StudyMed医師国家試験

1人暮らしで毎日打てるか―高齢者のインスリン自己注射で最初に確かめること

第107回医師国家試験 G問題 第59問

国試問題にチャレンジ

第107回 G問題 第59問

76歳の女性。1人暮らし。糖尿病で血糖コントロールのため入院中である。高齢者総合機能評価〈CGA〉を実施して退院後の療養生活について検討することになった。  インスリン自己注射の導入にあたり最も重視すべき項目はどれか。

  1. a.聴力
  2. b.認知機能
  3. c.排尿機能
  4. d.歩行能力
  5. e.BMI〈Body Mass Index〉

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、高齢者にインスリン自己注射を導入するとき、何を一番重視するかという問題だ。カギは「1人暮らし」という生活背景と、自己注射という行為に何が必要かを具体的に想像すること。高齢者総合機能評価、CGAという言葉は聞いたことがあるかな。
医学生医学生
老年医学の講義で習いました。病気だけでなく、ADLや認知機能、気分、社会環境まで多面的に評価する方法ですよね。
ドクタードクター
その通り。では、インスリンを自分で打つ一日の流れを想像してみよう。患者さんは何をしなければならない?
医学生医学生
決まった時間に注射して、単位数をダイヤルで合わせて……。臨床実習の内分泌内科で、看護師さんが患者さんに手技指導しているのを見学しました。
ドクタードクター
いいね。それに加えて、打ったかどうかを覚えておくこと、食事が摂れない日の対応、そして低血糖の症状に気づいてブドウ糖を摂ること。こうして並べると、どれも共通して何に支えられている?
医学生医学生
記憶とか判断とか……全部、認知機能ですね。
ドクタードクター
正解。インスリン自己注射は記憶・理解・判断・注意といった認知機能に強く依存する。同居家族がいれば確認や代行ができるけれど、1人暮らしでは本人の力に頼るしかない。認知機能が落ちていると、打ち忘れで高血糖になったり、打ったことを忘れて二重注射し重症低血糖を起こしたりする。
医学生医学生
正直、最初は歩行能力かなと思いました。1人暮らしだと転倒が心配なので。
ドクタードクター
その心配自体は大事だよ。歩行能力は転倒リスクや通院、買い物の面では重要だ。でも注射は座ったままでもできるから、歩けなくても自己注射そのものは可能なんだ。自己注射に直接関わる身体機能は、むしろ視力と手指の巧緻性だね。
医学生医学生
聴力はどうですか。説明が聞き取れないと手技を覚えられない気がします。
ドクタードクター
もっともな疑問だ。ただ聴力低下は、筆談や図・動画を使った資料、ゆっくりはっきり話すといった工夫でかなり補える。注射の実施にもほとんど影響しない。排尿機能も、糖尿病性自律神経障害や尿路感染症の点では評価すべきだけれど、注射を正しく打てるかとは直接関係しない。
医学生医学生
BMIも肥満や低栄養の評価には使いますが、注射を安全にできるかの判断にはならないですね。
ドクタードクター
その通り。薬剤選択や食事療法の参考にはなるけれど、今回の問いとは別の話だ。認知機能はCGAの中で、改訂長谷川式簡易知能評価スケールやMMSEで評価する。HDS-Rは20点以下、MMSEは23点以下で認知症が疑われる目安だよ。
医学生医学生
OSCEの医療面接でも、高齢の方には服薬管理ができているかを聞くよう指導されました。IADLの評価とつながりますね。
ドクタードクター
いい結びつけ方だ。Lawtonの尺度にある服薬管理能力は、自己注射ができるかどうかと深く関係する。ここで高齢者糖尿病の注意点も押さえておこう。高齢者は発汗や動悸、手のふるえといった典型的な低血糖症状が出にくく、ふらつきや意識障害、異常行動として現れて見逃されやすい。しかも重症低血糖は認知症、転倒・骨折、心血管イベントのリスクを高める。
医学生医学生
低血糖が認知機能をさらに悪くして、それでまた注射の管理が難しくなる、という悪循環もありそうです。
ドクタードクター
鋭いね。だから血糖コントロール目標も、認知機能やADL、低血糖を起こしやすい薬剤を使うかどうかで個別に設定される。もし認知機能が不十分と判断されたら、持効型インスリン1日1回や週1回製剤で注射回数を減らす、訪問看護やデイサービスで確認してもらう、インスリン以外の治療に切り替える、といった工夫を多職種で検討するんだ。
医学生医学生
導入できるかどうかの二択ではなく、本人の能力に合わせて治療と支援の形を組み立てるということですね。
ドクタードクター
まさにそれがCGAの目的だよ。医師、看護師、薬剤師、ケアマネジャーが評価結果を共有して、退院後の生活まで見据えた計画を立てる。これは地域包括ケアの中で医師が担う大事な役割なんだ。

