鼻の上の「黒い堤防」―2年かけて育った基底細胞癌を見抜く
第120回医師国家試験 D問題 第51問
国試問題にチャレンジ
75歳の男性。鼻部の皮疹を主訴に来院した。約2年前から鼻根部に小さな皮疹が出現したが医療機関を受診しなかった。徐々に増大し,中心部が少し凹み,縁が堤防状に盛り上がってきた。時々,かさぶたが付着し,剝がれるとわずかに出血することがあったが,痛みや痒みはない。鼻根部に長径20mmの結節を認める。頸部リンパ節の腫大はない。鼻部の皮疹の写真(A)とダーモスコピー像(B)とを下に示す。 診断はどれか。

- a.悪性黒色腫
- b.基底細胞癌
- c.日光角化症
- d.有棘細胞癌
- e.脂漏性角化症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢者の顔面正中部に年単位で緩徐に増大する無症状の結節があり、中心の潰瘍を黒色の光沢ある小結節が堤防状に取り囲む場合は、基底細胞癌(結節潰瘍型)を考えます。ダーモスコピーの樹枝状血管は基底細胞癌に特徴的で、病理では柵状配列と裂隙形成が決め手です。悪性黒色腫は不整な色素斑と不規則な色素ネットワーク、日光角化症は鱗屑を伴う紅斑とストロベリーパターン、有棘細胞癌は紅色結節や潰瘍でリンパ節転移を起こしやすく、脂漏性角化症は貼り付けたような角化性隆起と、形態とダーモスコピー所見で鑑別します。基底細胞癌は最も頻度の高い皮膚悪性腫瘍で、転移はきわめてまれですが局所破壊性が強く、外科的切除が治療の基本です。色調だけにとらわれず形態と血管パターンを読む姿勢は、皮膚腫瘍の診断全般に役立ちます。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・75歳男性、鼻根部(顔面正中部、日光が当たる部位)の皮疹。 ・約2年かけてゆっくり大きくなった長径20mmの結節。 ・中心部がやや陥凹し、辺縁が堤防状に盛り上がる。 ・痂皮が付き、剝がれると少し出血する(表面のびらん・潰瘍化)。痛みやかゆみはない。 ・頸部リンパ節腫大なし。 ・臨床写真(A):中央は常色で一部に潰瘍があり、その周りを黒色調の小結節が縁取るように並んでいる。 ・ダーモスコピー像(B):太い幹から細い枝が分かれる、木の枝のような鮮明な血管(樹枝状血管)がみられる。
診断に至る考え方
高齢者の顔面、特に鼻や眼周囲などの正中部に、年単位でゆっくり大きくなる無症状の結節があり、中心が潰瘍化して辺縁に黒色の小結節が堤防状に並ぶ、という像は基底細胞癌の典型(結節潰瘍型)である。日本人の基底細胞癌はメラニン色素を含むことが多く、黒色~黒褐色の光沢のある小結節として見えやすい。ダーモスコピー(拡大鏡で皮膚表面の反射を抑えて観察する検査)での樹枝状血管は基底細胞癌に特徴的な所見で、診断の決め手となる。 鑑別としては、同じく高齢者の露光部に生じる日光角化症・有棘細胞癌、黒色調を呈する悪性黒色腫・脂漏性角化症が挙がる。基底細胞癌は局所で組織を破壊しながら増大するが、転移はきわめてまれである。リンパ節腫大がないことも矛盾しない。
選択肢考察
- ×a. 悪性黒色腫
メラノサイト(色素細胞)由来の悪性腫瘍である。左右非対称、境界不整、色調の濃淡のむら、直径6mm超、変化・拡大(ABCDE)を特徴とする不整な色素斑・結節として現れる。日本人では足底・手掌・爪部(末端黒子型)に多く、高齢者の顔面では悪性黒子型が鑑別となるが、これはしみのような扁平な不整形色素斑から始まる。ダーモスコピーでは不規則な色素ネットワーク、不規則な色素小点・小球、青白色ベールなどがみられ、樹枝状血管は典型的でない。中心陥凹と辺縁の黒色小結節の堤防状配列という本例の像とは異なる。
- ○b. 基底細胞癌
