「腸を使わない」ことの代償―長期絶食が胆汁と腸管免疫にもたらすもの
第108回医師国家試験 B問題 第37問
国試問題にチャレンジ
消化管手術後の長期絶食による影響はどれか。2つ選べ。
- a.嗄声
- b.頻脈
- c.腎機能低下
- d.肝内胆汁うっ滞
- e.腸管免疫能低下
対話形式の解説
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医学生まとめ
消化管手術後に長期絶食が続くと、静脈栄養でエネルギーを補っても「消化管を使わない」こと自体による影響が生じます。十二指腸への食物刺激がなくなるとコレシストキニンが分泌されず胆囊が収縮しないため胆汁がうっ滞し、長期静脈栄養では肝内胆汁うっ滞を中心とした肝障害をきたします。また腸管粘膜が萎縮してGALTや分泌型IgAが減少し、腸管免疫能が低下してバクテリアルトランスロケーションの危険が高まります。頻脈や腎機能低下は脱水や貧血による二次的変化で、適切な管理で防げ、嗄声は手術・挿管操作によるもので、いずれも絶食の直接的影響ではありません。「腸が使えるなら腸を使え」という原則とERASに基づく早期経腸栄養の意義を理解することは、外科病棟での栄養管理の基本になります。
解答・解説
正解はd, eです
消化管手術後、縫合不全や腸閉塞などで経口摂取・経腸栄養ができない期間が長引くと、栄養は中心静脈栄養(TPN:total parenteral nutrition、完全静脈栄養)などの静脈栄養に頼ることになる。静脈栄養で必要なエネルギーや蛋白質を補うことはできても、「消化管に食物や栄養剤が入ってこない」こと自体による影響は避けられない。本問はこの「消化管を使わないこと」による影響を問うている。 消化管は食物が通過することによって、①消化管ホルモン(コレシストキニンなど)の分泌、②腸管粘膜上皮の増殖・維持、③腸管関連リンパ組織(GALT:gut-associated lymphoid tissue)による免疫機能の維持、といった働きを保っている。長期絶食によって食物刺激がなくなると、次の二つの変化が起こる。 ・胆道系:十二指腸への脂肪・蛋白質の流入がないためコレシストキニンが分泌されず、胆囊が収縮しない。胆汁が胆囊・胆道内にとどまり、胆泥形成や胆汁うっ滞をきたす。静脈栄養そのもの(過剰なブドウ糖や脂肪乳剤の成分など)も肝障害に関与する。 ・腸管:粘膜の絨毛が萎縮し、粘膜バリア機能と腸管免疫能が低下する。その結果、腸内細菌や毒素が腸管壁を越えて体内に侵入する現象(バクテリアルトランスロケーション)が起こりやすくなる。 一方、嗄声・頻脈・腎機能低下は、長期絶食そのものに直接結びつく変化ではない。頻脈や腎機能低下は脱水(循環血漿量減少)や貧血などで起こりうるが、適切な輸液・栄養管理を行っていれば避けられるものであり、絶食の直接的な影響とはいえない。
選択肢考察
- ×a. 嗄声
嗄声(声のかすれ)は、声帯そのものの病変(ポリープ、炎症、腫瘍)や、声帯の運動を担う反回神経の麻痺によって起こる。消化管手術の周術期では、気管挿管による声帯・喉頭の損傷や、食道癌手術の際の反回神経周囲リンパ節郭清による反回神経麻痺が原因となることがあるが、これらは手術・麻酔操作によるものであり、絶食とは関係がない。長期絶食が声帯や反回神経に直接影響することはない。
- ×b. 頻脈
頻脈は、脱水による循環血漿量の減少、貧血、発熱・感染、疼痛、出血などで起こる。絶食中に輸液が不足すれば脱水から頻脈をきたしうるし、高度の栄養不良で貧血が進めば頻脈がみられることもある。しかし、これらは適切な輸液・栄養管理によって予防できるものであり、長期絶食そのものの直接的な影響とはいえない。術後に頻脈がみられた場合は、むしろ出血、縫合不全、感染症、肺塞栓症などの合併症を疑って検索すべきサインである。
- ×c. 腎機能低下
