迅速診断の検体は「生のまま、乾かさず」―凍結切片を支える手術室での一手間
第107回医師国家試験 F問題 第10問
国試問題にチャレンジ
凍結切片による迅速診断時の組織の取扱いで適切なのはどれか。
- a.アルコール固定液につける。
- b.ホルマリン固定液につける。
- c.ドライヤーでよく乾燥させる。
- d.生理食塩液で湿らせたガーゼで包む。
- e.グルタールアルデヒド固定液につける。
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
術中迅速病理診断は、手術中に採取した未固定の新鮮組織を急速凍結し、クリオスタットで薄切・染色して短時間で診断する検査であり、検体は固定液に入れず、乾燥させないよう生理食塩液で軽く湿らせたガーゼに包んで速やかに病理へ届けます。ホルマリンは永久標本、アルコールは細胞診のPapanicolaou染色、グルタールアルデヒドは電子顕微鏡用の固定に用いるもので、いずれも迅速診断には適しません。乾燥は細胞の収縮・変性を招き、逆に生理食塩液に浸けすぎると氷晶アーチファクトが増えるため、「軽く湿らせる」程度が適切です。迅速診断は良悪性の判定や断端・リンパ節転移の確認によって術式をその場で決めるための暫定診断で、最終診断は永久標本で確定します。目的に応じた検体の扱いを理解することは、正確な病理診断を支える医療チーム全体の基本です。
解答・解説
正解はdです
術中迅速病理診断は、手術の最中に採取した組織をその場で凍結して薄切・染色し、短時間(おおむね十数分〜数十分)のうちに病理医が顕微鏡で診断して、結果を手術室へ伝える検査である。凍結切片標本は、ドイツ語のGefrierschnittに由来して「ゲフリール」ともよばれる。 迅速診断の要点は、「固定をせず、生(なま)の組織のまま凍らせる」ことにある。凍結切片は、新鮮な組織を液体窒素などで急速に凍結し、クリオスタット(冷却ミクロトーム)で薄く切って作製する。組織が固定液に浸かってしまうと、固定による変化で凍結切片の作製・判読に支障をきたし、迅速診断の意味が失われる。また、組織が乾燥すると細胞が変性・収縮し、診断に耐える標本がつくれなくなる。 そのため手術室では、採取した組織を固定液に入れず、乾燥しないように生理食塩液で軽く湿らせたガーゼで包み、直ちに病理検査室へ届けるのが正しい取扱いである。本問は、「迅速診断=未固定・乾燥させない」という原則と、各固定液の使い分け(永久標本、電子顕微鏡)を区別できるかを問うている。
選択肢考察
- ×a. アルコール固定液につける。
アルコール(エタノールなど)は蛋白質を脱水・凝固させることで組織や細胞を固定する。細胞診のPapanicolaou染色を行う塗抹標本の湿固定(95%エタノール)や、グリコーゲンなど水に溶けやすい成分を保存したい場合の組織固定などに用いられる。いずれも固定を前提とした標本作製の処理であり、生の組織を凍結させる術中迅速診断の検体を入れるものではない。
- ×b. ホルマリン固定液につける。
ホルマリン(ホルムアルデヒド水溶液)は、通常の病理組織標本(永久標本)をつくるときの標準的な固定液である。一般に10〜20%の中性緩衝ホルマリンが用いられ、固定後に脱水・脱脂・パラフィン包埋・薄切・染色という工程を経るため、標本完成までに通常は数日を要する。術中迅速診断の検体をホルマリンに入れると凍結切片の作製・判読に適さなくなるため誤りである。なお、迅速診断に用いた組織も、診断後には解凍してホルマリン固定し、改めて永久標本を作製して最終診断を確認する。
- ×c. ドライヤーでよく乾燥させる。
組織を乾燥させると、細胞が収縮・変性して核や細胞質の形態が崩れ、正確な組織診断ができなくなる。組織検体は乾燥を避けるのが原則であり、ドライヤーで乾かすことは行わない。なお、細胞診ではMay-Giemsa染色などのGiemsa系染色を行う場合に、塗抹標本を速やかに風乾(空気乾燥)させる方法がとられるが、これは組織の迅速診断とは別の手技である。
- ○d. 生理食塩液で湿らせたガーゼで包む。
生理食塩液は細胞外液とほぼ等張であるため、組織を浸透圧の変化で傷めることなく、乾燥から守ることができる。採取した組織は固定せずに、生理食塩液で軽く湿らせたガーゼに包み、速やかに病理検査室へ提出する。病理検査室では、この未固定の新鮮組織を急速凍結して凍結切片を作製し、主にHE(ヘマトキシリン・エオジン)染色を行って診断する。なお、ガーゼを過度に濡らしたり組織を生理食塩液に長時間浸けたりすると、組織が水分を含みすぎて凍結時の氷晶による人工的変化(アーチファクト)が増えるため、「軽く湿らせる」程度にとどめるのがよい。
- ×e. グルタールアルデヒド固定液につける。
グルタールアルデヒドは、蛋白質どうしを強く架橋して細胞内の微細構造(細胞小器官や膜構造)をよく保つため、電子顕微鏡用の検体の固定に用いられる(前固定にグルタールアルデヒド、後固定に四酸化オスミウムを用いるのが一般的である)。腎生検の電子顕微鏡検索などで使われるが、術中迅速診断には用いない。
術中迅速病理診断の目的
・病変の良性・悪性の判定(術前に組織診断が得られていない腫瘍など) ・切除断端に腫瘍が残っていないかの確認(断端陽性なら追加切除を検討) ・リンパ節転移の有無の確認(例:乳癌のセンチネルリンパ節生検。転移の有無で郭清範囲を決める) ・腹膜播種など、手術の進め方を左右する病変の確認 これらの結果によって、術式や切除範囲をその場で決定・変更できる。
凍結切片(迅速標本)の作製の流れ
新鮮組織の提出(生理食塩液で湿らせたガーゼに包む)→ 包埋剤(OCTコンパウンドなど)に埋めて液体窒素などで急速凍結 → クリオスタットで数μmの厚さに薄切 → 短時間で固定・HE染色 → 鏡検・診断 → 手術室へ報告
凍結切片の限界
・氷晶形成などによるアーチファクトが入りやすく、永久標本より組織像の質が劣る。 ・脂肪の多い組織(乳腺や脂肪組織)や石灰化・骨を含む組織は薄切しにくい。 ・そのため迅速診断はあくまで暫定的なものであり、最終診断は永久標本で確定する。
固定法の使い分け
・通常の組織標本(永久標本):10〜20%中性緩衝ホルマリン ・細胞診のPapanicolaou染色:95%エタノールによる湿固定(乾燥させない) ・細胞診のMay-Giemsa染色:風乾(空気乾燥) ・電子顕微鏡:グルタールアルデヒド(+四酸化オスミウム) ・蛍光抗体法(腎生検など)や遺伝子・酵素の解析:未固定の新鮮組織を凍結して用いる
POINT
・術中迅速診断は未固定の新鮮組織を凍結して行うため、固定液には入れない。 ・組織は乾燥させず、生理食塩液で湿らせたガーゼに包んで速やかに病理検査室へ届ける。 ・ホルマリンは永久標本、グルタールアルデヒドは電子顕微鏡、アルコールは細胞診(Papanicolaou染色)などの固定に用いる。 ・迅速診断は暫定診断であり、最終診断は永久標本で行う。
