痒くも痛くもない3年越しの紅斑―「湿疹に見える癌」Bowen病は切って治す
第107回医師国家試験 D問題 第23問
国試問題にチャレンジ
88歳の女性。皮疹を主訴に来院した。3年前から右大腿に皮疹が出現し徐々に拡大してきた。痒みや痛みはない。右大腿伸側に長径約5 cmで一部にびらんを伴う紅斑局面がある。意識は清明。身長164 cm,体重62 kg。脈拍64/分,整。血圧124/84 mmHg。呼吸数24/分。血液所見と血液生化学所見とに異常を認めない。初診時の大腿の写真(A)と病変部の生検組織のH-E染色標本(B)とを別に示す。 治療として適切なのはどれか。

- a.光線療法
- b.外科的切除
- c.抗癌化学療法
- d.抗菌薬の投与
- e.抗真菌薬の投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢者に単発で自覚症状に乏しく、鱗屑・痂皮・びらんを伴ってゆっくり拡大する紅斑局面をみたら、Bowen病を疑います。病理では表皮全層に異型角化細胞が極性を乱して増殖し、多核異型細胞や個細胞角化がみられますが、基底膜は保たれており、表皮内癌(有棘細胞癌in situ)と診断されます。表皮内にとどまる段階で完全に切除すれば根治が期待できるため、治療の第一選択は外科的切除であり、手術困難例ではイミキモドや5-FUの外用、冷凍凝固、放射線療法などを検討します。紫外線療法や全身化学療法、抗菌薬・抗真菌薬は適切ではなく、湿疹や白癬として治療して改善しない単発の紅斑は生検を行うことが重要です。「湿疹に見える癌」を見逃さない視点は、乳房外Paget病など他の皮膚悪性腫瘍の早期発見にもつながります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・88歳の高齢女性 ・3年前から右大腿に皮疹が生じ、ゆっくりと拡大してきた(緩徐な慢性経過) ・痒みや痛みといった自覚症状がない ・右大腿伸側に長径約5 cm、一部にびらんを伴う紅斑局面(境界が比較的はっきりした、わずかに盛り上がった平らな病変) ・全身状態、血液検査は正常
臨床写真と病理組織の読み方
写真(A)では、境界明瞭で不整形の紅褐色局面に、鱗屑(皮膚表面のかさぶた状の角質)、びらん、黒褐色の痂皮が混在している。病理(B)では、表皮全層にわたって異型のある角化細胞が増殖し、細胞の配列(極性)が乱れ、多核の異型細胞や個細胞角化(1個の細胞だけが早期に角化する像)がみられる。一方で異型細胞は基底膜を越えて真皮に入り込んでいない。これは表皮内にとどまった有棘細胞癌、すなわち表皮内癌(squamous cell carcinoma in situ)の像であり、Bowen病と診断できる。
鑑別の考え方
単発で自覚症状に乏しく、ゆっくり拡大する紅斑局面は、湿疹・乾癬・体部白癬と誤られやすい。湿疹であれば痒みや苔癬化(皮膚が厚くごわごわになる変化)を伴い、乾癬であれば銀白色の厚い鱗屑を伴う紅斑が多発しやすく、体部白癬であれば痒みがあり鱗屑のKOH直接鏡検で糸状菌が証明される。外用ステロイドや抗真菌薬で改善しない単発の紅斑局面を高齢者にみたら、Bowen病を疑って生検することが重要である。本例は病理所見で診断が確定している。
設問への考え方
Bowen病は悪性腫瘍(表皮内癌)であり、放置すると一部は真皮へ浸潤してBowen癌(浸潤性有棘細胞癌)となり、転移する可能性もある。表皮内にとどまっている段階で病変を完全に取り除けば根治できるため、治療の第一選択は十分な切除範囲をとった外科的切除である。高齢であっても全身状態が良好で、局所麻酔下で行える手術であり、本例でも切除が適切である。
選択肢考察
- ×a. 光線療法
