StudyMed医師国家試験

ほとんどが「増える」妊娠の体―ただ一つ下がるのは腟内pH

第107回医師国家試験 E問題 第13問

国試問題にチャレンジ

第107回 E問題 第13問

妊娠によって母体で低下するのはどれか。

  1. a.腟内pH
  2. b.循環血液量
  3. c.腎糸球体濾過値
  4. d.インスリン分泌量
  5. e.血漿フィブリノゲン

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、妊娠に伴う母体の生理的変化のうち「低下するもの」を選ぶ問題だ。妊娠中の体は胎児への酸素と栄養の供給、分娩時の出血への備えのために、多くの機能が増える方向に変化する。その大原則を押さえたうえで、例外を探すのがコツだよ。
医学生医学生
妊婦さんは貧血になりやすいと産婦人科の講義で聞いたので、循環血液量は減るのかと一瞬思ってしまいました。
ドクタードクター
そこはよくある誤解だね。循環血液量は妊娠初期から増え始め、妊娠30〜32週ごろに最大で非妊時の約1.4〜1.5倍になる。増えるのは主に血漿で、赤血球の増加を上回るから血液が薄まり、ヘモグロビン濃度やヘマトクリットが下がる。これが生理的な水血症だ。
医学生医学生
量は増えているのに、濃度だけが下がるということですね。
ドクタードクター
その通り。「量そのもの」と「濃度」を区別するのがこの分野のポイントだ。では腎臓はどうだろう。
医学生医学生
血液量が増えるなら、腎臓に流れる血液も増えて、糸球体濾過値も上がりそうです。
ドクタードクター
正解。腎血漿流量とGFRは妊娠中期までに非妊時の約1.5倍になる。その結果、血清クレアチニンや尿素窒素、尿酸は非妊時より低くなる。だから妊婦で非妊時の基準範囲内に見えるクレアチニン値でも、実は腎機能が落ちていることがあるので注意が必要だよ。濾過されるブドウ糖が増えて尿糖が陽性になることもある。
医学生医学生
インスリン分泌はどうでしょう。妊娠糖尿病があるくらいなので、分泌が落ちるのかと思いました。
ドクタードクター
いい疑問だね。実は逆で、妊娠中期以降はヒト胎盤性ラクトーゲンやプロゲステロンなどの作用でインスリン抵抗性が高まる。母体のブドウ糖利用を抑えて胎児に優先的に回すための適応だ。膵β細胞はそれを代償するためにインスリン分泌を増やす。この代償が追いつかないときに起こるのが妊娠糖尿病なんだ。
医学生医学生
分泌が減るのではなく、増やしても足りないから糖尿病になる、ということですね。
ドクタードクター
そう。次は凝固系、血漿フィブリノゲンはどうかな。
医学生医学生
分娩で出血するので、それに備えて増えると考えるのが自然な気がします。
ドクタードクター
その通り。フィブリノゲンや第VII・VIII・X因子が増え、線溶系は抑えられて過凝固状態になる。出血への備えとしては合目的的だけど、深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症のリスクを高めるという裏の面もある。フィブリノゲン増加で赤沈も亢進するよ。
医学生医学生
ということは、低下するのは腟内pHですね。でも、なぜ妊娠でpHが下がるんでしょう。
ドクタードクター
腟の自浄作用を思い出そう。エストロゲンの作用で腟上皮にグリコーゲンが蓄積し、常在する乳酸桿菌、いわゆるデーデルライン桿菌がそれを分解して乳酸を作る。だから非妊時でも腟内は酸性に保たれている。妊娠すると胎盤から大量のエストロゲンが出て、グリコーゲンも乳酸もさらに増えるから、腟内はより酸性に傾く、つまりpHが下がるんだ。
医学生医学生
微生物学の実習でデーデルライン桿菌の名前を覚えました。酸性環境が病原菌の増殖や上行性感染を防いでいるんですね。
ドクタードクター
そう。逆にエストロゲンが少ない閉経後や小児期はpHが上がり、萎縮性腟炎や細菌感染を起こしやすくなる。妊娠中に細菌性腟症などで腟内環境が乱れると、上行性感染から絨毛膜羊膜炎や早産につながることもあるので、臨床的にも大切な仕組みだ。
医学生医学生
ほかにも妊娠で下がるものをまとめて覚えておいたほうがよさそうですね。
ドクタードクター
いい心がけだ。濃度として下がるのは、ヘモグロビン、ヘマトクリット、アルブミン、総蛋白、そしてGFR増加によるクレアチニン、尿素窒素、尿酸。プロゲステロンが呼吸中枢を刺激して過換気になるからPaCO2も下がり、軽い呼吸性アルカローシスになる。末梢血管抵抗と拡張期血圧は妊娠中期に最も低くなり、増大した子宮で横隔膜が押し上げられるので機能的残気量も減る。逆に増えるものとしては、白血球数、総コレステロールや中性脂肪、胎盤由来のアルカリホスファターゼも覚えておこう。
医学生医学生
産科の実習で妊婦健診の採血結果を見るとき、非妊時の基準値をそのまま当てはめてはいけない、ということですね。
ドクタードクター
まさにそれが一番伝えたいことだ。妊婦の検査値は「妊娠でどう動くか」を知ってはじめて正しく解釈できる。生理的変化なのか病的変化なのかを見分ける目を養っておこう。