まとめ

インスリン自己注射では、注射時刻や単位数の管理、注射したかどうかの把握、食事量に応じた判断、低血糖への対処など、多くの場面で記憶・理解・判断といった認知機能が必要になります。1人暮らしの高齢者では家族による確認や代行ができないため、HDS-RやMMSEによる認知機能評価が導入可否の判断で最も重要です。聴力・排尿機能・歩行能力・BMIはCGAの評価項目ではあるものの自己注射の可否には直結せず、むしろ視力や手指の巧緻性をあわせて確認します。高齢者は低血糖症状が非典型的で重症化しやすく、認知機能が不十分な場合は注射回数を減らした製剤、訪問看護などの支援、インスリン以外の治療を検討します。病気だけでなく生活全体を評価して治療を組み立てるCGAの考え方は、高齢者診療の基本となります。

解答・解説

正解はbです

状況の整理

・76歳の女性で、1人暮らしである。 ・糖尿病の血糖コントロールのため入院中で、退院後にインスリン自己注射を導入することが検討されている。 ・退院後の療養生活を検討するため、高齢者総合機能評価(CGA:comprehensive geriatric assessment)を行う。

考え方

インスリン自己注射では、患者自身が次のような一連の作業を毎日正確に行わなければならない。 ①決められた時刻に注射することを覚えている ②指示された単位数を正しく設定する ③打ったかどうかを把握し、二重注射や打ち忘れをしない ④食事量や体調不良時(シックデイ)に応じて対応する ⑤低血糖の症状に気づき、ブドウ糖を摂るなどの対処をする これらはいずれも記憶、理解、判断、注意といった認知機能に依存する。同居家族がいれば家族が確認や代行をできるが、1人暮らしでは本人の能力に頼るしかない。認知機能が低下していると、打ち忘れによる高血糖や、二重注射・過量注射による重症低血糖が起こりやすく、生命に関わる。高齢者は低血糖の自覚症状が乏しく、低血糖が転倒・骨折や認知機能のさらなる悪化、心血管イベントを招くことも知られている。 したがって、1人暮らしの高齢者にインスリン自己注射を導入するかどうかを判断するうえで最も重視すべきなのは認知機能である。認知機能が不十分と判断されれば、訪問看護などの支援の導入、注射回数を減らした治療(持効型インスリン1日1回や週1回製剤など)、インスリン以外の治療への変更などを検討する。

選択肢考察

  1. ×a.  聴力

    聴力が低下していても、筆談や図・動画を用いた資料、ゆっくりはっきりした説明などの工夫で手技の指導は十分に可能であり、注射そのものの実施にもほとんど影響しない。高齢者の生活評価の一項目ではあるが、自己注射導入の可否を左右する最重要項目ではない。