腎機能低下は、脱水や出血による腎血流量の低下(腎前性腎障害)、腎毒性のある薬剤(アミノグリコシド系抗菌薬、造影剤など)、敗血症などで起こる。絶食中でも水分・電解質を適切に輸液で補っていれば腎血流は保たれ、腎機能が低下することはない。したがって、長期絶食の直接的な影響とはいえない。
- ○d. 肝内胆汁うっ滞
食物、特に脂肪や蛋白質が十二指腸に入ると、十二指腸・空腸の粘膜からコレシストキニンが分泌され、胆囊を収縮させて胆汁を腸管内へ排出させる。長期絶食ではこの刺激が失われるため胆囊が収縮しなくなり、胆汁が胆道内にうっ滞して胆泥(胆囊内の濃縮した胆汁成分の沈殿)や胆石が形成されやすくなる。さらに長期の静脈栄養では、過剰なブドウ糖投与による脂肪肝や、脂肪乳剤に含まれる植物ステロールなどの影響も加わり、肝内胆汁うっ滞を中心とした肝障害(静脈栄養関連肝障害)をきたす。特に新生児・乳児では起こりやすく、進行すると肝線維化・肝硬変に至ることもある。胆汁うっ滞は無石胆囊炎や胆管炎の誘因にもなる。予防には、可能な範囲で早期に少量でも経腸栄養を開始すること、過剰なエネルギー投与を避けることが重要である。
- ○e. 腸管免疫能低下
腸管粘膜の上皮細胞は、管腔内の栄養素(特にグルタミンなど)から直接栄養を受けて増殖・維持されている。長期絶食で腸管内に栄養が入らなくなると、絨毛が萎縮して粘膜が薄くなり、上皮細胞どうしの結合も弱まって粘膜のバリア機能が低下する。同時に、パイエル板などの腸管関連リンパ組織(GALT)のリンパ球が減少し、粘膜表面を守る分泌型IgAや、粘液(ムチン)の産生も低下する。こうして腸管免疫能が低下すると、腸内細菌やエンドトキシンが腸管壁を越えて門脈・リンパ流へ侵入するバクテリアルトランスロケーションが起こりやすくなり、敗血症や多臓器障害の一因となる。これが、腸管が使える状態であれば静脈栄養よりも経腸栄養を優先すべき大きな理由の一つである。
栄養投与経路の選択の原則
「腸が使えるなら腸を使え(If the gut works, use it.)」が原則である。消化管が機能していれば経口摂取や経腸栄養(経鼻胃管・胃瘻・腸瘻からの栄養剤投与)を優先し、消化管が使えない場合や経腸栄養だけでは不足する場合に静脈栄養を行う。経腸栄養は静脈栄養に比べて生理的であり、腸管粘膜の萎縮防止、腸管免疫の維持、感染性合併症の減少、低コストといった利点がある。
長期静脈栄養・長期絶食に伴う主な合併症
・消化管:腸管粘膜の萎縮、腸管免疫能低下、バクテリアルトランスロケーション ・肝胆道系:胆囊収縮能低下、胆泥・胆石形成、無石胆囊炎、肝内胆汁うっ滞、脂肪肝(静脈栄養関連肝障害) ・カテーテル関連:カテーテル関連血流感染症、血栓症、気胸(挿入時) ・代謝:高血糖、低血糖(急な中止時)、リフィーディング症候群(低リン血症など)、電解質異常 ・微量元素・ビタミン欠乏:亜鉛欠乏(皮膚炎、味覚障害、口内炎・舌炎)、ビタミンB1欠乏(乳酸アシドーシス、Wernicke脳症)、必須脂肪酸欠乏(脂肪乳剤を投与しない場合)など
術後の早期経腸栄養
術後回復能力強化プログラム(ERAS:enhanced recovery after surgery)の考え方でも、術後早期からの経口摂取・経腸栄養の再開が推奨されている。早期に腸管を使うことで、腸管機能と免疫能を保ち、感染性合併症を減らし、在院日数の短縮につながる。
POINT
・長期絶食(消化管を使わないこと)の影響: 1) コレシストキニン分泌低下 → 胆囊収縮低下 → 胆汁うっ滞・胆泥・無石胆囊炎。長期静脈栄養では肝内胆汁うっ滞などの肝障害をきたす。 2) 腸管粘膜の萎縮 → 腸管免疫能低下(GALT減少、分泌型IgA低下)→ バクテリアルトランスロケーション。 ・頻脈や腎機能低下は脱水や貧血による二次的なもので、適切な管理で予防でき、絶食の直接の影響ではない。 ・腸が使えるなら経腸栄養を優先する。