まとめ

妊娠中の母体は、胎児への供給と分娩時出血への備えのため、循環血液量(約1.4〜1.5倍)、糸球体濾過値(約1.5倍)、インスリン分泌量、フィブリノゲンなど多くの項目が増加します。その中で腟内pHは、胎盤由来の大量のエストロゲンが腟上皮のグリコーゲンを増やし、乳酸桿菌(デーデルライン桿菌)による乳酸産生が増すことで低下し、上行性感染の防御に役立ちます。また、血漿量の増加による希釈でヘモグロビンやアルブミンが、GFRの増加でクレアチニンや尿酸が、過換気でPaCO2が低下するなど、「量」と「濃度」を区別して整理することが重要です。妊婦の検査値を非妊時の基準で判断すると腎機能低下などを見逃すおそれがあるため、生理的変化の知識は妊婦診療の基本となります。

解答・解説

正解はaです

本問は、妊娠に伴う母体の生理的変化のうち「低下するもの」を選ぶ一般問題である。

妊娠による母体変化の全体像

妊娠中の母体は、胎児・胎盤への酸素と栄養の供給、分娩時の出血への備え、胎児由来の老廃物の処理といった要求に応えるため、多くの機能が「増加・亢進」の方向へ変化する。 ・循環:循環血液量、心拍出量が増加する。 ・腎:腎血漿流量と糸球体濾過値(GFR)が増加し、その結果、血中のクレアチニンや尿素窒素、尿酸は低下する。 ・代謝:胎盤ホルモンの作用でインスリン抵抗性が強まり、それを補うためにインスリン分泌が増える。 ・凝固:分娩時出血に備えて凝固因子やフィブリノゲンが増え、過凝固状態となる。

解き方

選択肢の多くは上記の「増加する項目」であり、その中で性質の異なる腟内pHが唯一低下する項目である。妊娠中は胎盤由来の大量のエストロゲンにより腟上皮のグリコーゲンが増え、乳酸桿菌(デーデルライン桿菌)がそれを乳酸に変えるため、腟内の酸性度が強まる(pHが下がる)。 なお、「値そのものは低下する」と「濃度として低下する」を区別することも大切である。例えば赤血球量自体は増えるが、血漿量の増加がそれを上回るためヘモグロビン濃度やヘマトクリットは低下する(生理的な水血症)。本問の選択肢はいずれも量や機能そのものを問うており、低下するのは腟内pHのみである。

選択肢考察

  1. ○a.  腟内pH

    妊娠で低下する。非妊時でも、エストロゲンの作用で腟上皮細胞にグリコーゲンが蓄積し、常在する乳酸桿菌(Lactobacillus属、デーデルライン桿菌)がこれを分解して乳酸を産生するため、腟内はpH約4.5前後の酸性に保たれている(腟の自浄作用)。妊娠すると胎盤から大量のエストロゲンが分泌されて腟上皮のグリコーゲンがさらに増え、乳酸産生も増すため、腟内はより強い酸性(pH約4.0前後)へ傾く。この酸性環境は外部からの病原菌の増殖や上行性感染を防ぐのに役立っている。

