StudyMed医師国家試験

潜った後に飛ぶな―指先の震えに潜む減圧症のサイン

第108回医師国家試験 A問題 第21問

国試問題にチャレンジ

第108回 A問題 第21問

21歳の男性。手指の震えを主訴に来院した。週に3日午前中,派遣先の大型塗料店で在庫管理の仕事をしている。4日前,離島でダイビングをしている時,水深21 mまで潜ってから浮上する途中に,潜水の履歴から浮上の必要性や手順を計算するダイビングコンピュータから浮上を停止するよう指示を受けた。その際,一旦浮上を停止した後インストラクターの指示に従い浮上した。2日前もダイビングをした後,夕方ジェット旅客機に搭乗し帰宅した。帰路,天候が悪く機体の揺れのため席から離れることができなかった。就寝時,右中指の近位指節間関節が少し痛いのに気付いた。昨日も指先の感覚に違和感を覚えた。本日,字を書く時に指先が震えるため受診した。  最も考えられるのはどれか。

  1. a.減圧症
  2. b.動揺病
  3. c.頸肩腕障害
  4. d.有機溶剤中毒
  5. e.VDT作業による障害

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、手指の症状から環境要因による疾患を見抜く問題だ。病歴にはダイビング、飛行機、塗料店勤務と、気になる情報がいくつも並んでいる。どの情報が症状の出現と時間的につながっているかを見極めるのがカギになるよ。
医学生医学生
塗料店と聞いて、真っ先に有機溶剤中毒を考えてしまいました。公衆衛生の講義でトルエンやn-ヘキサンが出てきたので。
ドクタードクター
それは自然な連想だね。ただ、仕事の中身をよく見てほしい。週3日の午前中だけ、在庫管理をしているにすぎない。密閉容器の製品を扱う業務で、溶剤に高濃度で曝露するとは考えにくい。しかも症状は潜水と搭乗の直後から、片側の一つの関節の痛みで急に始まっている。慢性的な溶剤曝露なら、手足の対称性のしびれのように経過がもっと違ってくるはずだ。
医学生医学生
目立つ職業歴に引っ張られすぎた、ということですね。では潜水が関係しているんでしょうか。
ドクタードクター
そう。まず病態から整理しよう。水中では10 mごとに約1気圧ずつ周囲の圧が上がるから、21 mならおよそ3気圧。高い圧のもとで呼吸すると、Henryの法則に従って窒素が血液や組織に多く溶け込む。そこから圧が下がると、溶けていた窒素が気泡になって組織を圧迫したり血管を詰めたりする。これが減圧症だ。
医学生医学生
炭酸飲料の栓を開けると泡が出るのと同じイメージですね。ダイビングコンピュータが浮上停止を指示したのは、その気泡化を防ぐためですか。
ドクタードクター
その通り。減圧停止が必要になるほど体内に窒素が溜まっていた、ということを示している。さらに2日前にも潜水していて、その日の夕方に飛行機に乗っている。ここで大事なのは、旅客機の客室は地上より低い気圧に保たれていることだ。おおむね0.75〜0.8気圧、標高2,000 m余りの山と同じくらいだね。
医学生医学生
潜水で窒素を溜め込んだ後に、さらに気圧を下げる環境に入ったわけですか。それは危なそうです。
ドクタードクター
まさに、減圧停止を要する潜水、反復潜水、潜水後まもない搭乗という三つの危険因子が重なっている。そのうえで、関節痛から始まり、指先の感覚異常、そして書字時の震えへと症状が広がっている。だから最も考えられるのは減圧症だ。
医学生医学生
