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採ったらすぐホルマリン―病理標本づくりは「固定」から始まる

第113回医師国家試験 B問題 第15問

国試問題にチャレンジ

第113回 B問題 第15問

内視鏡下生検により採取された検体でH-E染色による病理組織診断を行うために,検体を直ちに浸すのはどれか。

  1. a.蒸留水
  2. b.重曹水
  3. c.酢酸溶液
  4. d.パラフィン
  5. e.ホルマリン溶液

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、生検で採った組織を病理診断に回すとき、最初に何をするかという問題だ。カギは標本作製の工程の順番と、それぞれの工程で何を使うか。まず、体から切り離された組織にはどんな変化が起こると思う?
医学生医学生
血流が途絶えるので、細胞が死んで壊れていくんでしょうか。
ドクタードクター
その通り。細胞自身の酵素で自分を分解する自己融解と、細菌による腐敗がすぐに始まり、時間とともに形態が崩れていく。それを止めて、生きていたときに近い構造を保つ操作を固定という。蛋白質を変性・架橋させて組織を安定化させるんだ。
医学生医学生
病理学実習で、手術検体がホルマリンの入った容器に浸かっていたのを思い出しました。あれが固定ですね。
ドクタードクター
まさにそれ。H-E染色を行う通常の病理組織診断では、10%ホルマリン、実際には中性緩衝ホルマリンが推奨されていて、これが標準の固定液だ。ホルマリンはホルムアルデヒドの水溶液で、蛋白質の間にメチレン架橋をつくって構造を保つ。浸透もよい。だから正解はホルマリン溶液になる。
医学生医学生
でもパラフィンも病理で使いますよね。ブロックを薄く切って標本にすると習ったので、少し迷いました。
ドクタードクター
迷うのはわかるよ。標本作製の流れを順に言うと、固定、脱水、透徹、包埋、薄切、染色だ。段階的に濃度を上げたアルコールで水分を抜き、キシレンなどでアルコールを置き換え、そこに溶かしたパラフィンを浸透させて固める。こうして均一な硬さを与えるから、ミクロトームで3〜4μm程度に薄く切れるんだ。
医学生医学生
パラフィンは固定して水を抜いたあとの包埋で使うもので、採ってすぐ浸すものではない、ということですね。
ドクタードクター
そういうこと。生の組織は水だらけだから、いきなりパラフィンに入れても染み込まない。では蒸留水はどうかな。
医学生医学生
水なら乾燥は防げそうですが、固定作用はないですよね。
ドクタードクター
固定作用がないうえに、もっと困ることがある。蒸留水は細胞内に比べて著しく低張だから、浸透圧差で水が細胞に流れ込み、細胞が膨化・破裂してしまう。生理学で習った浸透圧の話そのものだね。重曹水も弱アルカリ性の液体にすぎず、蛋白質を固定する作用はない。
医学生医学生
酢酸は内視鏡で使うと聞いたことがあります。消化器内科の実習で、胃の粘膜にまいていました。
ドクタードクター
よく見ているね。酢酸撒布は色素内視鏡の一つで病変の境界を際立たせるし、コルポスコピーで子宮頸部病変を観察するときにも使う。混合固定液の成分になることはあるけれど、単独で検体を浸すH-E用の固定液としては使わない。組織を膨化させてしまうからね。
医学生医学生
採ったらすぐホルマリンで固定、その後に脱水・透徹・パラフィン包埋、と流れで覚えればよさそうです。
ドクタードクター
その通り。臨床的な注意点も押さえておこう。固定までの時間が遅れると組織の変性が進み、組織像だけでなく免疫組織化学染色や遺伝子検査の結果にも影響する。逆に長く浸しすぎる過固定でも抗原性や核酸の質が落ちる。たとえば乳癌のHER2検査では、固定時間6〜72時間が推奨されているんだ。
医学生医学生
がんゲノム医療でも組織を使うので、固定の質が治療選択にまで響くんですね。ほかの検査でも固定法は同じですか。
ドクタードクター
目的で変わるから整理しておこう。電子顕微鏡はグルタールアルデヒド固定で、腎生検などで使う。術中迅速診断は固定せず凍結切片をつくる。脂肪染色も、アルコールで脂肪が溶け出さないよう凍結切片で行う。細胞診のPapanicolaou染色は塗抹直後に95%エタノールに浸す湿固定、Giemsa染色は乾燥固定だ。
医学生医学生
培養に出す組織もホルマリンに入れていいんでしょうか。
ドクタードクター
それは入れてはいけない。ホルマリンで菌が死んでしまうから、培養用の検体は固定せず、生理食塩水などで乾燥を防いで提出する。結核や真菌を疑う生検では、病理用と培養用に分けて提出することがよくある。検査目的に応じて容器を使い分ける、という意識が大切だよ。