  2. ×b.  循環血液量

    妊娠で増加する。循環血液量は妊娠初期から増え始め、妊娠30〜32週ごろに最大となり、非妊時の約1.4〜1.5倍(およそ40〜50%増)に達する。主に血漿量の増加によるもので、赤血球量の増加(約20〜30%)を上回るため、血液が希釈されてヘモグロビン濃度やヘマトクリットが低下する(生理的貧血、水血症)。この増加は、子宮・胎盤への血流の確保と、分娩時の出血への備えという意味をもつ。

  3. ×c.  腎糸球体濾過値

    妊娠で増加する。循環血液量と心拍出量の増加に伴い、腎血漿流量と糸球体濾過値(GFR)は妊娠初期から増え、妊娠中期までに非妊時の約1.5倍(約50%増)に達する。GFRが増えることで、血清クレアチニン、尿素窒素(BUN)、尿酸は非妊時よりも低値となる。そのため、妊婦で非妊時の基準範囲内に見えるクレアチニン値でも、実際には腎機能低下を示している場合があり注意を要する。また、濾過されるブドウ糖量が再吸収能を上回りやすく、尿糖陽性となることもある。

  4. ×d.  インスリン分泌量

    妊娠で増加する。妊娠中期以降、胎盤から分泌されるヒト胎盤性ラクトーゲン(hPL)やプロゲステロン、コルチゾール、胎盤由来成長ホルモンなどの作用でインスリン抵抗性が高まる。これは母体のブドウ糖利用を抑え、胎児へ優先的にブドウ糖を供給するための適応である。膵β細胞はこれを代償するためにインスリン分泌を増やし、高インスリン血症となる。この代償が不十分な場合に発症するのが妊娠糖尿病である。

  5. ×e.  血漿フィブリノゲン

    妊娠で増加する。妊娠中はフィブリノゲンや第VII・VIII・X因子などの凝固因子が増加し、線溶系は抑制される方向に働くため、過凝固状態となる。フィブリノゲンは非妊時(おおむね200〜400mg/dL)より高く、妊娠後期には400〜600mg/dL程度に達する。これは分娩時の出血に備える合目的的な変化であるが、一方で深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症のリスクを高める。フィブリノゲンの増加により赤血球沈降速度(赤沈)も亢進する。

妊娠による母体の主な生理的変化(増減の整理)

増加するもの: ・循環血液量(約40〜50%増、妊娠30〜32週で最大)、血漿量、赤血球量 ・心拍出量(約30〜50%増)、心拍数(10〜15/分程度増) ・腎血漿流量、糸球体濾過値(約50%増) ・インスリン分泌量、インスリン抵抗性 ・フィブリノゲン、多くの凝固因子、白血球数、赤沈 ・1回換気量、分時換気量(プロゲステロンの呼吸中枢刺激作用) ・総コレステロール、中性脂肪 ・アルカリホスファターゼ(胎盤由来) 低下するもの: ・腟内pH ・ヘモグロビン濃度、ヘマトクリット(希釈による) ・血清アルブミン、総蛋白(希釈による) ・血清クレアチニン、尿素窒素、尿酸(GFR増加による) ・動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2、過換気による軽度の呼吸性アルカローシス) ・末梢血管抵抗、拡張期血圧(妊娠中期に最低) ・機能的残気量(増大した子宮による横隔膜挙上)

腟の自浄作用

エストロゲン→腟上皮グリコーゲン蓄積→乳酸桿菌による乳酸産生→腟内酸性化、という流れで病原菌の増殖を防ぐ仕組みである。エストロゲンが低下する閉経後や小児期には腟内pHが上昇し、萎縮性腟炎や細菌感染を起こしやすくなる。

POINT

・妊娠では多くの項目が増加する(循環血液量、GFR、インスリン分泌、フィブリノゲン) ・腟内pHは、エストロゲン増加→グリコーゲン増加→乳酸増加により低下する ・濃度で見て低下するもの(Hb、Ht、アルブミン、クレアチニン、BUN、尿酸、PaCO2)も合わせて覚える

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。