〜のようだ」という比喩であり、何か誤った事柄を事実として確信しているわけではない。したがって妄想ではない。
- ×d. 心気症
心気症とは、身体の些細な感覚や変化にとらわれ、医学的に否定されても「自分は重い病気にかかっているのではないか」と過度に不安になり続ける状態である(DSM-5以降は、身体症状の有無により病気不安症や身体症状症として扱われる)。本問の患者は味気なさを訴えているだけで、病気にかかっているという不安や確信を述べてはいないため、当てはまらない。
- ○e. 離人症
食べ物を食べていることは認識できているのに、味わいや「食べている」という実感が失われ、何を食べても同じで砂をかむように感じられる、という訴えは、知覚に伴う現実感・実感の喪失であり、離人症の典型的な表現である。患者自身がこの変化を自覚し、比喩で語っている点も離人症に合致する。うつ病では、喜びや感情の平板化と結びついてこうした離人体験がみられることが多い。
離人症とは
離人症は、自分自身や周囲の世界について、それが存在することはわかっていても実感・現実感が伴わない体験である。自我意識のうち、「自分が体験し、行動している」という能動性の意識の障害として位置づけられる。体験の対象によって、次のように分けて考えると理解しやすい。 ・自己(内界)に関するもの: 「自分が自分でない感じ」「感情が湧かない」「自分の行動を外から眺めているよう」 ・外界に関するもの(現実感消失、疎隔感): 「景色がガラス越しに見えるよう」「色あせて平板に見える」「何を食べても味気ない」 ・身体に関するもの: 「自分の体が自分のものでない感じ」 いずれの場合も、患者はその変化を異常と自覚しており(病識がある)、「〜のような感じ」と比喩的に語ることが多い。また、現実検討能力は保たれている。
みられる病態
・うつ病: 感情の喪失感や興味・喜びの喪失とあわせてみられる。 ・統合失調症: 初期などに自我障害の一環としてみられる。 ・離人感・現実感消失症(DSM-5での名称。以前は離人症性障害): 離人体験そのものが主症状として持続・反復する。 ・その他、強い不安やストレス、睡眠不足、薬物使用などでも一過性に生じうる。
幻覚・妄想との区別
幻覚は「刺激のないところに知覚が生じる」、妄想は「誤った内容を訂正できずに確信する」ものである。これに対して離人症は、知覚も判断も保たれたうえで「実感だけが抜け落ちている」状態であり、本人はそれを自覚している。「〜のようだ」という比喩表現は、離人症を疑う手がかりになる。
POINT
・「何を食べても砂をかんでいるよう」「景色がガラス越しのよう」「自分が自分でない感じ」は離人症の典型的表現である。 ・離人症は知覚は保たれ、実感・現実感が失われる自我意識の障害で、本人に自覚(病識)があり、比喩で語られることが多い。 ・うつ病、統合失調症、離人感・現実感消失症でみられる。 ・幻覚(刺激のない知覚)、妄想(訂正不能な誤った確信)、強迫(不合理とわかっていてもやめられない思考・行為)、心気症(病気への過度のとらわれ)との違いを整理しておく。