関節痛が最初というのは、減圧症ではよくあるんですか。
ドクタードクター
関節痛は減圧症で最も多い症状で、「ベンズ(bends)」と呼ばれる。関節周囲の鈍い痛みだ。皮膚のかゆみや大理石様の皮疹などと合わせて、比較的軽い I 型に分類される。一方、しびれ、筋力低下、振戦、意識障害といった神経症状は、脊髄や脳が障害された重症型の II 型を示唆するんだ。
医学生医学生
この方は感覚の違和感や震えが出ているので、II 型を考えるべきなんですね。軽そうに見えても油断できない。
ドクタードクター
そう。軽い症状でも、高気圧酸素治療ができる施設での評価と治療が必要になる。ほかの選択肢も確認しておこう。揺れる機内にいたから動揺病はどうかな。
医学生医学生
乗り物酔いなら吐き気や冷汗が中心で、揺れがおさまれば治るはずなので、数日かけて神経症状が進むのは合わないと思います。
ドクタードクター
完璧だね。動揺病は前庭からの情報と視覚情報の食い違いで起こり、悪心・嘔吐、顔面蒼白、冷汗、あくびといった自律神経症状が主体だ。頸肩腕障害やVDT作業による障害はどうだろう。
医学生医学生
産業医学の実習で、どちらもパソコン作業などの反復作業で慢性に起こると習いました。この方にはそういう作業歴がありません。
ドクタードクター
その通り。頸肩腕障害は上肢の反復作業や同一姿勢の持続で首・肩・腕のこりや痛み、しびれが緩徐に出るもの、VDT作業による障害は眼精疲労やドライアイ、肩こりなどが中心だ。いずれも潜水直後に単一関節の痛みで急に始まる経過は説明できない。それと、長時間座っていたことから肺血栓塞栓症も頭をよぎるかもしれないけれど、典型は下肢の腫脹や呼吸困難で、今回とは合わないね。
医学生医学生
治療の高気圧酸素治療は、気泡を圧で小さくするということでしょうか。
ドクタードクター
そう考えていい。疑ったらまず100%酸素を投与して窒素の洗い出しを促し、輸液で脱水を補正し、できるだけ早く再圧治療を行う。再圧で気泡を縮め、高濃度の酸素で窒素の排出と組織の酸素化を図るんだ。予防としては、潜水後の搭乗まで間隔をあけることが大切で、反復潜水なら18時間以上、減圧停止を要した潜水ならさらに長く、24時間以上が目安とされている。
医学生医学生
似た病態で、浮上直後に意識障害を起こすものもありましたよね。
ドクタードクター
動脈ガス塞栓症だね。息を止めたまま急浮上すると肺が過膨張して破れ、空気が動脈系に入って脳などに塞栓を起こす。浮上直後、多くは10分以内に片麻痺や意識障害で急激に発症するのが特徴で、治療はやはり再圧治療だ。また、潜水作業を長年繰り返すと大腿骨頭や上腕骨頭の無腐性骨壊死をきたすこともある。離島や観光地で診療するときには、問診で潜水歴と搭乗歴を聞くことを忘れないようにしよう。

まとめ

減圧症は、高圧環境で血液や組織に溶け込んだ窒素が、減圧によって気泡化して生じる疾患です。減圧停止を要する潜水、反復潜水、潜水後まもない航空機搭乗(客室は約0.75〜0.8気圧の低圧環境)は代表的な危険因子で、関節痛(ベンズ)が最も多い症状ですが、しびれや振戦などの神経症状は重症型(II型)を示唆し、高気圧酸素治療の適応を検討すべき状態です。治療は100%酸素投与と輸液、できるだけ早期の再圧治療で、浮上直後に急激に発症する動脈ガス塞栓症とあわせて減圧障害として理解しておくとよいでしょう。臨床問題では、職業歴のような目立つ情報に引っ張られず、症状出現の直前にあった明確な誘因と時間経過を重視する姿勢が、正しい診断への近道になります。

