癌は「荒れた土地」から芽を出す―慢性炎症と発癌の組合せを見抜く
第106回医師国家試験 G問題 第27問
国試問題にチャレンジ
発生母地病変と癌の組合せで誤っているのはどれか。
- a.胃食道逆流症 ―― Barrett食道腺癌
- b.萎縮性胃炎 ―― 胃癌
- c.非アルコール性脂肪性肝炎 ―― 肝内胆管癌
- d.潰瘍性大腸炎 ―― 大腸癌
- e.Crohn病 ―― 痔瘻癌
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
慢性炎症による発癌は「傷害と再生の繰り返し→化生・異形成→癌」という流れで進み、どの細胞が傷害を受けるかを考えると生じる癌を予測できます。胃食道逆流症はBarrett食道を経て腺癌、H. pylori感染による萎縮性胃炎は腸上皮化生を経て胃癌、潰瘍性大腸炎は異形成を経てcolitic cancer、Crohn病は難治性痔瘻から痔瘻癌の発生母地となります。一方、NASH(現在のMASH)は肝細胞の傷害から肝硬変を経て肝細胞癌の母地となるもので、肝内胆管癌の代表的な母地は原発性硬化性胆管炎、肝内結石症、肝吸虫症など胆管の慢性炎症です。発生母地病変を理解しておくことは、ハイリスク患者のサーベイランス計画を立てるうえで臨床的にも欠かせない知識です。
解答・解説
正解はcです
問われていること
癌の多くは、正常な組織から突然生じるよりも、慢性炎症や組織の置き換わり(化生)などを伴う病変を「発生母地」として、長い時間をかけて生じる。本問は、消化器の代表的な発生母地病変と、そこから生じる癌の組合せを問うものであり、「誤っているもの」を選ぶ点に注意する。
考え方
慢性炎症による発癌の基本的な流れは、「傷害と再生の繰り返し → 化生や異形成(dysplasia) → 癌」である。各組合せについて、その病変がどの細胞に傷害と再生を繰り返させるのかを考えると判断しやすい。 ・逆流した胃酸にさらされる食道下部では、扁平上皮が円柱上皮に置き換わり(Barrett食道)、腺癌が生じる。 ・Helicobacter pylori感染による萎縮性胃炎では、腸上皮化生を経て胃癌が生じる。 ・潰瘍性大腸炎やCrohn病では、長期にわたる腸管や肛門部の慢性炎症から癌が生じる。 ・非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)は、肝細胞の脂肪化・炎症・線維化を経て肝硬変に至り、肝細胞癌の発生母地となる。傷害を受けるのは主に肝細胞であり、代表的に生じる癌は肝細胞癌である。 したがって、NASHと肝内胆管癌の組合せが誤りである。
選択肢考察
- ×a. 胃食道逆流症 ―― Barrett食道腺癌
正しい組合せである。胃食道逆流症(GERD)では胃酸や胆汁を含む胃内容が食道へ繰り返し逆流し、食道下部の重層扁平上皮が傷害される。その修復過程で、酸に強い円柱上皮に置き換わった状態をBarrett食道という。このBarrett上皮から異形成を経て生じる腺癌がBarrett食道腺癌である。欧米では食道癌の多くを腺癌が占めるのに対し、日本では扁平上皮癌が大部分で腺癌は少ないが、H. pylori感染率の低下や肥満の増加に伴い、今後の増加が懸念されている。
- ×b. 萎縮性胃炎 ―― 胃癌
正しい組合せである。Helicobacter pyloriの持続感染は慢性胃炎を起こし、長期間の炎症で胃固有腺が失われて萎縮性胃炎となる。さらに腸上皮化生を経て、主に分化型(腸型)の胃癌が生じるとされる(未分化型胃癌もH. pylori感染胃からの発生が大部分である)。萎縮の程度は血清ペプシノゲンⅠの低下とⅠ/Ⅱ比の低下で推定でき、これを利用したペプシノゲン法が胃癌のリスク評価に用いられている。H. pyloriの除菌は胃癌発生のリスクを低下させる。
- ○c. 非アルコール性脂肪性肝炎 ―― 肝内胆管癌
誤った組合せであり、これが正解である。NASH(非アルコール性脂肪性肝炎)は肝細胞への脂肪沈着に炎症と肝細胞傷害(風船様変性)を伴う病態で、肥満、2型糖尿病、脂質異常症などメタボリックシンドロームを背景に生じる。進行すると肝線維化から肝硬変に至り、肝細胞癌の発生母地となる(線維化が軽い段階から肝細胞癌が生じることもある)。近年、日本ではB型・C型肝炎ウイルスによらない肝細胞癌が増えており、その背景としてNASHが重視されている。一方、肝内胆管癌は胆管上皮から生じる癌で、代表的な発生母地は原発性硬化性胆管炎、肝内結石症、肝吸虫症などの胆管の慢性炎症である。疫学研究ではメタボリックシンドロームなどと肝内胆管癌の関連も報告されているが、NASHを発生母地とする癌として挙げられるのは肝細胞癌である。