  2. ○b.  認知機能

    インスリン自己注射では、注射時刻と単位数の記憶、注射したかどうかの把握、食事摂取量に応じた判断、低血糖時の対処など、多くの場面で記憶・理解・判断・注意といった認知機能が必要となる。1人暮らしでは家族による確認や代行ができないため、認知機能が低下していると打ち忘れや二重注射による高血糖・重症低血糖の危険が高い。CGAでは、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やMini-Mental State Examination(MMSE)などで評価し、導入の可否や支援体制を決める。

  3. ×c.  排尿機能

    排尿障害(頻尿、尿失禁、神経因性膀胱など)は、糖尿病性自律神経障害や加齢で生じうる問題であり、生活の質や尿路感染症の点では評価すべき項目である。しかし、インスリンを自分で正しく注射できるかどうかとは直接関係しない。

  4. ×d.  歩行能力

    歩行能力は日常生活動作(ADL)の評価項目であり、転倒リスクや通院・買い物などの生活面では重要である。しかしインスリン注射は座ったままでも行えるため、歩行能力が低くても自己注射自体は可能である。自己注射に直接関わる運動機能は、手指の巧緻性(注射器の操作、単位設定のダイヤル操作)や視力である。

  5. ×e.  BMI〈Body Mass Index〉

    BMI(体重kg÷身長mの2乗)は肥満度の指標で、日本では25以上が肥満とされる。肥満や低栄養(サルコペニア・フレイル)の評価、薬剤選択や食事療法の検討には参考になるが、患者が自己注射を安全に行えるかどうかの判断材料にはならない。

高齢者総合機能評価(CGA)

高齢者を病気だけでなく、生活機能・精神機能・社会環境の面から多面的に評価し、治療やケアの方針を立てる手法である。主な評価項目と代表的な評価法は次のとおりである。 ・基本的ADL(食事、排泄、入浴、移動など):Barthel Index ・手段的ADL(IADL:服薬管理、金銭管理、買い物、電話など):Lawtonの尺度。服薬管理能力は自己注射の可否とも関係が深い。 ・認知機能:HDS-R(30点満点、20点以下で認知症の疑い)、MMSE(30点満点、23点以下で認知症の疑い) ・気分・意欲:GDS(Geriatric Depression Scale)、Vitality Index ・社会・環境:家族構成、介護者の有無、住環境、経済状況、利用可能な介護サービス 評価結果をもとに、医師、看護師、薬剤師、ケアマネジャーなどの多職種で支援を調整することは、地域包括ケアにおける医師の重要な役割である。

高齢者糖尿病の治療で注意すべき点

・高齢者は低血糖の典型的な自律神経症状(発汗、動悸、手のふるえ)が出にくく、ふらつきや意識障害、異常行動などで発症し、見逃されやすい。 ・重症低血糖は認知症、転倒・骨折、心血管疾患のリスクを高める。 ・日本糖尿病学会と日本老年医学会による高齢者の血糖コントロール目標は、認知機能とADLに基づく患者のカテゴリーと、低血糖を起こしやすい薬剤(インスリン、スルホニル尿素薬など)の使用の有無によって個別に設定され、低血糖リスクのある薬剤を使う場合には目標値の下限も設けられている。

自己注射が難しい場合の工夫

・注射回数を減らす(持効型インスリン1日1回、週1回製剤の利用など)。 ・訪問看護やホームヘルパーによる確認、デイサービス利用時の注射など支援体制を整える。 ・インスリン以外の治療(経口薬、GLP-1受容体作動薬の週1回製剤など)への変更を検討する。

POINT

・インスリン自己注射には、単位設定・注射時刻の管理・低血糖対処などを正確に行うための認知機能が不可欠である。 ・1人暮らしの高齢者では家族の支援が得られないため、認知機能の評価が導入可否の判断で最も重要となる。 ・自己注射に関連するほかの機能として、視力と手指の巧緻性も確認する。 ・CGAでは、ADL(Barthel Index)、IADL(Lawton)、認知機能(HDS-R、MMSE)、気分(GDS)、社会環境を多面的に評価する。 ・高齢者の低血糖は症状が非典型的で重症化しやすいことを押さえておく。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。