痛みが「移動」したら待ってはいけない―診療所で虫垂炎を疑ったときの一手
第107回医師国家試験 H問題 第26問
国試問題にチャレンジ
35歳の男性。昨日上腹部痛を訴え診療所を受診した患者が,腹痛が増悪したため再び来院した。今朝から右下腹部に痛みが移動しているという。昨日の診察では上腹部に軽度の圧痛があったが,本日は腹部の診察で右下腹部に限局した圧痛を認める。 次に行うべき対応として最も適切なのはどれか。
- a.診療所で経過観察する。
- b.翌日の再受診を指示する。
- c.鎮痛薬を処方し帰宅させる。
- d.数時間後の再受診を指示する。
- e.手術可能な医療機関へ紹介する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
心窩部から右下腹部へ移動する腹痛は、内臓痛から体性痛への変化を反映した急性虫垂炎の典型的な経過であり、右下腹部の限局した圧痛は炎症が壁側腹膜に及んだ進行のサインです。虫垂炎は時間とともに壊疽・穿孔から膿瘍や汎発性腹膜炎へ進むため、強く疑った段階で経過観察や帰宅、再診指示によって時間を費やすべきではありません。検査や緊急手術ができない診療所では、血液検査・超音波・CTによる診断確定から虫垂切除術まで行える医療機関へ速やかに紹介するのが適切です。軽症例では抗菌薬による保存的治療も選択肢になりますが、その判断も外科のある施設で行います。自施設でできることの限界を見極めて適切につなぐ判断は、プライマリ・ケアの現場で特に重要です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・35歳男性。前日に上腹部痛で受診し、上腹部に軽い圧痛があった。 ・腹痛は増悪し、今朝から痛みの部位が右下腹部へ移動した。 ・本日の診察では右下腹部に限局した圧痛がある。
診断へのプロセス
「心窩部(みぞおち)から始まり、数時間〜1日ほどで右下腹部へ移る腹痛」は、急性虫垂炎の典型的な経過である。これは痛みの性質の変化で説明できる。 ・初期:虫垂の内腔が閉塞して内圧が上がると、その刺激は自律神経(内臓求心線維)を介して伝わる。虫垂は発生学的に中腸由来で、内臓痛は正中の心窩部〜臍周囲に、場所のはっきりしない鈍痛として感じられる(関連痛を含む)。 ・進行期:炎症が虫垂の漿膜を越えて周囲の壁側腹膜に及ぶと、体性神経を介した体性痛となり、病変の真上である右下腹部に限局した鋭い痛み・圧痛として感じられる。 つまり「痛みの移動+右下腹部の限局した圧痛」は、炎症が壁側腹膜に波及した段階まで進んだことを示す所見であり、急性虫垂炎が強く疑われる。
設問の考え方
問われているのは、診療所の医師として「次に何をするか」である。急性虫垂炎が強く疑われる状態で時間をおくと、虫垂の壊疽・穿孔から膿瘍形成や汎発性腹膜炎へ進展する危険がある。確定診断のための検査(血液検査、腹部超音波検査、CTなど)と、必要に応じた緊急手術を速やかに行える体制が必要であり、それらを持たない診療所では、手術が可能な医療機関へ早期に紹介するのが最も適切である。
選択肢考察
- ×a. 診療所で経過観察する。
前日よりも腹痛が増悪し、限局した圧痛が出現しており、病状は明らかに進行している。診療所では画像検査や緊急手術に対応できないことが多く、そのまま様子をみていると穿孔や腹膜炎へ進展した際に対応が遅れる。経過観察は不適切である。
- ×b. 翌日の再受診を指示する。
急性虫垂炎は発症から時間が経つほど壊疽・穿孔の危険が高まる。すでに1日が経過し、炎症が壁側腹膜まで及んでいると考えられる段階で、さらに1日待たせるのは危険である。
- ×c. 鎮痛薬を処方し帰宅させる。