まとめ

生体から切り離された組織は自己融解と腐敗によりすぐに形態が崩れるため、H-E染色による病理組織診断を行う生検検体は、採取後ただちに10%(中性緩衝)ホルマリンに浸して固定します。標本作製は固定、脱水、透徹、パラフィン包埋、薄切、染色の順に進み、パラフィンは固定後の包埋で使う材料です。蒸留水は低張で細胞を破壊し、重曹水や酢酸溶液は固定液として用いません。固定の遅れや過固定は免疫染色や遺伝子検査の精度にも影響するため、適切な固定時間を守ることが重要です。電子顕微鏡はグルタールアルデヒド、術中迅速診断は凍結切片、Papanicolaou染色はアルコール湿固定、培養検体は固定しないといった目的別の扱いを理解しておくことは、正確な診断につながる検体提出の基本となります。

解答・解説

正解はeです

病理組織標本ができるまでの流れ(検体処理)の最初のステップである「固定」について問う問題である。 生体から切り離された組織では、細胞自身の酵素による自己融解(autolysis)と細菌による腐敗がただちに始まり、時間とともに細胞の形態が崩れていく。そこで、採取直後に固定液に浸して組織中の蛋白質を変性・架橋させ、細胞や組織の構造を生きていたときに近い状態で安定化させる。これを固定という。ヘマトキシリン・エオジン(H-E)染色による通常の病理組織診断では、固定液として10%ホルマリン(実際には中性緩衝ホルマリンが推奨される)が標準的に用いられる。ホルマリンはホルムアルデヒドの水溶液で、蛋白質のアミノ基などの間にメチレン架橋をつくって組織構造を保持する。 ホルマリン固定後の標本作製は、おおむね次の順で進む。 1. 固定:10%ホルマリンに浸す(検体量の十分な倍量の固定液を用いる)。 2. 脱水:濃度を段階的に上げたアルコールで組織中の水分を除く。 3. 透徹:キシレンなどでアルコールを置き換え、パラフィンがしみ込みやすくする。 4. 包埋:溶かしたパラフィンを浸透させて固め、パラフィンブロックをつくる。 5. 薄切:ミクロトームで数μm(3〜4μm程度)の厚さに切る。 6. 脱パラフィン後に染色:H-E染色では、ヘマトキシリンが核を青紫色に、エオジンが細胞質や膠原線維を桃〜赤色に染める。 したがって、内視鏡下生検の検体を「直ちに浸す」べきものは、標本作製の第一段階である固定に用いるホルマリン溶液である。パラフィンは後の包埋の段階で用いる材料であり、採取直後に浸すものではない。

選択肢考察

  1. ×a.  蒸留水

    蒸留水には固定作用がなく、組織の自己融解や腐敗を止められない。さらに蒸留水は細胞内に比べて著しく低張であるため、浸透圧差により水が細胞内に流入して細胞が膨化・破裂し、組織像が損なわれる。生検検体を蒸留水に浸してはならない。

  2. ×b.  重曹水

    重曹水(炭酸水素ナトリウム水溶液)は弱アルカリ性の液体で、蛋白質を固定する作用はなく、病理組織検体の固定液としては用いられない。重曹は医療では制酸薬や代謝性アシドーシスの補正などに用いられるが、検体処理とは関係しない。

