月100時間の残業と「眠れない夜」―産業医が本人と会社にかける2つの言葉
第106回医師国家試験 G問題 第55問
国試問題にチャレンジ
40歳の男性。会社員。本人からの申し出に応じて,産業医として面接指導を行った。最近の1か月は興味を持てることがほとんどなく,真夜中に目が覚めたり,決断するのが難しいと感じたりする日が続いているという。こうした状態であるため,同僚や家族に負担をかけていると感じている。労務担当者からの情報では,最近は特に忙しく,時間外・休日労働時間が1月当たり100時間を超えているという。 産業医の対応として正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.本人を休職させる。
- b.専門医療機関への受診を本人に勧める。
- c.「しばらくこのままで様子をみましょう」と本人に伝える。
- d.うつ病であると事業者に伝える。
- e.労働時間の短縮の必要性を事業者に伝える。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
興味・喜びの喪失、中途覚醒、決断困難、自責感が続く長時間労働者では、うつ病を強く疑います。面接指導における産業医の対応は、本人には専門医療機関への受診勧奨、事業者には労働時間の短縮など就業上の措置についての意見という2本柱です。休職の決定・実施は事業者の権限であり、病名などの健康情報は要配慮個人情報として本人の同意なく事業者に伝えず、措置に必要な範囲に加工して伝えます。現行法では時間外・休日労働が月80時間超で疲労の蓄積がある労働者の申し出により面接指導が行われ、過労死ラインや働き方改革による上限規制、ストレスチェック制度とあわせて理解しておくことが大切です。産業医の役割と健康情報の扱いを押さえることは、どの診療科でも求められる就労支援の基礎になります。
解答・解説
正解はb, eです
所見の整理
・40歳の男性会社員。本人の申し出により産業医が面接指導を行っている。 ・最近1か月、興味をもてることがほとんどない(興味・喜びの喪失)。 ・真夜中に目が覚める(中途覚醒、睡眠障害)。 ・決断するのが難しい(思考力・集中力の低下、決断困難)。 ・同僚や家族に負担をかけていると感じている(自責感・罪責感)。 ・時間外・休日労働が1か月100時間を超える長時間労働が続いている。
状態の評価
興味・喜びの喪失はうつ病の中核症状の一つであり、これに睡眠障害、決断困難、自責感が加わり、1か月にわたって続いている。うつ病(大うつ病性障害)が強く疑われる状態であり、その背景には過重な長時間労働があると考えられる。月100時間を超える時間外・休日労働は、脳・心臓疾患(いわゆる過労死)や精神障害との関連が強いとされる水準である。
設問の考え方
面接指導における産業医の役割は大きく二つある。一つは労働者本人に対して、心身の状態を評価し、必要な保健指導や医療機関への受診勧奨を行うこと。もう一つは事業者に対して、その労働者の健康を守るために必要な就業上の措置(労働時間の短縮、作業の転換、就業場所の変更、深夜業の回数の減少など)について意見を述べることである。産業医は診療を行う主治医ではないため、面接指導だけで確定診断や治療を行うのではなく、専門医への受診を勧める。また、事業者に伝えるのは就業上の措置に必要な情報であり、病名などの健康情報を本人の同意なく伝えることは避けなければならない。休職や労働時間の調整を実際に決定・実施するのは事業者である。
選択肢考察
- ×a. 本人を休職させる。
休職は人事上の措置であり、それを決定し実施するのは事業者である。産業医は就業上の措置について事業者に意見を述べたり勧告したりすることはできるが、自らの判断で労働者を休職させる権限はない。また現時点では専門医の診察も受けておらず、病状の程度も確定していない。休業の要否は専門医の診断や主治医の意見を踏まえて検討すべきであり、まず行うべきは受診勧奨と労働時間の短縮などの負荷の軽減である。
- ○b. 専門医療機関への受診を本人に勧める。
興味・喜びの喪失、中途覚醒、決断困難、自責感が1か月続いており、うつ病が強く疑われる。産業医は面接指導で心身の状態を評価したうえで、診断と治療のために精神科・心療内科などの専門医療機関の受診を勧めるのが適切である。うつ病では自殺の危険もあるため、希死念慮の有無の確認とともに、早期に専門的な評価と治療へつなげることが重要である。
- ×c. 「しばらくこのままで様子をみましょう」と本人に伝える。