皮膚科でいう光線療法は、紫外線(PUVA療法:ソラレン内服・外用後のUVA照射、narrow-band UVB療法)を乾癬、類乾癬、アトピー性皮膚炎、尋常性白斑などの炎症性・免疫性疾患に用いるものである。紫外線はむしろ皮膚癌の発生因子であり、表皮内癌であるBowen病の治療として紫外線照射を行うのは不適切である。なお、光感受性物質を用いる光線力学療法(PDT)は海外ではBowen病に用いられることがあるが、一般的な光線療法とは別物であり、手術が可能な本例での第一選択にはならない。
- ○b. 外科的切除
Bowen病は異型細胞が表皮内にとどまる表皮内癌であり、病変を辺縁から数mm程度離して全層で切除すれば根治が期待できる。切除標本で病変が取りきれているか、真皮への浸潤(Bowen癌への進展)がないかを病理学的に確認できる点でも優れている。長径5 cmの大腿病変は単純縫縮や植皮で対応でき、全身状態の良い本例では外科的切除が最も適切である。手術が困難な場合の代替として、イミキモドや5-FU(フルオロウラシル)軟膏などの抗腫瘍薬外用、液体窒素による冷凍凝固、放射線療法などがある。
- ×c. 抗癌化学療法
全身投与の抗癌化学療法は、遠隔転移を伴う進行癌などに対して用いる治療である。Bowen病は表皮内にとどまる局所病変であり、局所治療で根治できるため、副作用の大きい全身化学療法を行う適応はない。特に88歳の高齢者に不要な全身化学療法を行うことは害が大きい。
- ×d. 抗菌薬の投与
病変にはびらんがあるが、発熱・疼痛・膿などの細菌感染を示す所見はなく、血液検査にも炎症反応の異常はない。本病変の本体は腫瘍であり、抗菌薬では治癒しない。抗菌薬で経過をみると悪性腫瘍の治療が遅れ、浸潤癌へ進展する危険がある。
- ×e. 抗真菌薬の投与
環状に拡大する鱗屑を伴う紅斑は体部白癬と見誤られやすいが、本例では病理組織で表皮内の異型細胞増殖が確認されており、真菌症ではない。白癬であれば痒みを伴い、KOH直接鏡検で菌糸が見つかる。抗真菌薬を漫然と使うと診断と治療が遅れる。
Bowen病の概要
・表皮内に限局した有棘細胞癌(SCC in situ)である。 ・高齢者に多く、体幹・四肢など日光に当たりにくい部位にも生じる。単発が多いが、多発例もある。 ・原因として、紫外線、ヒ素(かつての井戸水汚染や薬剤による慢性ヒ素中毒では多発しやすい)、ヒト乳頭腫ウイルス(HPV、特に外陰部や指趾の病変)などが知られている。
臨床像
・境界明瞭で不整形の、わずかに隆起した紅褐色の局面 ・表面に鱗屑、痂皮、びらんを伴う ・痒みや痛みはほとんどなく、数年かけてゆっくり拡大する ・湿疹、乾癬、体部白癬、日光角化症などと誤診されやすい
病理像
・表皮全層にわたる異型角化細胞の増殖と配列の乱れ(wind-blown appearance と表現される) ・多核の異型細胞(clumping cell)、個細胞角化、核分裂像 ・基底膜は保たれ、真皮への浸潤はない
経過と治療
・放置すると一部が真皮に浸潤してBowen癌となり、リンパ節転移を来しうる。 ・第一選択は外科的切除。手術困難例では、抗腫瘍薬の外用(イミキモド、5-FU)、冷凍凝固、放射線療法、光線力学療法などを検討する。
関連する表皮内癌・前癌病変
・日光角化症:露光部の表皮下層に異型細胞がみられる早期病変 ・乳房外Paget病:外陰部・肛囲などに生じ、湿疹や股部白癬と誤られやすい ・紅色肥厚症(Queyrat紅色肥厚症):陰茎などの粘膜に生じる表皮内癌
POINT
・高齢者の単発で自覚症状に乏しい、ゆっくり拡大する紅斑局面(鱗屑・痂皮・びらんを伴う)はBowen病を疑う。 ・病理:表皮全層の異型細胞増殖、極性の乱れ、多核異型細胞(clumping cell)、基底膜は保たれる。 ・Bowen病は表皮内癌(SCC in situ)であり、治療の第一選択は外科的切除。 ・湿疹・乾癬・白癬として治療して改善しない単発の紅斑局面は生検を行う。