  3. ×c.  酢酸溶液

    酢酸溶液は、検体をそのまま浸してH-E染色用の組織標本をつくるための固定液としては用いられない。酢酸は一部の混合固定液の成分として含まれることはあるが、単独では組織を膨化させるなど形態保持に適さない。臨床では、内視鏡検査で食道や胃の粘膜にまいて病変の境界を際立たせる色素内視鏡(酢酸撒布)や、コルポスコピー(腟拡大鏡診)での子宮頸部病変の観察などに使われる。

  4. ×d.  パラフィン

    パラフィンは常温で固体のろう状物質で、固定・脱水・透徹を終えた組織に融解した状態で浸透させ、固めて包埋するために用いる。これにより組織に均一な硬さが与えられ、ミクロトームで数μmの薄切が可能になる。標本作製の工程で必要な材料ではあるが、使用するのは固定後の段階であり、未固定の検体を採取直後に浸すものではない。

  5. ○e.  ホルマリン溶液

    H-E染色による病理組織診断を行う生検・手術検体は、採取後ただちに10%ホルマリン(中性緩衝ホルマリンが推奨)に浸して固定する。ホルマリンは組織への浸透がよく、蛋白質を架橋して自己融解と腐敗を止め、細胞・組織の形態を保持する。固定までの時間が遅れると(いわゆる阻血時間が長いと)組織の変性が進み、組織像だけでなく免疫組織化学染色や遺伝子検査の結果にも影響する。固定が不足しても過剰でも抗原性や核酸の質が損なわれるため、適切な固定時間(たとえば乳癌のHER2検査では6〜72時間が推奨)を守ることも重要である。

検査目的別の固定法の整理

・病理組織診断(H-E染色、免疫組織化学染色):10%(中性緩衝)ホルマリン固定 → パラフィン包埋。 ・電子顕微鏡検査:グルタールアルデヒド固定(必要に応じてオスミウム酸で後固定)。微細構造の保持に優れる。腎生検などで用いられる。 ・術中迅速診断:固定せずに凍結し、凍結切片を作製して短時間で診断する。脂肪染色(Sudan III、Oil red Oなど)を行う場合も、アルコールで脂肪が溶け出さないよう凍結切片を用いる。 ・細胞診(Papanicolaou染色):塗抹直後に95%エタノールなどに浸す湿固定。乾燥させると細胞が変性するため、塗抹後すぐに固定する。固定は通常10〜15分程度で完了する。 ・Giemsa染色(細胞診の一部、骨髄・末梢血塗抹標本):冷風などで速やかに乾燥させる乾燥固定のあとにメタノールで固定して染色する。 ・微生物の培養検査に提出する組織:固定せず、生理食塩水などで乾燥を防いで提出する(ホルマリンに入れると菌が死滅する)。

細胞診の対象となる検体

固形の組織として採取できない検体が対象である。子宮頸部などの擦過検体、胸水・腹水・尿などの液状検体、喀痰、乳腺腫瘤や甲状腺結節の穿刺吸引検体などがこれにあたる。

H-E染色の色調

ヘマトキシリン(塩基性色素として振る舞う)は核のクロマチンなど酸性構造を青紫色に、エオジン(酸性色素)は細胞質や膠原線維、赤血球などの塩基性構造を桃〜赤色に染める。

POINT

・病理組織診断用の検体は、採取後ただちに10%(中性緩衝)ホルマリンに浸して固定する。 ・標本作製の流れ:固定 → 脱水 → 透徹 → パラフィン包埋 → 薄切 → 染色。 ・パラフィンは固定後の包埋で使うもので、最初に浸すものではない。 ・電子顕微鏡はグルタールアルデヒド固定、術中迅速診断は凍結切片、Papanicolaou染色はアルコール湿固定、Giemsa染色は乾燥固定。 ・微生物培養用の検体はホルマリンに入れない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。