羽ばたき振戦は「腕を前に伸ばして」見る―身体診察の精度は条件で決まる
第118回医師国家試験 E問題 第20問
国試問題にチャレンジ
身体診察で正しいのはどれか。
- a.呼吸数測定は5秒間行う。
- b.血圧測定は患者が会話中に行う。
- c.上肢近位筋の筋力測定は握力計で行う。
- d.内頸静脈での中心静脈圧推定は臥位で行う。
- e.固定姿勢保持困難〈asterixis〉は上肢を前方に水平挙上させて観察する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
身体診察の所見は、測定時間・患者の状態・道具・体位・肢位といった条件によって大きく変わります。呼吸数は誤差を小さくするため原則1分間、血圧は安静後に会話をせずカフを心臓の高さにして測定し、握力は遠位筋の指標なので上肢近位筋は徒手筋力テストで評価します。中心静脈圧は上半身を約45度挙上して内頸静脈拍動の上端と胸骨角の距離から推定し、完全な臥位では上端が見えなくなります。asterixis(羽ばたき振戦)は姿勢保持の筋収縮が瞬間的に途切れる陰性ミオクローヌスであり、両上肢を前方水平挙上し手関節を背屈させて観察し、肝性脳症・尿毒症・CO2ナルコーシスなどの代謝性脳症でみられます。「なぜその条件で測るのか」を理解しておくことが、正確な診察と所見の正しい解釈の土台になります。
解答・解説
正解はeです
本問は、基本的な身体診察手技を正しい条件・方法で行えるかを問う一般問題である。 身体診察の所見は、測定する時間・姿勢・患者の状態・用いる道具によって大きく変わる。そのため「どのような条件で測るか」が手技の正確さを左右する。各選択肢では次の点を確認するとよい。 ・バイタルサインの測定時間は誤差を十分小さくできる長さか(呼吸数) ・測定値を動かす要因(会話・緊張・体動)が除かれているか(血圧) ・評価したい筋群に合った方法か(近位筋か遠位筋か) ・観察したい現象が見えやすい体位か(頸静脈) ・神経学的徴候を誘発する正しい肢位か(asterixis) asterixis(固定姿勢保持困難)は、一定の姿勢を保とうとする筋収縮が瞬間的に途切れることで生じる不随意運動である。したがって、姿勢保持の負荷をかける肢位、すなわち両上肢を前方へ水平に挙上し、手関節を背屈・手指を伸展させた姿勢を保たせることで誘発・観察する。これに合致するeが正解である。
選択肢考察
- ×a. 呼吸数測定は5秒間行う。
誤り。5秒間の計測では呼吸は1〜2回しか数えられず、12倍して1分値に換算すると1回の数え違いで12回/分もの誤差が生じる。呼吸数は原則として1分間数える(リズムが規則的なら30秒間数えて2倍してもよい)。成人の安静時の基準はおよそ12〜20回/分である。また、患者が呼吸を意識すると回数やリズムが変わるため、脈拍を測っているふりをしながら胸郭や腹部の動きを観察するなど、患者に気付かれないように数える工夫がよく用いられる。
- ×b. 血圧測定は患者が会話中に行う。
誤り。会話は交感神経の緊張や胸腔内圧の変化を介して血圧を上昇させ、測定値が高く出る原因になる。血圧は、椅子に座って数分間安静にした後、会話をせず、背もたれに背中を付け、カフを心臓の高さに合わせた状態で測定する。測定直前の喫煙・カフェイン摂取・運動も避ける。
- ×c. 上肢近位筋の筋力測定は握力計で行う。