- ×d. 潰瘍性大腸炎 ―― 大腸癌
正しい組合せである。潰瘍性大腸炎は大腸粘膜にびまん性の慢性炎症を起こす疾患で、炎症と再生の繰り返しから異形成(dysplasia)を経て大腸癌(colitic cancer:炎症性発癌)が生じる。発癌リスクは罹病期間が長いほど、また炎症の範囲が広いほど(全大腸炎型で最も高い)上昇し、原発性硬化性胆管炎の合併もリスクを高める。海外のメタ解析では累積癌化率が罹病10年で約2%、20年で約8%、30年で約18%と報告されている。このため発症後おおむね8年以上経過した患者などには定期的なサーベイランス内視鏡が推奨される。通常の大腸癌が腺腫を経て生じる(adenoma-carcinoma sequence)のと異なり、平坦で境界不明瞭な病変が多く、多発しやすい。
- ×e. Crohn病 ―― 痔瘻癌
正しい組合せである。Crohn病は口腔から肛門までの消化管のどこにでも全層性の炎症を起こしうる疾患で、痔瘻や肛門周囲膿瘍などの肛門病変を高率に合併する。長期間持続する難治性の痔瘻では、瘻管の慢性炎症から癌(痔瘻癌)が生じることがある。痔瘻癌は粘液癌であることが多い。日本のCrohn病関連癌は欧米と比べて直腸・肛門部の癌(痔瘻癌を含む)の割合が高いことが知られている。発生頻度は高くないが、長期罹患者の痔瘻で疼痛の増悪や粘液の排出、硬結などがみられた場合は癌の合併を疑う。
消化器の主な発生母地病変と癌
・胃食道逆流症 → Barrett食道 → 食道腺癌 ・飲酒・喫煙(特にアルデヒド脱水素酵素の働きが弱い体質の飲酒者) → 食道扁平上皮癌 ・H. pylori感染 → 萎縮性胃炎・腸上皮化生 → 胃癌、胃MALTリンパ腫 ・B型・C型慢性肝炎、アルコール性肝障害、NASH → 肝硬変 → 肝細胞癌 ・原発性硬化性胆管炎、肝内結石症、肝吸虫症、膵・胆管合流異常、先天性胆道拡張症 → 胆管癌・胆嚢癌 ・潰瘍性大腸炎、Crohn病 → 大腸癌(colitic cancer)、痔瘻癌 ・大腸腺腫、家族性大腸腺腫症 → 大腸癌
NASHと肝細胞癌
非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)は、単純性脂肪肝(NAFL)と炎症・線維化を伴い進行しうるNASHに分けられる。診断には飲酒量が少ないこと(エタノール換算で男性30 g/日未満、女性20 g/日未満)と、ウイルス性肝炎など他の肝疾患の除外が必要である。NASHの確定診断には肝生検による組織学的評価(脂肪化、炎症、肝細胞の風船様変性)が用いられる。進行の程度は主に線維化の程度に左右され、線維化が進むほど肝細胞癌の発生率が高くなる。なお、2023年に国際的な名称が改められ、NAFLDは代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)、NASHは代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)と呼ばれるようになっている。
肝内胆管癌の危険因子
原発性硬化性胆管炎、肝内結石症、肝吸虫(Clonorchis sinensis、Opisthorchis viverrini)感染、膵・胆管合流異常などの胆管の慢性炎症や胆汁うっ滞が代表的である。日本では、印刷工場で洗浄剤に含まれる1,2-ジクロロプロパンなどに長期間ばく露された労働者に胆管癌が多発し、職業癌として認定された。
POINT
・慢性炎症による発癌は、傷害と再生の繰り返し→化生・異形成→癌という流れで起こる。 ・NASHは肝硬変を経て肝細胞癌の発生母地となる(肝内胆管癌ではない)。 ・肝内胆管癌の発生母地は原発性硬化性胆管炎、肝内結石症、肝吸虫症など胆管の慢性炎症である。 ・GERD→Barrett食道→腺癌、H. pylori→萎縮性胃炎→胃癌、潰瘍性大腸炎→大腸癌、Crohn病→痔瘻癌の組合せを押さえる。
