胎盤という「関所」を越える薬、越えない薬―ワルファリンが妊婦に使えない理由
第108回医師国家試験 G問題 第10問
国試問題にチャレンジ
母体から胎児へ移行しやすいのはどれか。
- a.ヘパリン
- b.インスリン
- c.アルブミン
- d.ワルファリン
- e.プレドニゾロン
対話形式の解説
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ドクターまとめ
薬物の胎盤通過性は、分子量、脂溶性、イオン化の程度、蛋白結合率、胎盤での代謝によって決まり、低分子で脂溶性の高い遊離型の薬ほど胎児へ移行しやすくなります。ワルファリンは分子量約300の低分子で胎盤を容易に通過し、妊娠初期には鼻骨低形成や点状軟骨異形成を伴う胎芽病、それ以降は胎児出血の原因となるため、妊婦には原則禁忌でヘパリンが代わりに用いられます。ヘパリン、インスリン、アルブミンは高分子で通過しにくく、プレドニゾロンは胎盤の11β-HSD2で不活化されるため胎児への移行が少ない一方、ベタメタゾンやデキサメタゾンは通過するため胎児肺成熟の目的に使われます。IgGがFcRnを介して通過する例外も押さえておくと理解が深まります。胎盤通過性の原理を理解することは、妊娠中の抗凝固療法や糖尿病治療、ステロイド選択など、母児双方の安全を守る薬物療法の判断の土台になります。
解答・解説
正解はdです
母体血中の物質が胎児へ移るには、胎盤の絨毛で母体血と胎児血を隔てる膜(合胞体栄養膜細胞層と胎児毛細血管内皮)を通過しなければならない。多くの薬物は単純拡散で通過するため、通過しやすさは主に次の性質で決まる。 ・分子量:小さいほど通過しやすい。おおむね分子量500前後以下なら容易に通過し、1,000を超えると通過しにくくなる。 ・脂溶性:脂溶性が高く、非イオン型の割合が高いほど通過しやすい。 ・蛋白結合率:血漿蛋白と結合していない遊離型だけが膜を通過する。 ・胎盤での代謝:胎盤の酵素で不活化される薬物は、活性型としては胎児に届きにくい。 ・能動輸送:IgG(Fc受容体を介する)など特別な輸送系をもつ物質は、大分子でも移行する。 選択肢を見ると、ヘパリン・インスリン・アルブミンはいずれも分子量数千~数万の高分子で胎盤を通りにくい。プレドニゾロンは分子量は小さいが、胎盤で不活性型に変換されるため胎児に届く活性体はわずかである。これに対し、ワルファリンは分子量約300の脂溶性の低分子で、胎盤をよく通過し、胎児に催奇形性や出血を起こしうる。したがって「移行しやすいもの」はワルファリンである。 本問は、妊婦の薬物療法で「なぜヘパリンやインスリンが選ばれ、ワルファリンが避けられるのか」を、胎盤通過性という共通の原理から理解できているかを問うている。
選択肢考察
- ×a. ヘパリン
未分画ヘパリンは分子量3,000~30,000程度(平均約15,000)の硫酸化多糖で、分子量が大きく強い陰性荷電をもつため胎盤を通過しない。低分子ヘパリンでも分子量は約4,000~6,000あり、やはり胎盤をほとんど通過しない。このため胎児に影響を与えずに母体の抗凝固療法ができ、妊娠中の静脈血栓塞栓症の予防・治療や抗リン脂質抗体症候群の管理では、ワルファリンの代わりにヘパリンが用いられる。
- ×b. インスリン
インスリンは分子量約5,800のペプチドホルモンで、胎盤をほとんど通過しない。そのため妊娠糖尿病や糖尿病合併妊娠で薬物療法が必要な場合は、胎児への影響が少ないインスリンが第一選択となる。なお母体の高血糖ではブドウ糖は促進拡散で胎盤を通過するため、胎児も高血糖となり、胎児自身の膵臓からインスリンが過剰に分泌されて巨大児や新生児低血糖の原因となる。「ブドウ糖は通過し、インスリンは通過しない」という対比が重要である。