誤り。握力は手指屈筋や手の内在筋といった前腕〜手の筋、すなわち遠位筋の筋力を反映する指標である。上肢の近位筋(三角筋など肩甲帯の筋、上腕二頭筋・上腕三頭筋など上腕の筋)は、肩関節の外転や肘関節の屈曲・伸展に検者が抵抗を加える徒手筋力テスト(MMT: manual muscle testing、0〜5の6段階で評価)で評価する。近位筋優位の筋力低下は多発性筋炎・皮膚筋炎などの筋疾患で、遠位筋優位の筋力低下は多くのニューロパチーでみられやすく、両者の区別は鑑別に役立つ。
- ×d. 内頸静脈での中心静脈圧推定は臥位で行う。
誤り。完全な臥位(水平仰臥位)では健常者でも頸静脈が下顎付近まで充満してしまい、拍動の頂点(静脈圧の上端)が見えなくなるため、中心静脈圧を推定できない。通常は上半身を約45度挙上した半座位で、右内頸静脈の拍動の最高点を観察し、胸骨角(Louis角)からの垂直距離を測る。胸骨角は右心房中心からおよそ5cm上にあるため、その距離に約5cmを加えた値を中心静脈圧(cmH2O)の目安とする。胸骨角からの高さが3〜4cmを超えれば静脈圧上昇(右心不全、体液過剰など)を疑う。静脈圧が非常に高い場合や低い場合は、拍動の上端が見える位置まで挙上角度を調節する。
- ○e. 固定姿勢保持困難〈asterixis〉は上肢を前方に水平挙上させて観察する。
正しい。asterixisは、姿勢を保つための筋収縮が一瞬途絶える(陰性ミオクローヌス)ことで生じる。両上肢を前方に水平挙上し、手関節を背屈・手指を伸展して開いた姿勢を保たせると、手関節や中手指節関節が不規則に急に掌屈し、すぐ元の背屈位に戻る動きが繰り返される。この様子が鳥の羽ばたきに似ることから羽ばたき振戦(flapping tremor)とも呼ばれるが、律動的な筋収縮による本来の振戦とは機序が異なる。肝性脳症の代表的徴候であり、尿毒症、CO2ナルコーシス(高二酸化炭素血症)、低ナトリウム血症などの代謝性脳症でもみられる。
バイタルサイン測定の基本
・呼吸数: 1分間測定(規則的なら30秒×2も可)。成人で約12〜20回/分。24回/分以上の頻呼吸は重症化の重要な徴候である。 ・脈拍: 規則的なら15〜30秒の計測を換算してよいが、不整なら1分間測定する。 ・血圧: 座位で数分安静の後、会話をさせず、カフを心臓の高さにして測定する。初診時は左右差も確認する。
頸静脈の観察
・右内頸静脈は右心房と直線的につながり弁がないため、右房圧(中心静脈圧)の推定に適する。 ・上半身約45度挙上、頭部をやや左に向けて観察する。 ・内頸静脈は通常直接は見えず、胸鎖乳突筋の下での拍動として見える。拍動は二峰性で、触知しにくく、吸気時や上体挙上で低下する点が頸動脈拍動との区別点である。
筋力評価
・徒手筋力テスト(MMT): 5(正常)、4(ある程度の抵抗に抗して動かせる)、3(重力に抗して全可動域を動かせる)、2(重力を除けば動かせる)、1(筋収縮のみ)、0(収縮なし)。 ・握力は遠位筋の評価や全身の筋力・フレイル・サルコペニアのスクリーニングに用いられる。
asterixisをきたす主な病態
肝性脳症、尿毒症、CO2ナルコーシス、低ナトリウム血症などの電解質異常、一部の薬剤中毒。片側性の場合は対側の脳の局所病変(視床・内包など)を考える。
POINT
・asterixis(羽ばたき振戦)は上肢を前方水平挙上し、手関節背屈・手指伸展の姿勢を保たせて観察する。肝性脳症・尿毒症・CO2ナルコーシスなどでみられる。 ・呼吸数は原則1分間測定する。 ・血圧は安静・会話なし・カフを心臓の高さにして測る。 ・握力は遠位筋の評価であり、近位筋は徒手筋力テストで評価する。 ・頸静脈圧は約45度の半座位で、胸骨角からの高さ+約5cmで中心静脈圧を推定する。
