事故のあとから物が二重に―「片目を隠すと消えるか」で始める複視の診断とHess赤緑試験
第107回医師国家試験 G問題 第49問
国試問題にチャレンジ
42歳の男性。物が二重に見えることを主訴に来院した。1か月前に交通事故に遭い,その後,複視が出現した。前眼部,中間透光体および眼底に異常を認めない。視力は右1.0(矯正不能),左1.0(矯正不能)。 診断に有用な検査はどれか。
- a.光覚検査
- b.Hess赤緑試験
- c.Schirmer試験
- d.網膜電図〈ERG〉
- e.光干渉断層法〈OCT〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
複視はまず、片眼を隠しても残る単眼性と、片眼を隠すと消える両眼性に分けて考えます。光学系と眼底に異常がなく視力も良好な外傷後の複視は、眼位のずれによる両眼性複視であり、頭部外傷で障害されやすい滑車神経麻痺などの脳神経麻痺や、外眼筋が挟まる眼窩底骨折が主な原因となります。Hess赤緑試験は、赤緑フィルタで左右の眼を分離して眼位のずれを各方向で記録し、麻痺筋・制限筋の同定と回復の経過観察に用いる検査です。光覚検査は夜盲、Schirmer試験は涙液量、網膜電図は網膜機能、OCTは網膜の断層形態を評価する検査で、眼球運動の評価には使えません。「単眼性か両眼性か」「どの筋が働いていないか」という順序立てた考え方は、外傷に限らずあらゆる複視の診療の土台になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・42歳男性、交通事故の後から物が二重に見える(複視)。 ・前眼部、中間透光体(角膜・前房・水晶体・硝子体など光の通り道)、眼底はいずれも正常。 ・視力は両眼とも1.0で左右差がない。
複視の種類を見分ける
複視はまず「単眼性」か「両眼性」かを区別する。単眼性複視は片目をつぶっても残る複視で、角膜不正乱視、白内障、水晶体偏位など、眼球内の光学的な異常で起こる。一方、両眼性複視は片目を隠すと消える複視で、左右の眼の向き(眼位)がずれ、両眼の像が網膜の対応点に結ばれなくなることで生じる。 本例では光学系(前眼部・中間透光体)と眼底に異常がなく、視力も良好で左右差がないため、単眼性複視の原因は考えにくい。したがって、外傷を契機に眼球運動が障害された両眼性複視と考えるのが自然である。
外傷後の両眼性複視の原因
・脳神経麻痺: 滑車神経(第IV脳神経)麻痺は頭部外傷で起こりやすい代表例であり、外転神経(第VI脳神経)麻痺、動眼神経(第III脳神経)麻痺も起こりうる。 ・眼窩壁骨折(眼窩底骨折=吹き抜け骨折など): 外眼筋や周囲組織が骨折部に嵌頓し、眼球運動が機械的に制限される。 ・斜偏位(skew deviation): 脳幹・小脳の障害による上下方向のずれ。 問題文には眼位や眼球運動の所見が示されていないため、ここから先の病名確定はできない。設問は「どの検査で診断を進めるか」を問うており、眼球運動障害の有無と、どの外眼筋が働いていないのかを調べる検査を選ぶことになる。
考え方
両眼性複視の評価では、ひき運動(9方向眼位での眼球運動)の観察、交代遮閉試験・プリズムカバーテストによる眼位ずれの定量に加え、麻痺筋・制限筋の同定と経過観察にHess赤緑試験(Hessチャート)が用いられる。他の選択肢は網膜機能、涙液、網膜の形態などを調べる検査であり、眼球運動の異常を評価するものではない。
選択肢考察
- ×a. 光覚検査
光覚検査は、光を感じ取れる最小の明るさ(光覚閾値)を測る検査で、臨床的には暗順応検査として行われる。暗い環境に移ってから閾値が下がっていく経過を記録し、主に杆体の機能を評価する。夜盲をきたす網膜色素変性やビタミンA欠乏症などの診断に用いるものであり、眼球運動の異常による複視の評価には役立たない。
- ○b. Hess赤緑試験