- ×c. アルブミン
アルブミンは分子量約66,000の大きな血漿蛋白で、胎盤をほとんど通過しない。胎児のアルブミンは胎児自身の肝臓で合成される。また、アルブミンと結合した薬物も胎盤を通れないため、蛋白結合率が高い薬物は胎児へ移行しにくくなる。なお同じ蛋白でもIgGは胎盤のFc受容体(FcRn)を介した能動輸送により胎児へ移行し、新生児の受動免疫を担う点は例外として覚えておく。
- ○d. ワルファリン
ワルファリンは分子量約300(ナトリウム塩で約330)の脂溶性の低分子で、胎盤を容易に通過する。ビタミンK依存性凝固因子の合成やビタミンK依存性蛋白(骨のオステオカルシンなど)の働きを阻害するため、妊娠初期(特に妊娠6~9週ごろ)の曝露では鼻骨低形成や点状軟骨異形成(骨端の点状石灰化)を特徴とするワルファリン胎芽病を起こしうる。妊娠中期以降の曝露でも胎児の頭蓋内出血などの出血や、それに伴う中枢神経障害の危険がある。このため添付文書上は妊婦に禁忌であり、妊娠中の抗凝固療法はヘパリンで行うのが原則である(機械弁置換後など血栓リスクの極めて高い例では専門施設で個別に判断される)。
- ×e. プレドニゾロン
プレドニゾロンの分子量は約360と小さいが、胎盤に豊富な11β-水酸化ステロイド脱水素酵素2型(11β-HSD2)によって不活性型のプレドニゾンに変換されるため、胎児に届く活性体は母体血中濃度の1割程度にとどまる。このため妊娠中に母体の治療(膠原病、喘息など)でステロイドが必要な場合にはプレドニゾロンが用いられやすい。一方、デキサメタゾンやベタメタゾンはこの酵素で不活化されにくく胎盤をよく通過するため、胎児の肺成熟を促す目的(早産が予想される場合の母体投与)にはこちらが用いられる。
胎盤通過性に関わる因子の整理
・通過しやすい:低分子(おおむね500前後以下)、脂溶性が高い、非イオン型、蛋白結合率が低い ・通過しにくい:高分子(1,000以上)、水溶性・高度に荷電、蛋白結合率が高い、胎盤で代謝・不活化される ・特殊な輸送:ブドウ糖(促進拡散:GLUT1)、アミノ酸(能動輸送)、IgG(FcRnを介するトランスサイトーシス)
妊娠中の薬物選択の代表例
・抗凝固療法:ヘパリン(胎盤通過せず)○、ワルファリン(胎盤通過・催奇形性)× ・糖尿病:インスリン○(経口血糖降下薬は原則として用いない) ・ステロイド:母体治療にはプレドニゾロン(胎盤で不活化)、胎児肺成熟促進にはベタメタゾン・デキサメタゾン(胎盤通過) ・甲状腺機能亢進症:妊娠初期はチアマゾールの催奇形性を避けてプロピルチオウラシルが選ばれる
胎児への影響と時期
受精後2週まではall or none(影響があれば流産、なければ無影響)の時期、妊娠4~7週は器官形成期で催奇形性に最も敏感な絶対過敏期とされる。それ以降は形態異常より、胎児毒性(機能障害、発育障害、出血など)が問題となる。
POINT
・胎盤通過性は分子量・脂溶性・蛋白結合率・胎盤での代謝で決まる ・ワルファリンは低分子で胎盤を通過し、胎芽病(鼻骨低形成、点状軟骨異形成)や胎児出血を起こす→妊婦には原則禁忌、代わりにヘパリン ・ヘパリン、インスリン、アルブミンは高分子で胎盤を通過しにくい ・プレドニゾロンは胎盤の11β-HSD2で不活化され胎児移行が少ない(ベタメタゾン・デキサメタゾンは通過する) ・IgGは大分子だがFcRnを介して胎盤を通過する
