鼻の頭に刻まれた20年分の日差し―有棘細胞癌の病因を読み解く
第118回医師国家試験 F問題 第40問
国試問題にチャレンジ
74歳の女性。鼻尖部の皮疹を主訴に来院した。20年前から鼻尖部に皮疹があり,徐々に隆起してきた。顔面の写真を示す。皮疹から生検した病理診断の結果は有棘細胞癌であった。 最も考えられる病因はどれか。

- a.飲酒
- b.肥満
- c.紫外線
- d.アスベスト
- e.EBウイルス
対話形式の解説
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ドクターまとめ
皮膚の有棘細胞癌の最大の病因は、長年にわたる紫外線(主にUVB)曝露であり、高齢者の顔面などの露光部に、日光角化症などの先行病変を経てゆっくり生じることが多いとされます。紫外線はピリミジン二量体などのDNA損傷とTP53変異の蓄積を通じて、表皮内の異型増殖から真皮への浸潤へと進展させます。ほかにBowen病、熱傷瘢痕、慢性潰瘍、慢性放射線皮膚炎、ヒ素、HPV、免疫抑制、色素性乾皮症も危険因子として押さえておきます。飲酒は頭頸部・食道癌、肥満は子宮体癌・大腸癌など、アスベストは中皮腫・肺癌、EBウイルスは上咽頭癌・リンパ腫と、危険因子と標的臓器を対応づけて整理することが、癌の病因を問う問題全般への対応力につながります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・74歳の高齢女性。 ・病変部位は鼻尖部で、顔面の中でも最も日光を浴びやすい露光部である。 ・20年という長い経過で、ゆっくりと隆起してきた。 ・写真では鼻尖部に鱗屑(皮膚表面の角質のはがれ)を伴う紅色の隆起性病変がみられる。 ・生検の病理診断は有棘細胞癌(squamous cell carcinoma:SCC)である。
診断に至るプロセス
高齢者の顔面露光部に長年かけて生じた隆起性の皮膚腫瘍としては、日光角化症(光線角化症、老人性角化症)、有棘細胞癌、基底細胞癌、悪性黒色腫(とくに悪性黒子型)などが鑑別に挙がる。本例は病理で有棘細胞癌と確定している。20年前(50歳代)から存在した皮疹が徐々に隆起してきた経過は、紫外線による表皮内癌である日光角化症が先行し、異型細胞が真皮へ浸潤して浸潤性の有棘細胞癌へ進展したと考えると自然に説明できる。
設問の考え方
問われているのは病因である。皮膚の有棘細胞癌の最大の危険因子は、長年にわたり蓄積した紫外線(とくにUVB)曝露である。高齢・露光部(鼻尖部)・緩徐な経過という三つの手がかりがいずれも紫外線を指している。他の選択肢はそれぞれ別の臓器の癌やリンパ腫などの危険因子であり、皮膚有棘細胞癌の病因とはいえない。
選択肢考察
- ×a. 飲酒
飲酒は口腔・咽頭・喉頭・食道の扁平上皮癌や肝細胞癌、乳癌などの危険因子であり、とくにアセトアルデヒドを分解しにくい体質(ALDH2〈アルデヒド脱水素酵素2〉の活性が低い人)で食道癌のリスクが高まる。しかし皮膚の有棘細胞癌の病因とはされておらず、露光部に生じた本例の説明にはならない。
- ×b. 肥満
肥満は子宮体癌、大腸癌、閉経後乳癌、腎細胞癌、食道腺癌などの危険因子として知られるが、皮膚の有棘細胞癌の病因ではない。
- ○c. 紫外線
紫外線(主にUVB)は表皮角化細胞のDNAにピリミジン二量体などの損傷を起こし、TP53遺伝子変異などを蓄積させる。長年の曝露により、まず表皮内癌である日光角化症が生じ、さらに真皮へ浸潤すると有棘細胞癌となる。本例は高齢者の露光部(鼻尖部)に20年かけて緩徐に増大した病変であり、慢性的な紫外線曝露を背景に日光角化症から進展した有棘細胞癌と考えられる。したがって最も考えられる病因は紫外線である。
- ×d. アスベスト
アスベスト(石綿)の吸入は胸膜・腹膜の悪性中皮腫、肺癌、石綿肺、胸膜プラークなどの原因となる。曝露から発症まで数十年の潜伏期がある点は長い経過と一見似るが、標的は胸膜・肺であり、皮膚の有棘細胞癌とは関係しない。
- ×e. EBウイルス
EBウイルス(Epstein-Barr virus)は上咽頭癌、Burkittリンパ腫、Hodgkinリンパ腫の一部、節外性NK/T細胞リンパ腫・鼻型、胃癌の一部などに関与する。鼻部に病変をつくるNK/T細胞リンパ腫と混同しやすいが、本例は病理で有棘細胞癌と確定しており、皮膚有棘細胞癌の病因としてEBウイルスは一般的ではない。皮膚の有棘細胞癌に関与するウイルスとしては、むしろヒトパピローマウイルス(HPV)が知られる。
有棘細胞癌(SCC)の概要
表皮の有棘層を構成する角化細胞に由来する悪性腫瘍で、基底細胞癌に次いで頻度の高い皮膚癌である。高齢者に多く、顔面・手背などの露光部に好発する。角化傾向が強く、表面に鱗屑・痂皮や角化を伴う結節・腫瘤をつくり、進行すると潰瘍化して悪臭を伴うことがある。基底細胞癌に比べてリンパ節転移を起こしやすい。
主な病因・危険因子
・紫外線(最も重要):日光角化症を経由することが多い ・先行病変:日光角化症、Bowen病(表皮内癌)、熱傷瘢痕、慢性放射線皮膚炎、尋常性狼瘡、慢性膿皮症、褥瘡などの慢性潰瘍、円板状エリテマトーデスなど。瘢痕や慢性潰瘍から生じる癌は Marjolin 潰瘍とも呼ばれる ・ヒ素などの化学物質への曝露 ・ヒトパピローマウイルス(HPV)感染(外陰部や爪周囲のBowen病など) ・免疫抑制状態(臓器移植後など) ・遺伝的素因:色素性乾皮症(DNA修復の障害)など
日光角化症との関係
日光角化症は慢性紫外線曝露により高齢者の露光部に生じる表皮内の角化細胞の異型増殖で、鱗屑を伴う紅斑として現れる。表皮内にとどまる段階では表皮内癌(上皮内癌)として扱われ、基底膜を越えて真皮へ浸潤すると有棘細胞癌となる。
組織所見
異型な角化細胞が真皮内へ浸潤性に増殖し、癌真珠(角化した同心円状の構造)や個細胞角化がみられる。
治療
外科的切除が基本で、病変から適切な距離(安全域)をとって切除する。リンパ節転移例ではリンパ節郭清、切除困難例では放射線療法や薬物療法(免疫チェックポイント阻害薬など)が検討される。
POINT
・皮膚有棘細胞癌の最大の病因は慢性的な紫外線曝露である。 ・高齢者の顔面などの露光部に、日光角化症などの先行病変から生じることが多い。 ・紫外線以外の先行病変・危険因子として、Bowen病、熱傷瘢痕、慢性放射線皮膚炎、慢性潰瘍、ヒ素、HPV、免疫抑制、色素性乾皮症を押さえる。 ・飲酒は食道・頭頸部癌、肥満は子宮体癌・大腸癌など、アスベストは中皮腫・肺癌、EBウイルスは上咽頭癌・リンパ腫と対応づけて整理する。
