早めず、遅らせず―WHOの定義から読み解く緩和ケアの本当の姿
第106回医師国家試験 G問題 第26問
国試問題にチャレンジ
緩和医療について正しいのはどれか。
- a.疼痛緩和にオキシコドンは使用しない。
- b.緩和ケアは癌終末期に限定された医療である。
- c.緩和ケアは死を早めることも遅らせることもしない。
- d.Kübler-Rossの死の過程では,虚脱の次に怒りに至る。
- e.全人的苦痛〈トータルペイン〉に身体的苦痛は含まれない。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
WHOは緩和ケアを、生命を脅かす疾患に直面する患者と家族のQOLを、身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題への早期対処によって改善するアプローチと定義し、死を早めることも引き延ばすことも意図しないという原則を掲げています。対象はがんの終末期に限らず、心不全やCOPD、神経難病なども含み、診断時から疾患への治療と並行して提供されます。がん疼痛にはオキシコドンなどの強オピオイドが広く用いられ、便秘対策として下剤の併用が基本です。患者の苦痛は身体的・精神的・社会的・スピリチュアルの4側面からなる全人的苦痛としてとらえ、Kübler-Rossの否認→怒り→取引→抑うつ→受容という心理過程も踏まえて寄り添うことが求められます。これらの基本を理解することは、診療科を問わず重い病気と向き合う患者と家族を支えるための土台になります。
解答・解説
正解はcです
緩和ケアの基本的な考え方
WHO(世界保健機関)は2002年に緩和ケアを次のように定義している。生命を脅かす疾患による問題に直面する患者とその家族に対し、痛みやその他の身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に見出して的確に評価し、対処することで、苦しみを予防し和らげ、QOL(生活の質)を改善するアプローチである。 この定義には、緩和ケアの性格を示すいくつかの原則が付随している。代表的なものは、生きることを肯定し死を自然な過程とみなすこと、死を早めることも引き延ばすことも意図しないこと、痛みなどのつらい症状を和らげること、患者が最期までできる限り能動的に生きられるよう支えること、患者の病気の間や死別後に家族を支えること、病気の早い段階から他の治療と並行して提供されうること、である。
解き方
本問は、この定義・原則のほか、がん疼痛に対する鎮痛薬の使い方、Kübler-Rossによる死にゆく患者の心理過程、全人的苦痛(トータルペイン)という緩和医療の基本事項を横断的に確認する問題である。WHOの定義に含まれる「死を早めることも遅らせることもしない」という原則がそのまま正しい記述であり、他の選択肢はいずれも基本事項と食い違う。
選択肢考察
- ×a. 疼痛緩和にオキシコドンは使用しない。
オキシコドンはモルヒネ、フェンタニル、ヒドロモルフォンなどと並ぶ強オピオイドであり、中等度から高度のがん疼痛に広く用いられている。WHO方式がん疼痛治療法の3段階除痛ラダーでは、第1段階で非オピオイド鎮痛薬(アセトアミノフェン、NSAIDs〈非ステロイド性抗炎症薬〉)を、第2段階で軽度から中等度の痛みに用いるオピオイド(コデイン、トラマドールなど)を、第3段階で強オピオイドを用いるとされ、オキシコドンはこの第3段階の代表薬である。徐放性製剤と速放性製剤(レスキュー薬)があり、腎機能障害のある患者ではモルヒネより使いやすいとされる。
- ×b. 緩和ケアは癌終末期に限定された医療である。
緩和ケアの対象は「生命を脅かす疾患」に直面する患者と家族であり、がんに限らず、心不全、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経難病、腎不全、認知症なども含まれる。また時期も終末期に限られず、診断されたときから、抗がん治療などの疾患に対する治療と並行して提供されるべきものとされている。日本でもがん対策基本法やがん対策推進基本計画のもとで「診断時からの緩和ケア」が推進されている。
- ○c. 緩和ケアは死を早めることも遅らせることもしない。
