よくしゃべるのに話が通じない―「おかしな言動」の正体はWernicke失語
第106回医師国家試験 D問題 第38問
国試問題にチャレンジ
70歳の男性。右利き。言動が異常であることを心配した家族に伴われて来院した。2日前,急に不可解な発言をするようになり,落ち着きがなくなった。昨日は症状がやや改善した印象であったが,今朝から奇妙な言動が続いている。10年前から脂質異常症の治療を受けている。不整脈を指摘されたことがある。母親と兄とが高血圧症である。意識は清明。身長160 cm,体重67 kg。体温36.0℃。脈拍68/分,不整。血圧160/68 mmHg。呼吸数17/分。項部硬直を認めない。脳神経系に異常を認めない。頸部で血管雑音を聴取しない。心雑音を聴取しない。呼吸音に異常を認めない。四肢に運動麻痺を認めない。発話量は多いが,質問とは無関係なことを答える。「口を開けて舌を出して下さい」と指示を与えても別の動作をする。胸部エックス線写真上,心胸郭比58%であり,肺野に異常を認めない。心電図で心房細動を認める。頭部単純CTを別に示す。 この患者の病態として正しいのはどれか。

- a.認知症
- b.Broca失語
- c.Wernicke失語
- d.Gerstmann症候群
- e.偽性球麻痺性構音障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
右利きの高齢者に急性発症した「流暢だが話がかみ合わず、口頭指示に従えない」状態は、優位半球(左)上側頭回後部の障害によるWernicke失語(感覚性失語)を示します。本例では心房細動を背景とした心原性脳塞栓症が左側頭葉後部に梗塞を生じたと考えられ、Wernicke野は運動野から離れているため麻痺を伴わないことが多いのが特徴です。非流暢で理解が比較的保たれ右片麻痺を伴いやすいBroca失語、角回障害による4徴を示すGerstmann症候群、理解や内容が保たれる構音障害、緩徐に進行する認知症とは、発症様式と症状の質で鑑別できます。失語は「流暢性・理解・復唱」の3軸で分類すると整理しやすくなります。急性発症の失語はせん妄や精神疾患、認知症と誤認されやすく、脳卒中として迅速に対応できるかどうかが予後を左右するため、確実に身につけておきたい知識です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・70歳男性、右利き。2日前に突然、不可解な発言と落ち着きのなさが出現し、症状はやや変動しながら持続 ・脂質異常症で治療中、不整脈の指摘歴あり。家族歴に高血圧症 ・意識清明、項部硬直なし、脳神経系異常なし、四肢の運動麻痺なし ・脈拍68/分・不整、心電図で心房細動、心胸郭比58%(心拡大)、頸部血管雑音なし ・言語所見:発話量は多いが質問と無関係な内容を答える(流暢だが内容が伴わない)。口頭指示(口を開けて舌を出す)に従えず別の動作をする(言語理解の障害) ・頭部単純CT:左側頭葉後部(画像では向かって右側、シルビウス裂の後方)に低吸収域
診断へのプロセス
症状が急に始まっていることから、ゆっくり進む変性疾患ではなく血管障害などの急性病変を考える。意識は清明で運動麻痺もなく、異常は言語の領域に限られている。話す量は多く滑らか(流暢)であるのに、会話がかみ合わず、口頭の指示も理解できていないことから、言語理解が障害された流暢性失語、すなわち感覚性失語(Wernicke失語)と判断できる。家族には「言動がおかしい」「落ち着きがない」と映るため、精神症状や認知症、せん妄と誤認されやすい点に注意する。 右利きの人の大部分は左大脳半球が言語の優位半球であり、Wernicke野は優位半球の上側頭回後部に位置する。CTの左側頭葉後部の低吸収域はこの部位の脳梗塞に一致する。心房細動があり急に発症していることから、左房内で形成された血栓が中大脳動脈の下行枝(下部分枝)に詰まった心原性脳塞栓症が最も考えられる。頸部血管雑音がなく、アテローム硬化による狭窄を示唆する所見は乏しい。塞栓症では、詰まった血栓が溶けたり移動したりして血流が再開することがあり、症状の改善や再増悪など経過が変動することがある。
設問の考え方
「発話は流暢」「言語理解が障害」「病変は優位半球の側頭葉後部」の3点から、病態はWernicke失語である。
選択肢考察
- ×a. 認知症
認知症は、いったん獲得された認知機能が慢性的に低下し、日常生活に支障をきたした状態で、多くは月〜年の単位で緩徐に進行する。本例は2日前に急に発症しており経過が合わない。また障害は言語の理解と内容に限られ、CTでも側頭葉の限局した梗塞巣が確認されることから、局所の脳損傷による失語と考えるべきである。失語症患者は意思疎通がとれないため認知症と誤認されやすく、鑑別が重要である。