Hess赤緑試験は、赤と緑の補色フィルタ眼鏡で左右の眼を分離した状態で、指標を見る眼(固視眼)と見ていない眼の向きのずれを、正面と周辺の各方向で記録する検査である。結果はHessチャートとして図示され、左右の図の大きさや形の歪みから、どの方向の運動が不足しているか(麻痺筋・制限筋)と、その反対側の眼で過動している筋(共同筋)を読み取れる。脳神経麻痺による麻痺性斜視と、眼窩底骨折などでの機械的な運動制限の鑑別や、回復の経過観察にも使える。外傷後の両眼性複視で原因を絞り込むのに最も有用な検査である。
- ×c. Schirmer試験
Schirmer試験は、濾紙を下眼瞼の外側寄りの結膜囊に挟み、5分間で濡れた長さから涙液の分泌量を評価する検査である。点眼麻酔を用いない方法で5mm以下を異常とすることが多く、ドライアイやSjögren症候群の診断に用いる。眼位や眼球運動とは関係がなく、本例の複視の診断には用いない。
- ×d. 網膜電図〈ERG〉
網膜電図(electroretinogram: ERG)は、光刺激に対して網膜全体から生じる電位変化を記録し、視細胞(杆体・錐体)や双極細胞などの機能を評価する検査である。網膜色素変性などの網膜変性疾患の診断や、中間透光体の混濁で眼底が見えない場合の網膜機能評価に用いる。本例は眼底所見・視力とも正常であり、網膜機能の異常を疑う根拠はない。また眼球運動の評価はできない。
- ×e. 光干渉断層法〈OCT〉
光干渉断層法(optical coherence tomography: OCT)は、近赤外光の干渉を利用して網膜・脈絡膜・視神経乳頭の断層像を非侵襲的に得る検査である。黄斑円孔、黄斑浮腫、加齢黄斑変性、緑内障による網膜神経線維層の菲薄化など、網脈絡膜疾患や視神経疾患の診断と経過観察に広く使われる。網膜の形態を見る検査であり、眼位のずれや外眼筋の働きは評価できない。
単眼性複視と両眼性複視
・単眼性複視: 片眼を遮閉しても消えない。原因は乱視(特に円錐角膜などの不正乱視)、白内障、水晶体偏位、角膜混濁など眼球内の光学系の異常。 ・両眼性複視: 片眼を遮閉すると消える。原因は眼位のずれ(斜視)で、脳神経麻痺、外眼筋の異常(甲状腺眼症、外眼筋炎)、神経筋接合部疾患(重症筋無力症)、眼窩の病変(吹き抜け骨折、腫瘍)などがある。
外眼筋と支配神経
・外直筋: 外転神経(VI) ・上斜筋: 滑車神経(IV) ・内直筋、上直筋、下直筋、下斜筋、上眼瞼挙筋: 動眼神経(III) 滑車神経は脳幹の背側から出て細く長い走行をとるため、頭部外傷で障害されやすい。滑車神経麻痺では患側の眼が上転し、下方視(階段を降りる、読書)で上下の複視が強まり、患側と反対側に頭を傾ける代償頭位をとる。
眼窩底骨折(吹き抜け骨折)
顔面への鈍的外力で眼窩内圧が上がり、薄い眼窩下壁(または内側壁)が骨折する。下直筋や周囲組織が骨折部に挟まると上転障害・下転障害による上下の複視が生じ、眼窩下神経の障害で頬部のしびれを伴うこともある。CTで骨折部位と組織の嵌頓を確認し、Hessチャートで運動制限の程度と推移を評価する。
眼球運動・眼位の主な検査
・ひき運動検査: 9方向を注視させて運動制限を見る。 ・交代遮閉試験・プリズムカバーテスト: 眼位のずれの有無と大きさを測る。 ・Hess赤緑試験: 麻痺筋・制限筋の同定と経過観察。 ・Bielschowsky頭部傾斜試験: 上斜筋麻痺の診断に用いる。 ・牽引試験(forced duction test): 麻痺性か機械的制限かの鑑別に用いる。
POINT
・複視はまず単眼性か両眼性かを区別する。光学系に異常がなく視力良好なら両眼性複視を考える。 ・頭部外傷後の両眼性複視では、滑車神経麻痺などの脳神経麻痺や眼窩底骨折を考える。 ・Hess赤緑試験は麻痺筋・制限筋の同定と経過観察に用いる。 ・光覚検査(暗順応)は夜盲、Schirmer試験は涙液量、ERGは網膜機能、OCTは網膜の断層形態をみる検査である。