WHOの緩和ケアの定義に付随する原則の一つに「死を早めることも、引き延ばすことも意図しない」とある。緩和ケアは死を自然な過程として受け止め、残された時間の苦痛を和らげてQOLを高めることを目的とする。したがって、意図的に死期を早める安楽死とも、QOLを顧みずに生命の延長だけを目指す延命治療とも立場を異にする。なお、苦痛緩和のためにオピオイドを適切に用いても生命予後を短縮しないことが知られている。
- ×d. Kübler-Rossの死の過程では,虚脱の次に怒りに至る。
精神科医のElisabeth Kübler-Rossは、著書『死ぬ瞬間(On Death and Dying)』で、死が避けられないと知った患者の心理が「否認(と孤立)→怒り→取引→抑うつ→受容」の5段階をたどると述べた。怒りは否認に続く第2段階であり、「虚脱の次に怒り」という順序は誤りである。受容の段階は感情がほとんど失われたような静かな状態として描かれ、虚脱に近い状態はむしろ過程の終盤に位置づけられる。なお、各段階は必ずしもこの順に一方向に進むわけではなく、重なったり行きつ戻りつしたりする。また全過程を通じて「希望」が持続するとされる。
- ×e. 全人的苦痛〈トータルペイン〉に身体的苦痛は含まれない。
全人的苦痛(トータルペイン)は、近代ホスピスの創始者であるCicely Saundersが提唱した概念で、患者の苦痛を身体的苦痛、精神的(心理的)苦痛、社会的苦痛、スピリチュアル(霊的)な苦痛の4つの側面が互いに影響し合う全体としてとらえる。身体的苦痛はその中心的な構成要素であり、痛みのほか、呼吸困難、倦怠感、悪心・嘔吐、食欲不振などが含まれる。
全人的苦痛(トータルペイン)の4側面
・身体的苦痛:痛み、呼吸困難、全身倦怠感、悪心・嘔吐、便秘、食欲不振、不眠など ・精神的苦痛:不安、いらだち、抑うつ、恐れ、孤独感など ・社会的苦痛:仕事や経済上の問題、家庭内の役割の喪失、人間関係、相続など ・スピリチュアルな苦痛:生きる意味や価値への問い、死への恐怖、罪の意識、「なぜ自分が」という思いなど 各側面は互いに影響し合う。たとえば痛みが強いと不安や抑うつが強まり、逆に不安が強いと痛みを強く感じる。このため多職種チーム(医師、看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカー、心理職など)による包括的な支援が求められる。
WHO方式がん疼痛治療法
鎮痛薬使用の基本原則として、経口投与を基本とする(by mouth)、時刻を決めて規則正しく投与する(by the clock)、患者ごとに適量を決める(for the individual)、細かい配慮をする(with attention to detail)が示されている。3段階除痛ラダー(by the ladder)は長く用いられてきたが、2018年のWHOガイドライン改訂では、痛みの強さに応じて最初から強オピオイドを選ぶことも許容され、ラダーは治療の考え方を示す教育的な枠組みとして扱われている。オピオイドの主な副作用は便秘、悪心・嘔吐、眠気であり、特に便秘には耐性がつきにくいため下剤の併用が基本となる。
Kübler-Rossの5段階
1. 否認:「そんなはずはない」と事実を受け入れられない。 2. 怒り:「なぜ自分が」という怒りが周囲に向けられる。 3. 取引:神や医療者と取引して死を先延ばしにしようとする。 4. 抑うつ:喪失を実感し深い悲しみに沈む。 5. 受容:死を自然なものとして静かに受け入れる。 医療者は、患者の怒りや否認を否定せず、その時々の心理状態を理解して寄り添うことが大切である。
POINT
・緩和ケアは生命を脅かす疾患の患者と家族が対象であり、がんの終末期に限らず診断時から治療と並行して提供される。 ・WHOの定義では、緩和ケアは死を早めることも引き延ばすことも意図しない。 ・全人的苦痛は身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛の4側面からなる。 ・Kübler-Rossの5段階は否認→怒り→取引→抑うつ→受容である。 ・オキシコドンはモルヒネ・フェンタニルと並ぶがん疼痛治療の代表的な強オピオイドである。