鎮痛薬で痛みを和らげても、原因である虫垂の炎症は治まらない。問題は帰宅させて外科的評価を遅らせることにある。かつては鎮痛薬で腹部所見が不明瞭になり診断が遅れると考えられていたが、現在は診断の過程で適切に鎮痛を行っても診断精度は大きく損なわれないとされている。いずれにしても、鎮痛薬だけ処方して帰宅させる対応は誤りである。
- ×d. 数時間後の再受診を指示する。
診断が不確かな腹痛で、短時間後に再度診察して変化をみることが有用な場面はある。しかし本例はすでに痛みの移動と右下腹部の限局した圧痛という急性虫垂炎を強く疑わせる所見がそろっており、緊急手術を含めた対応を考慮すべき段階である。数時間であっても帰宅させて待たせる理由はない。
- ○e. 手術可能な医療機関へ紹介する。
急性虫垂炎が強く疑われ、しかも症状が進行している。血液検査・超音波検査・CTによる診断の確定と重症度評価、さらに緊急虫垂切除術(多くは腹腔鏡下)まで一貫して行える医療機関へ速やかに紹介するのが適切である。軽症例では抗菌薬による保存的治療が選ばれることもあるが、その適応判断や、治療に反応しない場合の手術への移行を考えても、外科のある施設での管理が必要である。
急性虫垂炎の概要
・虫垂の内腔が糞石やリンパ組織の増生などで閉塞し、内圧上昇と細菌感染によって炎症を来す。10〜20歳代に多いが、どの年齢にも起こる。 ・病理学的に、カタル性(粘膜にとどまる)→蜂窩織炎性(全層に及ぶ)→壊疽性(壁が壊死する)と進行し、穿孔すると膿瘍形成や汎発性腹膜炎を来す。
症状の典型的な順序
心窩部〜臍周囲の痛み → 食欲不振・悪心・嘔吐 → 右下腹部への痛みの移動 → 発熱。
身体所見
・McBurney点:臍と右上前腸骨棘を結ぶ線の外側1/3の点。圧痛の代表的部位。 ・Lanz点:左右の上前腸骨棘を結ぶ線の右1/3の点。 ・Rovsing徴候:左下腹部を圧迫すると右下腹部に痛みが出る。 ・Rosenstein徴候:左側臥位にすると右下腹部の圧痛が強くなる。 ・Blumberg徴候(反跳痛):圧迫した手を急に離すと痛みが増す。腹膜刺激症状を示す。 ・筋性防御:腹膜炎の存在を示唆する。 ・腸腰筋徴候(psoas sign):右股関節を伸展させると痛む。後腹膜側に位置する虫垂の炎症で陽性になりやすい。
検査
・血液検査:白血球増加(好中球優位、核の左方移動)、CRP上昇。CRPは発症早期には上昇が遅れることがある。 ・腹部超音波検査:腫大した虫垂(外径6mm以上が目安)、糞石、周囲の液体貯留。被曝がなく小児・妊婦でも第一選択となる。 ・腹部CT:診断精度が高く、穿孔・膿瘍の有無の評価にも有用。
治療
・原則は虫垂切除術(腹腔鏡下手術が広く行われる)。 ・合併症のない軽症例では抗菌薬による保存的治療も選択肢となるが、再発があり得る。 ・膿瘍を形成した例では、抗菌薬とドレナージで炎症を落ち着かせてから待機的に切除する方法(interval appendectomy)がとられることがある。
鑑別診断
右下腹部痛を来す疾患として、憩室炎(盲腸・上行結腸)、回盲部の感染性腸炎(エルシニアなど)、Crohn病、尿管結石、メッケル憩室炎などがある。女性では異所性妊娠、卵巣囊腫茎捻転、骨盤内炎症性疾患などの婦人科疾患も必ず考慮する(本例は男性なので対象外)。
POINT
・心窩部痛から右下腹部痛への移動は急性虫垂炎の典型的経過(内臓痛から体性痛への変化)。 ・右下腹部の限局した圧痛は炎症が壁側腹膜に及んだ所見であり、進行を示す。 ・急性虫垂炎を強く疑ったら、経過観察や帰宅ではなく、検査と手術が可能な医療機関へ速やかに紹介する。 ・放置すると壊疽・穿孔から腹膜炎へ進展する。