解答・解説

正解はaです

所見の整理

・21歳男性、主訴は手指の震え。 ・4日前、水深21 mまでのスクーバダイビングを行い、浮上途中でダイビングコンピュータから浮上停止(減圧停止)を指示された。つまり体内に溶け込んだ窒素が多く、ゆっくり浮上しないと危険な状態だったことを示す。 ・2日前にもダイビングを行い、その日の夕方にジェット旅客機に搭乗した。旅客機の客室は地上より低い気圧に保たれており、ダイビング直後の搭乗はさらに減圧を加えることになる。 ・その夜から右中指の近位指節間(PIP)関節痛が出現し、翌日には指先の感覚異常、本日は書字時の指先の震えが出現した。症状は数日かけて関節から神経へと広がっている。 ・勤務先は塗料店だが、業務は週3日午前中の在庫管理である。

診断へのプロセス

高い圧力のかかる水中で呼吸すると、吸った空気中の窒素が高い分圧のもとで血液や組織に多量に溶け込む。その後、周囲の圧が急に下がると、溶けていた窒素が組織や血管内で気泡となり、関節痛、皮膚症状、神経症状などを起こす。これが減圧症である。本例では、①減圧停止が必要となるほどの潜水、②複数日にわたる反復潜水、③潜水後まもない航空機搭乗(客室気圧はおおむね0.75〜0.8気圧程度で、標高2,000 m余りの山と同程度の低圧環境)という三つの危険因子が重なっている。そのうえで、減圧症に典型的な関節痛(ベンズ)に続いて、しびれや振戦といった神経症状が出現しており、減圧症が最も考えられる。

鑑別

長時間の搭乗で席を離れられなかったことからは深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)も思い浮かぶが、それは下肢の腫脹・疼痛や呼吸困難で発症するのが典型で、本例の症状とは合わない。塗料店勤務から有機溶剤中毒も想起されうるが、業務内容と症状の経過がそぐわない。潜水と航空機搭乗という明確な誘因に続いて症状が出現した時間経過を重視する。

選択肢考察

  1. ○a.  減圧症

    減圧症(潜水病、潜函病、ケーソン病とも呼ばれる)は、高圧環境から低圧環境へ移る際に、組織や血液に溶けていた窒素が気泡化して起こる。本例は減圧停止を要した潜水、反復潜水、潜水後の航空機搭乗という危険因子を有し、その後に関節痛、感覚異常、振戦が順に出現した。関節痛は減圧症で最も多い症状で「ベンズ(bends)」と呼ばれ、肩・肘・手などの関節周囲の鈍い痛みとして現れる。しびれ、筋力低下、振戦、意識障害などの神経症状は脊髄や脳の障害を示唆する重症型(II型)の徴候であり、軽い症状でも高気圧酸素治療のできる施設での評価と治療が必要である。最も考えられる診断である。

  2. ×b.  動揺病

    動揺病はいわゆる乗り物酔いで、船・車・航空機などの揺れにより、前庭(内耳の平衡感覚器)からの情報と視覚などほかの感覚情報が食い違うことで生じる。症状は悪心・嘔吐、顔面蒼白、冷汗、めまい、あくびなどの自律神経症状が中心で、多くは揺れがおさまれば速やかに回復する。本例は揺れる機内にいたが、嘔気などの症状はなく、帰宅後数日にわたって関節痛や指先の感覚異常・振戦が進行しており、動揺病とは合わない。

  3. ×c.  頸肩腕障害

    頸肩腕障害は、キーボード入力などの上肢の反復作業や、同じ姿勢を長時間続ける作業に従事する人に生じる、首・肩・腕のこりや痛み、しびれ、だるさなどの総称で、精神的な疲労感を伴うこともある。作業の積み重ねにより慢性的・緩徐に発症するのが特徴である。本例の業務は週3日午前中の在庫管理で負荷は大きくなく、また首や肩の症状はなく、潜水・搭乗の直後から単一の指の関節痛で急に始まっている点も合わない。