- ×b. Broca失語
Broca失語(運動性失語)は優位半球の下前頭回後部(Broca野)の障害で生じる。発話量が少なく、たどたどしく努力性で、助詞などが抜ける非流暢性の失語であり、言語理解は比較的保たれる。病変が中心前回に近いため、右片麻痺(特に顔面・上肢)を伴うことが多い。本例は発話量が多く流暢で、理解が障害され、麻痺もなく、病変も側頭葉にあるため該当しない。
- ○c. Wernicke失語
Wernicke失語(感覚性失語)は、優位半球の上側頭回後部(Wernicke野)の障害で生じる。言語の理解が著しく障害される一方、発話は流暢で量も多い。しかし錯語(言い間違い)や新造語が混じって意味の通らない話(ジャルゴン)となり、復唱も障害される。本人は自分の誤りに気付きにくい(病識に乏しい)ため、落ち着きがなく多弁に見えることもある。運動野から離れているため麻痺を伴わないことが多い。本例の「発話量は多いが質問と無関係なことを答える」「口頭指示に従えない」という所見と、左側頭葉後部の梗塞巣はこれに一致する。
- ×d. Gerstmann症候群
Gerstmann症候群は優位半球の頭頂葉、特に角回付近の障害で生じ、手指失認、左右失認、失算(計算障害)、失書の4徴を示す。本例で問題になっているのは会話の理解と内容の障害であり、これら4徴を示す記載はない。病変も側頭葉にあり、頭頂葉の角回ではない。
- ×e. 偽性球麻痺性構音障害
偽性球麻痺は、大脳皮質から延髄の脳神経核(舌咽・迷走・舌下神経など)へ向かう皮質延髄路が両側性に障害されて起こり、構音障害、嚥下障害、強制泣き・強制笑いなどを呈する。多発性ラクナ梗塞などが原因となる。構音障害は発声・発語器官の運動の障害であり、話す内容や言語理解は保たれる点で失語とは本質的に異なる。本例は脳神経系に異常がなく、言葉の内容と理解が障害されているので該当しない。
失語症の分類と責任病巣
失語は大脳の言語野の障害で「話す・聞いて理解する・読む・書く」といった言語機能が障害された状態であり、発声・構音の運動障害である構音障害とは区別される。主な失語型は発話の流暢性、言語理解、復唱の3点で整理する。 ・Broca失語(運動性失語):非流暢/理解は比較的良好/復唱障害あり。優位半球下前頭回後部。右片麻痺を伴いやすい。 ・Wernicke失語(感覚性失語):流暢/理解障害あり/復唱障害あり。優位半球上側頭回後部。錯語・ジャルゴン、病識に乏しい。 ・伝導失語:流暢/理解は比較的良好/復唱が特に強く障害される。弓状束や縁上回の障害。 ・超皮質性運動失語:非流暢/理解良好/復唱は保たれる。 ・超皮質性感覚失語:流暢/理解障害/復唱は保たれる。 ・全失語:理解・表出ともに高度障害。中大脳動脈本幹閉塞などで広範に障害された場合。 ・健忘失語(失名詞失語):流暢で理解・復唱良好だが、物の名前が出てこない(喚語困難)。
言語の優位半球
右利きの人の約95%以上は左半球が言語の優位半球である。左利きの人でも過半数(約60〜70%)は左半球が優位とされる。
優位半球の頭頂葉症状
Gerstmann症候群(手指失認、左右失認、失算、失書)は優位半球角回の障害。劣位半球(通常右)の頭頂葉障害では半側空間無視、着衣失行、病態失認などがみられる。
心原性脳塞栓症
・原因の多くは非弁膜症性心房細動で、左房(特に左心耳)に形成された血栓が脳動脈に流れて閉塞する。 ・日中活動時に突然発症し、短時間で症状が完成することが多い。側副血行の発達が乏しいため皮質を含む大きな梗塞になりやすく、失語・失認などの皮質症状を伴いやすい。 ・閉塞した血管が自然に再開通することがあり、その際に出血性梗塞をきたすことがある。 ・再発予防には抗凝固療法(直接経口抗凝固薬〈DOAC〉やワルファリン)を行う。 ・中大脳動脈の上行枝(上部分枝)閉塞ではBroca失語や片麻痺、下行枝(下部分枝)閉塞ではWernicke失語が目立ち、麻痺は軽いか伴わないことが多い。
POINT
・「発話は流暢で量も多いが、会話がかみ合わない」「口頭指示を理解できない」 → Wernicke失語(感覚性失語)。 ・Wernicke野は優位半球(右利きではほぼ左)の上側頭回後部。運動野から離れているため麻痺を伴わないことが多い。 ・Broca失語は非流暢で理解は比較的良好、右片麻痺を伴いやすい。 ・構音障害(偽性球麻痺など)は発語の運動の障害で、言語の理解や内容は保たれる点が失語と異なる。 ・Gerstmann症候群(手指失認・左右失認・失算・失書)は優位半球角回の障害。 ・心房細動+突然発症の皮質症状 → 心原性脳塞栓症を考える。 ・急性発症の失語は、せん妄・精神疾患・認知症と誤認されやすい。