うつ病を疑う症状がすでに1か月続き、原因と考えられる月100時間超の長時間労働も継続している。何も手を打たずに同じ状況を続ければ、症状の悪化や自殺、過労による脳・心臓疾患などを招くおそれがある。本人が自ら面接を申し出ていることからも、受診勧奨と就業上の措置という具体的な対応が必要であり、様子をみるのは不適切である。
- ×d. うつ病であると事業者に伝える。
第一に、面接指導の段階ではうつ病の疑いにとどまり、専門医による診断は確定していない。第二に、病名などの健康情報は特に配慮を要する個人情報であり、本人の同意なく事業者に伝えるべきではない。産業医が事業者に伝えるのは、労働時間の短縮など就業上の措置に関する意見であり、そのために必要な範囲に情報を加工して伝えるのが原則である。病名が知られることで不利益な扱いを受けることを労働者が恐れて相談をためらうようになれば、面接指導の制度そのものが機能しなくなる。
- ○e. 労働時間の短縮の必要性を事業者に伝える。
労働安全衛生法に基づく面接指導では、医師は事業者に対し、労働者の健康保持のために必要な措置について意見を述べる。事業者はその意見を聴いたうえで、労働時間の短縮、作業の転換、就業場所の変更、深夜業の回数の減少などの措置を講じなければならない。本例は月100時間を超える時間外・休日労働が続き、それを背景に抑うつ症状が生じていると考えられるため、負荷の原因である長時間労働を減らすよう事業者に伝えることが適切である。
長時間労働者に対する医師による面接指導(労働安全衛生法)
・対象: 時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる労働者で、本人が申し出た者。事業者は医師による面接指導を実施しなければならない。本問の出題当時は「月100時間超」が基準であったが、2019年の法改正で80時間超に引き下げられた。研究開発業務従事者では月100時間超で本人の申し出がなくても面接指導が義務となる。 ・内容: 勤務の状況、疲労の蓄積の状況、心身の状況(抑うつ症状を含む)を確認し、保健指導や受診勧奨を行う。 ・事後措置: 事業者は面接指導の結果について医師の意見を聴き、必要に応じて就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少などの措置を講じる。結果の記録は5年間保存する。 ・産業医は、労働者の健康確保のために必要と認めるときは事業者に勧告することができ、事業者はそれを尊重しなければならない。
時間外労働と健康
・脳・心臓疾患の労災認定では、発症前1か月におおむね100時間、または発症前2~6か月にわたり1か月あたりおおむね80時間を超える時間外労働があると、業務と発症との関連性が強いと評価される(いわゆる過労死ライン)。 ・働き方改革関連法(2019年施行)により、時間外労働の上限は原則月45時間・年360時間とされ、臨時的な特別の事情があっても年720時間以内、単月100時間未満(休日労働を含む)、2~6か月平均80時間以内(休日労働を含む)に規制された。
うつ病の診断(DSM-5)
抑うつ気分または興味・喜びの喪失のいずれかを含み、次の9症状のうち5つ以上がほぼ毎日2週間以上続き、苦痛や社会的・職業的機能の障害を伴うもの。 抑うつ気分、興味・喜びの喪失、体重・食欲の変化、不眠または過眠、精神運動の焦燥または制止、易疲労感・気力の減退、無価値感・過剰な罪責感、思考力・集中力の低下または決断困難、死についての反復思考・希死念慮。
職場のメンタルヘルス対策
・4つのケア: セルフケア、ラインによるケア(管理監督者)、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケア。 ・ストレスチェック制度(2015年施行): 常時50人以上の労働者を使用する事業場では年1回の実施が義務。高ストレス者が申し出た場合は医師による面接指導を行う。 ・健康情報の取扱い: 心身の状態に関する情報は要配慮個人情報にあたり、事業者への提供は就業上の措置に必要な範囲に限り、原則として本人の同意を得る。
POINT
・興味・喜びの喪失、中途覚醒、決断困難、自責感 → うつ病を疑う。 ・産業医の対応の二本柱: 本人には専門医療機関への受診勧奨、事業者には就業上の措置(労働時間の短縮など)についての意見。 ・休職を決定・実施するのは事業者であり、産業医ではない。 ・病名などの健康情報を本人の同意なく事業者に伝えてはならない。 ・長時間労働者の面接指導の要件は現行法では時間外・休日労働が月80時間超(本人の申し出による)。