表皮の基底細胞や毛包に似た細胞から発生する、最も多い皮膚悪性腫瘍である。紫外線曝露が主な危険因子で、高齢者の顔面、とくに鼻や眼瞼・内眼角などの正中部に好発する。年単位でゆっくり大きくなり、中央が潰瘍化して、その周りを光沢のある黒色小結節が堤防状に取り囲む(結節潰瘍型)のが典型である。ダーモスコピーで樹枝状血管がみられること、痛み・かゆみがないこと、リンパ節腫大がないことも本例と一致する。
- ×c. 日光角化症
長年の紫外線曝露によって、高齢者の顔面や手背などに生じる表皮内の癌(有棘細胞癌の早期病変)である。境界が比較的不明瞭な紅斑で、表面にざらざらした鱗屑や痂皮を付けることが多く、扁平でわずかに盛り上がる程度である。ダーモスコピーでは紅色の背景に毛孔が抜けて見えるストロベリーパターンが特徴である。20mmの結節で辺縁に黒色小結節が並ぶ本例の像とは異なる。
- ×d. 有棘細胞癌
表皮の有棘細胞(ケラチノサイト)由来の悪性腫瘍で、高齢者の露光部のほか、熱傷瘢痕・慢性潰瘍などを母地に生じる。比較的速く大きくなる紅色の硬い結節や、角化を伴いカリフラワー状に増殖する腫瘤、難治性潰瘍として現れ、二次感染で悪臭を伴うことがある。基底細胞癌より所属リンパ節転移を起こしやすい。色素を伴う小結節が堤防状に並ぶ像や樹枝状血管は特徴とせず、本例には合わない。
- ×e. 脂漏性角化症
表皮細胞の良性腫瘍で、いわゆる老人性のいぼである。中年以降に顔面や体幹に多発し、加齢とともに増える。境界明瞭で、表面がざらざらした褐色~黒色の扁平隆起性病変で、皮膚に貼り付けたように見える。ダーモスコピーでは稗粒腫様嚢腫、面皰様開口、脳回転状外観などがみられる。通常、中心の陥凹や潰瘍、出血を繰り返す像や樹枝状血管は示さない。
基底細胞癌(basal cell carcinoma:BCC)
・皮膚悪性腫瘍の中で最も頻度が高い。高齢者に多く、紫外線が最大の危険因子である。放射線照射、ヒ素、色素性乾皮症、基底細胞母斑症候群(PTCH1遺伝子異常、Gorlin症候群)も関連する。脂腺母斑から二次的に生じることもある。 ・好発部位は顔面の正中部(鼻、眼瞼、内眼角、上口唇など)である。 ・病型:結節潰瘍型(最多。黒色の光沢ある小結節が堤防状に並び中央が潰瘍化)、表在型(体幹に多い扁平な紅斑局面)、斑状強皮症型(モルフェア型。境界不明瞭な硬い局面で再発しやすい)など。 ・ダーモスコピー所見:樹枝状血管、葉状領域(leaf-like areas)、車軸状領域、大型青灰色卵円形胞巣、多発青灰色小球、潰瘍化。色素ネットワークは欠く。 ・病理:基底細胞に似た腫瘍細胞の胞巣で、辺縁の細胞が柵状に並ぶ(柵状配列)。周囲の間質との間に裂隙(裂隙形成)をみる。 ・経過:局所で浸潤・組織破壊が進むが、転移はきわめてまれ(0.1%未満とされる)である。 ・治療:外科的切除が第一選択で、腫瘍辺縁から数mm(低リスクでは4mm程度)離して切除する。手術が難しい場合は放射線療法などを検討し、進行例ではヘッジホッグ経路阻害薬が用いられる。
高齢者の顔面・露光部の皮膚腫瘍の整理
・脂漏性角化症:良性。褐色~黒色の貼り付けたような角化性隆起。 ・日光角化症:表皮内癌。鱗屑・痂皮を伴う紅斑。 ・有棘細胞癌:浸潤癌。紅色結節、カリフラワー状腫瘤、潰瘍。リンパ節転移あり。 ・基底細胞癌:黒色小結節の堤防状配列と中心潰瘍。転移まれ。 ・悪性黒子(型黒色腫):不整形の黒褐色斑が徐々に拡大し、のちに結節を生じる。
POINT
・高齢者の顔面正中部+緩徐増大+中心潰瘍+辺縁の黒色小結節の堤防状配列 → 基底細胞癌。 ・ダーモスコピーの樹枝状血管は基底細胞癌に特徴的である。 ・基底細胞癌は皮膚悪性腫瘍で最も多く、局所破壊性は強いが転移はきわめてまれ。治療は外科的切除が基本である。 ・病理の決め手は柵状配列と裂隙形成。