  4. ×d.  有機溶剤中毒

    塗料にはトルエン、キシレン、n-ヘキサンなどの有機溶剤が含まれることがあり、塗料店勤務から想起されうる。有機溶剤中毒では、急性期に頭痛・めまい・酩酊感・意識障害、慢性期に末梢神経障害(n-ヘキサンでは手足の対称性のしびれ)、精神神経症状、皮膚炎などがみられる。しかし本例は密閉容器に入った製品の在庫管理に週3日午前中のみ従事しており、溶剤に高濃度で曝露する業務ではない。また症状が潜水と航空機搭乗の直後に、片側の一つの関節の痛みから急に始まった経過は、有機溶剤による中毒では説明しにくい。

  5. ×e.  VDT作業による障害

    VDT(visual display terminal)作業とは、パソコンなどのディスプレイを見ながらキーボードなどを操作する作業のことである。長時間続けると、眼の疲れ・ドライアイ・かすみ目などの眼症状、首や肩のこり・腰痛などの筋骨格系症状、イライラや不眠などの精神神経症状が生じる。本例にはディスプレイ作業を長時間行ったという病歴はなく、眼症状や肩こりもみられない。潜水後に急に生じた関節痛・神経症状を説明できない。

減圧症の病態

潜水中は水深10 mごとに約1気圧ずつ周囲の圧が上がり、水深21 mではおよそ3気圧になる。圧が高いほど窒素は血液や組織に多く溶ける(Henryの法則)。浮上により圧が下がると、溶けていた窒素が気泡となり、組織を圧迫したり血管を閉塞したりする。脂肪組織は窒素をよく溶かすため、脂肪に富む組織や脊髄などが障害されやすい。

危険因子

深い潜水、長時間の潜水、急速な浮上、反復潜水、潜水後の航空機搭乗や高所への移動、脱水、疲労、寒冷、肥満など。潜水後の搭乗は、一般に単回の減圧不要潜水で12時間以上、反復潜水や連日潜水では18時間以上、減圧停止を要した潜水ではさらに長く(24時間以上が目安)間隔をあけることが推奨されている。

分類と症状

・I型(軽症型):関節痛(ベンズ)、皮膚のかゆみや大理石様の皮疹、リンパ節の腫脹など。 ・II型(重症型):脊髄障害(しびれ、対麻痺、膀胱直腸障害)、脳障害(意識障害、視覚異常、振戦・運動失調)、内耳障害(めまい、難聴)、呼吸循環障害(胸痛・咳・呼吸困難:チョークス、ショック)。 多くは浮上後数時間以内に発症するが、航空機搭乗などで遅れて出現・増悪することもある。

治療

発症を疑ったら直ちに100%酸素を投与し(窒素の洗い出しを促す)、輸液で脱水を補正し、できるだけ早く高気圧酸素治療(再圧治療)を行う。再圧により気泡を小さくし、高濃度の酸素で窒素の排出と組織の酸素化を図る。

関連する病態:動脈ガス塞栓症

息を止めたまま急浮上すると肺が過膨張して破れ、空気が肺静脈から動脈系に入り、脳などに空気塞栓を起こす。浮上直後(多くは10分以内)に意識障害や片麻痺などで急激に発症する。減圧症とあわせて減圧障害と総称され、治療はやはり再圧治療である。

慢性の障害

潜水作業などを長年くり返すと、大腿骨頭や上腕骨頭の無腐性骨壊死(減圧性骨壊死)をきたすことがある。

POINT

・減圧症は、高圧環境で組織に溶け込んだ窒素が減圧により気泡化して生じる。 ・潜水後の航空機搭乗は客室の低圧環境により減圧症を誘発・増悪させる危険因子である。 ・関節痛(ベンズ)が最も多い症状で、しびれ・振戦などの神経症状は重症型(II型)を示唆する。 ・治療は100%酸素投与と高気圧酸素治療(再圧治療)。 ・臨床問題では、職業歴などの目立つ情報に引っ張られず、症状出現の直前にあった明確な誘因(潜水と搭乗)と時間経過を重視する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。